Id 4.凡骨
「やあっ!」
イドは勢い任せに拳を振るうが、ローに命中する気配はない。ローが避けているわけではない。そもそも距離感が掴めていないのだ。
運動神経は悪くないのだが格闘術の類は何も修めておらず、身体の使い方がよくわかっていないことが原因とローは考えた。
「むむっ」
起きている間、断魔晶は全く反応を示さない。
初めての発動でパラケルススを巻き込んだのは単なる偶然であり、発動そのものも不安定のため、時折寝ている時に他の人を夢の中に連れ込んではひたすら謝って目覚めるような日々が続いた。
「あーもう全然ダメ」
刺激が欲しい、その一点だけで『ドゥクス』へ加入したイドだったが、才能はまるで無かった。
ファーストも潜在型断魔晶の所有者という点以外は一般人とさして変わらず、その力を手刀に込めるなどして常識外の力を発揮しているが、身のこなしは鍛錬で身につけたものである。
ローは顕在型断魔晶を手放しており闘気のみで他を凌駕する力を身につけている。しかし『ドゥクス』の中では闘気が潜在型断魔晶を持たない者のみの力ではないことなど周知の事実であり、純粋な身体能力のみでウィンやグラシェを圧倒している。
イドの力は現実へ干渉できるものではなく、闘気の纏い方も理解できていなかった。すなわち『ドゥクス』において誰よりも弱い人間である。
そんな彼女の功績はただ一つ。断魔晶の影響で夢に紛れ込んだ一般人を『ドゥクス』に勧誘する役目を受け、ロイ・バーナーなる青年を迎えたことだった。彼はモスクルスの名を与えられ、嬉々として『ドゥクス』のために働く青年となった。
また、あまりの弱さに誰もが『ドゥクス』だと思わないことから、アインと共に買い出しに行く担当にもなっている。
そんな彼女に転機が訪れたのは『教会』の再編と共に南西大陸自体が放棄された後だった。
「むむっ」
イドは両手を翳して力を込めていた。しかし何の反応も起きない。
「はあ」
ズィーゲルはそんなイドの姿を見て溜め息を吐く。
努力の方向性が間違っているんじゃないのか、などと思っていると、部屋にファーストが入ってきた。
「あれ、何しに来たの?」
ズィーゲルの質問には何も答えず、イドの手を引いて部屋から出ていった。
「何ですか……?」
「見てもらいたいものがある」
そう言って連れてきた部屋にはアインとパラケルススがいた。
「アレを見てくれ。アレをどう思う?」
ファーストが指した方向には、橙の盾を構える男とその周囲を跳ね回り変幻自在の攻撃を放つ女の姿があった。
「教会騎士同士ですよね?」
「訓練の一環なのだろう。見てほしいのは女の方だ」
女は風を放ったかと思えば次は剣で斬りかかる。弾かれると目にも見えない速さで移動して分身で再び斬りかかる。その動きからは、一つの能力が派生するという断魔晶の原則を無視しているように見える。
「ダンダリア・グルーデン。お前も読んだことがあるだろう、『ダンダーリャ英雄譚』の主人公であるダンダーリャを模倣した断魔晶の持ち主だ」
そういう断魔晶の在り方もあるのか、などとイドは感心した。
「顕在型は武器の形に加工することで力を発揮しやすくしているけど、代わりに在り方もその型に嵌められてしまう。でも潜在型は想像力でいくらでも能力の幅を広げられる。潜在型のいいところのひとつよ」
アインの補足でイドは納得した。
未来の話だが、ダンダリア支部長は記憶を失った際に断魔晶がありながらも戦うことができなくなってしまった。
彼らの言う通り、潜在型断魔晶には大きな強みもある反面、有事の際には反動も大きい諸刃の剣となる存在である。
パラケルススが言葉を続ける。
「お前さんの断魔晶の本質が夢であることは誰もが認める事実だろう。それを現実でどう活かせるか。お前さんの頭で考えることだ」
「話はこれだけだ。部屋にはまだズィーゲルもいるだろう。焦る必要は無い。自らの力を模索したまえ」
三人はそこで解散し、イドだけがその場に残った。
眼下では未だに男とダンダリアと呼ばれた女が戦い続けている。女の顔は終始笑顔であり、戦いを愉しんでいるように見える。模擬戦であるのならば殺意は抱いていないのだろう。
「あんな風になりたいなあ……」
部屋に戻ったイドの脇には一冊の本が抱えられていた。
「何の話だったんだ?」
「ズィーゲルさん」
かけられた質問を無視してズィーゲルに向き直ったイドの目は部屋を出る前のものとは違った。
「へえ、何かきっかけがあったんだ」
「ズィーゲルさんの『箱』って何がきっかけなんですか?」
「何も。たまたま見つけたのさ。何も通さないって性質は後から増えたけど」
「そうなんですね。ありがとうございます」
イドはベッドに転がり、脇に抱えていた本を読み始めた。
「何読んでるんだよ」
「あの人を参考にしたくて」
その本は最も読まれた本として有名だった。イドの興味がそそられず、実は一度も読んだことがなかった本だった。『ダンダーリャ英雄譚』。ダンダリア・グルーデンの断魔晶の在り方を知ることで自分の中の何かが変わると信じ、本のページをめくり続けた。
それからのイドの成長は目覚ましかった。
相変わらず体の使い方が下手なため体術は最低限の護身ができる程度に留めて、断魔晶の使い方を極めることに注力した。それでもアインやローからは褒めてもらえる程度には大きな成長を見せた。
それ以上に成長が著しかったのはやはり断魔晶である。
ズィーゲルは最期の出撃までイドの面倒を見ており、『箱』の概念からどのように発展させていったのか、またその遷移を丁寧にイドへ教えていた。
そしてズィーゲルの死をきっかけに、遂にイドは崩廻に至った。
「ほう……」
その崩廻にファーストは感心し思わず声を漏らした。
現実を夢に見立て、自らの想像を具現化する能力。パラケルススは物を造るために素材を要するが、イドの力は無から物を創ることができる。敵対しておらず事実上の制限がかかっていない点を鑑みれば、ダンダリア支部長の断魔晶よりも使い勝手が良いかもしれない。
元々『ドゥクス』とはこのために始めたものである。『神』のいる場所へ至れる断魔晶を世界中から探し出し、その力で『神』の元へ辿り着く。ファーストの悲願の達成に一歩近づいた。
残るは『神』の居場所のイメージをイドへ与え、そこへの道を創り出してもらうだけである。
しかしそのためにはいくつかの障壁があった。
まず『教会』という組織が目障りである点である。このために創設した組織だが、想定外の邪魔をされては困る。特に『鉄拳』Σ大元帥、アラーテル・フォン・リーデンス北西大陸支部長、ロデリック・ローライト教会長の三名は突出した戦闘力を持ち、いつ妨害に現れるかわからない点が厄介である。幸いにもΣ大元帥は現在軟禁状態にあることから、何か事態が動く際には事前に察知できるだろう。
次点で『銃狼』G.T.元帥とミア・シェリンの存在である。どんな方法を使ったかわからないが、ズィーゲルの『箱』を破ったという事実はファーストに警戒心を抱かせるには充分だった。既にズィーゲルはおらず戦闘力の面での心配もないため警戒するだけだが、慢心するよりは良い。
そして明確に『神』の居場所の情景を思い描ける者が『ドゥクス』にいない点が最大の問題である。恐らくダンダリア支部長はローとリレを連れて『神』の居場所に向かったのだろう。帰還すればそこから情報を得れば良い。しかし帰還できる保証が無い。
そこでファーストは一人の少年の存在を思い出し、『ドゥクス』全員へ指示を出した。
「北西大陸支部以外の『教会』を全て壊滅させよ」




