怒れる自由よ、万鎖を壊せ④
「はぁ…ッ、あ、はあッ……」
廃墟と化した街の中を一人の少女がひた走る。
額に張り付いた赤色の髪から汗が滴り落ちて、灰が積もる石床に斑模様を作る。
「はッ…はあっ…!!」
かれこれ1時間弱、彼女――セナはスラムの端から街の中心に向かって全力で走り続けていた。
心臓の鳴らす音が耳元で聞こえる。肺がフル稼働し、呼吸のたびに痛みが生じる。
大金で購入した装備は最早ボロボロで、その素肌にはいくつもの擦り傷と青あざが浮かんでいる。
塔の9層まで登った上で、帰って来てからもマクスウェルと交戦し、そのあともほぼ休みなく走り続ける彼女の体はもうとっくに限界を迎えている。
それでも前へ。疲労感も体の怠さも無視してひたすら前へ。彼女は足を止めることなく走り続ける。
頭の中にあるのはただ一つのこと。
「…ソラ…ッ」
彼女のたった一人の家族。たった一人の兄弟。たった一人のヒーロー。たった一人の―――。
例え彼に拒絶されようと、疎まれようと構わない。彼女は助けられたあの時から誓ったのだ。
どんなもの、どんな敵からもソラを守ると。そのためならなんだってすると。
そう心に誓って彼女は生きてきた。
強くなり、塔を攻略し、上層まで上がること。それは全てソラのため。
一度彼自身に否定されたぐらいでその生き方を変えるつもりはない。
「ソラッ!!」
ソラが駆けだしていってからかれこれ3、4時間は立っているだろう。
気づけば夜が明けだして、徐々に水平線の向こうに明かりが見えてきている。
燃えた町は黒々とした残骸と化して辺りを埋め尽くし、遠くには未だ燃え盛る建物の姿がある。
街は終わった。スラムも崩壊した。
だが、セナにとってはどうでもいい。
人も街もどれだけ壊れ、どれだけ死のうとどうだっていい。
ソラさえ、彼さえ生きていればそれでいいのだ。
「はっ…はぁ、ぐ、ああッ…!!」
だから走る。
痛む体が悲鳴を上げても走る。
今にも崩れ落ちそうな膝も無視してただ走る。
彼女が目指すのは街の転移門。上位者を追ったのであれば恐らくそこにソラはいる。
整列された街並みの残骸を潜り抜けて、その方角へと突き進む。
そして、広場に通じる通りにようやく辿り着いたその時だった。
何かの破壊音のようなものがすることにセナは気が付いた。
そして次の瞬間、
―――どぉん
腹の底を叩き上げるような衝撃音が、遠くの空を震わせた。
一拍遅れて、空気がびりびりと波打つ。地面が揺れ、周りの燃えカスが崩壊する。
音はこの道の先、広場の方角からだ。
続けざまに、二度、三度。鈍い破壊音が、夜の帳を引き裂いていく。
「……っ」
喉がひりつく。胸の奥で鼓動が早鐘を打ち、血液が熱を帯びていく。
考えるより先に、足が動いていた。
灰と煤に塗れた石床を強く蹴る。
靴底が鳴る。呼吸が荒くなる。肺が焼けるように痛む。それでも止まらない。
路地を抜け、大通りへ飛び出す。
また一発、轟音。
今度は火柱が見えた。赤色ではなく蒼色の炎。夜空に蒼い花が咲き、黒煙が立ちのぼる。
破壊の中心は、間違いなくあそこだ。
――間に合え。
足に力を込める。
風が頬を切り、視界の端が流れていく。鼓動と足音が重なり、世界が単純なリズムに収束していく。
遠くで建物が崩れる音がした。
瓦礫が落ちる、重く、終わりを告げる響き。
イヤな予感がする。それもものすごく嫌な予感が。
しかし、それも振り切ってひたすら前へ。
前へ。
前へ―――。
そして、たどり着いたそこで見たものは。
「アハハハハハははあひゃはあっはハハハハハはあはあッはははッ!!」
誰かが空中で笑っている。
如何なる能力なのか、重力の影響などないかのように振舞うさまは、まるでただ地面で立っているかのようにすら見える。
セナは最初に、その人物があの金髪の上位者だと思った。
だがそれは違った。
―――その男は嗤っていた。
上半身には何も着ていない。そして、露出した肌には傷の一つもなく、彫りの深い筋肉が美しく輝いている。
そんな露出した上半身のうち、右半身には青く光る謎の紋様が走る。遠目からではよく見えないが、その模様は彼の右半身全体を覆っているようだ。
その模様と同じ色の瞳は見開かれ、背後に見える月よりも輝いている。
夜闇に溶け込むような黒い髪の毛がおどろおどろしく暴れて乱れ、その口元は歪み、大きく口を開けて嗤っている。
そんな彼のことを、セナはよく知っている。
「ソラ……?」
そう、それは間違いなくソラだ。
その容姿は間違いなくソラであり、その声も間違いなく彼の物だ。
だが、セナは疑問を抱いた。
違う。何かが決定的に違う。彼女の知っているソラとは間違いなく違う。
ソラは嗤わない。いつも何かに苛立ち、不機嫌な顔が崩れない。彼が笑ったことなど殆ど見たことがない。
そんな彼が笑っている。
「ひゃはハハハハハひゃあははやあハハッハハハハハッはハハハあははッはハハハッハハハハハ!!」
空中で腹を抱えて嗤い続けるその姿は、セナをもってして不気味と言わざるを得ない。
彼は笑っている。しかし、笑っているのに怒っている。
狂ったように笑いながら、そして同時に世界を燃やし尽くさんばかりの怒りに震えている。
彼女の背中に一筋の汗が伝う。
恐怖。恐怖だ。
今、セナは目の前のソラと思わしき誰かに恐怖している。
「おいおい―――」
そんな恐ろしい誰かは、セナには目もくれず、別の方角を見ながら笑い続ける。
そこにあるのは瓦礫の山だ。そこはもしかするとたった今壊れたのかもしれない。砂と灰が巻き上がり、そのあたりに何があるのか正確に見ることはできない。
だが、そこには確かにソラの興味を引く何かがあった。
そしてソラの蒼い瞳はそれの姿を確かに捉えていた。
その煙が晴れたとき、そこには、
「お前、まだ生きてんのかよ」
瓦礫の中に倒れこむナニカがいた。
人、だろうか。セナにはそうであるとしか推測できない。
何故ならその体は人体の形を成しているとは言えない。
両腕は肘から先がない。しかし、その断面からは炎が巻き上がり腕のような形をとる。
左足は膝から先が欠損している。だがその断面からは炎が生えて、獣のような鋭い爪を持った脚を形成する。
右目は潰れ、空虚になった眼窩からは血なのか何なのかわからない液体がこぼれ、涙のように頬に濁った痕を残す。
元々美しかったであろう長い金髪は血と灰、煤に汚れて、ちぎれて、今や見る影もない。
「ァ、うゥ…ッ」
モンスターかと見まがうその異形は、間違いなく数時間前までセナやソラを苦しめた上位者、マクスウェル・アモン・ルクスフレアその人だ。
強力な異能を持ち、権限を持つ、怪物。先ほどまでソラは為すすべもなく圧倒されていたはずだ。
そんな彼が、今や人としての形すら捨てて、地面に這いつくばっている。
訳が分からない。意味が分からない。これは夢か幻覚か。
「――――アァアッ!!」
そんなことを考えて立ちすくんでいたセナの目の前で、不意に金髪の異形が大きく口を開けて叫ぶ。
一瞬、彼の口の周りの辺りが光ったと思った時にはもう遅い。
その瞬間起こったのは耳をつんざくような爆音。そして白い光。
爆音と共にそこから炎交じりの衝撃波が細い線となって放出されて、ソラに向って一直線で突き進む。
「ソラッ!!」
極白の柱が夜の空を引き裂いてソラへ迫る。
その衝撃の余波は易々と周囲の建物を粉砕し、その威力を物語っている。
咄嗟にセナは叫び、能力を行使しようとする。
だが彼との距離は離れすぎている。ましてや上空にいる彼の元まで能力を届かせるのは不可能だ。
それでも、そう思ったセナが全力で走り出そうとしたその時、
「待った」
セナを制止させるかのように一本の白い腕が邪魔をする。
横を見れば、白髪赤目の少女。
「アンタ…!!」
ルキナ、だっただろうか。
女ですら見惚れてしまうその容姿は魔性といってもいいだろう。
しかし、そんな彼女はセナにとって敵に他ならない。
塔の攻略等しないはずだったソラを唆し、冒険に誘う謎の女。
挙句の果てに上位者に連れ去られ、今度はソラを死地に誘った。
怪しくて、謎めいていて、明らかにおかしい。
そんな彼女が、ソラを助けようとするセナを止めて、顎でソラの方をくいっと指す。
「見ててみ」
「何を―――ッ!?」
そんなことをしている間にも、白い光が闇を駆けてソラの目前に迫っている。
セナが声を上げる間もなく、その光がソラを包み込んで、
「それで?」
眩い光が世界を埋め尽くす中、セナの耳に聞こえたのはそんな言葉。
音を置き去りにしてソラへと衝突した白い極光の束。それにセナは思わず目を瞑ってしまった。
それが消え去った後を見ればそこにいたのは――無傷のソラ。
「……えっ」
セナが呆けた声を上げる。
極光はソラを丸呑みにして、その頭からつま先までを貫いたはずだった。
鼓膜を引き裂かんばかりの爆音、目を焼くような眩い光。
それに伴う強大な衝撃波が人体は分子レベルに崩壊させ、後にも塵一つ残らないはずだった。
例え、それを受けたのがセナであったとしても消し炭にされていたに違いない。先ほどの光はそれほどの威力を持っていたことは端から見ているだけでもわかる。
そんな一撃をソラは何でもないことのように受け止めた。
受け流すでも、避けるでもなく、受け止める。いや受け止めたというのも語弊があるかもしれない。ソラはただ、無防備にあの光を全身に浴びただけだ。
そして一言。
「ぬるい」
ソラは口元を三日月の形に歪めながらそう呟く
「あぁぬるい、弱い、くだらない―――」
ゆっくりと、しかし苛烈に紡がれる言葉。
それは嵐の前の夜のように、静かで、厳粛で、だがそれと同時に不穏な何かを孕んでいた。
「つまらないいいいいひひひははひゃあはははははははあはッ!!くだらないなぁ、不細工な犬がキャンキャン吠えてらあッ!!」
己を縛り付けていた存在、そして、この程度の存在に縛られていた己自身に向けた激憤。
ソラはいつも怒りに震えていた。世界の全てを恨み、憎み、激怒していた。
例え家族に近しい存在だろうが、無関係な他人であろうが関係ない。ソラは確かに、その全てを憎悪していた。
それは変わっていない。セナにはわかる。
だが、そんなソラが今や笑っている。いや笑いながら怒っている。
怒りを呑み込む狂笑。愉悦に塗れた憤怒。
今までソラ自身の中で押さえつけられていた極大の感情が笑いとなって溢れ出している。
「ひッ…」
それを見てセナは思わず、両腕で自身の肩を抱きしめた。
怖い。恐い。見知ったはずの幼馴染がいつの間にか全く別の存在へと変貌している。
本能でわかる。アレは致命的な存在だ。
特に彼女のような人間にとっては、触れれば消し飛ぶような爆弾そのもの。そんな予感がするのだ。
「おい、雑魚犬。次は何がいい?右耳、左耳、左目、右足、左腿、好きなところを選ばせてやる」
「う…が、あぁアッ」
致命の一撃を受けたはずのソラは笑いながら「次」の提案をする。
今来たばかりのセナでもわかる。恐らく彼は、この後はどこの部位を潰すかを上位者に選ばせようとしているのだ。
「もう返事なんて返ってこないから好きにすればいいのに」
「アンタ…」
宙で嗤うソラを見ながら、ルキナが呆れたような顔で言う。
それはまるでやんちゃな子供を見る母親のようで、この凄惨な状況には似つかわしくないなどこか優し気な表情であった。
セナは絶句してルキナを見ると、その視線に気づいた彼女はこれまでの経緯を説明しだす。
「これまでのあらすじを簡単に言うと、まず右腕をちぎって、その次左足をちぎった。そしたら泣きながら命乞いしてきたから今度は右目を潰したら頭がおかしくなったっぽい」
「……」
いや簡単じゃない。訳が分からない。それはつまりソラがあの上位者の体をという事か?だとしたら、上位者の四肢を引き裂くというのはどういうことだ?異能を突破した?そんなことが可能なのか?いやそもそもどうして権限を使わない?
そんな様々な疑問がセナの頭の中を駆け巡っていたその時だった。
「オォオおおおぉおおおOOOOOOッ!!」
金髪の悪魔が吠える。
精神が崩壊し、理性が無くなった状態でも、その能力は健在。むしろ理性で操っていた時よりもその強度は高まっている。
彼の前に数個の光点が現出する。それは極限まで圧縮された可燃気体に点された小さな火。
その光景にセナが何かを呟く間もなく、直後、それらは轟音を伴い爆発した。
「ッ!?」
白みだした夜空を数条の細い光の線が駆け巡る。
それは先ほどソラが難なく防いだものと同様のもの。しかし、それが5本の光の柱となって迫ってくる。
そしてその光は先ほどの物よりも細く絞られている。故にその圧力はその分高まっているはずで、先ほどの物よりも貫通力があるに違いない。
光の柱――いやむしろ線といった方が正しいだろう。極限まで絞られた衝撃波が線となってソラを襲う。
「はっ」
しかし、その光景を前にしたソラは鼻で笑って、
「芸がねぇなあ!」
ソラは自身の真横をすり抜ける光の柱を蹴って、その光と真逆に、すなわちマクスウェルをめがけて走り出す。
「な…ッ!!」
セナが驚愕に目を見開く。
ソラは迫りくる光の束を搔い潜り、時には手の甲で弾きながら、その束をまるで地面かのように蹴って駆け抜ける。
「どういうこと…!?」
「ははハハハハハハハッ!!」
ソラは確かに無能力者だったはずなのだ。
セナのような異能を持たず、ただただ膂力が人よりちょっとだけあるだけの凡人。それこそがソラだった。
それが今や宙を舞い、空を駆けている。
ソラが嗤う。人間など簡単に引き裂くはずの光線は、ソラの体に一つの傷もつけていない。
迫りくるソラの姿を見たマクスウェルは続けて同じ光の点を作り出す。その数、10個。
「アあぁぁぁぁ――――!!」
一つだけでも10人は貫通できるほどの威力の光線を一人の人間に向けて解き放つ。
しかしそれだけでは止まらない。マクスウェルは絶え間なく光点を作り続け、出来次第線として放つことを繰り返す。
絶え間なく光の雨が地面から、空中の空に向って立ち上る。光の激流がソラを貫かんと、夜空を引き裂き駆け巡る。
目を焼く光の量と鼓膜を破きかねない音の奔流にさらされながらも、セナはただ目を見開いていた。
「笑ってる……」
そう、そんな状況でソラは尚笑い続けている。
ケタケタ、ゲラゲラと、致命の雨の中を嗤いながら走り抜ける。
その様はいつか見た彼と同じだった。セナを縛りつけた、スラムの男を嬲り殺したあの日と同じ。
イカレている。狂っている。
「そんじゃあ次は―――」
ニマニマと嗤いながらソラが光の包囲網を潜り抜けてマクスウェルの目の前までたどり着く。
マクスウェルは背を瓦礫の山に預けた状態で、一瞬のうちに目前に現れたソラの姿を目を見開いて凝視している。
そしてソラは無造作に右足を後ろへ引いて、
「右足だなッ!!」
それを全力でマクスウェルに向って振りぬいた。
その瞬間、マクスウェルの背後にあった瓦礫の山が消し飛んだ。
「はァ!?」
まるで爆発でもしたかのように、瓦礫の山が空高く舞い上がって土煙が立ち上る。
消し飛ばすというより、蹴り飛ばす。まるで足元の石ころを蹴り飛ばすかのように、無造作な蹴りの一撃で、ソラは瓦礫の小山を軽々と吹き飛ばした。
「異能……」
間違いない。
宙を飛んでいたこと然り、光線の一撃を無傷でやり過ごしていたこともそう。
ソラは確かに何らかの異能を発現させたのだ。
だが―――
「どういうこと……?」
能力というのは限定的なものだ。アレもしたりこれもしたりということはできない。
セナの異能である『停止』もそうだ。物の動きを止めるという能力の範囲を超えない領域において、それを応用して運用する。
だが彼の能力はどうだろう。
宙を飛ぶ。光線を蹴る。致命の一撃を無傷で耐える。そして、家ほどもある瓦礫を消し飛ばす人外の膂力。
何らかの異能であることは間違いない。だがその能力の得体がしれない。
出来ることの範囲が広すぎる上に、通常の界約で出来ることとはどうにも思えない。
界約とは外界を縛り付ける鎖の力。その典型こそセナの『停止』だ。しかし、今起こっている事象は、もっと別の何かに思えてならない。
言うなれば、外に向くのではなく、内に向く力。
ソラが自分自身を解き放つための、界約とは真逆の―――。
「あれがソラの異能。私たちの持つ『界約』と真逆のチカラ――『己約』」
「『己約』……?」
驚愕し唖然として目の前の光景を見つめるセナは、ルキナの呟きを聞いて疑問を呟く。
「他者に枷を嵌めるのではなく、自分を解き放つ。自分が『自由』となる究極のチカラ」
「自由……」
「恐らくソラの能力はその典型、ありとあらゆる鎖を引きちぎる能力」
自由という知らぬ概念に疑問符を浮かべるセナを置いてけぼりにして、ルキナは一人、朗々と語り続ける。
その顔には微笑が浮かぶ。果実を差し出す手のような、甘く致命的な笑み。
その笑みに気圧されながらも、セナはルキナへ問いかける。
「……アンタは分かってんの?あの力が何なのか?」
「正確には分からないけど、大体の予想はついてる」
「それはどういう―――」
そう呟いた瞬間だった。
突如として空が明るく白んだ。
朝日が昇ったのかと思ったがそれは違う。
「なッ……!?」
それは小さな太陽。
先ほど放たれ続けていた光の粒が、まるで夜空に浮かぶ無数の星々のように、ソラの周囲をとり囲んでいた。
その数、優に100個は超えるだろう。燃えるプラズマの星々が、地に立つソラを睨みつけていた。
「ああぁぁぁあAAaaaaAAAAaaaaAAAAッ!!」
その弾幕の奥にいるのは醜い異形の姿となったマクスウェル。失った右目の奥に憎悪と憤怒、恐怖の炎を宿し、地上のソラに向って吠えていた。
その声はもう人のものではなかった。獣の慟哭だ。
「なるほど、発狂して思考能力はなくなったけど、能力は随分強化されているみたい」
「アンタ、何を冷静にしてんのよッ!?」
セナが動転しながらルキナに向って叫ぶ。
それもまあ仕方のないことだ。このままあの弾幕が一斉に解き放たれればどうなるか、その破壊力は想像に難くない。
間違いなく辺り一帯が焦土と化し、そのあとには何も残らないだろう。その無数の破壊の象徴への恐怖がこみあげ、額から大粒の汗が落ちる。
しかし、セナの思考の中にはもう一つ、恐怖や焦燥とは別のものがあった。
疑念。セナの頭の中には目の前で起こっているこの光景に対する疑問があった。
そもそもどうやってマクスウェルはあそこまで瞬時に逃げたのか。それにどうやってあの無数の弾幕を作り上げたのか。
「効果範囲と精度の向上――なるほど、能力の階層が上がった?」
答えは単純。ルキナが呟いた通りのこと。
ここにきて、マクスウェルの能力は一階層上の領域へと到達していたのだ。
先程、ソラが目の前に現れた瞬間、マクスウェルは無意識のうちに空中へと逃げ出した。
高速移動の原理は変わらない。だがその速度は、これまでの比ではなかった。
そして、そのまま空中で自身の能力の支配領域を拡大・拡張。
かつては半径数mほどであったその能力範囲は今や半径50mを覆う極大の規模となり、排斥の方向、受容の地点指定など様々な付与効果を獲得している。
能力の進化。理性が崩壊し、発狂したマクスウェルは天性の才覚を本能で駆動させ、ついに異能の先の領域へと至った。
だが、
「ひゃはッ」
大地を踏みしめて天を見上げるソラが嗤う。
まるで玩具の新しい遊び方を見つけた子供のような無垢な笑い。しかし、その中に無尽の憤怒と狂気が渦巻いている。
「そうだ、もっとやれ、もっと楽しませろ。お前は俺の獲物、最初の一匹」
ソラの蒼い瞳が見開かれ、目の前の致命の状況を確と見る。
その蒼の輝きがマクスウェルの作り出す光と同等、いやそれ以上に煌めき、同時に彼の右半身の紋様もまた同様の光を放ちだす。
口元の笑みは未だ止まらない。もう止まることは無いのかもしれない。
「さあ―――」
そうソラが呟いた瞬間、全ての光星が同時に解き放たれ―――
「最終ラウンドだッッ!!」
それと同時にソラは地面を蹴り、再び空へと身を投じた。




