同業者②
【イエソド八層――雷鳴山稜・中腹】
冒険者という職業の人口は、少なくともイエソドにおいてはそれなりに多い。
何せ、この職業には夢がある。モンスターの素材、塔遺物、鉱石、薬草――塔の中には無限の資源が眠っている。そしてそれらは全て、見つけたものの総取りになる。
命の危険と隣り合わせだが、うまくいけば大幅な収益が望める。冒険者とは、いわば一種のギャンブルのような職業だ。
故に、冒険者とはイエソドでも人気のある職種の一つだった。
しかし、いくら数が多くとも、塔の中で同業者と出会うことは殆どない。
何故なら、塔の各層は広大過ぎるからだ。
それに、各層はどの階段の扉から入ったのかによってスタート地点も違う上に、地形もそれぞれ入り組んでいることが多い。
五層や六層といった特殊な構造の層、あるいはクエスト報酬目当てに特定の狩場に行く時等であれば話は別だが、層を登っている最中に他の冒険者たちと会うことはめったにない。
しかし、イエソド八層"雷鳴山稜"は他の層と比べて同業者と鉢合わせる確率が高い。
その原因は、この層の延々と続く一本道の地形。進むための道が制限されたこの層では、行き帰りの冒険者ですれ違うことも珍しくない。
現に、今この瞬間にもソラとルキナ以外の、幾人もの冒険者たちがこの層を攻略しようとしている。
そして、ここにもまた、ソラとルキナとは違う冒険者の一団があった。
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【高みを目指す者】と呼ばれる一行が、同じ尾根を歩いていたのは、ソラたちより数時間ほど早かった。
彼らは4人の冒険者で構成されているパーティだ。そして、それぞれが個々の専門分野において一流というべき実力を持っている。
チームの先頭で歩くのはリーダーであるガレン。
三十を過ぎた彼の肉体は、しかし未だ一切の衰えが見えない。
鎧から覗く無精ひげの生えた精悍な顔つきと、横にも縦にも長いその体格は、正しく戦士といった風貌であった。
着こんだ鎧はかつて彼が倒したモンスターの皮を鞣した一品もの。
硬くて重い鱗に覆われたその表面には、無数の傷が刻まれており、彼の命を幾度となく救ってきたことを雄弁に語っている。
その後ろに控えているのはチームのNo2、ドール。短く刈り込んだ黒髪に切れ長の目の長身の男。
ガレンに比べるとかなり細身だが、それは華奢ということを意味してはいない。その体は引き絞られて、まるで弓の弦のように常に力が張りつめている。
軽量な革鎧を着た身軽な肉体は、瞬発力と回避に特化したもの。右手に握っている鋼の棒が彼にとっての唯一の武器だ。先に刃もついていないそれは、しかし彼の手にかかれば実に凶悪な武器と化す。
そんな二人の後方、少し離れたところには二人の女がいる。
そのうちの一人、リッキは四人の中で最も若く、また最も背が低かった。
明るい栗色のショートカットが風に揺れている。こめかみから頬にかけてそばかすが散る顔には、遠目を見る癖のついた切れ長の目が据わっている。
虹彩の色は澄んだ琥珀色で、その目線はいつも焦点が遠い。近くのものを見る時でさえ、どこかその向こうを見ているような、独特の視線の据え方をしていた。
リッキが担うのは後衛射手の役割だ。右腰には矢筒があり、そこには二種の鏃が混在して配置されている。右手の人差し指と中指には革のサック、左手の親指には革リングが嵌められており、それだけで彼女の専門性は見て取れる。
手に持っているのは反曲の短弓。木製のそれは見た目こそ小ぶりだが、リッキの手に握られた途端、それはこの一本道の射線のどこであっても当てる道具と化す。
もう一人の女、イズメは他の者たちとは少し立ち位置が違う。
身長はリッキより僅かに高く、体格は中程度。長時間の行動に最適化された、無理のない筋肉量を持っているが鍛え上げられているとまでは言えない。
黒髪をショートカットにしており、耳が見える長さに整えられていて、顔立ちは丸みのある柔らかい輪郭。命のやり取りをしている人間の顔には見えず、どこか聖職者のようにも見えた。
頭には革フードを深く被り、焦茶色の革鎧は後衛向けの軽量仕様だ。武器も補助の短刀を一本持つだけで弓も持たない。
彼女はタンクも出来ず、攻撃も出来ない。しかし、そんな彼女は、ある意味で他のどのメンバーよりも重要な存在だった。
ガレン、ドール、リッキ、イズメ。
彼ら4人組がパーティを結成したのは5年前。そして九層に到達したのは一年前。
つまり彼らは結成してわずか四年で上位階層に至る一歩手前まで到達した、いわばイエソドでも最上位のパーティだ。
その到達速度は最早異次元というべきで、イエソド冒険者ギルドの数百年の歴史の中でも上位十位以内に入るだろう。
そんな彼らの目的はただ一つ――高みへ至ること。
【高みを目指す者】というパーティ名もそこからつけられたものだ。
彼らにとって、ゴールは九層ではなく、更にその上。十層にあるという試練を乗り越えた先の、上位階層世界。
普通の冒険者が上位階層を目指すといっても鼻で笑われるだけであろうが、彼らは違う。
冒険者ギルドは彼らを「次に十層を越えるパーティ」の筆頭候補と評しているし、カルデアの酒場では冒険者たちが「いつ彼らが上位階層に到達するか」と夜ごとに語り合う。
彼らが上を目指すと言えば、誰もが当然のように頷くだろう。
イエソドの歴史上でも数人しか達成したことがないそれを、彼ら全員が夢見ていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
【高みを目指す者】にとって、今回の冒険は、イエソド最後の冒険となる予定だった。
九層に到達してからの一年間、彼らは念入りにマッピングを実施し続けた。
地道に、少しずつ、九層の地形と住まうモンスターを把握する。入念な準備の上でカルデアを出立し、リスクは取らず、慎重に慎重を重ねて、資源が尽きる前にカルデアへと戻る。
それを繰り返すこと十五回。前回の冒険でついに十層に至る"階段"と、そこまでの安全なルーティングを発見した。
故に、今回こそ最後。念入りに準備を行い、必要なアイテムを買いそろえ、大枚をはたいて塔遺物もいくつか買い込んだ。
万全の準備と、確固たる自信と実力。それを持った彼らは、自分たちが今回で十層を踏破できると、そう考えていた。
「はッ!」
気合の籠った低い声と共に、鋼の棒が横に線を引く。
ぶおんという音を立てて振り回されるそれは、その軌道上に数体のモンスターを捉えていた。
そのモンスターとは、八層の代表、雷撃蟲。棒が一振りされる度に、数体の蟲がまとめて空中で粉砕されていく。
「ZIZIZIZII――」
「おォッ!」
棒の持ち主――ドールが短く声を上げながら、自在に棒を振るう。
虫達は繰り返しドールに突撃を仕掛けている。しかし、彼の体には一切の傷がない。
まるで彼の周囲に球形の壁でもあるかのように、雷撃蟲たちは一定の距離以上近づくことが出来ていない。
そんなドールの横では、ガレンが正面の群体を受け止めていた。
円盾を腕に構え、前方から殺到する雷撃蟲の突進を真正面から受け取る。
盾の表面に蟲が叩き付けられるたびに衝撃が伝わるが、不思議と体が押されない。
腕が揺れない。まるで盾そのものが地面に杭でも打ち込まれているかのように、どっしりとそこに在る。
「ふんッ!」
ガレンの短い気合と共に、剣が横に払われる。盾の影から伸びた刃が群体の前列をまとめて吹き飛ばした。
青白い光が数点、同時に弾けて、宙に消えた。
その瞬間、ガレンは大きく声を張り上げる。
『右側の蟲達を潰せ、ドールッ!』
「あいよっ」
言葉が響いた直後には、ドールの棒が右側面へ向いていた。
そして、横薙ぎに一閃。右手から彼らに向ってきていた虫たちが、その一薙ぎで全て粉砕される。
余りにも自然で、かつ無駄のない動き。まるでガレンの指示で、直接ドールの体が動かされているかのようですらあった。
「ヤッ!」
そして彼らの後方ではリッキが弓を構えている。
手に握られているのは三本の矢。それらが同時に弦につがえられ、そして同時に弦から離れた。
ひゅんと音を立てて飛んでいくその矢は、岩稜を横断する風にも影響されず、リッキが思い描いた通りの軌道を描いて、それぞれの的へ届いた。
三体の青白い光がほぼ同時に消える。それはまるで雷撃蟲の側が矢に引き寄せられたかのようだった。
しかし、彼女はそれを見ることもなく、再び腰の矢筒から三本の矢を取り出して、つがえ始める。
「むぅッ!」
「おォッ!」
それと同時に前衛二人の気合が続く。
ガレンの剣が、ドールの棒が、振り回されるたびに雷撃蟲達が何体もバラバラになっていく。
リッキの矢もまた、一定のリズムで空中の蟲達を正確に穿ち続ける。
そのようにガレン、ドール、リッキがそれぞれ敵を屠っていく中、イズメはただ静かに周りを観察していた。
いくら群れの蟲を屠ろうが、それは全く意味がないことを彼らは勿論知っている。
狙うならば中核個体。
そして、それを探すことできるのは、イズメしかいない。
イズメは探す。目を上下左右に動かして、周囲の状況をくまなく観察する。
戦闘が出来ない彼女にとって、無数の蟲に囲まれたこの状況は背筋が凍るほど恐ろしいもののはずだ。
しかし、彼女は微塵も臆していない。何故なら彼女は、他の仲間を信じている。仲間たちが絶対に自身を守りぬいてくれると、そう信じている。
そして、他の三人もまた、彼女の信頼に答えるように躍動する。
イズメに群がろうとする無数の蟲達を三人だけで撃ち落とす。イズメへと向かう蟲達は、他の三人に遮られて近づくことすらできず死んでいく。
そして、イズメもまた、その三人の期待に応えた。
彼女の視線が群体の奥、岩稜を横切る岩棚の縁へと向く。
視界に映るのは無数の生命の光。彼女の特殊な"目"はその強弱を完膚なきまでに見抜く。
そんな縁から少し奥、群体の中心部。一点だけ、大きく、滾った光がある。そしてその光の色は、赤紫。
すなわち――中核個体。
「リッキさんっ、10時の方向、岩棚の右奥ッ!」
「了解ッ!」
彼らの遥か上方の岩棚にいる中核個体を倒せるのは、唯一遠距離攻撃ができるリッキしかいない。
リッキの琥珀色の目が、遠い焦点のまま、イズメが指示した場所へ向く。
握った一本の矢を、左手で構えた弓に番える。
蟲の羽音が尾根を満たし、ガレンの剣が前列を吹き飛ばし、ドールの棒が群れの右翼を粉砕する。
その戦況の真ん中で、彼女だけが止まっていた。
まるで時間の流れから一人だけ切り離されたように、琥珀色の瞳が遥か上方の一点だけを捉えたまま、息を止めていた。
そして――
『穿てッ、リッキ!』
ガレンのその声と同時に、その弦が解放された。
一本の矢が一直線に走っていく。
鋭い鏃が風を切り裂き、甲高い音を上げながら飛翔する。
細く、深い、一本の細線のような音だった。空気を引き裂くというより、空気を縫い通す、そういう音だ。
狙いは上方。赤紫色の光が一点。そこに向かって、矢の音が収束していく。
「ZIZI――」
蟲達がわめきたてるがもう遅い。
矢の鏃が赤紫色の発光を守る蟲達の肉壁の中に入った。
一拍の沈黙。
そして――赤紫色の光が爆発した。
岩棚の縁が一瞬、まるで雷が直撃したかのように赤紫色に染まった。光の閃きが周囲の岩肌を一瞬照らして、そして消えた。
光が止んだ時、そこにあったのはぽっかりと穴の開いた蟲の壁。その中心には一本の矢。
その矢はまるで槍であるかのように、岩壁に深くまで突き刺さっていた。
それと同時に蟲達が目に見えて統率を失う。逃げ出すもの、突撃するもの、何もせずその場にとどまるもの。
今までは群体として統一された意思の元で動いていた雷撃蟲達が独自の判断で行動し始める。
そこから先は簡単なことだった。
『ドール、薙ぎ払えッ!』
「おうッ!」
ガレンの声が尾根に響く。
豪風を纏った鋼の棒が蟲達を一薙ぎで粉砕する。
『リッキ、二時と十一時、撃ち落とせ!』
「ヤッ!」
弦が鳴り、二本の矢が全く違う方向に飛んでいく。
直後、二点の青白い明滅が、ほぼ同時に消えた。
そうして、統率を失った蟲達を【高みを目指す者】《アルティオラ》は少しずつすり潰し続ける。
徐々に乱れた鳴き声が、さらに遠ざかっていく。
岩の亀裂の奥に引いていく。雷雲の中へ逃げていく。断崖の下に隠れるものもいる。
方向もバラバラに、雷撃蟲達は彼らから遠ざかっていく。
そうして数分後。
気づけば岩壁から蒼白い点が一つ残らず消え、あとには無数の蟲の死骸だけが残っていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
静寂。
岩稜に乾いた風が吹く。
その風を肌で感じながら、ガレンは盾を下ろした。
剣を鞘に収めながら、岩棚の上方を一瞥する。何もない。赤紫色は消えた。
「……終わったか」
盾を持つ左腕が、じわりと痛む。
酷使した筋肉が戦闘の間は忘れていた疲労を思い出している。
ガレンは腕の重さを確かめるように、ゆっくりと肘を折り、また伸ばした。
使える。問題ない。
「今日もめちゃくちゃ多かったなー」
その陽気な声の主はドール。
彼は鋼の棒を岩稜の脇の岩壁に立てかけて、腰のベルトに下げていた革の巾着袋から、折り畳んだ布切れを取り出す、
そして自身の武器に着いた蟲達の体液を布で丁寧に拭い始める。戦闘が終わるたびに、自身の"相棒"を手入れするのが彼の癖だ。
そんなドールの声に反応もせずに、黙々と地面に落ちた矢を回収するのはリッキ。
「5本か…痛いわね」
回収できた矢は十五本。できなかった矢は五本。
出発前は五十本あった矢も、今では三十八本になっている。
彼女にとって矢のストックが生命線。それが無くなった時には彼女はチームのお荷物となる。
回収できるように矢を放っていたつもりだが、それでも5本も失ってしまったということに、彼女は溜息をついていた。
その横では、イズメが地面に落ちた蟲達の死骸から、甲殻や発光器官を回収して、背負った荷物袋に詰め込んでいく。
彼女の担当は主に荷物持ち。質量軽減札を貼り付けた大型の荷物袋には、ここまでの冒険で得た素材やポーション、予備の矢等、さまざまなものが入っている。
しかし、彼女はそれ以外にも特殊な役割があった。
素材を回収し終えたイズメは、静かに周りを警戒しているガレンを見て、口を開いた。
「……ガレンさん」
それは静かな声だった。
しかし、そこには少しの怒気が混じっていた。
「見せてください、左腕」
ガレンは一瞬だけイズメを見て、気まずそうに眼を逸らす。
「……後でいい」
「今の方がいいです」
「後でいい」
「今!」
「……隠し事は出来んな」
ガレンは一拍沈黙し、それから左腕の革鎧の留め具に手をかけた。
そして前腕の部分を引き抜くように外して、地面に置いた。
下から現れた腕は、前腕の内側が全体的に膨らんでいた。
盾を持ち続けた打撃が蓄積した腫れだ。触れていなくても熱を持っているのが分かる。
イズメはその腕を睨みつけて、一つ溜息をついた。
そして彼女はゆっくりと顔を上げる。
「……ドールさん」
ばつの悪そうな顔をしているガレンを無視して、彼女は岩壁の傍のドールに声をかける。
「少し、お借りしてもいいですか」
「あいよっ」
ドールが布切れを腰に仕舞いながら、イズメとガレンの傍に寄る。
ありがとうございます、とドールに向って言いながら、イズメはまずドールの左腕に片手を添えた。
それからガレンの腫れた前腕に、もう片方の手を軽く当てる。
そして目を閉じて、口を開く。
『巡れ』
その瞬間、何が起こったのかは当人たちにしか分からないだろう。
ガレンの前腕の腫れがじわりと引いていく。皮膚の下の熱が薄れ、盛り上がっていた部分が僅かずつ平らになっていく。
数秒後には、ガレンの左腕から腫れが一切なくなっていた。まるで最初から、そんなものなど無かったかのように。
「ふぅ」
ドールが一度、短く息を吐いた。
ガレンは前腕を一度握り、開いた。先ほど感じた痛みは、最早どこにも無い。
「……問題ないな」
「よかったです!」
ガレンの声を聴いたイズメは安堵の声を上げて、顔を緩めて柔らかく微笑む。
が、自分が今、怒っていることを思い出したのだろう。無理やり顔をムムっと顰めて、ガレンを睨むようにしながら、
「次は怪我したらちゃんと言うようにしてくださいねっ」
「……わかった」
「分かればよろしい」
そう言って彼女は、いつものようにふんにゃりと顔を緩めた。
その顔を見たガレンは、眩しいものでも見たかのように少し目線を彼女からずらす。その耳の端が少しだけ赤く染まっている。
彼は見た目に反してかなり奥手なようだ。
「……ぷっ」
「くくくっ」
その様を見たドールとリッキがこらえきれないかのように笑いだす。
「……何が可笑しい」
二人のことを睨みつけながら、ガレンが低い声を上げる。
イズメは何が何だか分からず他の3人の事をキョトンと見つめていた。
「いやー…ガレンもアレだな。そろそろ言った方がいいんじゃねーかってな」
「そうそう。もう最後になるかもだし、十層に着く前に思いの丈をぶちまけた方がいいんじゃないの?」
「……もういい」
「怒んなよー。俺らはお前のことを思ってだな…」
「もういいと言った!」
ぶっきらぼうにそう言ってフンっとそっぽを向くガレン。
そんな彼を見ながら、ドールとリッキは顔を見合わせて微かに笑う。
イズメはただ、頭の上に?を浮かべている。
イエソドでの最後の冒険になるかもしれない時でも、彼らはいつも通りであった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
4人は再び歩き出す。
彼らの頭上には、岩棚の張り出しが延々と続いている。せり出した岩の縁が影を落として、その下を四人が歩く。
尾根道の端に切れ落ちた断崖は相変わらず深く、その底は暗い闇に隠れて見えない。
上空に立ち込める雷雲からは偶に雷が落ちる。そのたびに急な光と音が走り、イズメの体がびくっと震えた。
「ぴッ!」
変な鳴き声を上げながら体を縮こませる彼女を見て、ドールが笑う。
「ぷふっ…イズメもそろそろ慣れた方がいいんじゃね?」
「そう言われても怖いものは怖いんですッ」
涙目でドールに反論するイズメ。彼女は八層に来るたびにこのザマなのだ。
人の死体やモンスターには慣れた彼女でも、自然の恐ろしさには未だに慣れることが出来ないようだ。
「……」
そんな和やかな空気の中、ガレンだけが、静かに周りを警戒していた。
辺りにモンスターはいない。あれだけいた雷撃蟲も今はその影すら見えない。
雷撃蟲は一度中核個体を潰すと、新たな中核個体が出てくるまでは暫くは人間を襲ってこないのだ。
この層には他にも厄介なモンスターが数種類いるが、今はその姿も見えない。
そんなガレンに、リッキが後ろから声をかけた。
「どうしたの、リーダー?」
ガレンは黒い雷雲を見つめながら、
「……下りてきている」
そう低く呟いた。
頭上の雷雲が、いつのまにか一段低くなっていた。
岩稜の尖端が雲の底に刺さりそうなほどに、黒と灰色の塊がずっしりと垂れ下がっている。
その内側で、光の筋が走った。
一本。また一本。
断続的に、雲の底を這うように光が走るたびに、あたりが白く滲む。
気づけば風の質も変わっている。横から叩きつけてくる岩稜の風ではない。上から押し当てるような、重い、冷たい風だ。
雲の重みそのものが降りてくるような圧が肌に触れる。舌の奥に金属の味が立ち上がった。
何か、嫌な予感がする。
「急ぐぞ」
その呟きに呼応して、4人はそれまでの和やかな雰囲気を振り払う。
【高みを目指す者】の一行はその歩みの速度を速めた。




