第44話 金棍
一方その頃、『教会』北西大陸支部でも異変を察知していた。
いつものように訓練場で戯れていたアラーテル支部長達の元へ現れたのは、断魔晶によって聴覚が優れている医療班員のランセア・ファウンダーだった。
「本部方面で地響きが聞こえました!」
「何?」
その地響きとは中央大陸を覆うサイジ元帥の装置によるものだが、他の教会員達が知る由など無い。
「何か来てます!」
「何かって何だ」
「わからないですけど……聞いたことのない足音です。それに……いくつもの打撃音が……」
その言葉にアラーテル支部長の表情が険しくなる。
「小僧、ヒヨッコどもと非戦闘員達を連れて避難しろ。俺が直々に行ってやる」
ランセアの耳が良いとはいえ、建物よりも外の足音は聞こえない。また単なる客人が暴れ回れるような施設でもない。非戦闘員といえど、符術で一般人を制圧できるように最低限の訓練は施されているためである。
つまるところ、ランセアの報告は何者かの建物内への侵入を許したことと同義である。
「私が行きましょうか?」
Σ大元帥が聞く。
アラーテル支部長の手が震えていた。彼が自覚していなかっただけで、本能は酷く怯えていた。
「……いや、いい。護衛ってのは自分だけじゃなくて他人も守れる強さがないとできねえ。こいつらを守れるのは俺じゃなくてお前だよ、小僧」
そう言うと、アラーテル支部長は自分の首にかけられた十字のネックレスを触った。その直後、十字は外れて巨大な剣へと姿を変えた。
「行ってくる」
「ご無事で……!」
背中を見せて手を振ったアラーテル支部長は、振り返ることなく地上への階段を駆け上がっていった。
青い髪の青年は、長い棒を振り回して教会員達を襲っていた。
「骨のある奴はいねえのか?」
知らぬ間に何人かの教会騎士の命を奪っていたことを青年――Dは知る由もなかった。
「あの……帰ってもいいですか……?」
「ダメだ。お前の力を確かめる場所でもあるんだからな」
イドの進言をDは一蹴する。
「死なれちゃ困るが、思ったように力が使えませんって言われるのも困る。いい感じの相手で慣らしておけ」
そう声をかけた矢先、目の前から迫る殺気に気付いた。
長い棒を構えて殺気に身構える。
「来たか!」
「ふんっ!」
アラーテル支部長の大剣をDは棒で受け止める。
「何っ?」
アラーテル支部長は自らの剣に違和感を覚えた。
斬れない。
「呆けてるなよ、ジジイ」
Dは棒で大剣を押し返す。
「お前はその辺で待機してろ。自分の身は自分で守れよ」
「はい……」
そのままDはアラーテル支部長に向かって突進する。
「大剣を使うジジイ……。お前がアラーテル・フォン・リーデンスだな?」
「そう言うお前は『ドゥクス』か。何の目的で来た?」
「お前じゃない。剣を使わない方のジジイを攫いに来た」
攫う。これまで『ドゥクス』が行わなかったことである。
それはΣ大元帥に利用価値を見出しているということになる。
事実上『教会』の最高戦力となる者を生かしたまま捕える理由があるのか。少しばかり考えて結論に至った。
「異世界人か」
「ちょっと違うが……まあだいたい正解だ」
幾度も大剣と棒が打ち合い、両者の力は拮抗しているように見えた。
その最中、アラーテル支部長は困惑の表情を浮かべていた。
なぜ斬れない?
初撃からだった。
アラーテル支部長の顕在型断魔晶『エレン』は万物両断の能力を持っている。アイバー支部長の放つ次元斬とは異なり、発動している間は刀身に触れたものを全て斬り裂く。
斬る。受ける。突く。
繰り広げる攻防で何度もDの棒は刀身に触れている。しかし棒は健在であり傷一つつかない。
「不思議か?」
何度目かの鍔迫り合いでDが声をかける。
「何の話だ」
「隠すなよ。その剣が鈍らの理由が知りたいんだろ?」
アラーテル支部長は黙り込む。
どうせDの断魔晶が原因なのだろう。その程度の察しはついていたが、声高に解説してくれるのならば聞いておこうと考え、口を開かなかった。
しばらくすると、案の定Dが声を出す。
「この『金棍』は断魔晶を無力化する。顕在型の武器の形状を解除するようなことはないが、それで発揮される力を封じ込める。断魔晶に頼り切った教会騎士にとっては天敵だろうよ」
「まるで自分は断魔晶に頼っていないと言いたげな口ぶりだな」
「事実だ。断魔晶を使った超常の世界から、人と人のぶつかり合いへと戦いの舞台を降ろしているだけだ」
Dはそう話しながらアラーテル支部長に棒を打ち込む。
アラーテル支部長はそれを受けながら、後方の女性――イドに目をやる。明らかに戦い慣れていない態度でおずおずとこちらを見ている。
それを見て、アラーテル支部長は体の向きをイドの方向へと変えた。
「てめえ!」
その動きを見逃さなかったDはアラーテル支部長へより深く打ち込む。
「目の前の相手から目を離すとは、武人の風上にも置けんな」
「我々は機械人形を破壊し『ドゥクス』を討つ教会騎士だ。武人になったつもりなど無い」
アラーテル支部長は大剣を振るう。
相変わらずDの持つ棒は斬れないが、先ほどよりも強い衝撃がDを襲う。
「斬れないのならば斬れないでいい。そのつもりで貴様を破壊してやる」
「いい気になるなよ、ジジイ」
そして再び両者の武器が交差した。
その頃、Σ大元帥は北西大陸支部の面々を引き連れて地下から逃げ地上の脱出口へと到達していた。
「皆大丈夫か?」
「はい」
殿をユリナ・イーレジャン副支部長に任せ、脱出の先陣をΣ大元帥が務めていた。
かつて『教会』本部が襲撃された際に一般市民へも甚大な被害を出したことから、各支部も含めて市街地からは離れた場所に移設されていた。無論、この北西大陸支部も例外ではない。
少し遠くに北西大陸支部を残し、一面の荒野に生き残った者達は避難してきた。
その荒野の果てに二つの人影が見えた。
「あれ」
タウが真っ先に気付いた。
Σ大元帥はそれに反応すると、目を丸くした。
「師匠……」
二つの人影のうち片方には見覚えがあった。南東大陸支部長のダンダリア支部長である。『ドゥクス』に攫われたと聞いていたが、なぜ北西大陸にいるのか。
そしてもう一つの人影もΣ大元帥にとっては懐かしいものだった。
かつての師であり、何もわからない自分を拾ってくれた恩人――『鉄拳』Ρである。髪こそ短くなっているが、記憶に残る顔と寸分違わない。
こちらの存在に向こうも気付いたようで、ダンダリア支部長は手を振っていた。
「何かの罠かもしれません」
「ああ」
ユーヴの忠告にΣ大元帥は耳を傾ける。
敵に攫われたダンダリア支部長がこの場にいる理由を考えれば、逃げ出したか敵の罠かの二択に絞られるだろう。
「ユーヴ。ユリナに進路を逸れて逃げるように伝えてくれ」
「わかりました」
指示を受けたユーヴは後方のユリナを目指して駆け出した。
「タウ、頼みがある」
「何?」
Σ大元帥はタウに耳打ちをした。
「……わかった」
タウはその場に留まり、Σ大元帥は二つの人影を目指して歩き始めた。
「何をしている?ダンダリア支部長」
「Σ大元帥。聞いてくれよ、色々あってさ」
ダンダリア支部長は覚えている範囲のことを掻い摘んで話していたが、Σ大元帥の耳には入ってこなかった。
「それでさー」
「こちらの御仁は?」
「『ドゥクス』のローだ。お前は何者だ?」
ダンダリア支部長が答えるよりも先にローが返事をした。
「覚えていないのですか」
「記憶喪失なんだよ。『教会』についても『ドゥクス』についても何も覚えてないんだ」
ダンダリア支部長の言葉にΣ大元帥は黙ってしまった。
「師匠……」
「師匠?」
ローは不思議そうな表情でΣ大元帥の顔を見る。
「貴女の弟子、Σです」
しばらく考えごとをしていたが、改めて目を見てローは返事をする。
「すまないがわからない。お前は私の敵か?」
「貴女が『ドゥクス』だと言うならば敵です。教会騎士だと言うならば味方です」
「なら味方だ。今の私はダンダリア・グルーデンの味方だからな」
その返事にΣ大元帥の瞳からは一筋の涙が溢れた。
曜日感覚忘れて投稿忘れてました。ごめんなさい。




