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万鎖の空と遥かな自由へ ―永遠の塔と絶対自由の叛逆者―  作者: れび
第二章:栄光と勝利に至る星幽路
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救いの蹂躙②


静寂が満ちていた。

雷鳴は遠く、生き物の息遣いも感じられない。

そこには無数の屍があった。十や二十ではない。百にも届きそうな死骸の大群。

それは人ではなく、この場を埋め尽くしていたモンスター…雷甲蜥ブリッツリザードのもの。

四肢が千切れた無惨なものもあれば、少しの傷だけで絶命しているものもある。

共通しているのは、結局どちらも理不尽なまでの暴力に晒されたということ。

この世は所詮、弱肉強食。弱い者は強い者に全てを奪われるのが定め。

そしてそのことを誰よりも知っているソラは、頬に着いた血を親指で弾きながら呟いた。


「まあ、大体片付いたか」

「うむ」


ソラの言葉に、気づけば隣に居たルキナが頷く。

辺りは惨憺たる状況だ。道には血が付いていない場所がないほど赤く染まり、臓物や肉片がそこら中に散らばっている。

血と汚物の匂い。スラムでよく嗅いだ、あの匂いが周囲を満たしている。

ソラが着ている白の外套もいつものように真っ赤に染まり、革の手袋にまで血がしみ込んでいる。

対するルキナの方は綺麗なままだ。装備が汚れぬように殺すことを徹底し、その身には返り血も殆どついていない。

対照的な二人。白と黒の彼らは、それでいて根本は似通っている。自由を追い求めるところも――それのためなら全てを破壊するところも。


そして今回もまた、彼らは邪魔なものを皆殺しにした。

立ちふさがった哀れな蜥蜴たちは、そのほとんどが死んでいた。逃げのびたものもいくらかはいるだろうが、群れの八割は少なくとも殺しただろう。

もうソラとルキナの前に姿を現すことはないかもしれない。

ソラは一度、大きく息を吐いた。胸の内側に残っていた熱が抜けていく感覚。それと同時に右半身の蒼が消えていく。


「とりあえず素材でも回収するか……ん?」


そうして人心地ついたソラが、蜥蜴たちから素材を回収しようと周囲を見渡す。

そして気づいた。

ソラとルキナ以外が死に絶えたこの場所で、別の生き物が残っていた。

しかもそれはモンスターではなく、人だ。

壁際でうずくまっている女二人と、その近くで倒れこんでいる男二人。

ガレン、ドール、イズメ、リッキ――【高みを目指す者】(アルティオラ)の四人は、ソラとルキナという極大の暴力により生き残っていた。


ソラの視線が、四人の上を流れた。

無造作に、何の感情もなく、ただただ冷えた視線で彼らをなぞる。

その視線の温度に、ガレンは背筋の内側が引き攣るのを感じた。


「誰だこいつ等」

「……ッ」


今の今まで気づかなかったソラは少しだけ怪訝な顔をする。

その声を聴いたイズメがびくっと震えて、未だ意識のないリッキをギュッと抱きしめた。

彼女の表情には助かったという安堵よりも、目の前のより恐ろしいものへの恐怖が浮かんでいた。


同業者――しかし、塔の中ではそれは仲間を意味しない。

モンスターの素材が利益となる冒険者にとって、最も効率的な狩りの仕方はモンスターを殺すことではない。

モンスターを殺して素材を集めた冒険者から奪うことだ。

塔の中は無法地帯だ。ここでは人をいくら殺そうが罪には問えない。盗むも奪うも殺すも、強者ならば全てが許される。


それで言えば、【高みを目指す者】(アルティオラ)の四人は強者だ。大抵の冒険者たちであれば圧倒できるような実力を持っている。

だが、目の前の二人は別格だ。無数にいた蜥蜴たちを易々と殲滅したその戦闘力は常軌を逸している。

それに【高みを目指す者】(アルティオラ)は万全の状態ではない。

唯一遠距離攻撃が可能なリッキは気を失っているし、イズメにはそもそも戦闘能力がほとんどない。

そして残りのガレンとドールは地面に倒れこんだまま、身体は全く動かず呻くことしかできない。


つまり、もし目の前の二人がそちら側の思考をする人間だったならば――彼らは死ぬ。

ガレンとドール、そしてイズメに緊張感が走り、


「……ま、いいや」

「ん、採取採取」


ソラが目線を逸らした。それは路傍の石でも見るかのような、本当にどうでもいいものを見る冷めた目だった。

その視線は辺りにばらまかれた死骸に向いて、そのまま採取を始めだした。

ルキナもまた、四人の方を一瞬見ただけで、ソラと同じように死体から肉を剥ぎ取り出す。


「肉肉肉」

「お前、ホントに飯のことしか考えてないな…」


狂ったように笑いながら虐殺していた男と、冷酷に正確に機械のように殺していた女。

先程までの狂態はどこへ行ったのか、二人は談笑しながら蜥蜴の骸を解体し始める。


「こいつらって何が売れるんだ…爪とかか?」

「とりあえず全部放り込む」

「そうだな」


ソラが鉤爪を三本まとめて袋に放り込みながら軽く笑い、ルキナはそれに短く同意する。

二人の間には、他愛のない冒険者の休憩時間そのものの空気が流れていた。

先程まで尾根道を血で染めていた狂気は、既に袋に一緒に仕舞われでもしたのだろうか。

二人はどこにでもいる二人組のように、蜥蜴の死骸を淡々と分解していく。その視界の中に【高みを目指す者】(アルティオラ)の四人は入っていなかった。


そんな二人のことを、ガレン、ドール、イズメの三人はただ茫然と眺めていた。

イズメの腕の中で、リッキがこほっと小さな咳を漏らす。

リッキのもつ微かな温かさが、イズメに彼らが生き残ったことを伝えていた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


パチパチと燃える火。

薄暗い洞窟の中を、その柔らかなオレンジ色が満たしている。

その優しい暖かさが尾根道の風にさらされ続け、冷えた体に熱を戻す。

光源は焚き火以外には殆どない。たまに洞窟の外で墜ちた稲光が一瞬だけ周囲を照らすくらいだ。

洞窟の中、揺らぐ炎に照らされるのはソラとルキナ。


「むぐむぐむぐ」

「お前ソレ何本目だよ…」


ルキナはいつものように肉を刺した鉄串を両手に持って、リスのように頬を膨らませながら、それぞれを交互に頬張っていた。

その肉は雷甲蜥のもの。その味は淡白で旨味が薄く鶏肉に近い印象だが、鶏に比べると脂も乗ってて癖もない。

溢れ出した肉汁がルキナの口回りをベタベタに汚していく。そんなことも気にせず、ルキナは肉を頬張り続ける。

ソラもまた右手に持った串の肉にかぶりつく。美味い。噛む度に身の奥から臭みのない脂が溢れ出してくる。ソラとしてはかなり好みの肉だ。


ソラとルキナが束の間の休憩を楽しんでいるこの場所は、先ほど二人が蜥蜴たちを蹴散らした場所からほど近いところにあるセーフティゾーンだ。

尾根道の側面、背の高い岩壁にぽっかりと口を開けた洞窟。

雨風を凌げるこの場所は、モンスターが寄ってこない性質も相まって絶好の休憩スポットとなっている。

八層に入ってから数時間ほど歩き続けていた二人にとってはありがたい場所だ。

そんなここにはソラとルキナ、そして――


「……」


静かに二人のことを見つめる男女四人組――すなわち【高みを目指す者】の一行もいた。



結局、彼ら四人は生き残った。

素材を回収し終えた目の前の二人組は彼らのことを一切無視して、近くにあったこの洞窟の中へと入っていった。

そして、【高みを目指す者】の四人もまた同様にこの場所で落ち着くことにした。

尾根道は吹き曝しだ。風は変わらず岩壁の隙間を這い、リッキの体温を確実に奪っていく。

このまま同じ場所に留まれば、リッキはあと数刻ももたない。それは誰の目にも明らかだった。

それに、消耗しきったガレンとドールにも、屋根の下で体を休める時間が必要だった。

異能の反動で全身の筋肉が鉛に変わり、指先を動かすことすらままならない。

まともな治療を受け、屋根のある場所で休まなければ、次に一体の雷甲蜥が現れただけでも彼らは終わりだ。


イカれた二人組の背を追うのは、冒険者の常識で言えば自殺行為に近い賭けだ。

もしかしたら、洞窟で二人が待ち構えていて、四人はまとめて殺されるかもしれない。

だが、もし本気で殺す気だったのなら、四人はとうにこの尾根で死骸のひとつになっていたはずだ。

それが、この場でガレンたち四人に残された、最も筋の通った消去法。

賭けというより、他の目が全て潰れた末に、細い一本の道だけがまだ潰れずに残っている、というだけの話だった。

やがてガレンとドールの指先が動くようになるのを待って、イズメがリッキを抱え、彼らはその二人組の背を追った。


そして、彼らは賭けに勝った。

案の定、目の前の二人は彼ら四人に対して何ら興味を抱いていないようだった。

洞窟に入ってきた四人をちらりと見ただけで、襲ってくる気配も一切ない。

ソラとルキナは、彼ら四人組のことをただの景色としか見ていなかった。


「むぐむぐむぐ…60点」

「やっぱり辛口だな……」

「……」


ガレンは改めて目の前の二人を観察する。

一人は白の外套を血で染めた男だ。引き締まった体をしていて、その右半身には蒼色の刺青を刻んでいる。

先ほどの狂笑はどこにも無い。むしろ打って変わって冷静な態度で、相棒を見る目もどこか兄のような穏やかなものだった。

もう一人は同じような白いローブを着こんだ女だ。フードを深く被っているためその顔は見えないが、その体つきと声から察するに女で間違いないだろう。

こちらも先程の冷酷な狩人という様相とは打って変わって、どこかほんわかとした印象に見える。

オンとオフ、力を入れる時と抜く時。それが明確に切り替えられるのは、良い冒険者と言えるだろう。だが、ここまで顕著なのは、少し不気味と言わざるを得ない。


ガレンにとって気になっている点はいくつかあるが、まず最も気になっているのは彼らの姿をこれまで見たことがなかったことだ。

ガレンはもう二十年近く冒険者として過ごしてきた。それだけの年月を積み重ねれば、腕の立つ人物の名前くらいは、大抵どこかで一度は耳にする。

【高みを目指す者】として活動する前は、十年近く一人で幾つもの階層を上り下りしていたし低層の冒険者のことは良く知っている。

更に、ここ数年はカルデアを拠点とすることで、上位冒険者たちとの交流も多くなった。ガレンは上から下まで、ありとあらゆる冒険者を知っているという自負がある。

だが、目の前の二人については心当たりが何ひとつなかった。

これだけ目立つ見た目をして、かつこれだけの実力者でガレンが知らないということは殆どありえない。

あり得るとしたら、ここ最近、しかも四人が今回の冒険のためにカルデアを発った後に現れた新人、ということぐらいだろうか。

だが、そうだとしたら六層についた新人が、二人だけで八層の中腹まで攻略したということになる。それはそれで驚異的だ。

無論、先ほど垣間見た二人の実力からすればそれも可能だろうが、そうだとすると何故これほどの実力者が今まで隠れていたのかが分からない。

考えれば考える程に何故という疑問が湧いてくるが、そこに答えは浮かんでこない。


「…ふぅ」


ガレンは、覚悟を決めるように一つ大きな息を吐いた。

重要なことは三つ。

一つ目に、目の前の二人にはガレン達四人に対する敵意はないということ。

二つ目に、目の前の二人には信じられない程の強大なチカラがあるということ。

そして最後に、そのチカラでもって彼らは救われたということだ。

ならば、やることは決まっている。


「……少し、良いだろうか」

「ん?」


ガレンは意を決して、目の前の二人組に声をかけた。

反応を示したのは男の方。それまでは一切、ガレンのことを視界にすら入れようとしてこなかった彼が、こちらに顔を向けてくる。

蒼い瞳と、視線が正面から合った。先ほど尾根道で見たあの冷えた視線。こちらのことを何とも思っていないような、その目。

焚き火の炎が瞳の奥で小さく揺れて、それが唯一の温度らしきものだった。


ガレンは石床に手をつき、体を少しだけ起こす。

まだ全身は鉛のようだったが、頭を下げるだけの力なら、どうにか残っていた。


「まずは……礼を言わせてくれ」


声はまだ掠れていた。喉の奥に電流の名残がある。

それでも、言葉を止めるわけにはいかなかった。


「あんたたちが来なかったら、俺たちは全員、あそこで終わっていた」


一拍置いて、続ける。


「特に、そこにいる仲間の命を繋いでもらった。俺たちは、あんたたちに救われた」

「……」

「ありがとう」


頭を下げてそう言ったガレンに対して、男はただ黙って見下ろしていた。

そして、一口、右手に握った串の肉を齧った。

噛んで、飲み込んで、そして口を開いた。


「別に」


短い返答だった。


「助けたつもりはねえよ。目の前の邪魔なもんを退かしたら、後ろに人が転がってた、ってだけの話だろ。感謝されるほどじゃない」


そのまま、ソラは二口目にかじりつく。

ルキナは、その隣で串を持ち替えながら、ちらりとガレンを見た。それだけだった。何かを言う気配はなく、視線は再び自分の手元の肉に戻っていった。

先程まで観察してきた通りだった。恩を売る気もなければ、感謝を求める気もない。ただ通り道を確保しただけ、というのが、この男の中での本当の認識なのだろう。

だがそれは、ガレンにとってはむしろ好都合だった。恩を売る気のない相手には、恩を返す立場でこちらから交渉を持ちかけやすい。


「それでも、だ」


ガレンは、なお言葉を継いだ。


「結果として救われたことは変わらない。理由がどうあれ、俺たちはあんたたちに借りができた」


ソラは肉を噛んだまま、返事はしなかった。

しかし視線は、ガレンから外れなかった。聞いてはいる、というだけの姿勢だが、心なしか先程よりは視線の温度が上がっている気がした。

それだけで、ガレンには十分だった。


「――名乗らせてくれ」


ガレンは背筋を、痛みに耐えながら伸ばした。


「俺はガレンだ。そこで壁にもたれかかってるのが打撃手のドール、後ろで手当てをしているのが術師のイズメ、そして治療中の弓手がリッキ。四人で組んで、上位階層を目指している」


一気に言い切って、また息を吐いた。


「あんたたちの名前を訊いても?」


ソラは、肉を飲み込んでから、面倒くさそうに一言だけ返した。


「ソラ」


そして、隣を親指で示す。


「こいつはルキナ」


紹介された当のルキナは、串を頬張ったまま、こくりと一度だけ頷いた。それが挨拶のつもりらしかった。

それ以上の情報はソラの口からは出てこなかった。訊けば答えてくれるかもしれないが、この段階でそれを踏み込むのは筋が悪い、とガレンは判断した。


「ソラ、ルキナ……覚えた」


ガレンは、その二つの名前を一度、口の中で転がすようにして復唱した。

そして、焚き火の炎越しに、真っ直ぐソラを見た。

先ほどまでの観察の目でも、感謝の目でもない。

対等な冒険者として相対しようという、覚悟の籠った目。


「ソラ。ひとつ、話を聞いてもらえないか」


これから始まるのは、冒険者としての取引だ。










本作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。

作者のモチベーションにつながるため、レビューやリアクション等をいただけますと幸いです。


この作品では、批判批評を自由に受けつけ、それによる展開の変更や内容の修正が起こることがあります。


誤字脱字、読みにくい文体・改行位置、設定の不整合、唐突な展開へのご指摘等、全てをご自由にレビューいただけますと幸いです。


どんな内容であろうと否定は一切いたしませんので気軽にフィードバックいただきたいです。

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