第45話 蘇生
「そういえばΣのおじいちゃんはなんでこんなところにいるのさ?他の人たちもぞろぞろ連れて」
師弟の再会に割って入ったのはダンダリア支部長だった。
北西大陸支部の建物がなんとか視界に入る程度の距離まで離れており、何も知らなければ明らかに不自然な光景である。
「『ドゥクス』の奴が来た。今はアラーテル支部長が食い止めているが……」
「なるほど、安全な場所ではないのか」
ローが頷く。
「リレの遺体を盾に撤退を交渉してみようか」
「リレの遺体……?」
Σ大元帥の影から姿を現したのはタウだった。
異世界に飛ばされた自分を拾ってくれたのはラルフ元帥とリレである。あまり長い付き合いではなかったが、感謝の念は抱いていた。
そんなリレが死んだということに理解が追いついていなかった。
「ああ。記憶を奪われた我々の代わりに戦い、ダンダリアの記憶を取り戻してくれた。その命と引き換えにな」
そこでΣ大元帥は初めてダンダリア支部長の引き摺る棺に気付いた。
某ロールプレイングゲームでよく見たことのある棺がそこにあったが、Σ大元帥にとって現実味が無い存在であることが災いして意識の中に入らなかったのである。
「借りるぞ」
ローは棺を担いで、そのまま北西大陸支部に向かって走り始めた。
「え、いやちょっと」
ダンダリア支部長の声は届くことなく、ローの姿はそのまま見えなくなった。
「…………」
「追うぞ」
Σ大元帥はそのまま踵を返して北西大陸支部へと走り始めた。
「いや待ってよー」
ダンダリア支部長も疲れた足を叩いて、Σ大元帥の後を追い始めた。
その場に取り残されたタウは拳を握りしめて、そのまま立ち尽くしていた。
その頃、北西大陸支部内では依然として二人の猛者が鎬を削っていた。
「しぶといジジイだ」
いくら断魔晶を無力化していようとも、戦っている相手の身体能力までは操作できない。
純粋に力で押してくるアラーテル支部長に対してDは苦戦を強いられていた。
アラーテル支部長の強みは断魔晶による万物両断ではない。何十年もの間積み重ねられた研鑽によって得られた基礎の塊であることである。
教会騎士歴は現教会騎士の中でも最も長く、Σ大元帥が入会した時点で既に教会騎士第八位となっていた。潜在型断魔晶ではないことから自身の強さに慢心することも無く、鍛練を積み重ねたことで今日まで生き延びてきた。アルグール・カーティルの着任により一時的に一位の座を退いていたものの、長期間教会騎士第一位として『教会』の象徴になっている人物である。
そんなアラーテル支部長が断魔晶の無力化を受けたところで怯むことはあり得なかった。断魔晶を無力化しつつ慮外の攻撃が飛んでくるのであれば対応にも困っただろうが、幸いにも相手の『ドゥクス』は正々堂々と力でぶつかり合うことを選んだ。
だからこそアラーテル支部長にも勝機があった。
「ふざけんなよ……」
徐々にDの表情が曇っていく。
万物両断などという能力があれば、それに頼っているのだろうと考えていた。だからこそ現状に納得できないのだ。
まさかここまで自分に食らいついてくるとは思っていなかったのである。
しばしばイドの方へ視線を送るが、イドはおどおどした様子で戦況を見つめていた。
何の役にも立たねえ、などと思いながらアラーテル支部長の剣を捌く。
戦況が膠着している最中、Dの背後の壁が大きな音を立てながら破壊された。
「何だ!?」
轟音に対してDが振り向く。――その隙をアラーテル支部長は見逃さなかった。大剣の一振りがDの首元を的確に捉える。
「ひっ」
宙を舞うDの頭に、イドは小さな悲鳴をあげる。
しかしそれと同時に、頭部が外れたはずのDの体が動き、棍をアラーテル支部長に向かって振りかぶった。
無論、アラーテル支部長はその不意打ちを回避する。それと同時に目の前の男に対する警戒をさらに強めた。
「そう簡単に死ぬかよ」
胴体から離れた頭部から声を発すると、空中で頭部を捕まえて首元へ戻した。
「どうなっている?その棍が貴様の断魔晶だろう?」
「断魔晶が一つしかないなんて思わない方がいいぜ……」
首元からまだ血が垂れているものの、Dの傷口はほぼ綺麗に塞がっていた。
「ローさん!」
再び対峙する両者に、イドの声が割って入る。
「ロー?」
「Ρだと……?」
轟音と共に崩れた壁の土煙が晴れると、そこにはローが立っていた。
Dにとっては頼もしい仲間の救援であり、アラーテル支部長にとっては懐かしい仲間との再会である。
「死んだはずでは……」
動揺しながらも、アラーテル支部長の剣は揺らがない。長年の鍛練の賜物である。
「お前がここを襲っている首魁か」
「救援とは痛み入るね」
背を向けたまま、Dは答える。その問いかけに疑問を抱いたが、Dにとっては救援であることに変わりない。
――変わりないはずだった。
ローは距離を詰め、Dの背中を殴り飛ばす。
「ゔっ」
そのままDはアラーテル支部長の横を通り過ぎて壁に激突する。
「Ρなのか?本当に?」
「どうやらお前も私を知っているらしいな」
「アラーテル・フォン・リーデンスだ。だいぶ老けたが……Ρは変わらないのだな」
「あいにく記憶が無くてな。先ほどΣと名乗る者にも同じことを言われた」
その返事にアラーテル支部長は驚愕する。
そして落とした視線の先にあった棺が目に入った。
「それは?」
「リレの遺体だ。これを盾に先ほどの男を撤退させる」
「リレ君!?」
会話を聞いていたイドがローに駆け寄る。
「リレ君、死んじゃったの?」
「ああ。私たちのためにな」
イドにとってはモスクルス以来となる、自身の誘いで『ドゥクス』に加入したメンバーであるため、一方的にリレを気に入っていた。繋がりは薄いものの、大事に思っていた存在である。
「うええええ」
棺に抱きつきながらイドは汚い声で泣き始めた。
しばらくすすり泣いていると、ひっくと漏らしながらぼそっと呟いた。
「なんとかできるかも……」
その呟きをローは聞き逃さなかった。
「どういうことだ?」
「私の断魔晶……想像を具現化できるんですけど……。生きてるリレ君を想像したら生き返るかも……って……」
「それは本当か?」
アラーテル支部長もその発言に食いついた。
「多分、ですけど……」
アラーテル支部長とローは二人して少し考え込んだ。そして同時に声を出す。
「リレを返してもらい『ドゥクス』には撤退してもらう」
「今はそれで手打ちにしよう」
すると二人はそそくさと棺を開けた。
リレの遺体には傷一つついていなかった。ランノーバの続命は肉体に傷をつけるものではなく、またリレの『極煌星』によって雷獣となれば傷は即座に癒える。
「ちょっと静かにしててくださいね……」
鼻水をすすりながら、イドは目を閉じた。
想像するのは静かに目を覚ますリレの姿。無から考えるよりも遺体が目の前にある方が想像するのは容易い。
――しばしの静寂の後、リレはゆっくりと目を覚ました。
「ここは……?」
「おい!」
上体を少し起こしたリレの頭部目掛けて、Dの棍が飛んできた。しかしそれをローが受け止める。
「『教会』と手を組むとは……お前ら全員敵か?」
「今だけはな。拠点に戻れば私は再び『教会』の敵となる」
「私は……リレ君の蘇生に……力を貸しただけですよぉ……」
「言わずもがな俺はお前の敵だ、『ドゥクス』」
三者三様の返事に、Dの怒りは頂点に達した。
それと同時にローがDの顔を殴り飛ばす。流石のDでも二度目の不意打ちによって意識を失った。
「我々は早く撤退しよう。次に会う時は敵同士だ、アラー……テル……?」
「ああ……」
ローはDを担ぎ、イドと共に破壊した壁から外へ出ていった。
一息つけるその場で、ようやくアラーテル支部長は剣を地面に突き立てた。そして何も知らないリレはただ茫然としていた。




