紙一重の依頼
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
「邪魔だっての」
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!?!!????」
モンスターの雄叫びが尾根道に響く。しかしそれは直後に悲惨な断末魔へと変わり、薄れて消えていく。
八層の山稜における代表的な存在、雷甲蜥。尾根道いっぱいに、その群れが迫ってきていた。
ソラは、一歩前に踏み込んだ。
腰の捻りが乗って、肩が回り、肘が引かれ、拳の軌道が仕上がる。
足首・膝・腰・肩・肘・拳が一直線に繋がったその瞬間、拳は先頭の雷甲蜥の胸元に到達し――その体を貫いた。
「GYAッ――」
「くたばれ」
ソラが腕を振るえば、蜥蜴の体が引き裂ける。足で一薙ぎすれば、その巨体が断崖の底へと吹き飛んでいく。
赤い血が噴き出すのも無視して腕を引き抜く。
それと同時に、次の一体へ体が動いていた。
「よっと」
足を薙ぐ動作で、二体目の下顎に踵が入る。
上顎が上に押し上げられ、頭部が首から千切れる勢いで岩壁に叩きつけられた。
鱗の破片が壁の窪みで撥ね、断崖の縁を越えて音もなく落ちていった。
「本当に鬱陶しいな、こいつらは」
ソラの右半身、羽の鎖の紋様が仄かに光を放ち始める。
狭い尾根道――道幅は成人男性が横に三人並べば埋まってしまう程度。前も後ろも、雷甲蜥の群れで塞がっている。跳ぶ場所もなく、避ける幅もない。
そういう状況を、ソラの体は「縛り」として受け取っていた。
出力が、一段上がる。
紋様の蒼が濃くなり、皮膚の下から光が滲む。
次の一体が跳んできた。ソラは動かない。ただ、右腕を横に一度振っただけだった。
そして――振り抜いた先で、跳んできた蜥蜴の胴体が二つに分かれていた。
頭と尾。中間の内臓は既に霧になって石畳に降っていた。
また次の一体。今度は左掌が下から振り上がる。掌底が下顎を貫いて頭蓋の中で全ての構造が押し潰される。頭蓋の縫合線から白いものと赤いものが噴いた。
「GYA――」
「GRU――」
「はッ」
断末魔が、途中で途切れて消える。ソラはただ、その断末魔を鼻で笑っていた。
一方、ソラの後方では退路を塞ぐ別の雷甲蜥に向って、ルキナが動き出していた。
「GRRRRRRRRRRRRRRRRRRッ!!」
「五月蠅い」
ルキナは走りながら、右手で腰の短剣を抜いた。姿勢は低く、地面と平行を保ったまま狭い道を疾走する。
瞬く間に詰まる距離。ルキナと雷甲蜥との距離は1mもない。あと一歩でも踏み込めば、雷甲蜥の爪がルキナの華奢な体を切り裂ける。
しかしそうはならなかった。
雷甲蜥の爪が振り下ろされる直前ルキナはその身をひらりと翻す。その小さな体を更に縮めることで、蜥蜴の横にわずかに空いた隙間をくぐりぬけながら――逆手に握られた短剣を閃かせた。
短剣が虚空に一筋の線を描いた。その軌道上にあったのは、雷甲蜥の首。
「GR――」
雷甲蜥が呻き声を上げる。しかしそれ以上は続かない。その喉元には深い切り傷が一筋刻まれていた。
喉から溢れ出す大量の血を抑えることも出来ずに倒れ出す雷甲蜥を無視して、ルキナは更に先へと跳躍。
そこには別の雷甲蜥が立っていた。
「GI?」
しかし、その個体はルキナのことなど気づいていなかった。
それはそもそも、前に立っていた雷甲蜥の体が邪魔で、ルキナを視認することが出来ていなかったのだ。
目の前の同胞が崩れ落ちたと認識した時にはもう遅い。ルキナはその脇から弾丸のように飛び込んできていた。
そして再び刃が振るわれて――
「よいしょ」
そんな気の抜けた声と共に、首から噴き出す大量の赤が、空中に花を咲かせた。
声もなく倒れていく二体目の雷甲蜥。しかしルキナは止まらない。
短剣を握った右手を振り抜いたルキナは、そのままの勢いで前へ跳ぶ。
その先に居た三体目の雷甲蜥。目の前で崩れ落ちる同胞の姿を目の当たりにして、漸く何が起こっているのか気づいたのだろう。
ルキナに向って跳びかかろうと、後ろ足で地面を蹴って――ルキナ赤い目が、その個体の頭部を捉えた。
『墜ちて』
一言。
その瞬間、三体目の首がぐらりと折れ、地面に頭からめり込んだ。
まるで、天から見えない重石を落とされたかのような潰れ方だった。
「あと三体」
倒れた蜥蜴の死骸を踏みしめながら、ルキナは赤い目で残った獲物を数える。
その視線は絶対零度の如く冷え切った、酷く冷徹なものだった。
ソラが正面の敵を蹴散らす。ルキナが背後の敵を刈り取る。
襲ってくる数多のモンスターを、二人はなんてこともなく軽々と蹂躙していく。
前方と後方、それぞれで八面六臂の活躍を見せる二人――そしてその間には別の冒険者たちが居た。
「ほんとすげぇな…。こりゃ俺たちの出番はなさそうだ」
「ああ、実に頼もしいことだ」
「……」
目の前でいとも容易く蹂躙されていく八層のモンスター達。
そんな光景をソラとルキナの間で眺めていたのは、背中に鋼の棒を担いだ男、ドール。そして彼に相槌を打ったのはチームのリーダーであるガレン。
その後ろではリッキを担いだイズメが、静かに前方で鬼神の如く暴れるソラを見ていた。
それは一挙手一投足を見定めるような視線。彼女はソラのことを強く警戒している。
無理もない。貫き、引き裂き、潰して、投げて――無数のモンスターを次から次へとなぎ倒していく様は圧巻を通りこして恐怖を覚えるほどだ。
少なくともガレンやドールには逆立ちしたって出来ないだろう。
ソラはまるで嵐だ。彼に近づくモンスターの悉くを、彼はその大いなる暴力でなぎ倒す。
ルキナは抜き身の刃のようだ。その冷徹で鋭利な切っ先は触れるものの急所を正確に切り裂く。
「……本当に、凄まじいものだな」
自身が雇った護衛の二人を見ながら、ガレンはしみじみとそう呟く。
そう、【高みを目指す者】は、ソラとルキナに護衛を依頼していた。
ガレンは、目の前の虐殺を眺めながら、その時のことを思い返した。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……話?」
ソラは肉の刺さった串を右手に持ったまま、怪訝そうな顔でガレンの方を向いた。
冷めた目だ。そもそもガレンら一行に興味がないのだろう。今のところ敵意はないが、友好的なこともない。
返答を間違えた瞬間に、こちらを敵と見なして襲い掛かってくることすらあり得る。
しかし、ガレンは臆さない。しっかりとソラの目を見て、言葉を紡ぐ。
「ああ。あんたたち二人の実力はさっき見た。そこで一つ依頼をしたい」
「依頼?」
「そうだ」
ガレンはソラの問いかけに深く頷いた。
「俺たち4人の護衛をしてもらえないだろうか」
「……」
ソラは肉を噛みながらちらりと隣のルキナへ視線を流した。
ルキナは新しい串を頬張ったまま、視線を返しもしない。
それを確認してから、ソラは軽く鼻を鳴らした。
「……内容次第だな。とりあえず続けてくれ」
「分かった」
良し、とガレンは心の中で思った。
目の前のソラという男は他人に対してあまり興味がない。満身創痍のこちらを見て、助けようとも襲おうともしないことからも、そのことは察することが出来た。
恐らく、本質的に他人というものが嫌いなのだろう。そんな人間が、欠片でも興味を示しているのだ。この機会を逃してはいけない。
そう思って、ガレンは慎重に言葉を選びながら話を続ける。
「……見ての通り、こちらはズタボロだ。前衛の俺とドールはチカラの使い過ぎで満足に動けない。後衛のリッキは死にかけで、唯一動けるのは戦闘力のないイズメだけだ。このままだと俺たちは進むことも退くことも出来ずに、ここで死ぬことになるかもしれない」
「だから護衛?」
「そうだ。具体的にはこちらが望む地点までの護衛が依頼となる。勿論、依頼というからには報酬も用意する。そして、道中の難易度に応じて報酬の上乗せもする」
「……なるほどな」
そこまで聞いたソラは、ふん、と鼻息を一つ鳴らした。
「話は分かったけど、カルデアまで送り届けろってんならそれは断る。俺たちは登りたいんだよ、下に戻ってる暇は――」
言いかけたソラに被せるように、ガレンは片手を軽く上げてその言葉を止めた。
「安心してくれ。行き先はカルデアじゃない」
「……カルデアじゃない?」
「ああ」
そう言って、ガレンは焚き火の向こうのソラを真っ直ぐ見据えた。
「俺たちが望むのは――九層への到達だ。あんたたちが今向かっているのと、同じ方向だ」
「……九層?」
ソラは再び、怪訝そうな表情を浮かべてガレンを見る。
「そっちは前衛は満足に動けない、後衛は死にかけ、動けるのは非戦闘要員のソイツだけなんだろ?」
「そうだ」
「これ以上の戦闘も、退却も出来ない……だから俺たちに護衛を依頼してるんだよな?」
「その通りだ」
「じゃあなんで登るんだ?」
"出口"まで護衛するというのなら分かる。少し前にルキナとソラが使った時のように、それを使えば塔の外に出ることが出来る。
カルデアまで護衛するというも分かる。"出口"から出てしまうと、また一層から登りなおす羽目になる。それを避けるためには、徒歩で六層まで降りるしかない。
しかし、逆に登るというのは奇妙な話だ。もう戦えない状態で上に登って何ができるというのか。
「悪いが、今はその答えは言えない。こちらにとっても重要な情報だ。依頼を受けてもらえるなら答えるが、そうでなければ話せない」
「情報ねぇ……」
「あんたらも上を目指しているんだよな?だとしたら、俺の持つ情報は絶対に役に立つ。更に言えば今まで俺たちが得た九層の情報も全て提供できる」
「ふぅん……」
ガレンという男の目をじっと見つめながら、ソラは少し考えた。
感覚的には、彼は嘘をついていないように思える。先ほどもソラ達が偶然に通りかからなければ、彼らは死んでいたに違いない。
だが、スラムで長年培ってきた疑心の芽がソラに疑えと囁いてくる。
本当は彼らは怪我などしていなくて、何かしらの意図で自分たちを騙そうとしているのではないか、と。
そう思ってガレンの瞳を覗き込むが、彼の目は揺るがない。こうなるともう、ソラには言葉の真偽は分からない。少なくとも交渉事においては、ソラよりもガレンの方が上手なのだろう。
しかも問題なのは、この男が持っているものは形のあるものではないということだ。それは暴力で奪えるものではなく、この男から提供されなければ得ることは出来ないだろう。
「……はぁ」
そこまで考えたソラは、一つため息を吐いて、無言で懐から古びたメモ帳を取り出して中身を開いた。
各層の地形や、そこに住むモンスターの生態系等がびっしりと書き込まれたそれには、しかし九層以上の情報は書き込まれていなかった。
そこにはただ一言――『これより先は自分で作れ』と書かれていた。
ここまではメモ帳に従うことで、罠や行き止まりを避け、安全かつ迅速に登ってこれた。
しかしこの層を超えた先、九層に関しては一切の情報がない。そのため九層攻略は慎重を期し、ペースダウンを余儀なくされるはずだった。
そんな状況において、このガレンという男の提案はソラにとってはかなり魅力的だった。少しでも九層攻略の情報を得られるのであれば悪くはないだろう。
それにこの男が持つという情報の方も気になる。
危機的な状況でも出し渋っているのだ。何かよっぽど重要な情報なのだろう。
ソラは再び、ルキナの方をちらりと見た。
相も変わらず肉串にむしゃぶりついているルキナだが、話は聞いていたようだ。
その視線に気づいて、顔をソラの方へと向ける。フードの下から覗くルキナの赤い瞳と、ソラの蒼い瞳の視線が交差した。
そしてコクリ、と小さく頷いた。その後は再び肉を頬張り始める。
要するに、ソラの好きにしていい、という意味だろう。
ソラはもう一度、深く息を吐いて、ガレンの方へと向き直った。
「三つ条件がある」
「……言ってくれ」
ソラの言葉を聞いたガレンは、ぐっとガッツポーズをしたくなる気持ちを抑えて続きを促した。
「まず一つ、九層の情報は全て欲しい。地形に、モンスターの生態、採取できる素材……お前らの持っている全てを教えてくれ」
「分かった」
「次に、俺たちは命の危険を感じたら離脱する可能性がある。それも許してくれ」
「勿論だ。ただし、報酬は成功報酬とさせてもらってもいいか?ないとは思うが、報酬を渡してから依頼を放棄されたら嫌だからな」
「それでいい。その分、成功報酬に関しては期待するけどいいよな?」
「ああ、そこは安心してくれ。情報以外にも、俺たちの持っている塔遺物なんかも提供できる」
「了解だ。じゃあ最後の条件だけど――」
ガレンは、ソラが交渉ごとには慣れていないことに気づいていた。
条件と言いつつ、そのどれもが依頼を受けるうえで当たり前のことばかり。いわば、暗黙の了解に近い約束ばかりだ。
報酬について具体的な交渉はなく、前払いを求めるでもない。
持ち物の全てを寄越せと言われることすら覚悟していたガレンにとって、彼の出した条件は、驚くほど飲みやすいものだった。
そして、どこか余裕を持っていたガレンの内心は、
「俺たちの邪魔をしたら殺す」
ソラのその一言で一瞬で冷めた。
「俺の道を塞いだら殺す。俺に命令をしたら殺す。お前ら全員、まとめて踏みつぶす」
声のトーンは、それまでの淡々とした調子と、殆ど変わりがない。
だがその一言だけが、これまでの二つの条件とは違う重さを持って、焚き火の炎の熱を突き抜けてガレンの胸元まで届いた。
ガレンは思い出した。
目の前の人間が、人間離れした狂暴性を持った存在であることを。血まみれの拳が空を切るたびに、モンスターの体が赤い霧になっていた光景を。
並みの冒険者では……いや、例え【高みを目指す者】のような上位冒険者でも持ちえないような、あの狂気を。
ガレンの背筋を、細い冷たい線が一本流れる。
しかし、ガレンは目を逸らさなかった。
「……了解した」
声はかろうじて、ほとんど元のトーンを保った。
「あんたたちの邪魔は、しない。俺のパーティ全員に、そう徹底させる。約束する」
「なら、いい」
ソラはそう言って、視線を焚き火の方へ戻すと、そこに置いてあった一つの串を手に取る。
そしてそれをガレンの方へと向けて口を開いた。
「取引成立だ。俺たちがお前らの護衛を請け負う」
「……ありがとう」
ガレンは、静かに大きく息を吐いて、感謝の言葉を口にした。
そしてソラから手渡された串を手に取る。そして、齧る。
舌の上で転がる肉。しかしその味は、ガレンには分からなかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そうして彼らは今に至る。
ソラが先頭で、ルキナが後方で四人のことを護衛し、九層までの一本道を突き進む。
今のところは順調。幾度とないモンスターの襲来も、その爪牙は四人の身には届かない。
このままいけば、あと数時間で九層の階段まで到着するだろう。
その事実に、ガレンは少し溜息をついた。
彼ら四人が万全だったとしてもここまでの速度は出せない。そのことはチームのリーダーである自分が一番良く分かっている。
もう三十をとうに超えた。今更嫉妬の気持ちなんてものは湧かないが、それでも少し憂鬱な気分になる。
――ここまでの実力者が何故、今まで話に登らなかったんだろうな。
そんなことを考えていたガレンは、ふとイズメの様子がおかしいことに気が付いた。
イズメの視線が、先頭を歩くソラの背中に釘付けになっていた。
ただ見ているのではない。その一挙手一投足を見定めるような、隙を測るような視線。
警戒――そう呼ぶしかない色が、その瞳の奥にあった。
「まだ怖いか?」
「ガレンさん…」
イズメは、少しだけ言葉を選んだ。
そして、意を決したようにゆっくりと口を開く。
「……はい。まだ、少し」
言ってから、慌てて付け足す。
「あ、いえ、感謝はしています。……あの二人がいなかったら、リッキさんも私たちも、みんな死んでいたのもわかっています」
言葉の最後は、背中のリッキの重みへと溶けていった。
そのずっしりとした、しかし温度のある人間の重みこそが、あの二人に助けられたことの動かしがたい証拠。
イズメの背中には、生きている仲間がいる。それは、あの尾根道で失うはずだったものだった。
――なのに。
イズメの視線が、前方のソラの背中に戻る。
赤黒く染まった白の外套。その背中は無造作に上下しながら、次の獲物へと歩いていく。
彼らは強い。本当に強い。これまでイズメが目にしてきた、どの冒険者…勿論自分たちよりも遥かに強大な力を持っているのは分かる。
そしてその強さが自分たちの命を繋いだこともわかっている。
だが、思い出してしまうのだ。
血まみれの拳。血の跳ねた黒髪。臓物を踏み潰す両足。
血の雨の中で狂ったように笑い転げるあの姿が、今もまだ瞼の裏にこびりついて離れない。
間違いなく、狂っている。今は静かに護衛をしているのも、どこか不気味と言わざる得ない。
その狂気と暴力が、次の瞬間には自分たちを向く可能性を、イズメは頭のどこかで想定してしまっていた。
背中に担いだリッキの鼓動を感じながら、イズメはポツリと呟いた。
「怖いです、正直……」
「……そうか」
ガレンは短くそう返してから、少しの間だけ、前を歩くソラの背中に視線を移した。
そして、静かに口を開いた。
「……慰めになるかは分からないが、安心してもいいはずだ。さっき話した感じ、あの男はかなり理性的だ。意味もなく突然こちらに襲い掛かってくることはないはずだ」
「そうでしょうか……」
「チームリーダーの俺が保証する。大丈夫だ」
そう言ってガレンはイズメに微笑んだ。
「それにあいつらのお陰で俺たちはあそこまで無傷で到達できそうだ。そうしたらリッキだって治せるはずだ、そうだろ?」
「……はい!」
畳みかけるように言われたその言葉に、イズメは少しだけ微笑んだ。そしてリッキのことを背負い直す。
背中のリッキの呼吸が、微かに震えた。眠っているのか意識が戻りかけているのか、その境目は、担いでいるイズメにも判別できなかった。
それでも、震えたということは、確かに生きていた。
先頭を歩く男は確かに怖い。だが、少なくとも今は味方なのだ。ガレンの言う通り、この調子ならリッキは助けることが出来るはずだ。
そう思い直して、ようやくイズメは肩の力を、ほんの少しだけ抜いた。
ガレンはそんなイズメのことを見ながら、先ほど言わなかったもう一つの事実を思った。
――もし、ソラが俺たちのことを殺すつもりなら、もうとっくに殺されているだろう。
逆に言えば、まだ殺していないということは、ガレン達四人を殺すつもりは今のところないということだ。
ガレンは、猛獣の口の中に頭を突っ込んでいるかのような、そしてその口が何時閉じられるのかも分からない――そんな心地がしていた。
しかし、それを表情に出さずに、道の先を見た。
「――もう少しだな」
ガレンの短い呟きが、風に流れて消えていく。
八層の雷鳴が、尾根道の上を静かに走り抜ける。
そうして数時間後、六人は九層へとたどり着いた。




