第8話 潜在
オードやミアと戦い疲れたリレは自室へと戻った。
明日からはみっちり扱くぞ、とミハトに言われたものの、リレが自室でできることは少ない。粒子化できる断魔晶は刃毀れなどしないし、肉体の回復に努めればそれでいい。
「にしても何だったんだ」
ミアにキスされたことが頭から離れない。
十五歳になったばかりのリレにとっては強すぎる刺激であるが、別に何かが劇的に変わったわけでもない。
悶々とした気持ちでその日は過ごした。
翌日、決められた時間にリレは教室へ向かった。
「おはようございまいたっ!」
扉を開けるなりミハトに投げられたペンが額に当たった。
「遅い!私もミアもとっくに着いてるぞ」
時間通りに来たというのに理不尽だと抗議しようものならもう一本のペンも飛んでくる、と察したため適当に頭を下げて席へ着いた。
「よしそれじゃまずはお前達の潜在型断魔晶についての講義を始めよう」
ミハトは緑の板に投げてきたペンで潜在型と顕在型の字を書いた。
リレは後から知るのだが、緑の板は黒板、ペンはチョークというらしい。
「顕在型については……その辺の元帥にでも聞いてくれ。潜在型は私も含めて個人差が激しいから一括りにするのは難しいが共通点くらいはあるぞ」
その話を聞く前にリレには気になることがあった。
「待ってください、俺の断魔晶は潜在型なんですか!?こうして武器の形をしてるのに!?」
リレはこの瞬間まで、自身の断魔晶が顕在型ではなかったことを知らなかった。
「……お前のことは一旦置いておいて話を進めるぞ。聞けば理解できる部分もあるだろう」
ミハトの言葉に頷き、その話に耳を傾けた。
人は生まれると同時に世界のどこかランダムな場所に自分の断魔晶が出現する。
これで体内に出現したものが潜在型断魔晶で、体外に出現したものが顕在型断魔晶である。
顕在型断魔晶は何かの武器の形に加工することで戦う道具になるが、潜在型断魔晶はその能力を自認することで特別な加工を施すことなく戦う道具として使うことができる。そのため潜在型断魔晶には元素的な力を有したり概念的な力を有したりするものが多い。
また潜在型断魔晶の所有者は顕在型断魔晶の所有者を凌駕するほど地の身体能力が高い。垂直跳びでは五メートルを優に超え、走る速度は馬に迫る。
つまるところ顕在型断魔晶の所有者では身体能力で勝ち目など無いのだ。
この格差を縮め、追いつくために顕在型断魔晶の所有者は『闘気』と呼ばれる技術を身に付けることにした。気を練り上げ全身に纏うことで潜在型断魔晶の所有者に迫る身体能力を実現することができる。
ラルフ元帥がリレと同じ速度で走り続けていたのも、この闘気を利用していたからである。
「お前達にその実感は無かったか?他の人より運動ができるというのは明確な違いになる」
ミアは十四歳まで学校に通っていたため、他の人よりも運動神経が良かった自覚はある。それが潜在型断魔晶による恩恵だということも幼い頃から教えられてきた。世間的にこれが周知されていることで、身体能力を測る場合は潜在型断魔晶の所有者と顕在型断魔晶の所有者で分けられることになっている。
一方で山奥で育てられ世間の目に触れる機会が少なかったリレはそういったことを知らなかった。ラルフ元帥が自分と接する時は常に闘気を纏っていたせいで、身体能力の高さに触れる機会も無かったのである。
「リレ、お前の断魔晶はいつからある?」
「物心ついた時からずっとですけど……」
「お前は疑問に思わなかったのか?お前がその大剣を軽々と振れること、成長し身長が伸びるにつれて大剣も大きくなっていったこと」
ミハトはリレの大剣のサイズが変わっていったことを知らないが、昨日ラルフ元帥から伝えられたのだ。
ラルフ元帥は最初からリレが潜在型断魔晶の所有者だとわかっていたが、リレに聞かれなかったので伝えていなかったのである。ラルフ元帥は聞かれないことに答えないというきらいがあるが、リレのための修行を積ませてきたつもりではある。
「わかったところで次の話へ進むぞ。顕在型断魔晶は武器の形へ加工することが多いから基本的な武器術を応用することができる。しかし潜在型断魔晶はその性能がまさに十人十色。決まった訓練などは存在しない。だからこそ元帥には顕在型断魔晶の所有者しかなれないのだ。断魔晶の力の差はあれど、断魔晶を加工し闘気を練り上げ誰しもが到達でき得る限界まで極めた者だからな」
なんとなく自分も将来は師匠のような元帥になりたい、などと思っていたリレは、その思いを打ち砕かれた。潜在型断魔晶の所有者であるリレでは決して元帥になれない。
「顕在型断魔晶はその特性上、能力の変化が目覚ましい。武器の形状が変化したり、影響を与える範囲が広がったり、そういったものが目に見える形で発展しやすい。一方で潜在型断魔晶は見た目ではわかりにくいことが多い。例えばミアの『ブリッツ』はその電気が強くなっても目視はしにくいだろう?」
ミアの『ブリッツ』はあくまで自身の筋肉へ微細な電流を流して高い身体能力をさらに底上げするものである。
外部へ電気を放出する、他者の筋肉へも影響を及ぼすなどといった変化が起きれば明確な変化と言えるのだが、自身へ影響を与える場合は見た目ではわかりにくい。
「目に見える形で、何かしらの性質の変化が発生することがある。これを『崩廻』と呼ぶ。この崩廻が三度発生した顕在型断魔晶の所有者が元帥になる」
リレはファーストに襲われた時のことを思い出していた。
『今の一撃を崩廻で放てば、あるいは私に傷を負わせられたかもしれないというのに』
あの言葉はそういう意味だったのかと合点がいった。
状況もわからないまま見境無く最大限の力で攻撃するわけにはいかなかったために、崩廻ではなくラルフ元帥の断魔晶本来の力のみで攻撃したのだ。
「ミハトさんは崩廻に到達しているんですか」
ミアからの質問にミハトは笑って答える。
「実はね、思ってるより簡単に崩廻ってのはできるんだ。当然私も崩廻はしてる。難しいのは二回目以降さ」
観測されている中で崩廻Ⅱに到達するのは全体の一割ほど、さらに崩廻Ⅲに到達し元帥となるのはほんの一握りの人間のみである。
加えて崩廻の進度は顕在型の方が進みやすい。
『教会』が設立されて以来およそ百年の間で潜在型断魔晶の崩廻Ⅲへの到達者はわずか二人である。
「あまり説明ばかりでも疲れるだろ。実際に私が見せてやる」
そう言ってミハトは昨日と同じ試合場へと二人を連れて行く。
「こんな高頻度で試合場に来るなら試合場で講義すればいいんじゃないですか」
階段を降りながらそうぼやくリレに対してミハトはやや強い語気で答える。
「あんたらは戦う力しか持っていない。目の前に敵が現れたら戦えるだろうが、何日もかけて野宿して常に極限下に晒された上で戦うことには慣れていない。要するに根性が足りないのさ。ラルフ元帥に頼り切りでここへ来たリレ、父親を殺して逃げ出したミア。どっちもまだまだ子供なんだよ。でもここじゃそんな甘えは通用しない。それを身体に叩き込んでやるのさ」
リレは納得した反面、ミアが父親を殺したという点に衝撃を受けていた。幼くして父親と別離し写真でのみその姿を見てきたリレにとって親殺しというのは考えられないことだったからだ。
ミアはそのことをロデリック教会長には報告していたため涼しい顔のまま黙々と階段を降りていた。
ミハトの発言以降、足音以外の音が聞こえないまま試合場へと辿り着いた。
「二人とも構えな。手加減せずに相手してやる」
ミハトは中手骨の骨頭のあたりから両手に四本ずつの鋭い鉤爪のようなものを出した。
そしてそのまままだ構えていないミアに向かって突進し始めた。




