第7話 稲妻
ミアに誘われるがまま、リレとミハトは地下修練場内の試合場へ降りてきた。
リレにとってはここに来るのは本日二度目であり、それなりの段数の階段を往復していることから既に少々疲れ気味となっていた。しかしミアは悠々と階段を降りていく。
「どうしてリレに戦いを挑んだんだ?」
ミハトはミアに疑問をぶつける。
まだミアにはリレの出自などについて何も伝えていない。出会ってほんの数分の相手であるにもかかわらず戦いを申し込んだ理由についてはリレも興味があった。
「切磋琢磨する相手というなら、その力は見極めたい。それだけ」
ミアは振り返ることなくそう言った。
ある意味では当然の答えであり、ある意味では新たな疑問が浮かぶ答えであった。
肩を並べて戦う仲間の力を知ることは大切なことではあるが、今日この場でやらなければならないことではない。
急ぐからには何か理由があるのだろうか、とミハトなりに色々と考えてみるがいずれもしっくりこない。
そうこうしているうちに試合場へ辿り着いた。
「言っとくけど、そのバカでかい剣で私に勝てると思わないでね」
リレと向かい合ったミアは指差しながらリレを直視する。
一方でリレは先刻のオードとの戦いを思い返していた。
オードとロデリック教会長から指摘された自分の甘さを払拭するには、常に本気の戦いをするしかない。そう結論付けたリレは背中から大剣を抜きミアに向ける。
「本気でいきますよ」
「いつでもいいよ」
そう言い終わらないうちに、リレは断魔晶を発動させた。
「極煌星!」
その声と共に大剣の刀身は光の粒子となる。
しかしそれとほぼ同タイミングで、リレの胸元までミアは迫ってきていた。ミアの柔らかな膨らみがリレの腕に当たるほどの近距離で、ミアはリレの死角から拳を放っていた。
すんでのところでリレはそれを回避し、ミアから距離をとる。だがミアは常にリレに近付き、距離をとらせない動きをする。
リレからすると今のままでは勝ち目が薄い。だからといって断魔晶の発動を解き大剣に戻して戦うとさらに速度で劣ってしまう。
ラルフ元帥はその槍でリレとの手合わせをしていたが、槍よりもずっとリーチの短い徒手空拳との手合わせは初めてのことであった。
危機的状況でありながらもリレの頭は冷静だった。どのようにすれば一撃を与えることができるのだろうか。
ミハトの目からはミアが優勢に見えた。
彼女の申告では十八歳だったはずである。リレとは三歳の差があり、身長も五センチほどミアの方が高い。加えてポニーテールの揺れは適度にリレの視界に入り、集中力を少々削ぐ程度の効力を発揮している。
潜在型断魔晶の所有者ではなく格闘技の道を歩むことがあればそれだけで生きていけたかもしれないなどと思わせる動きである。
壁際へと徐々に追い込まれているリレだが、突如奇行に走り始める。周囲にはそう見えただろうが、リレは至って真剣そのものだった。
リレの奇行――それは柄と鍔だけとなった大剣だったものを宙へと放り投げたことだった。
ミアの視線は一瞬だけそちらへと向かったが、その瞬間に宙へ放られた柄と鍔は宙で霧散した。
そこへミアの視線が釘付けになっている隙を突いてリレはミアに抱きついたのだ。無論、ふざけているわけではない。
「なっ!」
ミアの意識が改めてリレへ向かったその瞬間、ナイフの形をした光の粒子の塊が4つミアの首元に向けられたのである。
「そ、そこまで!」
ミハトの声が響き、リレはミアから離れた。それと同時に光の粒子も大剣の形を成してリレの手元へ戻っていく。
「ありがとうございました」
大剣を背中に戻し、リレは頭を下げる。
間違いなくリレの完勝だったが不服そうな顔をする者がいた。
「なんて破廉恥な!紳士としてどうなの!」
そう、ミアである。
自分も極至近距離で戦っていたが、まさか抱きつかれるとは思っておらずこのような反応をしているのだ。
だが対するリレはきょとんとした表情でミアを見ている。
「破廉恥とか言いますけど、他の手段が取れなかった以上、あれしか勝ち目はなかったんですよ」
大剣の振るえない極至近距離で打撃を繰り返すミアに対して正攻法で勝つには一旦距離をとり仕切り直すしかない。
ミアの断魔晶は潜在型の『ブリッツ』で、それ自体は大した威力ではないが微細な電流により筋力を増幅したり通常の人間を凌駕する筋肉運動を齎したりすることができる。元々高い身体能力をこれで底上げし、リレに距離をとらせないような動きをしていたのである。
このままでは勝てないと悟ったリレは極煌星が柄の先まで全てを光の粒子に変えられることを利用してミアの不意を突いたのだった。
これが『教会』本部へ到着して最初の戦いならばリレは極煌星を発動させることなく負けていただろう。先刻戦ったオードに教わった「甘え」を払拭したが故の勝利である。
「そもそもこれから俺たちが身を置くのは命の奪い合いをする戦場です。破廉恥とかそんなこと気にしていられませんよ」
リレの追撃にミハトはうんうんと頷く。
戦いの展開自体はミアの優勢だったが、隙を突いて勝利をもぎ取ったのはリレである。その過程と結果にミハトは何の文句も無い。
年齢、身長、リーチで優位に立っていたのは紛れも無くミアだったが、勝敗を分けたのは意識の差だった。
それでもなおミアは納得できない様子でリレに詰め寄る。
「ならあんたはこれでも気にしないってわけ?」
ミアは再びリレに詰め寄り、躱す間もなくリレの唇を奪った。
リレにとってそれは一瞬でありながら永遠に感じるほどの時間だった。
「これで勝ったと思わないでね」
口を離して告げたミアはそのまま踵を返して試合場を後にする。
何が何だかわからないリレは口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。
「おやあ?ニクいね色男」
ミハトに小突かれながらも何が起きたかわからないリレはぎこちない動きで試合場を出た。
ミア・シェリンは中央大陸の裕福でもないよくある家の生まれだった。
物心ついた時から母親は父親から暴力を振るわれており、ミアが八歳になる頃にはミアを置いて一人で逃げた。それ以降ミアは父親の慰み者となった。
そんなミアも十四歳になると家を出て、一人で暮らすようになった。
最初はなんとか隠れて過ごしていたものの、どうやって嗅ぎつけたのか父親がミアの家まで押し掛けてきた。それから何度逃げようとも父親は嗅ぎつけ、そのストーキングは父親が死ぬまで終わることはなかった。
父親が死んだのはミアの十八歳の誕生日である。
身体能力の高さからミアも父親も潜在型断魔晶だとは判明していたが、そうなれば力の差は埋まらない。
父親の断魔晶は対象の匂いを追い続けられるというものだった。文字通りミアの居場所を嗅ぎつけていたのである。
ミアは父親に対してこれまで決して手を上げなかった。潜在型断魔晶の持ち主はその手で殴るだけで人を死に至らしめる可能性があると幼い頃から徹底して教えられたためだ。
しかしこの日、ミアはついに父親を殴り飛ばした。
たった一撃、されど一撃で父親は意識を失い、そのまま息を引き取った。
ミアは急いでその場から離れて『教会』本部を目指した。そこならば保護してもらえると最初から考えていたため、住居を徐々に『教会』本部へ近付けていたのだ。
そして父親を殴り殺してからおよそ四ヶ月を経て『教会』本部へと辿り着いた。
逃げ延びた先で出逢った少年はまるで不自由など無かったような幸せそうな顔をしていた。
その表情や態度が気に食わないと思っていると、いつの間にか勝負を申し込んでいた。その結果敗北した。それも屈辱的な負け方である。
だから自分も相手に屈辱を味わってもらおうと唇を奪った。父親の長年に渡る性的暴行の結果、肉体のスキンシップは屈辱的な行為であると刷り込まれたためだ。
ミアはそれがどんなことかも知らないまま、リレに敵対心を燃やしている。周りが思っている以上にミア・シェリンという少女はポンコツなのだ。




