第42話 錬武
時は数刻前、『錬武』サイジ・ジーナス元帥は小さな箱を持って教会長室へ訪れた。
「どうしたんだい?サイジ元帥」
サイジ元帥は体こそ小柄なものの内面は成熟した大人である。しかしロデリック教会長から向けられる視線は子供を見るもののようであり、彼とは極力顔を合わせたくないと思っていた。
「件の装置だ。起動すれば中央大陸を覆える」
「完成したのか……。起動実験は?」
「その許可を賜りたく」
ロデリック教会長はしばらく腕を組み考えると、目を開いてサイジ元帥へと向き直った。
「……いいだろう」
「その言葉を聞きたかった」
サイジ元帥が小さな箱から覗かせる丸いものを押すと、地響きが鳴り渡った。
想像していなかったのか、ロデリック教会長は立ち上がり窓の外を見て驚愕の表情を見せた。
「これは……」
紫の隔壁が遠方に見える。
恐らく海岸線をなぞるように出現しているのだろう。
「これで中央大陸には誰も入れず、誰も出られません。つまり我々の攻勢に出る機会です」
ロデリック教会長が振り返ると、そこには短剣を抜いたサイジ元帥と二人の男が立っていた。片方の男には見覚えがあった。
「クラックス教会長」
「今の教会長はお前だろ、ロデリック。何をしに来たかはわかるよな?」
ロデリック教会長はその答えを聞き終える前に、腰の筒を取り出して振りかぶった。
それと同時に爆炎が放たれ、教会長室の扉が吹き飛ぶ。
「危ねえじゃねえか。殺す気かよ?」
「裏切り者が文句言うなよ」
ウィンが腕を振ると強烈な風が吹き荒れ、爆風をかき消した。
「何事か!ぬっ!」
階下から一人の老人が飛び出してきたが、もう一人の男――グラシェに斬りかかられて腰から取り出した符術で応戦した。
「アンベルさん。『ドゥクス』です」
「ほう」
老人――教会騎士第六位アンベル・リー副会長は目を細めて一声漏らすと、グラシェを蹴り飛ばした。
「此奴は任せろ」
「頼みます」
「道を開けろ!」
アンベル副会長の怒声が響くと、職員たちの連携により地下への道が開かれた。
「何?」
グラシェからしたら謎で仕方ない。あまりにも手際が良すぎる。
まるで今日の強襲が知られていたかのようである。
『ドゥクス』は基本的に外へ出ることが無い。それは買い出しを除けば虚城内で全ての用が事足りるためである。
しかしあえて地上に身を置き続ける『ドゥクス』が一名いた。
サイジ・ジーナス元帥――アルチェである。
リレには伝えなかったが、『ドゥクス』にとっては共通認識である。虚城の外には時折出るため誰もが口外する機会を持っていた。
しかし誰もがあえて外部に話を漏らす必要性が無い。そのため『教会』側が知っていたとするならばアルチェ自身からの申告以外に考えられない。
「裏切ったな……」
「誰のことかね?」
「貴様には関係無い」
そうして二人は本部の地下深くまで落ちていった。
「アンベルの爺さんは落ちていったぞ。言っておくがグラシェは強い。助けなくていいのか?」
「要らないよ。それに、僕にとってはあなたの方がよっぽど脅威だ」
ロデリック教会長はウィンを睨む。
「そりゃそうだ。二対一となれば脅威だろうよ。なあアルチェ」
ウィンはアルチェの肩を叩くが、アルチェはそれを鬱陶しそうに退ける。
「やるぞ」
「ああ」
次の瞬間、アルチェの右腕が宙を舞った。
「……ああ?」
「よくやった」
ロデリック教会長は筒から伸びる火の剣でウィンへと襲いかかる。
「いやちょっと」
ウィンは全身を風に変えて退散しようとした。
しかし部屋の扉を出て少しの場所で紫の壁に当たった。
それはサイジ元帥が障壁の性能実験と称して教会長室の周りに設置していた装置であった。
「裏切ったのか!アルチェ!」
「貴方に言えることではないでしょう、クラックス・シーノラ」
「お前だけはこの手で殺すと決めていた」
ロデリック教会長の筒からは炎が吹き荒れ、障壁内の酸素を奪っていく。
「でもこのままじゃお前らも死ぬぜ?逃れるためにはこの壁を消すしかないが、そうなれば俺は逃げられる」
熱のせいか、あるいは焦りのせいか、ウィンの顔には無数の汗が流れていた。
「大丈夫だ。僕が自分の炎で焼け死ぬとでも?」
「そもそも死ぬ前に決着をつければいい」
サイジ元帥は手に握る短剣でウィンへと斬りかかった。
物理的な攻撃を素通しできるウィンはたかが短剣と侮り、回避行動を全く取らなかった。
「がはっ」
――それが敗因である。
ウィンの心臓部は短剣で一突きされ、血を吐き出した。
短剣はさらに熱を帯び、ウィンの背中から飛び出るほどの衝撃波を生み出した。
結果、ウィンの胸元には大きな風穴が開くこととなった。
自らの体を風に変えることもできず、ウィンは天井を見つめていた。
「俺は間者として『教会』へ潜入し、鍛えていたらいつの間にか元帥になっていた。だが一度たりともお前ら『ドゥクス』と志を共にしたことは無かったよ」
ウィンは何かを言いたそうに口をぱくぱくとしていたが、声にはならない。
そんなウィンの視界にロデリック教会長が現れる。
ロデリック教会長は少し口を開いたが、何も言うことなく口を閉じた。
そして筒から伸びる火の剣でウィンの体を焼き、炭一つ残さず全てを燃やし尽くした。
「何か言いたげじゃなかったか?」
「いや、いいんだ。あんな奴にはかける言葉もない」
ロデリック教会長は自らの出した炎を消し、サイジ元帥も障壁を解除した。
「急ごう」
そして二人はアンベル副会長とグラシェを追って地下へと飛び込んだ。
その頃、グラシェも想像していなかった苦戦を強いられていた。
リー家に伝わる秘技「型術」は断魔晶の存在無くして使える技法である。むしろ断魔晶を持つ者には扱えない代物であり、潜在型断魔晶の所有者は扱う機会すら得られない。
アンベル副会長は若くして自らの断魔晶を封印し、型術の研鑽に励んだ。
その結果、歴代でも三名しか扱えなかったという二つの「無型術」を会得するに至った。
あらゆるものを裂く無属性の槍「無槍」と、あらゆる攻撃を防ぐ無属性の障壁「無盾」である。
グラシェ達『ドゥクス』の欠点は、各支部長と元帥への警戒度の高さに反して、それ以外の教会騎士への警戒度が極端に低いことにある。
かつてグラシェがレジェルの迎撃で撤退したのも、ユーベン副支部長の助力の末にズィーゲルが敗北したのも、全ては教会騎士の強さを低く見積りすぎていたことが原因である。
そしてそれは今戦っているアンベル副会長を相手にしても同じことが言える。
所詮は老人の教会騎士、支部長でもなければ元帥でもない。そうたかを括ったことを後悔していた。
しかし劣勢ではない。体力はグラシェの方が多く、持久戦ではグラシェに分がある。さらにいくら相手が槍とはいえ、多くの武器をその場で生成できるグラシェにとっては少々苦戦する程度の相手であった。
「また何か迷っているな?」
問題は飛んでくるのが槍だけではないという点にある。
型術に無属性があるならば、他の属性もあるということに相違ない。炎や風、雷などの攻撃も飛ばしながら当たれば致命傷になり得る槍も飛んでくるという状況にある。
それでもグラシェは優位だった。大抵の攻撃は自身の断魔晶と闘気で対処できるためだ。
「大人しく死んでくれ」
グラシェの氷がアンベル副会長へ届いても、「無盾」で防がれる。全身に纏った障壁は直撃する攻撃を全て無力化していた。
「待たせた!」
グラシェはその声に聞き覚えがあった。
先刻まで相対していたロデリック教会長の声である。
「まさか……」
「そのまさかじゃろうな」
――そしてグラシェの視界は炎に包まれた。




