救いの蹂躙①
拳を振るう。足で蹴とばす。そのたびに轟音が鳴り響き、目の前の邪魔な物が消え去っていく。
それは大きな岩の壁。一つ一つが大きな岩塊が、無数に積み重なって出来たもの。
人の手には余るはずのそれを、ソラはいとも容易く徒手空拳で壊し尽くす。
拳が振るわれれば岩が粉々に割れ、足が薙げば吹き飛ばされるのだ。どれだけの膂力があればそんなことが出来るのだろうか。
例えどれだけ熟練の冒険者であっても、道具もなしに人がそんなことなどできるはずがない。
しかし、彼ならばできる。
前へ、ひたすら前へ。道を塞ぐ岩の山を殴って、蹴って、壊して抜ける。
そうして延々と続く岩のバリケードを壊し尽くしたその先には――
「うわ」
これまでの道とは違った幅の広い尾根道。そこに無数の青が居た。
それは群れだ。青い鱗の、巨大な蜥蜴――雷甲蜥の群れ。それが目の前の道も、左側の壁面も、右側の断崖の壁にも、いたるところにびっしりと張り付いている。
スラムで良く見たゴキブリやネズミの大群のように、それらが視界を埋め尽くしている。
その蜥蜴たちが一斉にソラの方へ振り向き、縦長の瞳孔が彼の姿を捉える。
「何匹いんだよ。キモ」
その光景にはソラも思わずそんな感想を抱く。
道を塞ぐ岩を退かしたと思ったら、今度は蜥蜴が道を塞いでいた。しかもうじゃうじゃと大量に。
眉を顰めて言葉を吐き捨てたソラの後ろからひょこっとルキナが顔を覗かせる。
「きしょ」
言葉のわりに表情は変わっていない。何も感じていないかのような、凪いだ顔で蜥蜴の群れをじっと眺める。
そして一言。
「邪魔」
「ああ」
その声にソラが頷いた。
敷き詰められたモンスターの絨毯。その上を歩かせてくれるほど、彼らは優しくないだろう。
そして、蜥蜴たちは静かに、突如として後方から現れた二人の人間を観察していた。恐らくは、襲い掛かるタイミングを見計らっているのだ。
歩くための隙間もなく、退いてくれる気配もない。
つまり――邪魔なものだ。
岩を退かすことで減退していた蒼の光がまた灯る。『自由』を妨げるものへの怒りが燃え上がり、ソラのチカラが鼓動を始める。
そして、これから起こることが決定した。
それはすなわち、
「俺の邪魔をするなら――」
鏖殺。
次の瞬間、ソラの姿が消えた。
その場に残るのは蒼の残光。それが微かにちらついたまま、その姿は視界のどこにも無かった。
そして、起こったことを、その場にいた誰もが理解できなかった。
しかし起こったことは明白だった。
道を埋め尽くしていた蜥蜴の集団。
それが消えた。
「GIッ!?」
一匹の雷甲蜥が短く鳴いた。
突然として目の前から同種が何体も消え去ったのだ。その声には困惑と恐怖が入り混じっていた。
そして消えた同胞たちが居た場所。その中心で、
「くははっ」
笑い声。
右半身を蒼く光らせた男が笑う。
疎らに切られた黒髪の隙間から覗く蒼い目が、周囲を埋め尽くすモンスターの群れを嘲笑っている。
その瞬間、上空から雨が降り注いだ。突如として天から落ちてきたそれは、水というには熱くて、粘ついていて、そして赤かった。
「はははははっははは」
そして、ぼとぼとと音を立てて空から何かが墜ちてくる。
それは腕、頭、脚、胴体、尾――突如として消え失せたモンスター達の肉体をバラバラに引き裂いたもの。
十体を超える分の肉片が、天から降っては道にべしゃりとたたきつけられたり、あるいは断崖の下へと消えて行ったり。
つまり――一瞬のうちに引き裂かれていた。
「ははははははははっはあっははははははははははッ!!」
ソラの哄笑が響き渡る。
彼がやったことは単純。目の前の蜥蜴の集団に駆け寄り、まとめて殴り飛ばしただけ。
その拳に込められた膂力によってモンスター達は無惨に引きちぎられ、宙を舞った。
しかし、それは誰もが認識できない程に、速かった。
「お前ら全て――」
大きく三日月上に裂けた口から声が出てくる。
その声色は、モンスター達にすらわかるほど、悍ましいほどの怒りが込められていた。
溢れんばかりの憎悪が込められていた。
しかし、狂おしく笑っている。
そして、雷甲蜥は、モンスターとしての本能で、理解した。
――彼らは最早、捕食者ではない。彼らは駆られる側に、"獲物"に回ったのだ。
「皆殺しだ」
そして蹂躙が始まった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
――一体何が起こっているんだ。
地面に倒れ伏したまま、言葉を出すことも出来ず、ただただガレンは目の前で起こっている異様な光景を眺めることしかできなかった。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!?!?!?」
「あははははっはははははっははははあははッ!!お前ら柔らかいなァ!!」
悲鳴を上げるのは雷甲蜥。周囲を埋め尽くす捕食者だったはずの彼らが、今や哀れな獲物となっていた。
その中心にいるのは見知らぬ黒髪の男。甲高く、愉快そうに笑い続けるソレの右半身は、どういうわけか蒼く発光している。
彼が腕や脚を振るう度に、雷甲蜥たちがいとも容易くバラバラになる。
剣を腰に差しているのにも関わらず、それは一切使わない。
革の装備をしているだけに見える手と足が、硬いはずの雷甲蜥の鱗を軽々と引き裂いていく。
そのたびに、鱗を伝う電流はバチバチと音を立てて男に流れている。そのはずなのだが、男は一切の痛苦も感じていない。
蜥蜴たちは果敢に男に飛びかかろうとするが、直後には血の花となって散っていく。
弾ける爪、眼球、内臓、そして血と肉が尾根道を赤黒く汚していく。
「GIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIAAAッ!!!」
「ぐふっ、はは、ひゃあっはははっははははははははッ!!」
モンスターの断末魔を目の前で聞きながら、降り注ぐ血の雨で白の外套を汚しながら、その男は尚笑っていた。
醜悪で、邪悪で、耳の奥に残りそうなその笑い声が、遠くで鳴り響く雷鳴よりも五月蠅く響く。
そして、男の後ろでは、まるで正反対のことが起こっていた。
「GI――」
「五月蠅い」
雄叫びを上げようとした一体の雷甲蜥の首が引き裂かれた。喉から大量の血が溢れ出して、そしてそのまま倒れこむ。
血の海に沈んだそれを見ることもなく、小さな影が血で染まった尾根道を駆け抜ける。
その影は一人の人間だった。ローブを深く被っていて良く分からないが、身長の低さと声の高さから恐らくは女だろうと推測が付く。
恐らくは黒い男の仲間なのだろう。
彼女は駆けながら右手に持った短剣が振るう。そのたびに近くにいた雷甲蜥が崩れ落ちていく。
モンスターが声を上げる間もなく、その急所だけを深く切り裂く。
しかも、正確に鱗の隙間を狙って刃を差し込んでいる。あれでは電流も流れないだろう。
静かで、正確で、どこか優雅にすら見えるその一連の動作は、殺戮ではなく舞踏と言ってもいいほどに綺麗だった。
「GURAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
そんな中、雷甲蜥が彼女に飛びかかる。
その数、三体。舞うように駆ける彼女を食い千切らんと、顎を大きく開きながら後ろ足で地面を蹴って跳躍し、
『墜ちて』
そのまま地面に落ちた。
彼女の体に触れる前に、その体――いや頭が急に落ちたのだ。そして地面と衝突し、鈍く、湿った音を響かせた。
彼らの頭は地面にめり込んでいた。そして、そこから赤い血がこぼれだす。
それはまるで突如として蜥蜴たちの頭だけが急激に重くなったかのような、そんな現象だった。
動かなくなったそれらを無視して、女は更に駆け抜ける。そして無言のままに、蜥蜴たちを切り裂き続ける。
「ははははははっははははははあはははっはははははははははッ!!」
「鳴き声がキモイ」
笑う男と、無口な女。
醜く派手な殺しと、綺麗で地道な殺し。まるで真逆なその二人組。
男の周囲には引き裂かれた肉片と濁った血だまり。女の後方には地面にめり込んだ頭と、声もなく倒れた死体の列。
それは戦闘というにはあまりにも一方的過ぎるものだった。これこそがまさしく蹂躙というものなのだろう。
二人が織りなす暴力に、雷甲蜥達は為す術もなく呑み込まれていく。
――なんなんだ。
ガレンは思う。
体は未だ言うことを聞かず、口を動かすことはできない。だから彼はただ、頭の中でそう呟く。
目の前で男が振るう。肉と血が飛び散る。
その後ろで女が躍る。蜥蜴の体が崩れ落ちる。
男と女が殺したモンスターたちの大量の血が地面を伝って、ガレンの目の前に伝ってくる。
その赤さがあまりにも鮮烈で。
――なんなんだ、こいつらは。
ガレンとドールが何時間もかけても、命を賭しても削り切れなかった蜥蜴たちが、見る見るうちにその数を減らしていく。
最早、【高みを目指す者】のことを見ている雷甲蜥はどこにもいない。
壁に張り付いていたものも、道を埋め尽くしていたものも、断崖を登って来ていたものも――全ての個体が目の前の二人だけを見ていた。
隣を見ると、同じく地面に倒れこんだままのドールがぽかんと口を開けて目の前の状況を見ていた。その表情は何というか、死地にあるまじき間抜けたものに見えた。
今のガレンでは振り向くことも出来ないが、恐らくイズメも同じような顔をしているだろう。そしてきっと自分も。
ガレンはこれまでの人生で様々な冒険者を見てきた。
星の数ほどいるそれら。しかしその中で彼や彼の仲間に並ぶものは殆どいない。ここ数年だと、あの生意気な赤毛の少女くらいだろう。
しかし目の前の二人は違った。
――これは異常だ。
強いとかそういう次元ではない。
最早、生物としての階層が違うようにすら思える。特に男の方は、明らかに人間という規格を逸脱している。
強大な力を持つモンスターを、それを遥かに凌駕する暴力で打ちのめす。
それは最早人ではない。モンスターでもない。強いて言うなら――悪魔だ。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!?」
蜥蜴たちが一斉に声を上げ始める。しかしそれは一斉に襲い掛かるための合図ではない。
ならば何か。それは明白――撤退だ。
気づけば、彼らに立ち向かう蜥蜴はいなくなっていた。最早、二人の方に顔を向けている者はいない。皆、背を向けている。
このままのペースでいけばあと数分の内に群れは全滅する。故に彼らは逃げ出した。
蜥蜴たちはできるだけ素早く遠ざかるために、その四本の足を地面に付けて、四方へと散っていく。
倒れたガレンの横を蜥蜴たちが通り抜ける。彼のことなど見ようともしていない。
そうして何とか壁の亀裂に潜り込もうとして――直後に爆ぜた。
「逃げれると思ってんのか?」
即座に追いついた男が、その右手で蜥蜴の体を引き裂いていた。それはまるで柔らかいパンでも引き裂いているかのようだった。
その横で、他の蜥蜴たちが固まっている。目を見開いたまま、その四肢が硬直している。
人間にはモンスターの感情など分からない。だが、今この瞬間だけは、ガレンにも彼らの感情が分かる気がした。
それは先ほどまで自身が感じていたはずのもの。
すなわち――死の恐怖。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――」
「ははははははははははははっははははははっははははははははッ!!」
最早、雷鳴は聞こえない。
その場にはただ、無慈悲な捕食者の笑い声と、哀れな獲物たちの悲痛な慟哭だけが響いていた。
本作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。
この作品では、批判批評を自由に受けつけ、それによる展開の変更や内容の修正が起こることがあります。
誤字脱字、読みにくい文体・改行位置、設定の不整合、唐突な展開へのご指摘等、全てをご自由にレビューいただけますと幸いです。
どんな内容であろうと否定は一切いたしませんので気軽にフィードバックいただきたいです。




