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試しの冒険②

右手に持った斧を振り回す。

すると目の前の木――いや、木のようなモンスターの胴体が真っ二つに両断される。

トレント。森に擬態する樹木のモンスターだ。幹を断っても死なない。根を絶たなければ再生する。

だが、火も毒も持たない彼らにそれを殺す手段はなかった。

斬って怯ませ、走り抜ける。それを繰り返すだけだ。


「らぁッ!」


立ちふさがる5mはあろうかという木を一撃のもとに断ち切る。

そうして目の前のトレントの上半身が崩れ落ちる中、横からは別の個体の枝が高速で振りかざされる。ソラはそれを察知して身をかがめる事で回避する。

ソラに避けられたその薙ぎ払いは、しかし彼の後ろにいたルキナに向かって振られ続ける。

ルキナはそれに対して、地面を軽やかに跳躍し、大きく飛び上ることでその一撃を回避する。しかし、空中にいるルキナはもう次の攻撃は避けられないだろう。

他のトレント達にとってみれば恰好の餌食だ。

左右を囲んでいたトレント達がルキナをめがけてその巨大な幹を真横に振るう。

2体の攻撃はルキナの下半身と上半身それぞれに向けて当たるような軌道を描き、片方を避けても、もう片方には当たってしまうようになっていた。

そんな絶体絶命の状況の中、しかしルキナは冷静だった。


「墜ちて」


まずルキナの下半身を狙っていたはずのトレントの幹が、まるで上空から錘が墜ちて激突してきたかのように、突然地面に向かって振り下ろされた。

そしてルキナの上半身めがけて振られていたもう一方は――


「あぶねえなっ!」


間一髪間に合ったソラの唐竹割がその幹に食い込み、その勢いのまま真っ二つに両断された。

地面に降り立ったルキナは右手の親指を立てて、グーというポーズをソラに向けた。


「ないす」

「言うとる場合かっ!!」


そんなどこか気の抜けたルキナの手を掴み、ソラは前に向って走り出す。


「あとどれくらいで着く?」

「トレントの生息地帯に入ったって事はすぐそこのはずだ!さっさと見つけて進むぞ!!」

「了解」


『トレントは階段を守るかのように、その周囲に群れをなして生息している。』、彼の持つ古びた手帳にはそう書かれていた。

以前ソラが森の階段を通った時も、直前にトレント達から襲われた記憶がある。

逆に言えばこれだけのトレントがいるという事は近くに階段があるはずだ。

そう思いながら彼らが走っていると、それに合わせて周りの木々も動き出し、その大きな幹や枝を振り回してくる。


「ほんと邪魔だな!!」


向けられる枝を斧で断ち切り、振り回される幹をかわし、彼らを拘束しようと迫る太い根を蹴散らしながら前へ前へと彼らは進む。


「相変わらずめちゃくちゃいるなッ!」

「虫みたいに湧いてくる」

「確かにな!!」


全力で駆け抜けながらソラとルキナは軽口を叩く。実際、ルキナはどうか分からないが、ソラはどこか余裕さえあった。

基本的に一般の冒険者であれば、このようなトレントの群れと相対したら、逃げれるかどうかも怪しい。

それは先述したトレントの生態もあるが、一番は大木さながらの頑丈さを突破する力がないことや、群れによる波状攻撃を捌けるほどの回避能力あるいは強度がないことに起因している。

しかし、ソラとルキナは違う。ソラには常人離れした膂力があるためトレントの両断等造作もない。ルキナは謎の力でトレントを転倒させることや、先程のように自身の身軽さを利用した囮等もこなし、群れの攻撃をいなすことができる。

つまり、彼らの前では、トレントの群れは雑兵も同然。その攻撃をかいくぐる事は簡単と言わないまでも、難しい事ではなかった。

軽々とトレントの攻撃をかわし続けながら自分の後を付いてくるルキナを横目で見ながら、ソラは考えた。

――こいつ、本当に何者なんだ?

その様子を見ていたルキナは走りながら、


「何?」


と問いかけるが、その様子はあまりにも平然としていて、この状況に対する危機感の無さに、ソラはどこか劣等感を感じた。

「何でもない!!」

その思いを振り払うかのように彼は強く返事をする。

そうして走り続けていると、彼らは広く開けた場所にたどり着いた。

そこは小ぶりな湖であった。いつの間にか日が暮れていたのだろう、オレンジ色の光がその水面に乱反射し、幻想的な雰囲気を醸し出している。

しかし、その湖には特異な点があった。

湖の岸から、その中央にわたって、如何にも人工的に作られたであろう"階段"が伸びていた。

そしてその先には大きな両開きの扉があった。


まるで湖の中心、上空に浮いている扉に向かって階段が伸びているかのような光景は異様なものであった。

「見つけた!」

「あれが"階段"」

だが、その光景に関して何かを考えている暇は少なくともソラにはなかった。後ろから振られるトレントの枝を避けながら、階段に向かって走り出す。

そのソラの後ろを走りながら、ルキナは何かを気にするように周りをキョロキョロと見まわしていた。

そんなルキナの様子にも気づかず、ソラは全力で疾走し、あと20m程で階段までたどり着ける所までたどり着いた。

その瞬間だった。


「待った」

「ぐぇっ!!」


不意にルキナが後ろから走るソラの服の首元を掴んだ。それにより彼の体は急に静止し、引っ張られた服により首が締まり、鳥が絞め殺されるような声が口から漏れた。


「何をして――」


振り返って文句を言おうとした時、彼の目の前の地面から巨大な何かがものすごい速度で飛び出してきた。

辺りに広がる土煙の中、目を凝らしてみれば――それは大きな根だった。

先は尖り、ほぼ槍といっても良いだろう。ただしそれは人の扱うものではなく巨人か何かが振るうものだ。その直径は1m程であろうか、かなりの太さのそれは、今まで目にしていたトレントのそれを大きく上回るものであった。


「これは――」


そう口に出した直後、ドシンという大きな音が響いた。

彼らの前方、森の奥に大きな、途轍もなく大きな何かが動いているのが見えた。

それは周りに広がる森林の木々よりも遥かに大きく、まるで小さな山が動いているかのようにソラは感じた。

それが彼らの前に姿を表した時、ソラは育ての親から聞いたこんな言葉を思い出した。


『塔は人知の及ばぬ化物の巣窟だ。しかし、それらのモンスターに対して、人は己の力や知恵で抗う事ができる。』

『だが、それには限界がある。人が戦える範囲のものとそうでないもの、モンスターにはその2種類が存在する。』


それは端的に言ってしまえば巨大な樹木であった。


エルダートレント。その名前が、乾ききった喉の奥から勝手に漏れた。

育ての親の手帳に書かれていた警告がある。『見たら逃げろ。戦うな。死ぬ』

その三語を、今ほど重く感じたことはなかった。


――どうする?


目の前の状況にソラは頭の中で必死に考える。

倒す事は不可能。ソラの斧であの巨体をなぎ倒すのははっきり言って無理だ。

かといって後方にはトレントの群れの中に逃げ込むのも無理だ。先程のようにトレント達を倒しながら逃げる選択をとった場合、後ろからエルダートレントの攻撃に晒されてしまうだろう。

ならばどうするか――そう考えていた時だった。


「あれをなんとかすれば進める?」


ルキナの冷静な声にソラはハッとなって彼女を見る。

目の前の巨大なモンスターに対して、彼女は微塵も臆しておらず、先程までと変わらない平静な態度を見ていると、まるで目の前の危機的な状況が何でもないことのように思えてくる。

クールダウンした頭の中で思考すると、先程までは逃げるか戦うかしかなかった選択の中にもう一つ、前進するという選択があることに気が付く。

確かにこの状況では戦っても逃げても死が待っているだろう。だが階段は目の前、エルダートレントとソラ達の中間地点にあり、少し走れば辿りつける距離にある。

つまり――


「もしなんとかできるなら進めるはずだ」

「了解」


ソラの返答に対して、ルキナは短く了承を返すとエルダートレントに向かって颯爽と走り出した。


「おいっ!!」


ソラは駆けだしたルキナを慌てて追いかけて、彼女と並走する。

エルダートレントまでの距離はおよそ30m。だがエルダートレントには先程のような巨大な根と枝、幹による攻撃手段があり、こちらには攻撃手段がない。

彼らが一瞬前までいた地面からはその巨大な根が槍のように次から次へと付きあがる。

その全てをルキナは軽々と、ソラは何とか避けながら、階段のある湖の岸まで全力で疾走する。

そうしてエルダートレントとの距離が縮まり始めた時、ついにその巨体が動き出す。

直径5mにもなろうかという巨大な幹がしなり、ソラとルキナに向けて振り下ろそうとしていることがソラには分かった。

当たれば確実に即死だ。

そして受け止めるのは不可能だろう。

だが、

――避けられるか…!?

その巨体による攻撃はあまりにも範囲が広い。全力で回避しようとしても避けられるかどうか分からない。

更に、例え振り下ろされる幹を避けられたとしても、それが地面に衝突する事で起こる衝撃は地面を揺らし、立っているのも難しい状況に陥るだろう。

しかし、とにかく避けなければ先がない事は明白だ。

そう思い、横に転がろうとしたソラの耳に、


「ソラ、受け止めて」

「は!?」


前を走っているルキナの冷涼な声が届いた。はっきり言って無茶な話だ。

いくら彼の膂力が常人離れしているとはいえ、流石にあの巨体を防ぐ事は不可能だろう。

しかし、


「大丈夫だから」

「お前――」

「信じて」


冗談じゃない、ふざけるのも大概にしろ――そんな言葉が彼の口をついて出ようとしてくる。しかし、そんな言葉は口から出る前に消えていった。

彼女の言葉にはどこか安心感があった。信じてと言われれば何故か信じてしまう。

そんな彼女への信頼がどこから湧いてくるのか、ソラは自身でも分からなかった。

わけもわからない心地のまま、ソラはルキナに向かって叫んだ。


「――信じるぞ!!」

「任せて」


走りながらグーと親指を上げた左手をソラに向けてくるルキナに、ソラは思わず苦笑してしまう。

何故かは分からない、分からないが――なんとでもなる気がする。

ソラは走りながら斧を構える。斧の柄を両手でつかみ、腰の後ろまで両手を引く。

そして幹が振り下ろされたその時、


「今」

「はァッ!!」


ルキナの短い呟きとソラの気迫の籠った一声が同時に発せられた。

ソラは右腰の後ろまで構えた左足を踏み込みながら斧を振り抜く。刃先が地面すれすれを掠め、風を切る唸りを残して一気に左上へと駆け上がった。

そして、斧の刃先が轟音を伴って振り下ろされるエルダートレントの表皮と激突した瞬間、途轍もない重圧が斧を通してソラに伝わる。


「ぐッ――」


極限まで力を込められた筋肉は普段よりも2回り大きく膨張し、骨は極大の衝撃によりミシミシと軋んで悲鳴を上げる。

骨が軋む。足の裏から地面に沈んでいく感覚。握った柄が、手の骨ごと折り畳まれそうだ。

斧が、次の瞬間には砕ける。それだけは分かった。だというのに、ソラはまだ諦めてなどいなかった。

歯を食いしばって衝撃を受け止め目の前のエルダートレントをしかと睨みつける。その爛々と輝く目はこの状況でもまだ死んでいない。

そしてここにもう一人、まだ諦めない人間がいた。

ソラとエルダートレントの一瞬の均衡、次の瞬間にはエルダートレントが押しつぶすであろうその刹那。

ルキナはそっとソラの持っている斧に手を添えた。

そして――


『飛んで』


そう一言を呟いた瞬間だった。

ソラの手にかかっていた重圧が一切無くなる。そこにかかっていたはずの山とも思う程の質量が全く感じられない。

まるで空を切っているかのようなその感触に驚く暇もなく、ソラは両手で強く握りしめた斧を全力で振りぬいた。


「おおォ!!」


表皮にわずかに食い込んでいただけだった斧は、振り切られ半円の軌道を描きながら風を切る。そしてバキバキという大音量が森中に響き渡り――エルダートレントの極太の幹が砕け散った。

エルダートレントがメキメキと音をたてながらひび割れ、斧が直撃した場所を起点として上半分と下半分にぽっきりと折れ、下半分は大きく後ろに仰け反り、大きな音をたてながら後退する。

そして上半分は湖をはさんだ向かい岸に軽々と吹き飛んでいく。10m程の岩とも思える巨大な物体が、まるで軽い玉のように吹き飛んでいく様はどこか現実離れしていた。

飛んで行ったエルダートレントの破片が地面に衝突し、大きな地響きが起きる中、


「はァ!?」


その現象に一番驚いているのは、それを為した当人のソラだった。

そして、もう一人の当事者であるルキナは――ドサリと音をたてて地面に倒れこんだ。

「おい!?」

ソラは慌ててかがみこみ、傍で崩れ落ちたルキナを抱き起こす。

その顔は蒼褪め、ハアハアという激しい呼吸をしている彼女は、辛そうな顔をしながらも意識を保っているようだ。

そしてソラに顔を向けて、か細く声を上げる。


「今なら、行ける」

「お前…」

「早く」


ルキナの切羽詰まった顔にソラははっとなって周りを見る。

後ろからはトレント達の群れがまだ迫ってきている。

そして――


「マジか」


彼らの前方に立ちふさがっていたエルダートレントはその巨躯を半分に割られたことで、他のトレントよりも多少大きい程度のサイズとなっている。

だが、それから放たれる威圧感はむしろ増していた。トレントというモンスターたちに感情があるかは分からないが、もしあるとするならば間違いなく激怒している。

エルダートレントは体勢を立て直し、根を動かしながらこちらに近づいてきていた。皮肉な事に、重量が半分になったことでそのスピードは先程よりも早くなっている。


「クソっ!!」


それを見たソラは罵倒の声を上げながら左腕でルキナの腰を担ぎ、


「後で何したか教えろよな!!」


そして、全力で階段に向けて走り出す。


――階段まで残り10m

小柄とはいえ一人の人間を担ぎながら走るので、速度は普段よりも遅くなり、いつもならば2秒もあれば駆け抜けられる階段までの距離も心なしかかなり遠く感じてしまう。

直後、一本の根が目の前の地面から飛び出し、ソラの顔を突き刺さんと鋭く尖った先を向ける。

ソラは極限の集中でその軌道を見切り、顔を左に傾けて回避する。


――階段まで残り5m

次は右から飛び出してきた根が彼の脚を捕えようとするが、そちらは跳躍して回避。空中にありながら、顔を振って辺りの状況を瞬時に把握する。

着地と同時にかがんで、頭を打ち据えようとしてきた根を空振りさせ、その隙に前へダッシュ。

次から次へと湧き出てくるエルダートレントの根を、ソラは紙一重で避けながら前へ進む。

一歩、また一歩と階段に近づいていく度にエルダートレントとの距離も近づき、その攻勢は強まるばかりだ。

無限とも思えるような根の連続攻撃をいなし続けていたソラだったが、そのうちの一つが彼の頬をかすめ、一筋の切り傷となり血が流れる。

しかし、そんな事も気にせずとにかく前へ。


――階段まで残り0m

後は階段を登り、その先にある扉の中に飛び込むだけだ。

だが階段が目の前ということはエルダートレントも目の前にいるということだ。

殆どの枝は先程吹き飛ばされたが、未だに残った枝の一本が鞭のようにしなりソラに迫る。

その攻撃を避けながら、鞭に追い立てられる馬のようにソラは階段を一段飛ばしで駆け抜けていく。

ソラが階段を駆けのぼりながらちらりと後ろを向くと、


「おいおい…」


ソラは思わず苦笑してしまう。

そこには先の尖ったエルダートレントの無数の根が彼を突き殺さんとして迫っているという、もはや壮観なまでの絶望的な光景が目に飛び込んできた。

流石にその飽和攻撃を避ける手段はソラにはなく、もしそれらの一つでもまともに直撃してしまえば、彼の体はペラペラの紙のように貫かれてしまうだろう。


――間に合えッ!!


前へ向きなおり、全力をふり絞って階段を駆け上がる。

背中に迫る根の一本一本を階段上をジグザグに走って回避しながら、あと一歩の所まで迫った扉に向けて右肩から激突するように扉に向かってジャンプ。

左手に抱えたルキナを抱きしめて、自分の体で守りながら、顔を後方に向け、迫る根の軌道を見定める。

視界を埋め尽くす無数の根。その中の一本が彼の顔の目の前まで到達していた。

たった一本でも、それに当たれば即死は必至。

すぐそこに迫っている死の気配を前にして、ソラは極度の集中により体感時間が引き延ばされるのを感じる。

しかし、彼にできる事は何もない。あまりにも太いその根は顔を傾けた程度で避ける事はできないうえに、そもそも空中にある彼の体はもはや回避行動をとれない。

つまりはここで終わり。ソラの頭の中が死で埋め尽くされる。

だがその時、左手の中に抱えた気を失った少女の姿が視界にちらついた。自身の体で守るうように、彼女を両腕で抱きしめる。

せめてこいつだけでも――。

ソラがそう思った瞬間だった。

ピタッとその根が動きを止めた。

ゆっくりと進む時間の中で、ソラの体は動き続けているのに対して、エルダートレントの根は完全に動きが静止していた。

何故、と考える間もなく、彼は肩口から扉に衝突し、無理やりそれをこじ開けながら、第二層へ突入した。



扉を抜けた瞬間、空気が変わった。

冷たく、重く、湿っている。森の熱気が一枚剥がれ落ちるように消えて、かわりに土と石の臭いが肺の奥に入り込んでくる。

そこは仄暗い洞窟だった。上下左右を岩と土に閉じられ、壁面の松明が濡れた岩肌をぼんやりと照らしている。少し先は闇しかない。

ソラは飛び込んだ体勢のまま右肩から地面に激突し、そのまま地面を擦って停止する。


「ぐッ――」


小石が肩に食い込み、服に穴を開け、肌に細かい裂傷を刻む。

荒い息をしながら身を起こし、抱えたルキナを確かめる。顔色は悪いが、傷はない。

息を吐いた。


——生きている。


まさか一層のあんな場所で特殊固体から追われる羽目になるとは思わなかったし、まさか生き残れるとも思わなかった。

一般的に特殊個体とはほぼ幻のような物であり、実在するかも分からないとされている。

ちょっと大きいモンスターをみて特殊固体と言う者もいれば、そもそも見てすらいない空想のものを語りだす者もいる。

要は特殊固体とは一種の都市伝説的なものに近く、実際に特殊個体を見た者はイエソドにはほぼいないだろう。

その正真正銘の特殊個体に襲われ、そこから生き延びるというのはどれだけの奇跡なのか。


「…いや」


しかし、生き延びたのは奇跡の産物ではなかった。

偶然ではない。紛れもない"力"で乗り越えた。

ただし、それはソラの"力"ではない。


ソラはエルダートレントを破砕した時の光景を思い出す。

彼はただ、言われるがままに走り、斧を振っただけ。

彼にはあの巨木を打ち壊す力なんてない。それにもかかわらず、あの時のソラの一撃は特殊個体の巨体を打ち返す事ができた。

そしてその時の奇妙な感覚――重さが一切無くなったかのようなそれを思い出す。

あれは間違いなく、ルキナの力だ。


「…お前は一体何なんだ」


ルキナに問いかけるが、気を失っている彼女から返事は返ってこない。無論、返事を期待して言葉をかけたわけではなく、ただ胸の内にある疑問が思わず口をついて出ただけだ。

そしてもう一つ気になる事がある。

最後、扉に向かって飛び込んだ瞬間、あのままであれば間違いなく彼は根の一つに顔を貫かれて絶命していたはずだった。しかし、彼の眼前で根の動きは急停止し、何とか逃げ伸びる事ができた。

あれもルキナの力――ではないだろう。あの時点で彼女は気絶していた。

しかし、動きが止まったように見えたのは見間違いではないだろう。そしてそれは無能のソラでできる事ではない。

エルダートレントが勝手に動きを止めたというのも考えにくい。

そう考えると、あれは何か別の"力"によって止められていたと考えるのが自然だ。


「…」


一人、彼の頭の中にそれが可能な人物が思い浮かぶ。だが、その人物はこの場にはいない。


結局、ソラはただのスラムの一般人に過ぎない。多少、一般人よりは強いかもしれないがその程度の存在。

今日もまたルキナの力と、何か分からないもののおかげで生き延びたに過ぎず、一人であったのなら、エルダートレントに軽くひねりつぶされていただろう。


ソラは思う。

ルキナはきっと、塔を登れる人間だ。

だが彼は違う。彼とルキナの間には根本的な壁がある。

そして、それは努力とか知識、知恵で乗り越えられるものではない。

それを人は才能と呼び、彼はそれを欠いていると自覚しているし、他人からも言われている。例えどれだけ上を目指そうと努力しても、絶対に限界が来るのだ。

ソラの中にある小さな声が、繰り返す。


——おまえは、最初から、選ばれていない。


今は生を喜ぶべきだと分かっていた。それでも、胸の中は動かなかった。


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