第39話 死別
この城へ飛ばされた際に到着した玉座の間に、リレ達は集まっていた。
「やっと家に帰れるんだ」
「ああ。長かったな」
安堵の顔を浮かべる二人を前にして、リレは緊張の面持ちでソフィアの前にいた。
今回はジェイルではなくランノーバが同席している。二日ほど前に帰還したと聞いていたが、酷く疲れた顔をしている。
『我らが英雄よ、前へ』
ソフィアに言われるまま、リレは前へ歩み出る。
「ダンダリア支部長、来てください」
「お、私か」
リレの選択――それは、ダンダリア支部長の記憶を取り戻すことだった。
ランノーバは二人から教会騎士に関する記憶を奪ったという。
ローは『ドゥクス』であり教会騎士ではない。いくらか記憶を失っているため無問題というわけではないだろうが、影響範囲は大きくないだろう。
またリレにとってローはいずれ裏切る予定の敵である。今でも強力な存在だが、記憶を取り戻すことでパワーバランスはさらに『ドゥクス』側へ傾いてしまう。
一方でダンダリア支部長は記憶を消されたことで戦い方自体も忘れてしまった。それは恐らく教会騎士に関する記憶の中に『ダンダーリャ英雄譚』が含まれているためだろう。
少なくとも『ダンダーリャ英雄譚』について思い出すことができれば戦えるようになる可能性は高い。
そしてリレの命はファーストにより生み出されたものであり、生きていれば裏切る機会も得られただろうが、ここで命を落とせば『ドゥクス』にとって大きな損失になることは間違いない。
全ては『教会』のため、ダンダリア支部長の記憶と引き換えに命を捨てる覚悟を決めたのだ。
『まさか不完全な記憶のために命を捨てるとはな』
『元はと言えばお前たちが戦いを吹っ掛けなければよかった話だぞ』
『ちっ……』
リレはランノーバへ恨み言を吐いてから、ダンダリア支部長へ紙切れを渡した。
「これは?」
「記憶を取り戻したら読んでください」
「わかった」
ランノーバは右腕を鎌へと変えてリレの前に立った。
『あばよ、英雄サマ』
本来であれば記憶のみを刈り取る鎌の一閃。リレの視界は傾き、下から見上げる自身の身体が最期の景色だった。
「ここは中央大陸の荒野か」
「見たことある場所だけどなー。何だったかな」
結果としてダンダリア支部長の記憶は戻った。教会騎士とは何かは覚えていないが、それ以外のことは思い出した。その教会騎士についてもリレの遺したメモで理解した。
「中央大陸か。なら本部に顔を出せばいいかな。君も来るかい?」
「私は……いいのか?」
「困った時は助け合いさ。リレの遺体も運んでくれるわけだしな」
ローは記憶を失ったままのため、自身が『ドゥクス』であることも忘れていた。『ドゥクス』に見つかるまでは『教会』に身を寄せていても問題無いだろう、とダンダリア支部長とリレは考えていたのだ。
教会騎士に関することを全て忘れている今のローは、『ドゥクス』のローではなく、ただの武人ティファ・ニールであった。
「行こうか、ティファ」
ダンダリア支部長はどこからともなく出した剣で空を裂いた。そこに現れた黒い空間へ、二人は入った。
ダンダリア支部長の空間跳躍についてはいくつかの欠点がある。
一点目として行き先の光景を強く思い浮かべる必要がある点。咄嗟に飛び込もうとした場合はその時頭に浮かんでいる場所に飛び込むこととなるため、不意に別のことへ意識を逸らされると最初に思い描いていた場所とは異なる場所へ飛んでしまうことがある。
二点目として思い浮かべた景色と実際の景色がかけ離れている場合は飛べない点。荒野に飛ぶつもりだったが現在は巨大な都市になっている、といった場合には飛ぶことができない。
そして三点目として空を裂いて生まれた黒い空間の向こう側を視認できない点。頭に浮かんだ場所へ飛ぶ性質上、その行き先は実際に行くまで確定していない。飛び込んだ先の景色を見るのは実際に空間を抜けた後となる。
その結果、二人は飛び込んだ空間を潜り抜けて再び荒野へ降り立った。
「あれ?」
「どうなっている?」
思い返してみると、教会騎士に関する記憶と共に中央大陸本部のことも頭から抜けてしまっていた。リレの書き残しには正確な風景まで描かれていなかったのだ。そもそもこの欠点をリレは知らない。
「……歩こうか」
「どれだけかかるのだ」
「うーん、わかんない」
「はあ……」
そうして二人はいつ辿り着くかもわからない中央大陸本部を目指して、荒野を歩き始めた。
「む、ローが戻ったか」
ファーストは貫手でついた血を払いながら呟く。
「時間はかかったが、元帥もこれで残り二人。南東大陸支部はもう終わりだ」
「二人……じゃと……?」
血を吐きながら折れた槍を杖代わりにしつつラルフ元帥は立ち上がる。しかしその足は震え、吐血が止まらない。
「ああ。『錬武』サイジ・ジーナス元帥は既に我々の敵ではない。所詮は技術屋上がりということだ」
ファーストはラルフ元帥の髪を掴んで腹部に膝蹴りを入れる。
「がはっ」
「せめて弟子と会わせてやろうかと思ったが、リレは今いなくてね。一人寂しく旅立つといい」
髪を掴んだままラルフ元帥の身体を振り回し、遠くへ放り投げる。
既にラルフ元帥の視界はぼやけており、血を流しすぎたために思考も定まらない。
それでもファーストを、『ドゥクス』を討たねばと折れた槍で再び構えんとする。
「儂は……元帥じゃ……。こんなところでは死ねん……」
立つだけでも限界。そんな身体で踏ん張り、槍へ力を込める。それに呼応するかのように、槍の折れた先端に風が集まり始めた。
「があっ!」
知らぬ間に弟子であるリレを奪われ、崩廻Ⅲによる死の一撃を奪われ、戦いの中で左腕も奪われ。
そんな中でラルフ元帥の槍はこれまで見たことのない力を発揮した。
巻き起こす風は紫を帯び、閃光がちりちりと見える。
「……ほう」
弛まぬ研鑽と多くの絶望の末、今際の際にラルフ元帥は『教会』で初の崩廻Ⅳへと到達する。
「儂に力を寄越せ……」
ラルフ元帥は目を見開き、渾身の一撃をファーストに向けて撃ち抜く。
「惜しいな、その力」
ファーストはその一撃が放たれる直前に大きく踏み込み、前傾姿勢で突進する。
ファーストが奪えるのは崩廻Ⅲまで。これまでは『教会』の人間の限界が崩廻Ⅲまでだったために全ての力を奪えたが、ラルフ元帥の一撃が奪えないことに一目で気付いたのだ。
「もっと早くに会いたかったな」
放たれた一撃は周りの空気を巻き込みながら巨大化して吹き荒れる。
前傾姿勢のファーストの左肩にその風は掠ったが、右手がラルフ元帥の左目を抉る。
「――ッ!」
左の光を失ったラルフ元帥は言葉にならない叫びと共に必死で抵抗する。が、それはファーストには届かなかった。
怪我を負った左腕でファーストは追撃し、ラルフ元帥の首から大きな音が響いた。
「リ……」
最年長の元帥の身体が地に伏す。
最期まで握りしめていた槍からは力を感じられず、そこには老人の遺体と枯れ枝のような槍の柄だけが残された。
「…………」
ファーストはラルフ元帥の遺体をひとしきり眺めていると、腰から符術の束を抜き取ってから踵を返した。
ラルフ元帥が必死で足止めして逃した南東大陸支部の面々はどこへ向かったのか。
「本部だよな」
北東と北西は他の『ドゥクス』に任せよう。
そう考えて、ファーストは抜き取った符術の中から転移の符術を宙へ放り投げた。
――リレ達がライセプスに飛ばされてから実に四ヶ月後のことである。




