残響の道程③
「おらァッ!!」
幅広の廊下、背の高い列柱が立ち並ぶその場所に、ソラの気合の一声が響き渡る。
直後、右手に握った長剣が力任せに振り回される。しかし、その目的は断ち切ることではなく、壊すこと。それは切るという動作ではなく、殴りつける打撃であった。
「KA――KA!?」
そしてその一撃は、目の前のモンスターの顔面を文字通りに粉砕した。
骨と金属が衝突する、甲高くも乾いた音が残響となってその場に木霊する。
モンスターとは勿論、この層の代表的な存在である骨兵。
イエソドの塔、その最前線のモンスターであるはずのそれが、ソラの無造作な一撃で撃破されていく。
頭部を失い、ゆっくりと崩れ落ちる骨兵の首元を、ソラはすかさず左手で掴んだ。
「――ん」
ソラは掴んだ骨兵の体を左手で軽く持ち上げて、鎧の上から下までを素早く目線で流した。
胸当ての表面。錆びた金具。腰の帯。指のあった位置。錆びた長剣の柄。革の縁。
どれもこれも、他の骨兵と殆ど変わらない。目立って光るものも、微かに嵌め込まれた指輪も、隠されたペンダントも、何一つとして見当たらなかった。
「……ハズレか」
ソラが短く息を吐いて、掴んだ骨兵の体を左の壁際へと無造作に放り投げた。
がしゃり、と乾いた音を立てて骨兵の残骸が石壁と衝突する。骨の欠片が跳ねて、ぱらぱらと石畳の上に散らばった。
「はぁ……」
ソラはがっくりと肩を下ろしながら溜息を吐いた。
九層に突入してから討伐した骨兵の数は、これで通算三十五体。それに対して、価値のある素材や塔遺物の入手はゼロ。
かけた労力に対して、対価がまるで釣り合っていない。ソラならずとも溜息をついてしまうだろう。
「なぁ、ホントに塔遺物なんて出んのか?今のところその気配も感じないんだけど…」
ソラはたまらず後ろに居る男達、ガレンとドールに声をかける。
「ははっ、そんなポンポン出てたら塔遺物に今の価値はついてねーよ」
「俺たちは少なくとも百から二百は討伐して漸く一個だからな。あと数十体倒して1個出たら良いほうだろう」
「マジかよ……」
情けなく溜息をもらすソラを、ドールとガレンが笑っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ソラとルキナ、そして【高みを目指す者】の面々が九層に入ってからもう二時間ほどが経過している。
前線はソラとルキナが担当し、その後ろをガレン、ドールが固め、リッキを背負ったイズミが着いていくという隊列をとっている。
の意図はソラとルキナで討ち漏らしたモンスターが居ればガレンとドールで堰き止めることだ。
しかし、今のところ、ソラとルキナが討ち漏らしたモンスターは一体もいない。ここまで遭遇した三十以上のモンスターは全て、ソラとルキナが蹴散らしていた。
「えっと……そこは右です」
モンスターの処理がソラとルキナの担当とするならば、目的地までの案内は後方のイズメの担当だ。
戦闘能力を持たない彼女は、しかし【高みを目指す者】の中でも非常に重要な役割を果たしている。
その内の一つが、各層のマッピングである。
彼女は極めて高い空間認識能力と記憶力を併せ持っており、その頭の中には各層の正確な地図がある。
彼女が居れば、どれだけ入り組んだ地形であっても迷うことはない。
彼女のその能力が、【高みを目指す者】というチームが、この最前線まで到達出来た一つの理由だ。
「右か、了解」
「ん」
イズメの声に応じて、先頭を進むソラとルキナが廊下の十字路を右へ曲がる。
その先の廊下はこれまでとは少し様相が違っていた。
石畳の色がこれまでよりも一段濃い灰色に変わり、両側の列柱の間隔が少しずつ狭まっていく。天井は相変わらず暗く、松明の光は届かない。
視界の奥にはうっすらとした光が見える。どうやらこの先は広間か何かに繋がっているらしい。
ソラがその廊下に右足を踏み入れようとした時だった。
「止まってください」
薄暗い廊下に響いたその声に、ソラがすんでのところで立ち止まって振り返る。
声を上げたのは最後尾に居たイズメだった。
彼女はツカツカと音を鳴らしながら、ソラの横にまで来て、右手に持った松明を翳す。
「……これ、見てください」
そう言って、彼女はソラの足元を指さした。
言われてみてみれば、そこには薄く光りを反射する、細い糸のような何かがあった。
「……何だこれ?」
「罠です」
ソラの疑問にイズメが短く答えた。
「ワイヤーに触れると作動するタイプの罠です。恐らくは壁に空いた射出口から矢でも飛んでくるんじゃないかと思います」
「なるほど……」
「それにあの床を見てください」
イズメは少し先の石畳を指さした。
一見すると他の石畳と違う所がないように見えるが、よく見れば、そこだけ埃の積もり方が違うように見えた。
「何か、埃が溜まってるように見えるな?」
「過去にここを通った冒険者たちが、あそこは踏まないように通過したのでしょう。だからあそこだけ埃が高く積もっている」
「罠、か」
「そうです」
ソラは目を見開いてイズメのことを見る。
その視線に気づいたイズメは、びくっと震えた
「な、何でしょうか?」
「いや、純粋に感心してた。俺とルキナはそういうの分かんないからな」
「いぇいいぇい」
「何で自慢げなの?」
「あ、いや、私は…」
そんな二人のやり取りの中、イズメが左手をソラの方へと差し出した。
褒められたのが照れ臭かったのだろう。彼女の頬が、少しだけ、赤く色づいていた。
差し出された左手の中指には、黄銅の細い指輪が嵌っている。松明の炎の下で、その表面が微かに反射する光を返していた。
「これのお陰なんです」
「……指輪?」
イズメはこくり、と頷いた。
「"灯明の指輪"、と言う塔遺物です。これを着けていると、罠の位置が少しだけ見えるんです」
「少しだけ?」
「はい。影というか色というか、その見え方がほんのちょっと変わるんです……といっても、光を当ててよく見ないと、分からない程度なんですけど」
「はー…塔遺物にも色々あるんだな」
ソラはその指輪のことをジロジロと眺めながら呟くと、それを聞いたドールが口を開いた。
「アンタらも塔遺物は持ってんだろ?」
「まぁ二つだけな。そういうそっちは何個持ってんだ?」
「全員持っているのを合計すると七個だな。しかもそのうちの六個は"レア"だぜー」
「"レア"?」
自慢気に語るドールの言葉に、ソラが疑問を呈した。
その疑問を理解したのか、ガレンが口を開いた。
「塔遺物にはその効果や希少性に応じて三つの階級がある」
「一番下が、底階」
ガレンが右手の指を、一本立てた。
「普通の魔道具でも出来るような効果なら、大体これだ。限定的な状況で、あるいは一時的にだけ効くものが多い。イズメの指輪はこれだな」
「へぇ」
ソラが短く相槌を落とした。
「その次が、地階」
指がもう一本、立てられる。
「希少で、価値のある効果を持つ塔遺物。装着してるだけで常時発動するものが多い。ドールの"朽ちぬ骨環"もこれに当たる」
「なるほどな」
恐らく、ルキナが持っている"アトラスリング・レッサー"もそのうちの一つだろう。
常時発動型のその効能は、冒険者にとっては非常に価値のあるものだ。
「そして、一番上が――」
ガレンが三本目の指を立てる。
「空階」
そう、ガレンは呟いた。
「詳しくは俺たちにも分からない。どんな効果なのか、どんな形なのかもわからないし、どうやったら入手できるのかも分からない」
「……何も分からないってことじゃねーか」
「その通りだ」
ソラの苦言に対して、ガレンは少しだけ笑った。
「だから、レジェンド。あくまで伝説、噂話でしかないシロモノに、あるとしたらで名前を付けたに過ぎない」
「まー要するに、実質的には地階が最高等級の塔遺物ってことさ」
「ふーん……」
彼らがそんな雑談をしている時だった。
「―――こほ、」
イズメの背中に負われたリッキの喉から漏れた、微かな咳の音。
すぐに続いて、もう一つ、二つ。乾いていて、そして浅く細い咳だった。
「リッキさん!?」
「……ん、」
慌てて声をかけるイズメだが、当のリッキの意識は未だもどってはいないようだ。
荒い息は止まず、時折、その喉から微かな咳が零れている。
その場に流れていた和やかな空気が霧散する。
「……急ぎましょう」
今はイズメの異能とポーションで凌いでいるが、急がねば彼女の命の灯が消えるかもしれない。
「この罠の廊下は私が先導します。必ず私の踏んだ床だけを進んでください」
「…了解」
「うい」
イズメの言葉にソラとルキナが頷き、一行は再び言葉も少なく薄暗い廊下を進んでいく。
その行先を、松明の仄かな灯りだけが照らしていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「――ここです」
罠の廊下を抜けてから、更に数十分。
出てくるモンスターを退けて、隠された罠も潜り抜け、入り組んだ廊下をイズメの言う通りに進み続けたその先で、漸くイズメがそう告げた。
そここそが護衛依頼の最終地点。ソラとルキナ、そして【高みを目指す者】の一行はついにそこまで到達した。
到達したのだが、
「……行き止まり?」
ソラが目を丸くしてそう呟いた。
その視界の先にあったのは、単なる壁だった。
無骨で厚みのある、一枚の石壁。人が抜けられるような穴も、通り道も、どこにも見当たらなかった。
「道、間違えたか?」
「いいえ、ここで合っています」
答えたのはイズメだった。松明を掲げたまま、静かにそう応じた。
「ここが、正しい道です」
そう言うと、イズメは目の前の壁に向けて右手で松明を翳して、空いている左手でその壁をぺたぺたと触り出す。
「……何してんだ?」
その状況に怪訝な表情を浮かべたソラに向って、ガレンが口を開いた。
「ここは、実は行き止まりじゃない。この先にある特殊な場所までの入り口が隠されている」
「隠されている?」
「そうだ」
まあ、見てろ――そう言うとガレンは壁に張り付いているイズメの方に向き直る。
ソラもまたそちらを見返すが、視界に入るのは判読不能の文字がびっしりと刻まれた石の壁だけ。そこには何かしら特別なものがあるようには見えない。
イズメは左手を壁に沿わせながら、右手で持った松明を、少しずつ、位置をずらしていく。
指の腹と、松明の光の距離。その二つを微妙に調整しながら、彼女は壁の一角をじっくりと撫でる。
そして、
「……あった」
イズメの手がぴたりと止まった。
その視線の先にあったのは、壁に刻み込まれた刻文――ではなく、それにひっそりと紛れた一つの模様だった。
下から上に向かうにつれて幅が細くなる、三角形に近い縦長の図形。
その図形の中には五本の横線が刻まれて、合計六段の階層構造となっている。
周囲の刻文と溶け合うように、しかし確かに彫られたその形はまるで、
「……"塔”?」
そう、ソラが呟いた瞬間だった。
イズメがその模様に指を置いて、微かに力を込めて――
模様が、指の下で微かに沈んだ。
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