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ヤンガはメアの手を掴んで駆け出した。
あの場に留まってはいけない。本能がそう叫んでいた。
メアは闘気を纏えない。そのためメアは宙に浮いた状態でヤンガに連れられていたが、ヤンガの横を一陣の風が吹いた。
正面からではない。後ろからである。
その違和感に気付き、ヤンガの目は後方へと送られる。
「どこを見ているのかね」
その声は進行方向である右耳から聞こえた。
「何ッ!?」
目の前にいたのはクラックス教会長だった。
闘気を纏って駆けていたのだ。自分に追いつけるはずがないと考えていただけに自分の目を疑った。
「あんたの断魔晶は獣化に類するものだったはず……」
「吹き荒れる風で偽装したものだ。よくできているだろう?」
掲げた右腕の先は獣のような毛に覆われているが、その境目は風によって見えづらくなっている。
「返答次第では君を見逃してやってもいい。私は誰と会話していたかね?」
紛れもなく相手は『ドゥクス』の誰かだろう。最初からクラックス教会長が敵だったのか、敵に寝返ったのかはわからない。しかしここで会話していたと答えてはいけないはずである。
ヤンガの頬を冷や汗が伝う。
ヤンガの頭の中はメアを連れてどう切り抜けるか考えることでいっぱいになっていた。
そんなヤンガの横を誰かが通り過ぎる。
「あの」
「ん?」
メアだった。
「やめろ!殺されるぞ!」
「私を仲間にしてください!」
「……は?」
メアの口からは突飛もない言葉が出ていた。
しかしメアは本気である。
働く気は無く、かといって刺激のある人生でもない。そんな中現れた人類の敵となる存在。
メアにとっては願ってもない出逢いだった。
「……Dr.パロの娘か。何の目的だ?」
「私にください。たくさんのハジメテを。みせてください。たくさんの景色を」
「ふん……」
クラックス教会長――ウィンにとってメアはどうでもいい存在だった。『ドゥクス』としては可能な限り無用な殺人をしないようにしているが、今夜だけは例外である。今ここで死のうがこれから起きる混乱の中で死のうが関係ないことである。生かし続ける理由が無い。
ところがその申し出に興味を持つ者がいた。
「君は何ができるのだね?」
後ろから歩み寄ってきた男――ファーストである。
「お前は……」
「初めまして、ヤンガ・ブロス君。私はファースト。君たちが倒さんと使命を燃やす『ドゥクス』のボスだ」
その言葉に剣を抜くヤンガだったが、振り上げた右手には何も無かった。否、右手が無かった。
「――ッ!」
「本部の副長に剣を抜かせるわけにはいかないのでな。この場で勝てるとも思えんが」
いつの間にかウィンの腕がヤンガの右手を斬り落としていた。
ウィンはその事実に気付き、右手のあった斬り口を押さえて蹲った。
「さて、改めて聞くが、君は何ができる?」
各地を巡り強者を募ってきたファーストの目には、弱者の命乞いのように見えた。
だがその目は生を乞う人間の目ではない。これから拓かれる世界に期待を膨らませる者の目であった。
だからこそファーストはメアの言葉に耳を傾けた。
「何が……?多分断魔晶での話ですよね?自分でもよくわかんないんですけど」
「…………」
メアの言葉にファーストは険しい顔をした。
ウィンの目も、こいつは早めに始末した方がいいと言っていた。
「そうか」
ファーストはそう言ってメアの腕を引っ張り身を寄せた。
「ウィン、やれるな?」
「元よりその予定なので」
「では任せた」
ファーストは符術を宙へ放り投げ、現れた扉の中へ歩いていった。
メアもその後ろについていく。
「お前……」
「ヤンガさん……」
地に伏すヤンガは刺すような視線をメアへ向ける。
メアは申し訳なさそうな顔をするが、謝罪の言葉は出ない。
「早く……行けよ……」
メアはその言葉に対して頷くと、踵を返してファーストの出した空間へ歩を進めた。
「…………」
ヤンガにとっては今日会ったばかりの相手だったが、その父親は何度も世話になった医者である。
どんな顔をして彼に会えばいいのかわからなくなっていた。
「別れの挨拶は済ませたか?」
ゆっくりとウィンはヤンガに歩み寄る。
地面に視線を落とすヤンガの首を落とそうと、ウィンは手刀に力を込めた。
そして手刀を振り下ろそうと殺気を放ったその瞬間、ヤンガは低姿勢のままウィンへ体当たりを仕掛けた。
「なっ!?」
姿勢を崩したウィンを見下ろしながら、左の腰に提げられた剣を左手で抜く。
「啄め、朱死槍」
抜かれた剣の刀身がバラバラに砕け散り、ヤンガの周囲を取り囲む。
「お前が勝てるとでも?」
「タダでは死なんさ」
宙に浮く無数の破片がウィンに向けて突撃する。
ウィンは教会騎士として何度もそれを目にしてきた。それゆえに風で速度を落としつつ、難なく回避する。
それでもヤンガは刀身が消え鞘のみとなった剣で指揮を執りながら徐々に後退する。
「逃すか!」
ウィンは強烈な風をヤンガに向けてぶつけるが、ヤンガが鞘を振ると風は掻き消えた。
「何?」
「あばよ」
そう告げるとヤンガは窓を割り外へ飛び出した。
「敵襲だ!敵は――」
その瞬間、空から巨大な氷塊が落ちてきた。
建物に囲まれた中庭にすっぽり収まるほどの巨大な氷塊が不意に降ってきた。隻腕のヤンガでは対処できるわけがなかった。
それでもヤンガは兄――オード・ブロスへ希望を託すため、左手の鞘を投げ捨てた。
――ヤンガの断魔晶を遺してヤンガは氷塊の下敷きとなった。
「危ないじゃないか、ウィン」
ウィンの横に来たのはグラシェだった。
「ああ、すまない」
「予定が早まったと聞いた。機械人形も連れてきたぞ。早く済ませよう」
氷塊は中庭側の窓にところどころ突き刺さっていた。
それで割れた窓に、氷塊の中から現れた機械人形達がぞろぞろと突入している。
「お前は戦いの中で行方不明になったことになる。早めに退け」
「助かったよ。ありがとう」
ウィンは中庭に一瞥し、腰の符術を使って姿を消した。
ファーストとメアの向かった先――虚城へと。




