第6話 勧誘
ロデリック教会長と共に地上へ戻ったリレは、ひとまず自室を用意してもらい、一時間後に迎えが来ると伝えられた。
用意してもらった自室は質素なものであり、机とベッド、水浴び場くらいしかなかった。ロデリック教会長曰く、任務でここを出たっきり帰ってこない人もいるためだそうだ。
リレは荷物の中に入れていた父との写真を机に飾り、ベッドへ寝転がった。
機械人形相手だけであれば何とかしてきたが、ファーストに一撃で倒され、オードにも手加減をされた上で甘いとまで言われた。己の無力さを痛感するには充分だったと言えよう。
腕で目頭を押さえているうちに、リレの意識は落ちていった。
「ここはどこだ?」
リレは『教会』の自室で寝転がっていたはずだった。
しかしそこは天地の概念も無く、ふよふよと浮くだけの空間であった。
夢にしては殺風景極まりなく、はっきりしすぎているとも感じる。明晰夢とかいうんだっけ、などと考えていると地面が無いにもかかわらず足音が聞こえてきた。
「誰だ!」
足音の方向へリレは声をかける。
いつもの癖で右手を背中の剣にかけようとするが、寝転がる前に大剣を外したせいか背中に大剣は無い。
仕方ないのでラルフ元帥に教わった格闘術の構えをとる。
「怪しい者ではありません。私はイド。あなたにお話があって私の世界へ誘わせてもらいました」
声の主は若い女だった。二十代前半くらいだろうか、長い髪で顔がよく見えないがあまり健康的な生活は送ってなさそうな血色である。
突然自分の世界へ誘う女が怪しくないわけがない、とは思っただけで口には出していないのだが、どうやらそれはイドに伝わったようだ。
「あなたが声を出さずとも思ったことは伝わりますよ。是非とも私達の仲間になってほしいんですの」
「仲間……?」
「ええ、私達『ドゥクス』の仲間に!」
イドは思いもよらないことを口にした。
一ヶ月ほど前、リレは『ドゥクス』の首魁であるファーストに襲われて殺されかけた。そんな自分を勧誘しようだと?
「断ったらどうなる?俺はここで死ぬのか?」
無論、リレに『ドゥクス』へと移籍するつもりなど毛頭無い。ここで殺されても困るが、この夢から醒める手段などわからない。用意も無く敵地に放り込まれたに等しい状況である。
「殺しなんてしませんよ。私にできることは人の夢に入り込んで勧誘することだけです。断られるのであればすぐにでもここから去りましょう」
「なら今すぐいなくなってくれ。俺は教会騎士だ」
実際には正式な手続きをしていないため教会騎士ではないのだが、気持ちは既に教会騎士である。
「あら残念。でもまたいつか会いましょうね」
そう言ってイドは踵を返して歩いていった。
その姿が見えなくなるまでリレは構えを解かなかったが、結局イドが再びこちらへ来ることはなかった。
再び目を覚ました時はしっかりベッドの上だった。
どうやらいつの間にか意識を失っていたらしい。
「何か夢を見ていたような……」
先程の夢の内容をリレはほとんど覚えていない。
女と会ったような、会ってないような。それだけである。
イドの見せる夢が特殊なわけではなく、単にリレが覚えていないだけである。夢とはそういうものだ。
眠気を覚まそうと水浴び場へ行ったが、水桶に水は無かった。
「あーそっか」
リレはこの部屋に来たばかりで父の写真を飾った以外のことをしていない。そのため水桶に水は入っていないし、私物は全て鞄に入ったままである。
水を汲んでくるにしてもどこで汲むかわからなかったので、符術で水を用意し水桶を満たす。そしてそのまま顔を洗い眠気を覚ました。
ベッドに戻ってから荷物の整理でもしようと鞄から衣類を取り出していると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきた。
「教会騎士第三十三位、ミハト・ルイ・マイカンである。リレ・シーノラはいるか」
扉の向こうから聞こえてきたのは知らない女の声だった。
しかしその名前には聞き覚えがある。
『マイカンでいいんじゃねえか。もう一人新人がいただろ。そいつも合わせて面倒見させりゃいい』
そうオードは言っていたはずだ。
それを思い出したリレはマイカンというのが人の名前であること、これから自分の教官になることを理解し扉を開いた。
「はい、リレ・シーノラでいたっ!」
扉を開いた瞬間、目の前の女性――ミハトから拳骨が飛んできた。
「呼ばれたらすぐに扉を開け。自慰にでも耽っていたか」
ジイって何だろうと思ったが、今はそんなことが聞ける雰囲気ではなかったので聞き返さなかった。
「いえ、知らない声だったので開くまでに時間をかけました。申し訳ありません」
山奥の小屋に住んでいても、たまに訪問販売のセールスマンが来ることがあった。野生の獣や機械人形がいる中でやって来る人間は稀だが、年に二回ほどは現れる。
そういった者はそんな僻地まで来たら必ず契約を結びたがるので、ラルフ元帥からは居留守を使うように厳命されていた。セールスではないが知らない人の訪問である。リレにとってはラルフ元帥の教えを守っていたに過ぎない。
目を見て謝罪したリレに対し、ミハトは笑いながら頭をぽんぽんと叩いてきた。
「そういやあんたの師匠はラルフ元帥だったねえ!いいよ、次からは早く開けるんだよ」
どうやらリレの素性は既に聞いていたらしい。
「こちらこそ知らない人だなんて言って申し訳ありませんでした。よろしくお願いします、マイカンさん」
「ミハトと呼びな。多少早く教会騎士になっただけで命を預け合う仲間であることに違いは無いんだ」
そう言ったミハトは手を差し伸べた。リレもそれに応じ握手をし、二人で廊下を歩き始める。
「ところでロデリックから何か聞いてるかい?」
「教会長さんから?何を?」
「いやね、Σ大元帥が知らない女の子を連れて教会長の部屋に行ったのを見たんだよ。リレは少し前までロデリックと一緒にいたんだろ?」
Σ大元帥が連れていた女の子、と聞いてリレはここに来る直前に出逢った少女のことだと思った。そういえば入り口で別れてから一切の動向を聞いていない。
「あの子については全くわからないんです。師匠は極度に嫌ってましたけど」
「あっそう。新戦力かと思ったけど違うっぽいね」
やや落胆したような声でミハトは言葉を返す。
どれだけ努力して断魔晶の力を制御し教会騎士になっても、殉職する者は後を絶たない。
年に一度行われる配属先の再編成まで抜けた穴はそのまま放置されるので、年によって再編成の直前には限界を迎えかけている支部まで存在する。アルグール・カーティルが討たれて序列第一位が空席となっている理由はこのためである。
今年はアルグール・カーティルの凶行によって南西大陸支部は医療班および技術班を含めて事実上壊滅しており、再編成ではどのようになるかが注目されている。
あの少女がどのような力を持っていても教会騎士になってくれるのであれば、僅かでも戦力補強となったためにミハトは落胆したのである。
「さあ着いた。明日からあんたはここで私から教会騎士とは何たるかの教えを受けることになる。もう一人待ってるから挨拶しな」
辿り着いた部屋の扉をミハトが開き、リレの背中を押す。
不意に背中を押されたリレは「うわっ」などと言いながら部屋へと入る。
そこに座っていたのは、腰ほどまで伸びた赤茶けたポニーテールの少女だった。
「リレ・シーノラです。よろしくお願いします」
ふらつきながらも頭を下げて少女へ挨拶する。
「ミア・シェリン。よろしく」
ミアはリレが部屋に入るまでつまらなさそうに頬杖を突いて外を見ていたが、リレへ挨拶する際に顔を向けた後は再び外を見始めた。
「ミアは一昨日ここに来たばかりだ。そしてリレは今日来たばかり。二人とも仲良く切磋琢磨するんだぞ」
「はい」
ミハトの話にリレはしっかり返事をするが、ミアはミハトの方を見ることもなく返事もしなかった。
「リレは着いたばかりで疲れている。今日は二人とも解散で明日から」
「ミハトさん、ちょっと待って」
ミハトの解散命令を遮るようにミアは声をあげた。
「リレって言ったっけ。私と戦って」
「「え?」」
ミアからの突然の誘いに、二人は声を揃えて疑問符を浮かべた。




