怒れる自由よ、万鎖を壊せ⑤
光の雨がソラを目掛けて殺到する。
その数100は下らない。
しかもその光の一条でも、人を簡単に死に至らしめる殺傷力を持っている。
その全てが空中にあるソラの体を狙っている。
この弾幕の中、空中に飛んだことは自殺行為に等しい。
空中では体勢変更できない以上、高速で進む光の雨から逃れることは不可能だ。
しかし、それは常人であればの話。ソラは身を掠める光線の一つに横合いから足を乗せ、
「ははッ!!」
それを嗤いながら蹴り飛ばしたその瞬間、ソラの体は爆発的に加速した。
通常、空中ではありえないような直角的な軌道で空を飛び跳ねる。
「さっきと同じ……くッ!!」
ソラに蹴り飛ばされた光線は方向を変え、遥か後方の瓦礫群へと衝突。どぉんという大きな音を立てながら、それらを粉々に粉砕する。
セナは両腕を交差させて、それにより舞う砂埃と強風から身を守る。
しかし、その目は未だ空中のソラを追っている。
先ほどの光景と同じだ。ソラは空中であの光線を蹴って進んでいる。
だがわからない。光線を蹴って進む——どんな能力だ、それは。
「一体どうやって……」
「それは単純」
その問いに答えるのは白髪赤目の少女、ルキナ。
彼女は何でもないことのように、その解答を端的に示す。
「あの線は光に見えるけど、実際には爆発に極限まで志向性を持たせた衝撃波に過ぎない。それを横から蹴ったら衝撃の勢いのままに別の方向へ吹き飛ぶことも可能なはず」
ルキナの言っていることは正しい。
光線と先程から言っているが、その本質は光ではなく衝撃波だ。
光はあくまでも爆発が生じる直前のプラズマが放つものにすぎず、この攻撃の正体は全方位に広がるはずの爆発の威力を一方向に集中させた衝撃波、いや衝撃線とでもいうべきものである。
要は光といった実態のないエネルギーの塊などではなく、物理的な威力を持った空間を伝わる衝撃そのものであるということだ。
ならばそれを横合いから蹴れば何が起こるか。
当然、爆発を足に受けるようにして吹っ飛ぶことだろう。つまりソラは光線を足場に跳躍しているのではなく、ただただ爆発を足に受け、吹き飛んでいるだけなのだ。
セナはルキナの回答に一瞬納得しかけて、しかしそれだとおかしいことに気が付いた。
あの光線は爆発による衝撃波の凝縮。それは分かった。
しかし、そうだとすると、何故それを足で受け止めて無傷でいられるのだ。
「あはッアハあはははッははああっハハッ!!」
光が乱射され、空中を飛び跳ねるソラを襲う。しかしそのすべてをソラは笑いながら躱していく。
ソラの後方、そして真上から二筋の光が強襲する。ソラはそれが見えているかのように空中で身を屈めながら傾けて、その2本の線の間をすり抜ける。
それと同時に足元を突き進む別の線に足をかけ、今度は前方に向って爆進。光線の檻の中を潜り抜けて先を目指す。
そんなソラを見たマクスウェルは、空中を蹴って後方へと高速移動。そうしつつも瞬時に新たな光星を10個ほど作り出し、そのままそれを照射する。
追うソラと逃げるマクスウェル。
二人――いや2匹の獣が空を高速で飛び回る。
「くッ…げほっ」
辺りはめちゃくちゃだ。
マクスウェルが作り出す光線が乱射された結果、辺りの建物が粉々に破壊され、周囲に砂と灰が舞い上がる。
光線が何かに当たるたびに大きな破砕音が発生しながら大地が揺れて、土煙が立ち込める。
地上のセナとルキナに光線が当たらなかったのは運がよかったと言わざるを得ない。少なくともソラとマクスウェルは彼女たちのことなど微塵も考えていない。セナに至っては存在すら気づかれていないだろう。
「……これが人が起こせることなの?」
セナは呆然と呟く。
セナは確かにイエソドでは一流の冒険者だ。強力な界約を持ち、戦闘に対する比類なきセンスも持ち合わせている、間違いなくイエソドで5本の指に入る強者である。
だがしかし、それはあくまでイエソドの中での話。所詮は最下層の世界の、その中でトップというだけ。
それに対して、これはどうだ。マクスウェルの起こす破壊は常軌を逸している。
最早災害。天災そのものだ。
だがそんな破壊をこれは単独で起こせる。最早、これは人ではないのだ。
――悪魔。
セナの手には、否、誰の手にも負えないだろう怪物。文字通りのモンスター。破壊の権化。悪魔。
だというのに。
「あはははハハハハハッはハハハハハッははッ!!」
相対するソラは笑っている。大きく口を開けながら、涎を垂らして、下品に笑う。嗤う。
分からない。何故笑えるのだ。この破壊痕を見て、恐怖がないのか。
間違いなく今までの見知ったソラではない。能力を得たとかそういうレベルではなく何かが違う。だが、それが何なのかわからない。
「なんなのよ、一体……!!」
恐怖と焦燥がセナの頭の中を支配する。
それは今、破壊の雨が吹き荒れる周囲の状況に対するものだけではない。
それは、変わってしまった幼馴染に対するもの。
セナ自身を容易に殺せる存在が近くいるということに対する恐怖と、何時かこの手の中から飛び立ってしまう――その瞬間が現れたことに対する恐怖。
分からない。分からない。何が起こっているのだ。どうなっているのだ。
その答えを知っているものは誰も、
「ソラの立てた誓約は『自分が自由であること』」
「……?」
否、一人いる。ソラがどうなってしまったのか、それがわかるのはソラを変えた存在だけだ。
すなわち、目の前の魔性の少女―――ルキナ。
「アンタ、何を……」
「さっきの話の続き。ソラの異能についてあなたが聞きたがってたから」
少女は相も変わらず無表情だ。しかし、よくよく見れば口の端が微妙に歪んでいる。
嘲笑。それは間違いなく、セナをあざ笑っていた。
「自分自身が『自由』に振舞うことを自分に誓った。やりたいことをやりたい時にやりたいようにやる。ソラはそう己に約束した」
「……」
「貴方が感じたように、今のソラとこれまでのソラは違う。これまでなら我慢していたことも、今は一切我慢することができない。自由を誓ったのだから自由を妨げる思考・感情・行動は全て取れなくなる」
『己約』は己に対する誓約だ。
こうなりたい、こうあるべきと思った姿になることを約束するのが基本原則。
すると、約束に反する行動、情動、共に取れなくなる。
自分自身に対する約束なのだから、それは仕方のないことなのだ。
責任、義務、理性、過去、家族、友人――人の行動を縛るそれらすべて、今の彼は無用と断ずることしかできない。
今の彼は"己を縛り付けるもの全てを破壊する"という欲望のままに行動する獣だ。
例えセナであろうがルキナであろうが、ソラの自由を邪魔するならば、彼は容赦なく壊すだろう。
だが、『己約』がもたらすのはそんな精神の変容だけではない。
その誓約に賭けた祈りと願いを異能として彼の体に顕現させる。
「その誓約がソラに与えるのは究極のチカラ。縛られ続けた怒りのままに、ありとあらゆる鎖を断ち切るためのチカラ」
ソラの中で燻ぶっていた極限の怒りが形となる。『自由』を得るための道具として彼の手に握られる。
彼の右半身を覆う羽の鎖はその象徴。
あの鳥たちのように、自由に空を飛ぶ―――そんな彼の祈りが羽の形をとっている。
その瞬間だった。
どぉん、と空中で爆発音が鳴り響く。
「―――ッ!?」
それは先ほどからこの世界を壊し続けている光の雨が炸裂した音。
今までは遠く聞こえたその音。今回は違う。セナの上空で鳴り響いた。
すなわち――ソラに光線が直撃した。
「ソラッ!?」
セナが慌ててその方角を見る。
しかし、巻き起こる爆発の閃光が少女の目を眩ませる。
見えない。爆心で何が起こっているのか、眩い光に遮られ、その中で何が起こっているのかわからない。
だが、マクスウェルの掃射は止まらない。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
閃光の中心に向かって光線を打ち込み続ける。
悲鳴は聞こえない。いや、例え全力で叫んでいたとしても爆発の轟音に遮られて、その音がセナの耳に届くことはなかっただろう。
爆風がセナの髪を揺らしている。鼓膜を突き破るほどの爆音が繰り返され、空気を伝わる振動が彼女の心臓を叩き続ける。
逃げ場なく、絶え間なく、延々とソラに向って降り続ける光の雨。
――無理だ。
セナが心の中でつぶやく。
アレは無理だ。
例えどんな屈強な肉体を持っていようが、どんな鎧を着こんでいようが、どんなに強力な能力を持っていようが、アレはどうしようもない。その威力は今も尚止まぬ音と振動が証明している。
恐怖と絶望がこみ上げてくる。だが、彼女にはどうすることも出来ない。
セナは声すら上げることも出来ず、そして動くことも出来ずに、処刑にも等しい波状攻撃の前にただただ立ち尽くしていた。
セナはそうするしかできなかった。
――セナは。
「ソラの『己約』には恐らく二つの能力が包含されてる。まあ実際のところ、根本は一緒なんだろうけれど」
セナ何事もないかのように話を続ける少女を、セナは見た。
目の前で起こっている惨状など全く気にしていないその様子は、はっきり言って異常。
否、全く気にしていないという次元ではない。
嗤っている。口の端を微かに歪めて、この少女は嗤っているのだ。
マクスウェル、そしてセナ。
知恵なく、地を這う者たちをこの少女は狡猾な蛇の如く、嘲笑っているのだ。
「一つは『自由』。物理的な拘束は勿論、重力、摩擦といった自然法則、界約のような非自然的な強制力、果てには『権限』に至るまで、この世に存在するありとあらゆる縛鎖からすり抜ける」
「……」
ソラは当たり前のようにプカプカと空中を浮いていたが、それはその効果によるものだろう。
彼は空を飛びたいと願い、己を縛り付ける重力という鎖を疎んでいた。故に、重力という法則を無視するチカラが顕現したのだ。
だが、彼が真に憎み、怒り続けていたのは重力ではない。
この世に存在する全ての束縛、彼の自由を妨げるありとあらゆる全てを壊したいと彼は願っていた。
故に、全てだ。その身に願い顕れたのはこの世の全て、ありとあらゆる彼を拘束するものから自由になる『特権』。
「そしてもう一つは―――」
「――――ぁは」
ルキナが話を続けていたその時。
どこかから微かに声が聞こえてきた。
繰り返される爆発の轟音の最中。本来ならかき消されてしまうほどの、小さな声。
それはただの声か?いや違う。
叫び声か?それも違う。
それは―――笑い声。
「―――ぅふあははあは」
聞こえてくるのは目がくらむような眩い閃光の中心点。
光の嵐の中からその笑いが聞こえてくる。
セナにはわかる。それは勿論。
「あはははははははははははっはあはっはははははははははっははははははははははははッッッ!!!!」
誰かの絶笑が、爆発を切り裂き響き渡る。
その瞬間、幾重にも束ねられた光が割れた。まるで紙でも引き裂くかのように、易々と。
吹きすさぶ爆風すら意味を為さずにかき消される。そんなもの等最初からなかったかのように。
そして、閃光すら掻き消えて、その中からぬるりと現れたのは、
「あああああぬるい!!あまりにもくだらない!!上ってのはこんなもんなのか!?こんな程度が俺を縛っていたのか!?嗚呼あぁア、しょうもないッ!!」
ソラ。
耳元まで届きそうなほどに口を割いて、歯をむき出しにしながら彼が嗤う。
最早、光の爆発音は聞こえない。聞こえるのは燃える街が鳴らし続けるパチパチという音と、そして、ソラの笑い声。
そして、一筋の光が地平線の彼方から差してくる。
夜明けだ。赤い陽光がソラに重なって彼のことを明るく照らす。
だがそんな太陽の輝きすら、ソラの半身の紋様の輝きと比べればかすんで見える。
そんな刹那、誰かの声が響いた。
「『破壊』。己を縛り付けようとするありとあらゆるものを破壊するチカラ――自分を押さえつけるもの全てを殺し尽くす、絶対的な権利の獲得。要するに、自分を縛るものすべてを絶対に上回り、絶対に壊せる。それこそがソラの己約」
ソラの根幹とは怒りだ。
『自由』となるために自分を縛り付ける世界を『破壊』すること、それこそがソラの原初、根源の願い、祈り。
話の初めに、ルキナは能力の根本は同じといっていたが、それは正しい。
ソラの能力はただ一つ、『自分を縛るものすべてを破壊すること』、ただそれだけ。
拘束の無効化――それは拘束の源となる法則や異能を破壊してしまった結果、無効化しているように見えているに過ぎない。
怒りのままに、壊し殺す。己が自由になるまで人も物も法も何もかもを踏みつぶす。
それのみがソラのチカラ。
世界すら壊す憤怒が形となりし、その力。
「その力、祈りと願いに名を付けるならば―――」
少女が歌う。
目の前の憤怒と狂気の化身を前にしても臆することもなく、むしろその存在を祝福する。
聖女のようで、悪魔のようだった。魔性の少女はこの世に生まれおちた規格外の異能を、静かに寿いだ。
祝福と、呪いと、怒りに満ちたその力の名は。
「〈怒れる自由よ、万鎖を壊せ〉」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
光を引き裂き現れたソラに対して、マクスウェルは再び光の奔流を照射する。
もはやマクスウェルには理性とか思考とかそういったものは一切ない。
あるのは本能。目の前の脅威を殺さなければ自身が死ぬという、そんな直観のみに従い、己が扱える最大火力を振り回す。
それは空を割きながらソラに向って直進。目にもとまらぬ勢いでソラの胸に直撃し、
「ああああァぁ??」
何も起こらない。光を伴う衝撃波がソラに命中したはずなのに、何も起こらない。
そんなものはもともとなかったかのように、音も匂いも残さずにその極光はかき消された。
それはまるで底なしの闇に吸い込まれたかのよう。
「なんだこれは」
狂気と憎悪、怒りと愉悦が深く、暗い穴を作り出す。
何もかもを呑み込み、跡形もなく消し去る、そんな闇穴がマクスウェルを覗いている。
何のために?
そんなことは決まっている。
「気持ち悪い」
壊す。
「イラつく」
殺す。
「嗚呼あああああああはははっはははははっはははああ!!!!気持ち悪い、汚い、臭いィィいいいいいい価値もないゴミが嗚呼ああッ!!!!俺に触るな、俺を縛るな、気持ち悪いんだよ、臭いんだよおオオオおぉぉぉッ!!
殺す殺す殺す殺す壊す壊す壊す壊すあは、アハハハハハッはハハハッは嗚呼ああああああああハハハハハッはハハハッはははッはハハハハハッハハハハハッははッははッはハハハッはハハハッはハハハッはッッ!!!」
「―――――」
セナの知っているソラは最早この場にはいない。
彼女の知っている彼は、この世界への強烈な憤怒を抱えつつも、理性や過去、そしてその世界の法則に縛られる弱い存在だった。
自分を諦め、自由を諦め、ただ日々を漫然と過ごすだけの、そんな凡庸な存在だった。
そんな彼は壊れた。
もうソラは止まらない。我が儘に、狂気のままに、怒りのままに、自由になるまであの空を進み続けるだろう。
その前に立ちはだかる全てを屍として、己の足元に積み上げながら。
「さんざんやってくれたなぁあ、次は俺だよなぁ、そうだよなぁッッ!!??」
ゲラゲラと嗤うソラの、右半身に宿る憤怒の印が夜明けの光よりもはるかに強く輝く。
その瞬間、セナの視界からソラの姿が掻き消えた。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!」
「あははは、はひゃはははははっ、ガハハははッはハハハッ!!」
ソラが空を駆けている。
繰り返される光の暴雨を足場として、マクスウェルに向って全力で疾走する。
「ぬるいぬるいぬるいなあああああはっはあははっははははははッ!!」
前横斜め後ろ上下左右から迫りくる全ての攻撃を、ソラは文字通り無視する。
極限まで絞られた線のような光が、ソラのむき出しの手足、肩、胴体、挙句の果てには目にも直撃するが、そのすべてが全くの無意味。
それらの全てはソラの肌どころか、彼が身に着けているボロの布切れにさえ一切のダメージを与えることはできない。
「〈怒れる自由よ、万鎖を壊せ〉……」
セナがわずかにそう呟く。
彼女は呆然として空を舞う二匹の怪物を眺めることしかできない。
その直後だった。
彼女の視界の中に、突如として白色の巨大なナニカが出現する。
「氷の、壁……!?」
それは厚さ1mにもなろうかというほど分厚く、巨大な氷の壁だった。何もない虚空から、突如としてソラの道を妨げるように形成される。
それは勿論マクスウェルの界約によるものだ。排斥と受容の選択により熱を操るマクスウェルからすれば、極高温を作り出すことも極低温を作り出すことも可能。
彼は発狂しながらも自身の界約をかつてないほどに駆動させ、光の爆死線を掃射しながら氷壁を作り上げ、ソラの接近を許そうとはしない。
わずかな不純物すら含まない高純度、かつ氷点下を遥かに下回る低温で作られた氷壁は鉄と並ぶほどの硬さを誇る。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!」
「お前、そんなことも出来たんだなッ!!」
が、そんなことはソラの異能の前では関係ない。
ソラが目の前の巨大な壁に爪を立てて、力任せに腕を振るうだけでその壁は真っ二つに砕けていく。
「はハハハハハッはあははッははあッはッ!!いいぞ、もっと俺に遊ばせろッ!!俺にお前の全てを壊させろッ!!」
分厚い壁を薄紙かのようにいとも容易く引きちぎりながらソラは嗤い続ける。
そんなことを可能としているのが、ソラの異能だ。
束縛者に対する絶対的な破壊権―――その言葉は文字通りの意味を持つ。
権限というこの世の大前提を無視することは当然。
『自身を害する全てを排斥する』というマクスウェルの界約の根本すら破壊する。
それだけではなく、マクスウェルが起こすどんな物理現象も破壊し、踏破する。
つまり。
"ソラを縛った存在からの魔術、能力、権限等のあらゆる強制力を全て無視し、対象を物理的に破壊できるように肉体が強化される"のがソラの異能。
『縛る』という行動がソラの撃鉄。それをしたが最後、ソラは必ず対象を壊す。
「AAAAAAAAAAAAAAAaaaAAAAAAAAッ!!!!」
「ふひゃひゃひゃっ、イひ、ひハハハハハハハハハハッ!!」
空を駆けるソラと、空を飛翔するマクスウェル。
攻撃を続けているのはマクスウェルだが、真実追い詰められているのはマクスウェルの方だ。
その証拠に、マクスウェルは迫りくるソラを追い落とそうと攻撃をしながら、同時にソラから距離を取ろうと逃げ回っている。
だがもう遅い。もう何をしても無駄なのだ。どれだけ発狂し、どれだけ界約を進化させようとも、そのすべては意味をなさない。
何故なら彼はソラを縛ったのだ。見下し、蔑み、命令し、呪い、彼の自由を阻害した。
故にソラは、否、ソラの己約はそんな彼の存在を許しはしない。
「アあぁ、最後は何がいいかなァ??」
今引き裂いた氷の壁に右足を乗せながらソラが呟く。
「下履きも上履きもこれ以上傷つけたくない。汚すのも嫌だな。だが楽しくやりたいなァ。腕、足、胴、頭――何を壊せば一番面白い?」
口に出すのは、処刑方法。目の前の玩具はどうやれば一番面白く、楽しく壊せるのか。
そして、足に力を込めながら一瞬考えて、
「決めた」
そう呟いて、ソラは右足に込めた力を解放した。
瞬間、ソラは音すら置き去りにして空中を走り抜ける。
込められた力の反作用で巨大な氷が粉末にまで粉砕され、その破片がプリズムのように朝光を反射しながら宙を舞う。
「―――!?!?」
マクスウェルが驚愕する。
自身の能力により周囲一帯の分子を支配下に置いているはずの状況。
その支配領域下において彼の感知をすり抜ける程の速度は、今までとは遥かにくらべものにならない。
慌てて光線の照射と氷壁の乱造を繰り返すがもう遅い。
「よお、おにごっこは終わりだなぁ」
マクスウェルの目の前に突如としてソラが現れる。
ここまでは同程度の速度でマクスウェルを追いかけまわしていたソラだが、それはただ手を抜いていたにすぎない。本気を出せばいつでもマクスウェルを捕まえることが出来た。
つまり、ソラにとっては今まではずっと遊びだったのだ。
だが、それもこれで終わり。ここですべてが決する。
「GAAAAAAAAAAAAAAAaaaAAAッ!!!!」
そのことを本能で感じ取ったマクスウェルが人とは思えない雄叫びを上げる。
殺すか、殺されるか。逃げるという選択肢はもうない。
無くした右目と今ある左目で確と目の前の悪魔を睨みつけて、
直後、ソラの体を青い炎が包み込んだ。
「なッ――」
今までの炎ならば軽く受け流していたはずのソラが、困惑の声を上げた。
何故ならばその炎は――今までの熱量を遥かに超えた地獄の炎そのものだったからだ。
空中に突如として現れた蒼炎は、登りゆく朝日と近づいてくる青空よりもはるかに蒼く輝き、ソラを焼かんと燃え盛る。
「OOOOOOOOOOOOOOOOooooooOOOoOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!」
マクスウェルが叫びがら、能力を全力で駆使する。
彼の体は酷使に耐え切れず、残った左目から血の涙が流れる。
彼がやっていることは魔術と能力の併用。
目で見た地点に蒼炎を起こす彼の魔術、そして界約により「熱い」分子を操作。ソラの周囲にのみそれを配置する。
その結果、超高温の空間がソラの周囲にだけ発生。
ピンポイントに集められた高温分子は、ただの蒼炎の十倍以上の熱量でソラを焼く。
太陽の表面温度すら上回る、正に獄炎。
「IYAAAAAAAAAAAAAAAAAあああああああああああああああああ!!!!」
マクスウェルは全力をその炎に集中させる。
炎こそが彼の誇りにして守り神。
幼少の頃に彼を救ったその蒼き煌めきは、発狂した今でも彼の中の最強の防御なのだ。
地獄の悪魔の蒼き炎がソラの全身を包み込む。
「あ、がああああああああああああッ!!」
「ソラ、ソラぁッ!!」
その中からはソラの絶叫。地上で見ているだけのセナには彼の姿は見えない。
いくら身体が強化されているとはいえ、太陽ほどの極高温で焼かれているのだ。
その苦痛は想像を絶するに違いない。
セナの甲高い悲鳴が辺りに木霊して、その顔が絶望に染まり、
「なんてな」
そんな気軽な声が聞こえてきたと同時に、蒼い獄炎の中からそれよりも更に蒼く輝く何かが飛び出してくるのをセナは見た。
それは人の腕だ。
一切の傷も、火傷の跡もない、人の右腕。
蒼い羽の鎖が巻き付いたその腕が、炎を貫きマクスウェルへと伸びている。
「お前は炎が好きなんだろ?」
「―――」
「そんなお前にピッタリの壊し方を思いついたんだ。服を傷つけないし汚さない。最高の壊し方を」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その刹那、マクスウェルは目の前の光景に、一瞬正気を取り戻していた。
目の前に広がる蒼き炎。彼の外敵を、痛みの原因を消し去る神聖なる蒼の輝き。
炎はマクスウェルを傷つけず、ただ傍で彼を守るのみ。
それはまるで母のようで。
かつて彼を兄弟たちから守ったのと同じ蒼い炎を思い出し、彼は痛みや恐怖・怒りを忘れて、ただの人間に戻っていた。
そんな瞬間だった。
「ぶん殴ったら傷がつくし、引きちぎっても汚れそうだし。どうやったら綺麗に楽しく壊せるか、ようやく思いついたんだ」
母なる炎の中から何かが飛び出してきた。
まず炎を突き破ってきたのは腕。傷も火傷も何もない、男らしく太い腕が。その肌を覆う蒼く輝く紋様がマクスウェルの目を焼く。
続いて、まるで彫刻のような、筋肉の彫りの深い上半身が、青の獄炎の中から現れて。
「あ――――」
「思いつけばこれ以外ない壊し方だな。なかなか俺はセンスがあるのかもしれない」
誰かが笑っている。
炎が消える。母が消える。
蒼く光るその腕が、彼の守りの象徴をかき消す。
散らばる蒼い火の粉が、まるでマクスウェルを抱きしめるかのように辺りを舞う。
そんな目の前の美しい景色と
「それじゃあ」
それを邪悪な笑みで汚す悪魔のコントラスト。
蒼き怒りを身にまとい、自由の空に向って屍の塔を建てる―――伸びる塔の果ての果てに生まれ落ちた極大の化け物。
その右腕が伸びてきて、
「死ね」
蒼の獄炎により超高温で熱された右の手のひらがマクスウェルの顔を覆う。
じゅわっという音が鳴って、視界が無くなる。
感じるのは肉と骨が焼ける、否、溶ける匂いと、拒絶しがたいその痛み。
そして、
「くふふ、はは、あはっ、ひゃはははははははっはははははははははっははははははははははははっはあっははは!!!!」
絶え間なく響き続ける悪魔の狂笑。
死の恐怖と絶望を前にして、マクスウェルは発狂することすらできずに、
「――――お母さん」
天使のような美貌を誇った顔が、極度の熱で一瞬で溶かされる苦痛を感じながらその生涯を終えた。




