Id 3.夢魔
その後の『教会』本部は阿鼻叫喚の渦に叩き落とされた。
まともに戦える教会騎士が三名ほどしかおらず、非戦闘員の逃げ道の確保と機械人形の殲滅の並行が困難だったためである。
加えて『教会』本部の門を抜ければそこは都市イングリッサであり、大勢の人が生活する場所である。
地下の脱出口も抜ければイングリッサ内に出ることとなり、それを追ってきた機械人形はイングリッサに現れて住民を攻撃し始めた。
偶然にもその晩に帰還した『槍王』ラルフ・ランベル元帥と『鉄拳』Σ大元帥の手によって機械人形は殲滅、なんとか事態は沈静化した。
しかしそれまでの被害は甚大であり、当初より交戦していた教会騎士三名のうち一名は死亡、残る二名も全治数ヶ月の怪我を負った。
非戦闘員も多くは死亡し、その中にはメアの父であるフロイ・パロの名もあった。
イングリッサの住民も精肉店の店主や花屋の女性など多くの人命が失われた。人口のおよそ八割が死亡する大惨事である。
また教会長のクラックス・シーノラも遺体が見つからなかったものの生存が絶望的ということで死亡扱いを受けた。
この時偶然にも存命していたクラックス教会長の拾い子はラルフ元帥が引き取り、教会騎士にするべく育てることとなる。後のリレ・シーノラだ。
この事件により最大規模の都市内に『教会』本部を設置することは避けるようになり、現在の都市ウニエスから少し離れた場所に決まった。
「何か思うことはあるかね?」
紅茶を淹れながら、ファーストはメアに問いかける。
「いえ、特に。こっちの方が面白いので」
「そうか」
メアは生活に刺激が欲しかった。人の死を求めていたわけではないが、死は少なからず刺激的なものであることを認めていた。あるいは自身が何も知らない市民だったならば、死の間際の恐怖を刺激と捉えていたかもしれない。
「さて、いろいろ試したわけだが、何もわからないか?」
「はい、残念ながら……」
潜在型断魔晶はきっかけが無ければその能力を発現しないことが多い。メアは生まれてから一度たりとも断魔晶の能力を自覚できていなかった。
ファーストやローの攻撃を寸止めして脳に命の危険を伝えてみたが、主人を守ろうとする断魔晶の動きは見られなかった。
メアは与えられた部屋で軽く運動したり、ベッドの上で転がったり、もしくは棒立ちのまま何も考えずにいたりと様々なことを試してみたが、相も変わらず断魔晶は何の反応も寄越さなかった。
「才能無いのかなあ……」
突っ立った姿勢のまま後ろのベッドへ倒れ込み、天井をぼーっと見つめる。
メアは良くも悪くも考えることが苦手な人間だった。
思いつくことは手当たり次第に試してもなお事態は動かない。
そのまま呆けていると、徐々に視界が歪み、いつの間にかメアは眠ってしまった。
目を覚ましたメアは不思議な空間にいた。
天地の概念も無く、しっかりとした足場も存在しない空間である。
「小娘か」
歩いてきたのは、灰色の小汚いローブに身を包んだ老人である。
「誰……?」
「先ほど顔を合わせただろうに」
「あ、あれーー……えっと……」
老人はため息をつきながら、メアに歩み寄る。
「私はパラケルスス。機械人形の素体を作っている者だ」
「あ……ああっ!」
そういえば先刻顔を合わせて自己紹介したななどと思い出した。
人の顔を覚えることが苦手なメアはパラケルススのことなど忘れていたのだ。
「ごめんなさい。まだ顔を覚えていなくって……」
「気にするな。ところでここは君の世界かね?」
「え?あ、そういえば……」
記憶の最後にあるのは虚城内の部屋の天井である。こんな場所に来た記憶は無い。
「ふむ」
パラケルススは顎に手を当てて考え事を始めた。
「あのー……」
「なるほど」
何がなるほどだ。突然考え始めて勝手に納得している老人の姿にメアは少しだけムッとした。
「ここはお前さんの世界ではないかね?さしずめ、これこそがお前さんの断魔晶。睡眠をトリガーに発動するものか」
「でもこれまで寝てる時にこんな世界に来たことないです」
「何か……それこそ『ドゥクス』に加入したことがきっかけか。何もせず燻っていたお前さんにとっては大きな転機であろう」
「なるほど」
今度は自分がなるほどと答えてしまった。だが納得のいく答えである。
しかし次はここから出る方法がわからない。
「起きれば良いではないか」
「今ここでガッツリ起きてるのにどうやって起きるんですか!」
思わず大きな声で反論してしまった。
起きればいいことは理解していたが、既にこの空間では思考して活動できている。この状態で現実の肉体を起こすにはどうすべきかなど皆目見当がつかなかった。
「なら一度気絶させてみようか?」
パラケルススはそう言いながら右手に力を込め始めた。
「いやいや待ってくださいよ。こんな可愛い女の子を叩くんですか!?」
容姿は自他共に認めるほど整っていた。とはいえ自分で可愛いと言うのは気が引けたが、初対面に近い老人に殴られるよりはマシだと考えた。
「ふむ……どうやらここでは断魔晶が使えないらしい」
パラケルススは手を引っ込めた。
メアを殴るわけではなく、断魔晶が使えるかの確認をしていたようだ。
「あとは起きた後にこのことを覚えているか、ここで相手を殺すと現実でどうなるか。最低限この二点の確認が必要だな」
パラケルススはそう言うと顔を上げてメアに声をかけた。
「この世界の解除方法を探せ。恐らくは閉じろとか起きろとかそういった類いの念を込めればできることだろう。起きたらすぐにファーストへ伝えろ。私が覚えている保証は無いからな」
そしてパラケルススは踵を返してどこかへ去ってしまった。
とにかくここから出なければならない。メアはひたすら念じ始めた。
「出ろ出ろ出ろ出ろ……」
眉間に皺を寄せながら念じ続けていると、徐々に空間が壊れていった。
「はっ!」
メアは飛び起きた。
先ほどのは夢だったのかどうか。
それを確かめるべく、パラケルススを探すために部屋を飛び出して虚城の中を駆け回り始めた。
「ここ!?」
「ここ!?」
「どこ!?」
ドアを開けては閉め、開けては閉めを繰り返してやっとの思いでパラケルススの居場所に辿り着いた。
「いた!パラケルススさん!」
明るい表情でメアがパラケルススの工房の中に足を踏み入れると、パラケルススはメアに歩み寄った。
ぱん。
メアの頬にじんわりとした痛みが広がった。
「私は夢の中で何と言った?すぐファーストに伝えろと言っただろう。工房に足を踏み入れるなとはまだ言っていなかったからそれだけは不問とするが、言ったことくらい遂行できない者など私は歓迎しない」
叩かれた。そのことを理解したのはパラケルススの言葉が聞こえた後だった。
「うっ……」
ふと目に涙が浮かんだ。
「泣く暇があるなら報告しに行け。私は男女で差別などしない」
パラケルススは踵を返し、工房の中へと姿を消した。
メアは泣きながらとぼとぼと歩き、なんとかファーストのところへ辿り着いた。
「――ってことがあったんです……」
「それは君が悪いな」
「わあーーー」
メアの涙は止まらないがファーストは言葉を続ける。
「我々の活動は遊びではない。我々の間に上下関係はほとんど無いが、先達の言うことは聞いてほしいな。まあパラケルススの対応は少々手厳しいものでもあったし、それについては私から注意しておこう」
諭すようにファーストはメアを宥める。
「それと君に名を与えよう」
「名前……?私はメアですけど……」
「ファーストやパラケルススは本名ではない。『ドゥクス』として活動するための名前だ。君は……そうだな。イド、という名はどうかな」
「イド……。私はイド」
「そうだ」
「イド……。はい。ありがとうございます!」
涙を拭いながら、笑顔でメアもといイドは返事した。
新たな『ドゥクス』のメンバーとしてイドが正式に加わった瞬間である。




