怒れる自由よ、万鎖を壊せ①
【階層世界イエソド――転移門】
「――なんだ、これは」
金髪の上位者、マクスウェルは目の前の光景を見てそう呟く。
先程までは確かに苦しみ藻掻く哀れで醜い下層の人間がそこにいた。
マクスウェルの蒼炎の中で死に行くだけのくだらない存在がそこにはいたはずだったのだ。
だが、今、そこにいるのは――
「なんなんだ、貴様はッ!!」
そこにいたのは―――
「あはっ」
その男は奇妙な姿をしていた。
上半身は裸。その身に一切の傷跡もない、鍛えられた男の筋肉が美しく月夜に照らされている。
元々ズタボロだったズボンは更に燃え焦げて、真っ黒な生地が今にもちぎれてしまってもおかしくないはずなのに、何故かそのまま形を保っている。
「ひはあああはあはははははは」
髪は黒色。夜に溶け込むような黒い髪が空を泳ぐ。
その瞳だけが場違いなほど明るい。昼の色をしたままの青が、夜の中で孤立していた。
そしてそれ以上に目を引くのは、その右半身に走る奇妙な紋様だった。
どう表現していいのか、それを一言で言うのなら『羽が連なったような形をした鎖』の刺青とでもいうべきであろうか。
足先から目元まで伝わる羽の鎖は、彼の右半身を覆うように刻まれていて、その印が夜空の中でもひときわ明るく青く輝いている。
「あはははははははははっはははははははははははははっはははっはっははははははははははははははははッ!!」
そんな恰好をした男――ソラは夜空の中で宙に浮いて、満月を背にしたまま狂ったように嗤う。
無邪気な笑いのようにも、悪魔の嘲笑のようにも聞こえるソレは、世界が燃える音すら引き裂き、この深き夜で木霊する。
その笑い声はこの世界を生きる者たちにとって、間違いなく福音とはならないだろう。
何故ならこれは誕生の音。
硬い殻を破り、鳥かごをこじ開けて――世界の破壊者がこの瞬間に生まれたことを示す生誕のラッパに他ならない。
「昔からムカついてたんだよ」
不意にピタッと笑い声が止んで、そんな静かな声が響いた。
宙に浮いて、目を閉じながら、ソラは呟く。
「見えない鎖であふれた世界。それに気づかない奴ら。気持ち悪くて、臭くて、許せない。でも一番許せなかったのは何もできない俺自身」
それは過去の己を顧みた、ある種の懺悔に近しいものなのかもしれない。
誰に向けたものかもわからぬそれが、月夜の中で紡がれる。
「乾いて、諦めて、死んだように生きる俺こそが一番無様で、醜くて、情けなくて――その八つ当たりで他人を更に憎んだ。なんで怒るのかもわからずに、ただただすべてを呪ってた。だけど、それじゃダメだったんだ」
ソラが目を開く。
蒼い眼光が月夜を割いて、その口元が三日月のように歪む。
「俺には翼があった。ずっとあったのに、鎖で縛られて、気づけないようにされてた」
ソラは満天の星空を抱えるように両手を広げて空を仰ぎ見る。
「俺は『自由』だ。何をしてもいい、いつしてもいい、全てを無視して、全てを超えて、この空で羽ばたくことが出来る。だから俺は―――」
ならば、これからはどうする?
それに気づけたソラはこれから何をなす?
そんなことは決まっている。
「俺はぶち壊したい。この世界も、ものも、人も、縛られたすべて、縛る全てを殺して、壊して、まっさらにしてやりたいッ!!」
そこに善悪の区別はない。ただ壊したい。殺したい。
この世界の何もかもを粉砕してしまいたい。それだけだ。
「そうだ、殺そうッ!!俺の上にいる全て、俺を縛ろうとする鎖の全て、一切合切、木っ端微塵、完膚なきまで壊してやる!!その果てにこそ自由があるはずだッ!!ああ、ああ、面白くなってきたぞッ!!」
そして再びソラは笑い出す。
己を縛る全てが無くなればそれを自由というのだろう――そんな彼の狂った思想は誰もが理解できないはずだ。
だがそれがどうした。ソラにとって他者の理解とは必要ない。
もう彼を縛る鎖はどこにもない。
「ああ、『自由』ッ!!何をしたっていい!!なんだってできるッ!!楽しいなァ、笑えるなあッ!!アはッ、あはははハハッハハハハハッ!!」
ソラは重力等ないかのように空中で笑い転げる。
その目には最早誰も映っていない。
燃える街も、そこらに転がる屍も、自分を焼いたマクスウェルも、自身が助けに来たはずのルキナでさえも、もはや全てがどうでもよかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「なんなんだ、この男は…!!」
そんなソラを見て、何故かマクスウェルは嫌な脂汗が止まらなくなっていた。
目の前で宙を舞う下層の男は、先程まではなんの能力も持たない羽虫のような存在だった。
そんな男が今は彼の魔術から解き放たれ、狂ったように笑っている。
訳の分からないことを叫びながら笑い続けるその男の体には、最早傷の一つもない。先程まで蒼炎に焼かれていたはずなのに、まるで赤子のような染み一つないその肌は、マクスウェルをもってしても美しいと言わざるを得ない。
不気味だ。
先ほどまでのゴミとは間違いなく何かが違う。彼を見るたびに何故か心の底から冷たいものが這い寄ってくる。
それはマクスウェルにとって久方ぶりの恐怖の感情。そう、彼は何故か目の前の下層のゴミに恐怖をいただいている。
それでも所詮は下層の存在。彼の権限をもってすれば、このイカれた男の生も死も簡単に操れるはずだ。
そのはずなのになぜか汗が止まらない。
今、目の前の男に触れてはいけないと、マクスウェルの中の何かが警鐘を鳴らしている。
それと同時に、今この場で目の前の男を殺さなければ致命的な何かが起こるという予感があった。
矛盾した二つの感覚は、マクスウェルに向って決断を迫る。
あるのは二択――逃げるか、殺すか。
「……逃げる?」
だが、その選択肢を前にしてマクスウェルはそれを提示した自分自身に驚愕した。
目の前の下層のゴミに恐れをなして逃げる?羽虫が怖いからティファレトに逃げ帰る?
それは美しさを至上とする彼の感性からして、間違いなく美しくない行動だ。そんなことは許されるものではない。
ましてやそんなことをしたら、宮廷で笑い物になることは間違いない。
かつて妾腹の子だからと貶され、虐められていた時のように、後ろ指を指されて生きていく。
一人家畜小屋の中で死んでいった母のように、寂しく死んでいく。
そんな光景が目に浮かび、マクスウェルは思わず身震いする。
「…違う。私は――ぼくは強いんだ。逃げる必要なんてない…!!」
そうだ。界約に目覚めた今の自分に逃避の必要なんてない。
その力でもって地位を確立し、今では家の中でも筆頭の立ち位置に到達した。
この任務を達成した暁には晴れて近衛隊の一員となり、ゆくゆくはその隊長の地位も夢ではなくなる。
そんな自分が、イエソドのゴミに向って背を向ける?
そのようなことはありえない。あり得ていいはずがない。
魔術が効かない?空中に浮く謎の異能?だからどうした。
例えどんな能力を得ていたとしても、この男はイエソドの人間だ。ティファレトの権限を持つマクスウェルには逆らうことが出来ない。
ただ"権限"を使って自死を命じればいいだけだ。ただ死ねと口に出せばいい。そうすればこちらから近づくことなく安全に目の前の異常者を殺せるはずだ。
だが、何故かその言葉を口に出すことが出来ない。
本能とでもいうべき何かがそれだけはやめろと訴えかける。
それを口に出してしまえばすべてが終わってしまうような、そんな予感がするのだ。
――いや、そんなはずはない…!!
そんな自身の予感に対して、マクスウェルの理性が否と答える。
この世界では権限とは絶対のルールだ。誰しもが従わなければならない法則であり、それに反逆することは誰もできない。
これまで歩んできた人生の中でそれに反逆しようとしてきた人間等見たことがない。何故ならそれは反抗が不可能なものだからだ。
故にマクスウェルは、警鐘を鳴らす本能を無視して目を蒼く光らせながら叫ぶ。
[マクスウェル・アモン・ルクスフレアが命じるッ!!]
それは権限の発動を意味している。
蒼い眼光が暗い夜空の中で煌めいて、ソラの視界の中をかすめた。
そしてそれに対してソラが何か反応を示す前に、マクスウェルは命令を下す。
[貴様は―――死ねッ!!]
その内容は自死。
この命令を受け取った下層の人間は、例外なく自分で自分を殺す。
首を吊る、首を絞める、石で頭を割る等、とにかく最短で自殺できる方法を選択して、それを行動に起こす。
そう、そのはずなのだ。
そのはずなのに。
「……」
「な…ッ!?」
何も起こらない。
宙を舞う男は耳障りな笑い声を止めただけで、何もしようとはしない。
自分の首を絞めようともしない、落下しようともしない。ただただ宙に浮いたまま黙っている。
何かがおかしい。
いやな予感がする。まるで龍の尾を踏んでしまったかのような、そんな感覚。
[クソ――もう一度命じる、死ねッ!!]
次第に膨れ上がる恐怖に焦ったマクスウェルがもう一度そう叫ぶ。
だが、やはり何もおこらない。男はその青い目で眼下のマクスウェルを静かに見下ろすだけだ。
「何故だ…ッ!?確かに権限は発動しているはずなのに…何故死のうとしない!?」
訳も分からずマクスウェルは夜空に疑問を叫ぶ。
彼の感覚では、権限は間違いなくソラをとらえているし、権限も発動している。
そのはずなのに何故かソラは一向に自殺しようとしない。ただ黙って目の前で慌てるマクスウェルを見つめるのみだ。
[死ねッ、死ねッ、死ね死ね死ね死ね死ね死ねエエええぇぇ!!]
そんなソラの態度に業を煮やし、マクスウェルは自死の命令を狂ったように連呼する。
彼を後押しするのはもはや上位者としてのプライドや過去のトラウマではなく、理解できないものに対する恐怖だ。
「ああ、そうだった」
そんな中、宙に浮いていたソラはゆっくりと大地に降り立つ。
その所作は重力のことなど微塵も感じさせない、どこか優雅なものだ。
そうしながら、目の前で焦りに駆られて叫び続ける上位者を見て、
「お前、俺のことを縛ったよな?」
口の端をにやりとゆがめた。
開いた口から垣間見える尖った犬歯が、ソラの獰猛性を表しているかのようだった。
そして、次の瞬間――
「あは、あはははッはははアハハハハハッ!!ちょうどいいッ!!ちょうど試したいと思ってたんだよ、俺の『自由』をッ!!」
再びの絶叫、絶唱、絶笑。
今度は目の前の上位者を確と見つめて嗤い始めるソラの姿は、見ているものすべてを不安にさせるような、どこか得体の知れないものに見えた。
「お前は俺を縛った――ならば殺そう!ぐちゃぐちゃに引き裂いて、バラバラにしてッ、あは、あはははッハハハハハ!!」
「ヒっ…!!」
ソラの青い目に宿るのは怒りとも愉悦ともとれる、見ている者すべてを焼き殺してしまいそうなほどの激情。
何をしようとしているのかはわからないが、少なくともマクスウェルを殺そうとしていることは間違いがない。
そんな狂気と呼んで差し支えないその感情の奔流をその一身に受け止めたマクスウェルは思わず体を震わせて、口から空気が漏れる。
怯えの感情に支配されたマクスウェルは自然と後ずさりし、ひぁっと無様な声を上げながら尻もちをついた。
「どうしよっかなあ。芋虫にするか輪切りにするか、どれもこれも楽しそうだなあ、なあ、お前はどう思う??あはっあははははははハ!!」
「く…狂ってる…ッ!!」
狂ったように笑いながら近づいてくるソラを見て、マクスウェルがそう言葉を漏らす。
マクスウェルもソラのことを知っているわけではないが、先ほどまでとは全く違う人格となっていることだけはわかる。
スラムではセナを助けようとしていた。この場所へも、限界の体を押してまでルキナを連れ戻しに来ていた。そんな人間だったはずなのに、今や自身の快楽で動く不気味な化け物となっている。
「狂ってる?いや違うな。今の俺が正真正銘の俺自身。むしろおかしかったのは今までの俺だ」
だが、それに対してソラは否と告げる。
「俺は自由だ。やりたいことをやりたいようにやる。ただそれだけ。つまり」
ソラの目がマクスウェルを捉える。そこにあるのは殺意だけだ。
「壊して、殺す。お前みたいな上位者気取りの皆殺しが、今したいことなんだよ」
破壊欲求と殺意――ソラの欲望とはそれが全てだ。その極大の激情を目の当たりにして、マクスウェルは震えた声を出すことしかできない。
そして気づけばソラがマクスウェルのすぐ近くまで来ていた。
一歩踏み込んで手を伸ばせば届いてしまいそうなその距離で、ソラは右の拳を握りこみ、後ろに引く。
まるで引き絞られた弓のように振りかぶられた、その拳は一気に前に突き出されて、
「まずは一発!」
そうソラが叫んだ瞬間、マクスウェルは激痛を覚悟して目を閉じた―――が。
しかし、痛みはやってこない。
それもそのはずだ。
「…ぷ、あはははははハッ!本当に愚かだな、貴様は!!」
目の前で起こった事象を見て、マクスウェルが高らかに笑う。
ソラが突き出した拳はマクスウェルの目の前でピタッと止まっていたからだ。
『傷害事象の禁止』――マクスウェルの持つその強大な界約に呑み込まれたようで、ソラの拳は完全に停止していた。
「私の界約を突破することは出来はしないのだよ、蛆虫君!散々脅かしてくれたが、所詮こんなものか、ええ!?」
ここぞとばかりに、マクスウェルはソラに向って罵詈雑言を向ける。
ソラの異様な雰囲気に呑み込まれマクスウェル自身も忘れていたその鉄壁の防御は、正しく無敵といっていいだろう。
この界約を突破されたことなど彼の生涯で一度もなく、その強大さ故に彼は聖炎騎士団の副団長という地位に上り詰めたのだ。
そんな彼の誇りとでもいうべき絶対防御を、下層のゴミが突破できるはずもなく、ソラの拳は完全に停止していた。
そう考えれば今までの恐怖はどこへ行ったのやら、目の前で拳を突き出そうとしているゴミも矮小な存在に思えてくる。
「わかったらその薄汚い体を退けてくれないかね、匂いがきつくてかなわ―――」
「いい服だな、それ」
「え?」
再び嘲笑を浮かべて、目の前の半裸の異常者をあしらおうとしていたマクスウェルは、不意にそれからかけられた言葉に驚いた。
そしてその男の右手がぐいっと伸びてきて、マクスウェルの首元をギュッと掴む。
「は――?」
「こんな服、イエソドじゃあ手に入んないな。ホドとかネツァクの奴でも見たことがない」
そのままソラは尻もちをついたままのマクスウェルの体を上に持ち上げて、空中にぶら下げる。
それは猫の首根っこを掴んで持ち上げているかの様相で、ソラとマクスウェルの間の力の格差を如実に表していた。
「な、なんで…ッ!!」
「うーん、下履きもよさそうだな。俺のサイズにもちょうど合いそうだし。これは芋虫プランはナシかなあ」
マクスウェルは空中でジタバタと暴れながら、首を掴むソラの右手を両手で外そうとする。
しかし、非力な彼では両腕でもソラの手を外すことはできない。
だがそんなことよりも問題なのは、
「何で動けるッ!?」
ソラが界約領域内で動けていることだ。
確かにマクスウェルの界約は機能しているはずで、今この瞬間もマクスウェルの周囲にある「マクスウェルを傷つけうる行為と存在」すべてを禁止しようしている。
だが、そんな呪縛の鎖の中で、ソラは特段何の問題もなく、まるで界約等ないかのように動いていた。
「知らねえよ」
ソラが一言呟く。
「俺は俺に誓った。やりたいことをやりたいようにやるって。それだけだ」
己約。己自身への誓約が力となる異能。界約が他者を縛る鎖なら、これは己を解き放つ鍵だ。
ソラはそんな理屈など知らない。ただ、体が動く。それだけで十分だった。
「まあとにかく、俺は自由ってこと――」
そういった瞬間、ソラは空中に右腕でぶら下げていたマクスウェルの体を真上に投げて―――
「だッ!!」
「ぷぎッ!!」
自然落下してきたマクスウェルの顔面目掛けて、握った右の拳を叩き込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ぐぼぁぁぁぁあああッ!?!?」
「おーよく飛ぶなあ」
振りぬいた右こぶしをそのままに、数m以上後方へ叫びながら吹き飛んでいくマクスウェルを見ながらソラは嗤う。
今の一撃は大分手加減したのだが、それでもなかなかの距離を飛んで行ってしまった。
それは勿論マクスウェルが思った以上に軽かったというのもあるが、ソラ自身、自分の膂力が向上していることを自覚する。
右手をぐーぱーと握ったり開いたりしながら、その不思議な感覚を試していると、
「ソラ」
ちょんちょんと横から腰をつつかれた。誰かと思い振り返ってみれば、
「なんだ、ルキナか」
「なんだとは失礼」
いつの間にか真横に来ていたルキナがソラの脇腹を右の人差し指でなぞる。
彼女はマクスウェルに怪我などはさせられていないようで、先ほど連れ去られた時から様子は殆ど変わっていないようだった。
「一応聞くけど…無事か?」
「ぼちぼち」
形だけでも彼女の身を心配してみるが、ルキナからはいつも通りの適当な返事。
ぶいぶいと両手でピースサインをするルキナはいつもの無表情ながら、どこか楽し気というか上機嫌に見えた。
「えらく楽しそうだな?」
「そう?」
それを指摘すれば、本人としては気づいていなかった様子でキョトンとした態度を見せた。
「楽しいというか、うれしい?」
「こんな状況で?」
周りは屍の山と燃える廃墟ばかり。しかも自分は上位者にさらわれている――こんな状況で何をうれしく感じるというのだろうか。
「だって――ソラが来てくれた」
ふふふ、と珍しく少し笑いながらルキナが言う。その表情はあまりにも可憐で、それでいて美しい。若い少女の可憐さと成熟した美女の妖艶さが入り混じる。
しかし、今のソラにはそんなものは通用しない。
「そうか。まあ何でもいいけど、とりあえず俺はアレで遊んでくるから、邪魔すんなよ?」
「了解、というか今の私は権限で縛られてるから、邪魔どころか何もできない」
「あ、そうなんだ。じゃあ――」
そしてソラは、自分が吹き飛ばしたマクスウェルの方をちらりと見てから、もう一度ルキナに振り替える。そこにあったのは不器用だが柔らかな笑み。
それは少なくともルキナは今まで見たことのない表情だった。いつも世界や人にイラついていて、笑いという感情を表現することなど殆どなかったソラが、人生で初めて形創ったその表情。
「ちゃんとアレ、ぶち殺さないとな」
その笑みから放たれる言葉は物騒極まりないものだったが、そんなことはルキナにとってはどうでもよくて。
ルキナの目が見開かれ、頬が少し赤く染まる。それはルキナにとっても初めての感覚。
「ん、どうした?」
「…何でもない」
その表情を隠すかのようにルキナはすぐに下を向いて、右手でしっしっというジェスチャーを形つくり、ソラに前を向かせる。
それに対して、なんだかなあという感情を浮かべながらソラは一歩踏み出す。
そして、一言。
「じゃあ、行ってくるわ」
「…うん。ちゃんと殺してね」
余りにも物騒な会話に反して、ルキナがソラに向ける目はどこかしっとりと湿っていた。




