試しの冒険①
【イエソド第1層――始まりの荒野】
空は青く、高く、太陽だけが異様なほど近かった。草の緑もない黄土の大地が、足元からどこまでも続いている。
地面はじりじりと熱く、空気は乾ききって、まるで世界全体が息を殺しているようだった。
そんな荒野の真ん中に一つ、ぽつんと何かが置いてあった。
それは扉だ。全長は3mほどだろうか、どんな人間でも通れそうな程巨大な両開きの扉がそこにあった。
その扉の前後には誰もいないはずなのに、扉は勝手に開き始めた。
そしてその中から二人の人間が出てくる。
片方は長身の青年で、粗雑な麻の服と背中にリュックを背負い、手には錆びかけの斧を握っていた。
もう片方は身長の低い女だ。フード着きの長いローブを来ており、ローブの下の服装は何も見えない。ローブを深く被っているため、外からではどんな顔をしているのかも分からない。
二人はソラとルキナだった。
結局あの後、ルキナからの誘いをソラは保留にした。どれだけルキナがソラを信用していようとも、ソラ自身が自分を信じられない上に、彼女はソラがどんな人間なのかも分かっていないだろう。
そんなことをいうソラのことをルキナは臆病者を見るような目でじっと見つめていたが、ある程度の納得はしていた。
確かに彼らは一日一緒に行動してみただけの人間だ。ソラは塔の中で一度ルキナの能力を垣間見たが、ルキナはソラの能力を見たことがないだろう。
だからこそ、二人で塔を登っていくという判断はその場では難しいということに一定の理解を示した。
そこで彼らは実際に塔に入って、登ってみることにした。そうすれば、お互いにどんなことができるのか、あるいはできないのかを判断することができるだろう。
そのような経緯で、彼らは塔の中に二人できていた。
装備や食料をしっかりと買い込み、2日程度なら中で過ごすことも可能な準備をしたうえで塔に入った。
ソラは見た通りの斧を持ち、ルキナはショートソードを装備している。外見からは分からないが、フードの下に着こんだズボンのベルトにホルダーをつけて、そこにショートソードを下げるようにしていた。
「おおお…」
「何だその声は…」
記憶のない彼女にとってみれば塔の中の景色は新鮮なのだろう。ルキナは変な声を出しながら辺りをきょろきょろと見回していた。
といっても周りにあるのは、砂と石、小さな草花がまばらに生えた不毛な荒地であり、あまり見るものがあるわけではなかった。
「なんというか、何もない」
「まあ、入り口はこんなもんだ」
先程の扉は塔内部への入り口だ。塔の外壁にある似たような扉はこの荒野に置いてあった扉に通じているのだ。どういう理屈で荒野に繋がっているかは分からないが、それが塔というものだった。
この荒野はスラム側の入り口から入った場合のスタート地点だ。街側の入り口から入ると別の場所からのスタートになるらしいが、彼自身はよく知らない。
この入り口付近には殆どモンスターも居なければ、何か良いものが拾えるわけでもないのも当然で、入り口付近のモンスターはすぐに間引かれるし、貴重なモノがそこらにあったらすぐに拾われて無くなってしまうだろう。
つまり、モンスターの狩猟や、金になるモノの採集は、それぞれ荒野を抜け出した先で行う必要があるという事だ。
この荒野を北に進んでいくと森、東に進んでいくと山岳地帯、南に進めば密林、そして西に進むと廃墟が現れる。先日、ソラが狩りをしていた廃墟の森は、西に進み続けると見つけることができる。
「とりあえず、次の"層"に向かうぞ」
「層?」
ルキナが首を傾げる。そういえばこいつは何も覚えていないのだった。
「塔の中は階層ごとにいくつもの"層"に分かれてる。そしてその奥にある"階段"を通れば次の"層"に進める。で、全部の"層"を登りきった先に、次の階層世界への扉がある……らしい」
「らしい?」
「俺もそこまでは行ったことがない」
ルキナは黙って塔の天井を見上げた。見えるのは荒野の青い空だけだ。塔の中には天井など無いし、ここからでは見えるはずもない。
今回の目的は塔を登るに当たり、両者の能力がどの程度のものかを各々が理解することにある。
そのためにも、低層で狩りをするよりも、層を登った先で限界を見極めることが肝心であろう。ソラはそう考え、ひとまず己が知っている階段の在処までルキナを先導することにする。
目指すは北の森、その奥にある第2層への"階段"である。
そうして歩き出した二人は、離れた場所から彼らのことをじっと見つめる誰かの視線があることには気づかなかった。
荒野を20分ほど歩くと、草木が生えた草原が見えてくる。そこは森林と荒野の中間地点だ。
そうなると今度は、別のモノも現れるようになる。
モンスターだ。
ソラとルキナの周囲を、グレーウルフが取り囲む。その数は5体、殆どが1m越えの成熟しきったものだ。
そこは草原に入ってすぐの場所だ。気づいたらまわりの岩陰からぬるりと数匹のグレーウルフが顔を出し、あっという間に周囲を囲まれてしまった。
しかし、ソラは熟達した冒険者であった。そんな状況を前にして、ソラは冷静に周りを見渡していた。
ルキナも特に怯える様子もなく平然とした態度だ。
「まずは俺がやる」
「任せた」
グッと親指をソラに向けるルキナの様子になんだか脱力してしまうソラだが、グレーウルフがその瞬間を見逃すはずもなく、群れのうちの3体がソラとルキナに向けて飛び掛かる。
前方に一体、左方に一体、後方に一体の三方向からの同時攻撃だ。そして、彼らは発達した脚の筋肉により、途轍もない速度で肉薄してくる。
もし未熟な冒険者であれば、その速度に慌てふためき、冷静な対処は出来なかったであろう。対してソラは、落ち着いて構えをとる。
ソラには特殊な能力等何もない。多少、人より膂力があるだけの普通人だ。そんなソラがこの同時攻撃をどうやっていなすか。それは非常に単純な事だ。
――同時に攻撃されるのが嫌なら、自分から先に攻撃を仕掛ければ良いのだ。
まずは正面の一体、ソラに顔を向けて飛び掛かってきた一匹に向かって彼は駆けた。そして、右腕に持った斧で真横に向けて軽く振りぬく。
その結果も見ずに、勢いに任せてその身を回転させ、流れで横から来る一匹を握りこんだ左手でぶん殴る。
そして回転させた体の目の前には、後方から飛び掛かろうとしていた一匹の大きな口があった。
その攻撃を、軽く身を後ろにそらす事で避けると、攻撃を避けられたグレーウルフの体が目の前を通り過ぎていく。
その無防備な腹部に向けて、右足で膝蹴りを叩き込むと、モンスターの灰色の体は面白いように上空を高く舞った。
その間約2秒程。ソラの周りには頭蓋を斧で叩き切られ脳漿をまき散らした死骸と、殴られた事で頭が陥没しぴくぴくと痙攣している死にかけの一匹とが転がっていた。
ソラが一息吐くと同時に、空を待っていた一匹が地面に大きな音を立てて衝突する。口から血と内臓の一部を吐き出している。どう見ても即死だ。
残った2匹はというと、その状況が理解できなかったのかその場で呆然と立ち尽くしていたが、数秒ほどして漸く事態を呑み込めたのか、大慌てで尻尾を巻いて全力で逃げ去っていった。
「おー」
「やめろそれ」
ぱちぱちとルキナが拍手をしながら、気の抜けた歓声を上げるが、あまりにも適当だったため、ソラはなんだか嫌な気分になった。
気を取り直して、周囲を警戒してみるも、辺りには何の気配も感じ取れなかった。
そういうわけでひとまず、採取に専念することにした。目の前に転がっているグレーウルフ達の犬歯を素手で力強く引き抜く。
「それは何?」
「こいつらの討伐の証拠集め。こういうのも金になんだよ」
ふーんと言いながらその様子を興味深く見つめるルキナをよそ目に、ソラは手際よく3匹分の牙を引き抜いて、腰に下げたポーチの中に入れる。
全ての死骸から牙を取得し終えると、ソラは立ち上がり、ルキナに顔を向けた。
「良し、このまま進むぞ」
「これはこのままで良いの?」
ルキナがソラに向って問いかける。どうやら死骸を放置しておく事が気になるようだ。
「大丈夫だ。どうせこのまま放置してもすぐに別のモンスターが食べて綺麗さっぱり無くなる」
「私たちは食べないの?」
じっと死骸を見つめるルキナは、どうやらこれを食べる事を考えていたようだ。そういえば粥もがっついて食べていたし、もしかすると体型に反して、意外に大食いなのかもしれない。
「こいつらは煮ても焼いてもくせーんだ。それに食ったら腹壊す」
「残念…」
本当に残念そうな顔で死骸を見つめるルキナに対して、食い意地すげーなと思うソラであった。
更に2時間。太陽は遠慮というものを知らず、荒野の土は熱を溜め込んでじわじわとブーツを通して足裏に返してくる。
浮いてくる汗の不快感に顔を顰め始めた頃、前方の地平線の色が変わった。
緑だ。いや、緑というより、影だ。人の丈を何倍にも超える木々が壁のように連なり、荒野の光を断ち切っている。その際から、別の世界の匂いがした——腐葉土と樹液と、湿った影の匂い。
北の森の入り口。
「ようやくか…」
「木陰…!!」
まるで飢えたハイエナが死肉を見つけたかのように、ルキナは目を輝かせて正面の森を見つめる。
ソラは袖の短い服を来ているためそこまで問題ではないが、ルキナの方は長いローブ来ているし、フードまで被っている。その中は熱気が籠り、とんでもないことになっていそうだ。
そんなことになるなら脱げば良いのにとも思うが、彼女の美的感覚故だろうか、頑なにローブを脱ごうとはしなかった。
「落ち着いて行くぞ…あれ?」
「木陰!!」
ソラが慎重に進もうとしている中、気づけばルキナは森林に向って走りだしていた。よほど暑かったのだろうが、走ったらもっと暑くなるので本末転倒ではないか。
という考えがソラの頭をよぎるが、それよりも大事なことがある。
「待て!周りを見てから――」
ここは塔の中だ。外界とは違い、飢えたモンスターたちが日々獲物を探してさまよっている。そんな世界では油断したものから死んでいく。
不意に大きな影が差す。そしてそれを認識した時にはもう遅かった。
走り出したルキナの上空から、何かが猛スピードで急降下してくる。早すぎて正確には見えないが、大体2~3mほどの巨大な何かだ。
頭上から迫りくる何かを察知したルキナが上空を見上げた時、彼女のローブはそれの持つ巨大な鉤爪でがっしりと掴まれていた。
「「あ」」
二人分の間の抜けた声が重なる。
そして次の瞬間、バサっとそれが大きな翼をはためかせ、上空へと舞い上がり、ルキナを連れ去っていった。
「クソ鳥か…!!」
ブラッドウィングレイヴン――彼がクソ鳥と呼んでいるそれは、血紅色の大きな体を持つ鳥型モンスターだ。
彼らの特徴は大きな翼と爪、そしてその嗅覚にある。1㎞離れた場所に落ちた1滴の血の匂いすら感じ取れるという話もあるくらい、彼らは血の匂いに敏感だ。
こちらが油断した瞬間にたまたま現れたというわけではなかろう。おそらく、グレーウルフの群れを狩った時から、血の匂いに察知して、彼らの事を監視していたのではなかろうか。そして漸く隙を見せたルキナを狙ったと考えるのが自然だ。
このモンスターの問題は、上空を飛ばれると攻撃する手段がソラにはないという事だ。
持っている斧を投げたとしても当たる保証はないし、ルキナに当たってしまう恐れもある。
そうしてソラが悩んでいる内に、ブラッドウィングレイヴンはぐんぐんと高度を上げていき、徐々にその姿が点のように小さく見えなくなっていく。
「やるか…!!」
遠ざかっていくルキナの姿に覚悟を決め、一か八かで斧を上空に投げようとしたソラだったが、
『墜ちて』
遥か上空からそんな一言が聞こえてくる。それは小さな呟きだったのにも関わらず、何故か地上にいるソラにも聞こえる不思議な言葉だった。
次の瞬間、遥か上空にいたはずのブラッドウィングレイヴンが、先程ルキナを捕まえた時と同じように急降下してくる。違うのは、まるで飛んでいる途中に急に錘がのしかかったかのように、ジタバタともがきながら墜ちていることだ。
そして、地上に徐々に近づいてくる1匹と一人の姿を呆然とソラが眺めていると、
「受け止めて」
「は!?」
と、上空から聞こえてきた。その言葉に我に返り、ソラが慌てて構えをとった瞬間。
「ほっ」
もがき墜ちるブラッドウィングレイヴンは獲物を捕まえ続ける余裕もなくなったらしく、軽く身を捩るだけでその大きな鉤爪から逃れたルキナがソラに向かって跳躍した。
「マジか」
彼女は背中を地面に向けて、ソラめがけて墜ちてきた。上空からの落下による勢いは凄まじく、常人が受け止めようとしたら、最悪の場合押しつぶされて死に至るだろう。
だがソラは人に比べれば強靭な肉体を持っていた。両腕で彼女の足と背中を抱えるようにして、彼女の体を受け止める。いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。
「ぐ、――」
彼女の来ているローブが空気を含み、受け止めた瞬間、ぼふっと音が鳴る。音の柔らかさに反して彼の体にかかる衝撃は相当なもので、骨は折れないにしろ、かなりの負担が両腕、そして彼の体を支える両足にのしかかる。
ソラは彼女の体を落とさないように、顔を苦痛に歪めながらも全身で踏ん張り、その両腕で彼女の体にかかる衝撃を完全に吸収した。
「…ふー」
「ぐっじょぶ」
何とか彼女を受け止めきり、安堵の一息を吐くソラに対して、ルキナはグレーウルフを彼が倒した時のようにグッと親指を彼に向けた。あまりにも気が抜けたその態度に、ソラは小言をいう気すら失せ、ジトっとした目だけを向けた。
その視線から離れるように、彼の腕の中から跳躍し、ルキナは地面に降り立つ。
ちょうどその瞬間、上空からブラッドウィングレイヴンが彼らの傍の地面に墜ちてきた。
ソラに受け止められたルキナとは違い、強烈な勢いで地面にたたきつけられたそれは、グシャグシャっという大きな音を周囲に響かせた。
原型もとどめない程に潰れた頭部からは、色々な体液が溢れ出し、周囲を赤く染め始める。討伐の証拠となるのは嘴の先端だが、この様子だと潰れてしまって証拠の意味を成さないだろう。
その死骸を前にして、むふーと鼻息を出すルキナはやけに自慢げだ。
「どう?」
「…」
得意げな顔でその成果の程を尋ねるルキナに対して、ソラは色々と言いたいことがあったが、その全てを心の中で嚙み殺し沈黙する。
考えるのは先程の出来事だ。上空まで舞い上がったブラッドウィングレイヴンはある時点で何故かもがきながら急降下してきた。
まるで不可解なその現象。そしてその直前に聞こえた彼女の一言、"墜ちて"。彼女を拾ったあの日、あの強大な化物が潰れた際に聞こえた声と同様のものだ。
それを合わせると、やはりあの時に起こった事はルキナの"能力"によるものだろう。その詳細は分からないが、現れた効果は絶大なものに思えた。
自分とは違い、やはり彼女は持っている者なのだろう。彼女に対する粘ついた嫉妬のような何かが、自身の中で首をもたげるのを感じる。
「ソラ?」
気づけば目の前でルキナが首を傾げていた。急に沈黙したソラのことが心配になったのかもしれない。
ソラは慌てて、自身の黒い感情を振り払うかのように、頭を左右に軽く振って彼女に答える。
「何でもない。――とりあえず、よくやった」
「むふん」
そうして、あまり感情のない誉め言葉を彼女に送ってやると、それに気づいた様子もなく、彼女は誇らしげに鼻息をあげた。
直後、ハッとなった彼女は地面の死骸を見ながらソラに問いかける。
「これは食べれる?」
「……」
どこまでも食い意地が張ってるなこいつと、ソラは思った。
「なかなか美味。75点」
「辛口だ…」
ルキナは焚き火の前で焼かれた鳥の肉に舌鼓を打つ。高評価のわりに点数が低いのは、今後現れるであろう更なる美味を期待してだろうか。
目の前の肉は先程狩猟したブラッドウィングレイヴンのものだ。その場で軽く血抜きをして、脚の一部だけを剥ぎ取り食料としていた。
全長が2~3m程にもなるその体を持ち運ぶのは難しいし、解体にも時間がかかる。そうなれば血の匂いをかぎつけた他のモンスター達に襲われるリスクが高くなるだろう。
全身を持っていかなかった事に対してルキナは不満げだったが、食事をとったことで幾分か気が和らいだらしい。むぐむぐと小さな口で肉を頬張る彼女の顔には微かな笑みが浮かんでいた。
そんな彼女の様子を見ながら、ソラも目の前の肉に噛り付く。
やはり美味い。普段スラムで食べることのできる食料よりも断然良い。
新鮮で臭みもなく、噛むたびに肉汁と脂が溢れ出す。ほとんど何も調味料をかけていないというのに、成熟したその肉からは深みのある味わいが口の中に広がる。
ソラは骨の周りについたこびりついた肉を歯で丁寧に歯がしながら考える。
鬱蒼と繁る樹木が日の光を遮り、辺りはひどく静かだった。
焚き木のパチパチとした音と、ルキナの咀嚼音。それ以外には何も聞こえない。
だが何も聞こえないことが、この森ではむしろ危険の証だ。音を立てる生き物は、音を立てずに狩られた後なのかもしれない。
第一層の"階段"がある場所を、ソラはいくつか知っている。その中でも、この森にある階段は塔の入り口から最短時間でたどり着けるものであった。
他の階段は第一層の各地に散らばっており、階段のある場所まで到達するのに2~3日程度かかってしまう。
その点、ここの階段は森の中を1~2時間程歩けば見つけることができる。――もちろんそれは迷わずに歩くことが出来ればの話ではあるが。
肉を食べ終えたソラは、手に持っていた骨を放り投げ、背負ったバッグの中を漁り、その中から古びた手帳のような物を取り出した。
表面はボロボロで今にも崩れそうなそれは、年季が入り日焼けした紙は深みのあるベージュ色をしており、その中にはびっしりと文字や絵が刻まれていた。
ルキナはそれを見ながら、ソラに尋ねる。
「それは?」
「これか?まあ地図みたいなもんだ」
それはソラが記載したのではなく、とある別の人物が記したものをソラが受け継いだものである。
何の特異な能力も持たないソラが冒険者として生きていられた理由の半分はこの手帳にあるといってもいいだろう。
その手帳には様々な情報が記されている。
塔内の簡単なマップに始まり、各地の特異な地形に関する情報、水源や食料を安全に確保できる地点のマーカー、そして各地に出現するモンスターの生態等、塔を攻略するにあたり必要な情報が多く記載されている。
そしてこの手帳には、この森林地帯の正しい道順が記載されていた。
彼らが休憩をとっているこの場所もまた、その手帳に記載されていたポイントである。比較的開けたこの場所は索敵も容易で、この森の中では絶好の休憩ポイントと言えるだろう。
手帳に記載された道のりを見ると、現在地点からおよそ1時間程歩いた場所に階段はあるだろうということが分かる。
ソラは現状の状況を確認する。
食料は問題ない。先程モンスターの肉を現地調達した結果、用意していた食料は一切減っていない。
水は思ったよりは減っているが、即座に補充が必要な程ではない。
各種装備に関しても損耗は殆ど無し。
つまり、状況としてはかなり良好といえる。このまま次の層へ進む事も可能だろう。
「よし」
ソラは一言呟くと、バッグの中に手帳を戻す。
その声に出発を予感したルキナもまた、食べ終えた骨をその場に置き、手をぺろぺろと舐めながら立ち上がる。
「行く?」
「そうだな。日が暮れる前に次の層に進みたい」
「分かった」
手をぺろぺろと舐めるルキナは、食事中脱いでいたローブを羽織ると、ぺろぺろと手を舐めながら前を向いた。
いやどんだけぺろぺろしてんだよ、こいつ。と、ソラは思いながら話し出す。
「…この方向に進み続ければ階段が見つかるはずだ」
「了解――」
不意にルキナが後方を振り返った。そこには何もない。あるのは背の高い樹木とそれらによって日の光が遮られる事でできた暗い深淵だけであった。
「どうした?」
「…何でもない。何かに見られた気がしただけ」
「…モンスターか?」
「わからない」
何かに見られているというのは不思議ではない。ここは森の中。人類の生存圏ではなく、モンスターの楽園だ。
今こうしている瞬間にも彼らの隙をうかがっているモンスターがいてもおかしくはない。
しかし、ソラはその視線を感じることはなかった。また、現状知覚できる範囲にはモンスターは見当たらない。そのため、即座の危険はないだろうと考えられる。
ソラはもう一度、ルキナが視線を感じたであろう方向を見る。そこにあるのは吸い込まれそう闇とうっとおしいほどの樹木が立ち並ぶ景色のみであった。
どこか不気味なものを感じたソラは前方に向き直って言った。
「…さっさと階段まで行こう。ぐずぐずしてたらそのうち襲われるかもしれないしな」
「了解」
そうして二人は北東の階段を目指して速足で歩き出す。
「♪」
――そして、背後から一定の間隔で付いてくる誰かに彼らが気づくことはなかった。




