残響の道程②
塔を登る冒険者たちとって脅威となるモノはいくつも存在するが、やはり一番恐ろしいのはモンスターであろう。
各層ごとに異なるモンスター達。その形も様々で、狼や鳥類、草木の形をしたものから人型まで、塔の中には無数の種類のモンスターが存在する。
その中でも厄介なものの内の一つが、アンデッド型だ。
動物の死骸がベースである彼らの特徴はその異常な生命力だ。例え肉が腐り落ちて骨が露出しようと、彼らの生命活動は止まらない。
そしてそれは、骨兵も同じだった。
「クソがッ」
ソラは悪態を吐きながら、その場でバックステップを踏んだ。
直後、ガキンという金属音が鳴り響く。ソラの元居た場所に3つの長剣が振り下ろされていた。
長剣を振り下ろしたのは、先ほどソラに吹き飛ばされた三体の骨兵とは異なる骨兵たち。
「KAKAKAKAKAKA!!」
「鬱陶しいな、ホントに……」
石畳に叩きつけた長剣を構えなおしながら、髑髏は笑う。
それと同時に、かれらはゆっくりと左右へと展開。ソラの左右、そして正面にその身を配置する。
「KA、KAKA……」
更に壁に叩きつけたはずの三体も再び歩き出して、その隊列に加わる。
気づけば、ソラの周囲は白と錆の色に囲まれていた。正面に三体。左右に二体ずつ。背後にも一体。合計六体。
六つの顎の音が、揃った歯車のようにカラカラと回転していた。
――さて、どうするか。
ソラは頭の中で、そう一言呟いて、情報を整理する。
スケルトンはアンデッド型のモンスターの中でもメジャーな存在だ。一層から出現する彼らは、その対処方法もよく知られている。
その方法は二つある。
一つはかれらの背骨を断ち切ること。肉のない彼らにとって、背骨だけが上半身と下半身を繋ぐ支えとなっている。そこを断ち切られれば、彼らは立ち上がることすらできなくなる。
が、これは討伐ではなく彼らの無力化が目的となる。
完全な討伐を目指すなら、方法は一つ。
彼らの頭部を完全に破壊することだ。そうすることで彼らの活動を完全に停止させることが出来る。
先程もソラはそうするつもりだった。普段のソラであれば、この程度の骨蓋を潰すのは拳一つで済むはずだった。
いつも通りに彼の膂力で三体まとめて吹き飛ばし、その衝撃で頭蓋を叩き割るはずだった。
そして吹き飛ばすことは出来たし、頭蓋に罅を入れることも出来た…が、それを完全に破壊することはできなかった。
それが出来なかったのには二つの原因があった。
一つは、普通のスケルトンと比べて遥かに骨兵たちの頭蓋が硬かったこと。
そしてもう一つ。
ソラは自身の右腕を見た。いつも通りの自分の腕と、そこに刻まれた蒼の紋様。
しかし、ソラに刻まれた異能の印は、今は何の輝きも放っていない。
『自由』を邪魔されることで発動するソラの異能は、しかし、発動しなければ何の効果も発揮しない。
まず、この広い空間内では、ソラは目の前の六体のモンスターを邪魔だとは認識できない。
そして、彼らからは脅威を感じない。例えば五層の壁、ベヒーモスのような圧倒的な脅威。それがない。
つまり――ソラの道に立ちふさがる「邪魔な敵」と彼が認識するには、骨兵達の格は足りていないということ。
開けた地形と、異能が発動しない絶妙なラインの強さ。それがソラのことを苦しめていた。
――本当に、使い勝手の悪いチカラだ。
自分自身の異能の役に立たなさを、ソラは心の中で自嘲する。とはいえ、そんなことをしても、周囲の六体が消えるわけではない。
ソラは短く息を吐いて、頭の中に浮かんでいた愚痴をそのまま吐き捨てるように押し流した。
異能に頼れないなら、頼らないだけの話だ。
ならばどうするか――そう考えたソラは、目の前にうってつけの装備があることに気が付いた。
「はっ」
ソラの口元に薄い笑みが浮かんだ。
方針は決まった。後はやるだけだ。
周囲の骨兵達はソラの周囲を取り囲みつつ、じりじりとその輪を狭め、飛び込む機会をうかがっている。
待つのは悪手。一斉に飛びかかられればソラと言えども対処は難しい。
故にソラは――再び、自分から一歩踏み込んだ。
「KA!?」
狙いは右側に展開していた一体。
周囲を取り囲んでいた他の五体もソラへと駆けだすがもう遅い。その時にはもう、ソラは目当ての骨兵の目の前まで迫っていた。
「ふっ」
ソラが息を吐きながら右手を骨兵へと伸ばす。
対する骨兵も右手に掴んだ長剣を横薙ぎに振ろうとするが、既にソラはその懐へと入り込んでいる。骨兵の
「もらった」
ソラは短くそう呟いて、伸ばした右手で、骨兵の右手首をがっしりと掴んだ。
握力を少しだけ込める。
その瞬間、骨兵の手首の骨が内側から乾いた音を立てて砕けた。
支えを失った掌の骨が、指ごとぱらぱらと崩れて石畳に落ちる。長剣を握っていた五本の指が、それだけの動作で柄の周りから消えた。
そして、支えを失った長剣が、宙に浮いた。落ちるその柄を、ソラの左手が下から掴む。
刃は、ほとんど切れないだろう。錆が厚くこびりつき、縁は既に鈍く丸まっている。剣として使うには、もはや原型が残っていない。
だが、それでいい。それがいいのだ。それこそがソラの求めていた装備だ。
素手では頭蓋に罅は入れれても、破壊することはできなかった。だが、この長剣の重量を乗せた一撃なら、話は変わる。
「KA――」
長剣を奪われた骨兵が、無意味に顎を鳴らしていた。
その不快な音を出す顎を、
「もっぺん死んどけ」
ソラは奪った長剣の平坦な峰の側面で、下から斜め上へと打ち上げた。
錆びた鉄の重量が、骨兵の兜ごと頭蓋の縁を捉える。錆が縁ごと剥がれる乾いた音と、頭蓋が内側から破裂する鈍い音が、ほぼ同時に鳴った。
頭が、廊下の天井近くまで跳ね上がって、そして落ちてくる。その前に、頭を吹き飛ばされた骨兵の残骸は、周囲の埃と混じって既に石畳の上に崩れていた。
崩れ落ちた欠片は、動かなかった。
「ははっ」
ソラが獰猛に笑う。
「やっぱりこれがいいな」
左手に握りしめた長剣を眺めながら、ソラは独り言つ。
未だ状況は変わっていない。一体は壊したが、まだあと五体の骨兵が残っている。
そしてその五体はソラの体を引き裂かんと、鎧をガタガタと鳴らしながら向かってきている。
ちらりと左――ルキナの方を見る。
そちらには、顎の音がもう、殆ど残っていなかった。
骨兵が長剣を振り回す。しかし、その切っ先は、彼女の鼻先にあと数センチ届かない場所で空を切る。彼女は完全に間合いを見切っていた。
そして、その隙をルキナが逃すわけもない。白いローブを翻しながら、ルキナが軽やかなステップを踏む。
小さな体躯で骨兵の側面へと回り込み、露出した膝の後ろの関節、その隙間へと逆手に握りしめた短剣を差し込む。
そのまま刃を捩じって――骨兵の膝から下がばらばらと崩れた。
「KA――」
体勢が崩れ、骨兵の体が地面へと倒れこむ。
そして――
『墜ちて』
その言葉が少女の薄い唇から放たれた直後、兜を着こんだ頭蓋が地面へとめり込んだ。
グシャリという鈍い音が鳴る。倒れた骨兵の体はそれ以上動くことはない。
「――あと二体」
ルキナの体は既に次の骨兵へ流れている。同じことを淡々と、機械のように繰り返す。
不意に、その赤い目がちらりとソラのことを見た。
その目が、ソラに『遅い』と告げていた。
ルキナの言いたいことを理解したソラが苦笑いを浮かべる。
――俺もちゃんとやんないとな。
ソラの蒼い目が、残りの骨兵達へと向き直る。
それは先ほどまでの厄介な敵を見る目ではなく、獲物を狩る凶獣の目。
握った長剣の柄が、ミシミシと音を立てる。
「それじゃあ――狩るか」
そう独り言のように呟いて、ソラは石畳を強く踏みしめた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ルキナが舞う。その後に残るのは、崩れ落ちた骨兵と粉になったその頭蓋。
ソラが長剣を振るう。そのたびに骨兵達は為す術もなく押しつぶされる。
ガレンやドール、イズメはその光景をただ黙って見つめていた。
十二体居たはずの骨兵達も、残るは後一体だけ。他は全てが軒並み地面に倒れ伏し、起き上がる気配は一切ない。
「KA、KAKA……」
「うるせぇよ」
そしてその最後の一体。たどたどしく音を鳴らすそれの顎を、ソラが右足で踏みつぶす。
それで終いだった。
――何度見ても凄まじいものだ。
後方でその一部始終を見ていたガレンは、心の中でそんなことを思う。
十二体の骨兵達を二人だけで即座に殲滅できるその実力は、熟練の冒険者であるガレンからしても驚嘆に値する。
ソラの言を完全に信じるのであれば、九層に到達したのも今回が初めてなのだろう。
イエソドの塔の最前線であるここ、九層。
そこに住まうモンスターの群れを初見にて軽々と打倒できる実力は、はっきり言ってガレンでは到底及びもつかないものだろう。
――まあ、わかっていたことではあるが。
勿論、それが分かっていたからこそ、ガレンは彼らに前衛を任せ、自らは後衛で控えていた。
それでも自分の中の少しの自尊心がチクリと痛んだ気がした。
――だが。
そんなガレンには、今の戦闘を見ていて少しだけ気になったことがあった。
ガレンの視線がソラの右腕、いや、そこに走る蒼い刺青に留まった。
「……なぁ、リーダー」
そんなガレンに向って、横からドールが小声で声をかける。
「……どうした?何か問題でもあったか?」
「いや、そうじゃないんだけどよ……気づいてるか?」
「……何をだ?」
ドールの言いたいことはガレンにも大体わかっている。が、一応、続きを促す。
ドールは顎でソラの方を指し示す。
「アイツの刺青……俺の見間違いじゃなけりゃ八層だと光ってたよな?」
「……」
「それに今の戦闘…何かさっきまでと動きが違くないか?」
それはガレンが思っていたことと同じものだった。
ルキナは八層までと変わらない実力をガレン達に見せつけた。
速く、鋭く、そして正確な動作――瞬時に獲物の急所を切って、抉って、破壊する舞踏のような動き。
八層で見せたその冷徹な舞踏と、今の動きは寸分違わぬものだった。
だがソラは違った。
八層でのソラは正しく怪物とでも言うべき縦横無尽の破壊を見せつけていた。
武器も持たずに雷甲蜥を引き裂くほどの、圧倒的な暴力。それでもって全てを蹂躙していた。
だが、今の戦闘は違った。素手では骨兵の頭蓋を破壊しきることが出来ずに、武器を使った。
勿論、それでも十分強い。強いのだが、先程までとは次元が違う気がした。
八層で見せたあの怪物じみた速度、あの一撃で雷甲蜥を引き裂く暴力の質――それが、今の戦闘にはなかった。
つまり。
「間違いなく、何かしらの異能だろうな」
それは、ガレンの『号令』やドールの『振動』と同様の特異な力。
上層の人間が使うような魔術ではない、個々人に根差した固有のチカラ。
「これは俺の予想だが、何かしらの条件付きの能力だ。条件を満たすと刺青が光って、身体能力が強化される。条件は――」
「ドール」
話を続けようとしたドールの言葉を、ガレンが短く遮った。
「それ以上の詮索はやめろ。俺たちだって能力を探られて良い思いはしないだろ?」
「だけど……」
「これはリーダー命令だ」
ドールの言葉を、改めて、ガレンは強く遮った。
「俺たちは護衛されている側だ。いつ置き去りにされてもおかしくない状況で、あいつらに悪い印象を与えたくない。それにあいつらにだけ戦わせて、後ろからその能力を詮索するなんてのは不誠実だ」
それはガレンの偽らざる本心だ。
今、満身創痍のガレン達が生きていられるのは、ソラとルキナがきっちりと護衛してくれているからだ。
ここで彼らの気分を害して、依頼を反故にされたりしたらたまったものではない。
それに、戦わずに後ろから眺めているだけの自分たちがその能力を詮索するというのは、ガレンの美学に反している。
他の冒険者達であればそういうこともするのかもしれないが、少なくともガレンにとっては、その行為は卑怯なものに思えた。
「……あー、はいはい。分かったよ、リーダー」
ドールが片手を軽く上げて、それ以上の反論を引っ込めた。
声には不服の気配が僅かに残っていたが、視線までは反抗させなかった。
「悪かったよ。詮索は、俺の悪い癖だ」
「分かってくれればいい」
そう言って、ガレンは構えていた盾と剣を下した。
その目は、合計十二体の骸に囲まれたソラとルキナの背中を、静かに見つめていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ソラは廊下の中央で砕けた骨兵の残骸を無感情に見下ろしていた。
錆びた鎧の破片、白く砕けた頭蓋の欠片、指の骨、朽ちた長剣。それらが廊下の右側の壁の下に雪のように積み重なっている。
合計十二体分の残骸。
「……これ、何か素材あんのか?」
「あるにはあるぞ」
ソラが呟いた時、その後ろから返答があった。
その声の主は、棒を肩に担いだ男、ドール。
「錆びた鎧の破片は、鍛冶屋に持ち込めば銅貨数枚にはなる。骨は、加工次第で細工物の材料になる。値段は張らねぇが、量があるからな。ま、拾える分だけ拾っといて損はねぇよ」
「……なるほどな」
ソラはその言葉に頷きつつも、小さく溜息をついた。
スラムで暮らしていたころだったら欲しがったかもしれないが、今のソラにとっては、その程度はただのはした金だ。
銅貨数枚という価値に、ソラの興味は薄れかけていた。
そんな、明らかに萎えた表情をしているソラを見て、ドールは口の端を少し曲げた。
「だけどな」
ドールはニヤリと笑いながら人差し指を立てる。
「こいつらの中に、たま~にだが塔遺物を落とす奴がいるんだよ」
「……塔遺物?」
「ああ。ペンダントとか指輪とか靴とか武器とか……まあ色々あるが、こいつらの着ている装備品が塔遺物だったりするんだよ」
ソラの目が動いた。その目がドールの顔を見る。
「……それ、本当か?」
「ガチだよ、ガチ。ほら」
そう言って、ドールは右手をソラに突き出した。
そこには傷だらけの手と、そして人差し指に嵌った一つの指輪があった。
「これがそれだよ。"朽ちぬ骨環"……装着した腕の筋肉疲労を遅らせる塔遺物だ。こんな感じで結構いいもんが――」
「ルキナ、探すぞ」
「了解」
ソラとルキナの動きは、早かった。
ドールが言い終えるのを待つより先に二人の膝は既に折れていて、積み上がった骨と鎧の山の前にしゃがみ込んでいた。
「これか?……いや、ただの鎧の縁だな」
「こっち、光ってた」
「マジか、どれ?」
「……骨の破片だった」
「……ちッ」
ソラの両手が骨の山に突っ込まれ、ルキナの短剣の柄頭が兜の縁を叩き回る。
二つの後頭部だけが、松明の光の下でぴょこぴょこと揃って揺れていた。
その光景を、ガレンとドールは、少し離れた場所で眺めていた。
「……なぁ、リーダー」
ドールが、口の端を上げて、隣のガレンに小声で話しかけた。
「あいつら、話せば意外と面白いかもよ?」
「……」
ガレンは返事をしなかった。
そんな彼の後方では、イズメがリッキを背負ったまま、膝をついて塔遺物を探すソラとルキナを目を丸くして見つめていた。
八層の吹き曝しの尾根で狂気の哄笑を響かせていたあの男と、今、骨の欠片を一つ一つ確認しているこの男。
それが同じ人物であるという事実が、ガレン達の目にはまだ少しだけ噛み合わないままだった。
本作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。
この作品では、批判批評を自由に受けつけ、それによる展開の変更や内容の修正が起こることがあります。
誤字脱字、読みにくい文体・改行位置、設定の不整合、唐突な展開へのご指摘等、全てをご自由にレビューいただけますと幸いです。
どんな内容であろうと否定は一切いたしませんので気軽にフィードバックいただきたいです。




