金色の少女③
そこは、はっきりといえば小さな小屋のような場所だった。
中央広場から、歓楽区の中を潜り抜ける。
辺りが夜闇に染まり、酒場の明かりに冒険者たちがつられていく様を横目に見ながら、細い路地を一本、二本と潜り抜ける。
やがて、人の声が遠ざかりはじめ、代わりに夜の静けさが漂い始めたころ、路地の先にその小屋はあった。
「つきましたえ」
その場所を前にして、ようやくククリはソラに向って振り返る。
対して、ソラは目の前の店……のようには見えないものを訝し気な目で眺める。
周りにある木造の小屋と対して変わらないその場所。
看板も立てておらず、灯りも付いていない。
カルデアの大通りに立っていたヴォルフ商会の二階建ての構えとも、素材区に並んでいた中規模店の構えとも、何もかもが違う。
「これ…店か?どう見ても物置か何かにしか見えないけど」
「まあまあ、入ってみれば分かりますよって」
細めた目に、薄い笑いを浮かべるククリ。
変わらない表情からは全くと言っていいほど感情が読み取れず、その言葉の真贋は見当がつかない。
騙されているのだろうか。だとしたら何が狙いだろうか。いや、そもそもこんな分かりやすい騙し方があるか――。
そんなことを考えていたソラの服を、誰かがちょいちょいと突っついた。
ルキナだ。
「いほ。ほうせ、ほかにあてはなひし」
「……まぁそうだな。あと、さっさと食い終われ」
小さな串で肉をむしゃむしゃと噛みつぶすルキナに諭されて、ソラは思い直す。
彼女の言う通り、どうせ他に宛ては無い。
罠なら踏みつぶし――騙されていたら殺せばいい。
「行くか」
「ん」
ソラは、短く答えて、一歩、踏み出した。
肉をゴクンと呑み込んだルキナは、未だに左腕にぶら下がったまま、ぴたぴたと横歩きでそれに追随する。
ククリは薄く笑って、その粗末な木の扉に、白い手を軽く添えた。
そして、
「それじゃあようこそ、うちの店へ」
ククリがゆっくりと扉を開ける。
その瞬間、その目に飛び込んできたのは――別世界だった。
最初に、ソラの目を打ったのは光だった。
天井から無数の細い銀の鎖が垂れ下がっている。そして、その先のひとつひとつに小さな硝子の球。
球の内側で青白い光がぼんやりと灯る。その光に照らされて、室内の輪郭が薄く浮かび上がっていた。
足元に視線を落とせば、そこには漆黒があった。
板材は何かしらの木であろうか。その上から何度も塗り重ねられ、磨き上げられたであろう、深い黒。
その表面は、一面、鏡のように艶を放っている。
そして、その黒の上に、金色の雲のような文様が流れていた。
灯火を浴びた金が、足元でちかちかと薄く瞬く。
そして、その雲は入口から奥へと流れている。
まるで、客の歩く先を優しく導くかのように。
「おお……」
「……すごい」
ソラとルキナの二人は、その光景に思わず声を上げてしまった。
顔に浮かぶのはただただ驚愕。さっきまでククリのことを訝しがっていたのが嘘のように、二人の表情には無垢な驚きだけがあった。
その二人の驚いた顔を見て、ククリは扉の脇で薄く笑った。
その細い目に灯った満足げな光は、悪戯心とも嘲笑とも違う。純粋な商人としての矜持の色だった。
「ほら、そこで立ってないで、早く入って来てや?」
少女は手をちょいちょいと動かしながら、室内の奥へと滑るように歩を進めた。
黒漆の床の上を、白い裾が音もなく流れていく。
それにつられて、ソラとルキナは扉の中へと足を踏み入れる。
一歩歩くたびに感じる、硬い床材の質感。つるつると磨き上げられたそれは、ソラとルキナの顔を薄く反射している。
壁の三面も同様だ。
磨き上げられた黒に近い濃色の木材で、隙間なく覆われている。
継ぎ目がほとんど分からない。柾目だけが薄く縦に流れて見える。
入り口の正面。
そこにあったのは、真っ白な壁だった。
細かい木の格子に白い紙がぴんと張られている。薄い壁だ。叩けば、紙の薄さの音が返るだろう。
だが、白い紙の表面には、極めて薄い金の粉のような何かが散らされていた。
青白い灯火の下では、ほとんど目につかない。
それでも、ソラが僅かに首を傾けた瞬間、光の角度が変わって、白い壁全体に、星屑のような金の点が、一瞬浮かび上がった。
「……マジか」
ソラは再び、驚きの声を上げてしまう。
丹念に磨かれた床も、壁も。天井に吊るされた灯りも。正面にある白い壁も。
全てが、人に美しいと思われる形に洗練されたもの。
ただ切って組み合わせただけの、スラムのボロ小屋等とはわけが違う。
教養のないソラですら感じてしまうような、圧倒的な"美"がそこにはあった。
小さく、しかし豪奢な店内の様相に圧倒されるソラを見ながらククリは、
「改めてやけど――いらっしゃいませ。ようこそ、ヤマト商会イエソド出張所へ」
そういって、薄い唇を三日月の形にゆがめた。
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「ま、とりあえずお二人さんとも、お掛けにならはって?」
そういってククリが指し示したのは部屋の中央にある長い机。
天板は床と同じ深い黒。机の縁には、金で波と雲のような文様が、ひと巡り描かれている。
床の金の雲が、奥へと流れて、最後にこの机の縁に辿り着いているように見えた。
その手前には革張りの椅子が二つ。
どうやらアレに座れということだろう。
「…じゃあ、遠慮なく」
ソラは、目の前の光景に圧倒されていた己自身を振り払い、手前の椅子に浅く腰を下ろした。
思った以上に柔らかく、沈み込むような感触。ただの椅子にすら驚かされそうだ。
そんなソラに合わせて、ルキナもまた隣の椅子に腰を下ろした。
ソラは改めて、椅子に座ったまま店内を見回す。
豪奢な床、豪奢な壁、豪奢な天井、豪奢な机――
「……ん?」
だが、その中にひとつだけ足りないものがあることに、ソラは気づいた。
「商会」と銘打ったならば、絶対に必要な物。
しかしソラは、その違和感を、ひとまず頭の隅に置いた。今はそれを気にする時ではない。
ククリは、机を挟んだ向こう側、大きめの椅子の前に立ったままだった。
それから、ゆっくりと腰を下ろす。
椅子は軋まなかった。白い裾は、椅子の革と床の黒漆との間に、すうっと収まっていく。
そして、少女が口を開く。
「ほな、お互い、自己紹介といきましょか。ウチはククリ。ヤマト商会っていう商会の会長をさせてもらってます。といってもヤマト商会の店員はウチだけなんやけど」
そういってククリはコロコロと笑う。
鈴の音のような清涼なその笑い声は、どこか人を油断させるような穏やかさがあった。
しかし、少女の薄く開いた目の奥。そこには何処までも冷徹な、人を値踏みするような色が見え隠れしている。
「……俺はソラ。イエソドの冒険者だ」
「同じくルキナ」
余計な肩書きは無い。元スラム民であることをわざわざ並べる意味はない。
イエソドが崩壊した今、彼はただの冒険者に過ぎない。
そしてルキナも同様、自分の名前以外には、何の情報も付け足さなかった。
そもそもそれ以外の情報等、ルキナ自身も持ち合わせていない。
「ソラはんと、ルキナはんやね。改めまして、よろしゅうお願いします」
ククリは、軽く頭を下げた。ソラとルキナも何となく、それに合わせて頭を下げる。
ククリはそれから机の上で合わせていた白い両手を、すっと、自分のフードの縁へと添えた。
「商売の話に入る前に、もうひとつ、ヤマト商会の仕来りやけど」
少女は、こちらにちらりと視線を寄越した。
「フードは外していただきます。商いで必要なのはお互いの信頼。お互いの目ぇをきちんと見て、顔を合わせて、お互いを認識して――それで初めて商談ということになりますよって」
「……」
「ソラのあんさんは被ってはらへんからよろしですわ。まずはお嬢さんからお願いしますわ」
ソラは、隣のルキナに視線を移した。
ルキナは、ククリの方をしばらく無表情で見ていた。
赤い瞳の奥にわずかな警戒。
だが、ソラの方に視線が移ると、その警戒は少し解けた。判断を待っている目だ。
ルキナの見た目は人目を引く。
故に、イエソドの街でも、スラムでも、ここカルデアでも――人目のある場所では、ルキナは自ら進んでフードを被っていた。
しかし、この場には目の前の少女以外の人間はいない。
顔を隠したまま結ぶ取引には、後で揉めごとが起きる――それぐらいの理屈は、スラムを生きてきたソラにも分かる。
ソラ自身も、特に迷う理由は無かった。
ソラが、短く頷く。
その動作を見たルキナは、もう一度ククリの方を見てから、ゆっくりと両手を自分の頭の方へと持ち上げた。
被っていた白色のフードを後ろへと滑り落とす。
ルキナの白い髪が、青白い灯火の下で、薄く銀のように光った。
普段、フードに押し込められて影に沈んでいたその白が、解放された瞬間、雪のような輝きを返す。
細く、まっすぐな髪が、肩よりも少し下までふわりと流れていく。
そして、その白の中に二つの赤。
フードの影が外れた瞬間、その色は、よりはっきりと主張を始めた。
新雪の上に置かれた、二粒の珊瑚のような。
その赤が、ククリの方を改めてまっすぐに見据えた。
ククリの細い目が、ルキナの顔をしばらく撫でた。
そして、薄く笑う。
「……ほぉ」
声は軽い。
だが、その小さな呟きの中には、これまでの軽口とは違う明確な驚きの色が混じっている。
商人としての感嘆と、女としての賛嘆と、その両方が重なった音。
抑えようとした感情が、思わずこぼれてしまったかのような、そんな声だった。
「お嬢さん、街でフード被っとって正解でしたなぁ」
「……」
「これ晒して歩いてはったら、毎日十人や二十人…いや百人。口説きに来る男に絡まれてはったわ」
「……いらない」
ルキナの返事は短く淡々としていた。
口元には何の動きもない。
「ふふ。せやろなぁ」
ククリは軽く笑った。
「ほな、ウチも」
少女もまた、自分の白い指をフードの縁へと添える。
そして、ゆっくりと後ろへと滑らせた。
最初に零れたのは黄金の髪だった。
これまで、フードの隙間から一筋だけ覗いていた、あの色。
それが解放された瞬間、青白い灯火の下で燃えるような深い金の色に染まる。
細く、しなやかな髪が、肩を撫でる。
そして、その金の中の、二つの金の瞳。
これまで細められたままだった両目が、初めて、ソラの目の前ではっきりと開かれた。
金色の髪よりも、更に深い黄金色。
その濃い金の色に反して、肌は青白い灯火の下ではほとんど紙のように白かった。
白い肌、細い眉に薄い唇。そして黄金の髪と瞳。
その顔立ちの整い方は、街中の誰よりも、はっきりと別格。
まるで美術品のような、そんな美貌。
ククリの顔を見たルキナは、ソラを横からチョンチョンと突つく。
「…どうした?」
「わたしの勝ち」
ぶいぶいっとダブルピースをしながらそう呟いたルキナの頭を、ソラは軽くひっぱたいた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ほな、そろそろ本題に入りまひょか」
ぱちりと小さな音が、狭い店内に響く。
ククリが改めて、白い両手を軽く合わせた音だ。
その金の瞳の奥には、商売の場で値を計る静かに澄んだ光が戻っていた。
「ほんじゃあ、あんさんの持ってる本物――ベヒーモスの素材をここに置いておくんなまし」
ソラは、無言で頷いた。
少女にはここで初めて、それらを目の前に晒すことになる。
信じてもらえるかどうかはわからない。判断はこの少女に委ねる。
ソラは薄汚れたバックパックを背中から下ろして、漆黒の天板の上に置いた。
そして、これまた小汚い布で包まれた各種素材を、一つずつ並べていく。
鱗八枚、牙二本、爪一本。
黒漆の天板の上に灰黒色が点々と並んでいく。
青白い灯火が、鱗の表面に薄く跳ねた。
ククリの金の瞳が薄く開いた。
その黄金の輝きがその並びを一通り、ゆっくりと撫でる。
そして、少女が口を開いた。
「触ってもよろしか?」
「ああ」
ククリは、軽く頭を下げてから、机の上で合わせていた白い両手をゆっくりと解いた。
そして、まず、鱗の一枚に白い指を伸ばし、その表面をなでる。
「硬い。そして重い。生半可な鋼じゃ切っても叩いても傷はつかない。けど、熱して叩けば延びそうやな……」
今度は鱗を両手で持ち上げて、ゆっくりと回す。
表側、裏側、縁、断面。全てをじっくりと嘗め回すように見つめる。
「縁の摩耗はゼロ。新しゅう剥ぎ取られたもんやな。表側のこの艶、裏側のこの繊維の走り方……うん。鉱物に近うて、金属ともちょっと違う。硬度は、ホドの上等な鋼の倍はあるな」
少女は、ぽつぽつと、独り言のように、呟いていく。
誰かに説明しているのではない。鑑定の所作の一部として、自分の頭の中の照合を、口に出しているだけ。
それから、ククリは鱗の縁を、爪の先で、軽く弾いた。
ちん、と高い音が、青白い灯火の下に薄く響いた。
「澄んだ音。中に空隙なし。ぎっしりと詰まってるいう質の素材や」
少女は、鱗を机の元の場所にそっと戻した。
そして、隣の牙の根元に、白い指を添える。
両手で軽々と持ち上げた。
腕一本分の長さの牙が、彼女の細い手の中で、まるで小枝のように収まっていた。
「長さの割に片手で持っても楽。比重は鉄の半分くらいか。けど、密度は、そこらのモンスターの骨どころやない。それやったらもうちょっと、軽い音がする」
ククリは、牙の側面を、爪で、軽く叩いた。
今度は、もっと低くもっと厚い音が響いた。
「……削って磨けば武器にはなるな。硬く、そして鉄より軽い。けど、削る以外の加工はできない」
最後に、爪。
大人の顔ほどの直径の、灰黒色の爪。
それも、両手で持ち上げた。
「爪の弧、これだけ大きいんやから、元の獣の体長は……ざっと、10メートル超え。いや、もっと上か」
少女は、爪の表側をゆっくりと撫でた。
表面に無数の、細い横向きの擦り傷が刻まれていた。
「これ、岩を削った傷や。それも一度や二度やない。何百回、何千回、岩肌の上を踏みしめてきた爪や」
ククリは、爪の根元を灯火に翳した。
青白い光の中に、根元の内側、爪と肉の境目だった辺りに薄い緑がかった筋が見える。
「ここの緑、湖底の鉱物が、染み込んだ色や。長いこと、爪の根元まで、水ん中に浸けてた獣や、いうことやな」
「……」
「岩場と、湖底。両方を生息地とする、馬鹿でかい獣。これはそういう生物から採取された物や」
静寂が場を支配する中、ククリは、その巨大な爪をゆっくりと机に戻した。
それから、改めて白い両手を軽く合わせる。
再び響く、ぱちり、という小さな音。
少女は合わさった指の上に視線を落とす。しばらく、その姿勢のまま動かない。
ソラは待った。
ルキナもソラの左袖を摘んだまま、無言で待っていた。
やがて、ククリがゆっくりと顔を上げた。
金の瞳が、ソラの顔をまっすぐに見据える。
「結論、申し上げてもよろしか?」
「……ああ」
ククリは軽く頷いた。
「これは、ベヒーモスの素材で、間違いありまへん」
ソラは、無言でククリの目を見返した。
ヴォルフが、他の素材屋の店主たちが、絶対に口にしなかった一言。
それを目の前の少女は、いともあっさりと口にした。
「鱗の形状、構造、特徴。全てがホドに残る古い記録の『陸の獣』の記述と完全に一致。
牙の大きさから想定されるモンスターの体長は10m以上。けど、その構造や質感は、今までイエソドで討伐記録のあるどの大型モンスターとも違う。
爪の大きさも同様の大きさのモンスターからとれたことを証明。そして、残った岩場と湖底の痕跡……。
全てが五層の"壁"――ベヒーモスにしか当てはまらへん」
ククリの細い指が、最後に、机の素材全体を軽く撫でた。
「これだけ揃うた現物、目の前に並べてもろうて、それでもまだ『嘘吐き』言うんは、商人の中でも下の下のゴミカスやろうな」
ククリが笑った。
酷薄に、冷淡に、このカルデアにいるすべての商人を、嘲笑う。
「あの人ら、商人を名乗らん方がええなぁ。看板も外して、家に引きこもってはった方が世のためや」
それは紛れもなく少女の本心。
再びコロコロと笑うその声は清涼で、しかし氷の如き冷徹さがあった。
鈴の音のような笑いが、青白い灯火に照らされた室内に、薄く響く。
「ま、お陰さんでウチが買い叩く隙をもろうたんやけど♪」
そう言ってひとしきり笑ってから、ククリは机の上の鱗を、もう一度視線で撫でた。
そして視線をソラの方へと戻す。
「ところで、ソラのあんさん」
少女の口調が、ふと、別の温度に切り替わった。
笑みは変わらない。だが、笑みの奥にひとつ、商人の問いの形が置かれた。
「まだ、出してへんもん、ありますやろ?」
「……」
ソラは、ククリの顔をしばらく見た。
何故、それを知っているのか――それを聞いても答えは返ってこないだろうということは、彼女の不敵な笑みを見れば分かった。
そして、自分の腰の袋を軽く撫でる。
無意識のうちに、それだけは最後まで卓上に出していなかった。
理由は自分でもよく分からない。
ヴォルフも特定できなかった代物だ、という警戒なのか。
それとも肌身離さず持ち続けた、その重みへのささやかな執着なのか。
あるいは――ただ、スラムで生き延びてきた人間の本能の声か。
どれであれ、今となっては、もう隠せる相手では無い。
ソラは、左袖を摘んだままのルキナを横目で見た。
ルキナも無表情で、ソラを見上げている。
赤い瞳の奥には何の躊躇いも無い。ただ、ソラの判断に全てをゆだねている。
その目を見て、ソラは覚悟を決める。
そして、ゆっくりと自分の腰袋の口を開いた。
布で何重にも巻かれた、拳大の塊。
机の上、灰黒色の素材の隣にそっと置く。
ククリの細い両手が、ぴたり、と止まった。
布越しに置かれた、塊の重みと形。
それだけを彼女は見ていた。
張りつめる静寂の中、ソラは布の結び目を解き始める。
一枚、また一枚。
最後の一枚が机の上にふわりと落ちた、その瞬間。
蒼黒の結晶が、青白い灯火の下で、内側に走る蒼の脈を薄く震わせた。
ククリの動きが、止まった。
机の上で組まれていた白い指が解かれることも、新たに動くことも無い。
肩を流れる黄金の髪が、夕風もない室内で、何かに撫でられたかのように、ほんの一瞬揺れた。
そして、ククリの細い目が、ゆっくりと見開かれていく。
その目がこれまでにないほどはっきりと、大きく見開かれる。
青白い灯火の下、瞳の奥に灯る金の光が、結晶の表面の蒼をまっすぐに捉えている。
笑いは無い。軽口も無い。
商人の顔すらもなかった。
あったのは、人が初めて見るものに出会った時の、純粋な驚きだった。
「――これは」
声が、漏れる。
これまでの軽い調子から、ほんの一段だけ外れた低い声。
「これはまさか……核石?」
その呟きに応えは無い。
あったのは静寂と――結晶の中で蠢く蒼と黒の軌跡だけだった。




