第38話 天命
今度こそジェイルとランノーバはおとなしく従った。
ひと足先に本拠地へ戻ると部下と思しき連中に伝えて、彼らとは別れた。
『言っておくが、ここから歩いて帰るには一月以上かかる』
「はあ!?」
大きな声にジェイルは顔を顰めたが、驚いたことは伝わったようだった。
『歩いて一月などすぐ近所だ。ここまで攻められたからこそ非能力者は大部隊を結成してきたんだ。お前のおかげで危機は去ったがな』
言われてみれば確かに、などとリレは心の中で納得した。
『お前が来なければ我々は負けていたかもしれない。ありがとう』
言葉で感謝こそされたが、よく考えるとリレたちが初めて顔を合わせた時点でジェイルは非能力者の屍の山を築いていた。光の翼も出していない状態であり、多対一の戦いも仕掛けてきたジェイルが消耗していたようには思えなかった。
『俺にはそれほど――』
『無駄口はここまでだ。運んでもらおう』
『運ぶ……?』
言葉を遮ったジェイルの不思議な言い方にリレは首を傾げた。
ジェイルは何も言わず、正面を指す。そこには一人の男が立っていた。
「あれは……」
『頼むぞ、フィクル』
『ありゃ、こちらさん方は?』
『客であり英雄だ。丁重にもてなせ』
『承知した』
奇妙な形の板に乗って空を飛んできたのは一人の男だった。
男は板から飛び降り、リレへ右手を差し出した。
『フィクル・マリーです。以後お見知りおきを、英雄殿』
『リレ・シーノラです。後ろの二人は言葉がわからないので気にしないでください』
リレも右手を握り返した。
フィクルは気にするなと言われたがダンダリア支部長とローへも挨拶を済ませて両手を差し出した。
『掴まってください。私がここまで来るのは大変ですが、戻るだけなら一瞬です』
『そういうわけだ。こいつに適当に掴まって目を瞑れ』
言葉のわからない二人に伝えると、二人はそれぞれフィクルの手を掴んだ。
リレはフィクルの肩を掴む。
『よし、任せた』
『あいよ』
その言葉と共に、頬に当たっていた風が突如として止んだ。
『いいぞ』
否、止んだのではない。
そこは白を基調とした華美な内装の屋内だった。
顔を上げると、二人の女がそこにはいた。
『会いたかったよアフィア!』
『私もだわフィクル!』
フィクルは掴まっていた面々を振り解いて、立ったままの女に抱きついた。
「恋人、なのか……?」
「微笑ましいね」
リレ達がフィクルとアフィアの様子に目を奪われていると、隣にいたジェイルがもう一人の椅子に座ったままの女のところへ歩み寄り跪いた。
『ただいま戻った』
『知っています。して、仔細は?』
『戦争は我々の勝利です。勝利を齎したのはそこの青年、リレ・シーノラの力のため。そして彼は仲間と共にラムロンへ帰還したいと言っています』
自分たちが戦いを挑んで負けたことは言わないのか、などとリレが思っていると、女は立ち上がった。
『私はオーダー・ソフィア。彼らのリーダーです。貴方達はラムロンから迷い込んだのですか』
光が壁に反射し顔がよく見えていなかったが、光に慣れた目で見てみると比較的若い女性であることがわかった。外見年齢で言えばローと大差無いだろう。
『そして貴方のおかげで戦争には勝てた、と』
『貴女ならば我々を帰してくれると聞きました。このためには力を貸せと』
『なるほど、理解しました。すぐにでも帰してあげたいのですが……』
リレはジェイルとランノーバのせいでまた戦闘になると思っていたが、どうやら杞憂に終わるようである。
『ただし私の力の都合で一月ほど待っていただく必要があります。それでもよろしいでしょうか?』
結局一月分の待機はしなければならないらしい。
その間歩き続けるか、ここで待たせてもらえるかを比較すればこちらの方が良いことは百も承知のため、リレは首を横に振った。
『あら、嫌でしたか』
『え、あっ』
そこでリレは気付いた。首肯するにもこの世界では首を横に振ることが否定の意になるらしい。
『いえ、こちらの世界ではこういった形になるので。是非よろしくお願いします』
文化の違いに触れながら、リレ達はこの建物でしばらくの間世話になることになった。
ライセプスにおける能力者達の組織「天命」の本拠地は非常に巨大な城だった。
リレ達は直接玉座へ飛んできたため実感できなかったが、端から端まで移動するのに半日以上を要する規格外の建物であった。
この城の案内を城主であり組織の長でもあるオーダー・ソフィアが直々に案内をしてくれた。
どうやらこの城の防御にはエクス・ショット・エンプレスなる女性のTYPE-0が尽力しているようで、彼女が城から出なければ些細な傷すらつくことがないという。
『貴方はどうやって勝利を齎したのですか?』
歩きながらソフィアからそんな話を振られた。
リレは実演こそしなかったものの、雷獣の姿を借り受けて語った。些か気分が高揚していたことも否定はできないだろう。
『ところで、ランノーバとかいう人の力。あの人に奪われた仲間の記憶は取り返せないのですか』
『できますよ。条件はありますが』
リレは無理だと思いながらもソフィアへ質問を投げかけた。
ところが返ってきたのは意外な答えである。
『できる……?』
『はい。彼の永続命脈で奪う記憶は、ひとつの事柄に関するものを樹形図をなぞるように全て忘れます。その根本となるひとつの事柄だけが取り戻せません』
ランノーバに聞いた話と異なっている。これはどういうことなのか、ソフィアへ問いただした。
『根本となる事柄以外の記憶を取り戻すには、一人の命を捧げる必要があります。誰かが命を捧げることで不完全な記憶は蘇り、死神たるランノーバの命は永く続くのです』
ソフィアはリレを射抜かんとする眼差しで見つめる。
『貴方はどちらか片方の不完全な命のためにその身を捧げられますか?』
身長はリレよりもやや低い。そんなソフィアだが、萎縮したリレには大きな存在に見えた。
ソフィアの瞳から目を離せないまま、絞り出すようにリレは呟く。
『…………少し考えさせてください』
リレは『ドゥクス』に捕まりその一員として活動しながら、自らにしかできない打開策を考えていた。
雷獣の姿はどうやら全身が断魔晶のような扱いらしい。これを利用して人の身では辿り着けないと考えられる神のいる場所へ至ることがファーストの狙いのようだ。つまるところリレの肉体はファーストが乗り移るための器にしか過ぎないということでもある。
リレは既に何度か教会騎士と交戦しているが、いずれの場合でも相手を殺してはいない。ファーストの不殺主義を肯定しているように見せかけているが、実際は単に人を殺したくないというだけの話である。
戦ってもなお相手を殺さないリレを『教会』が信用してくれる可能性は限りなく低いだろう。だがそれに賭けて『ドゥクス』に鍛えてもらい、重要な局面で『ドゥクス』を離反することがリレの狙いだった。
現状のままラムロンと呼ばれる元の世界へ戻ったところで、ダンダリア支部長は戦力外であり、ローと戦った場合に勝てる未来がまるで見えない。記憶を取り戻すならダンダリア支部長だろう。
それを踏まえた上で自らを犠牲にすべきか否か。
リレがその答えを出したのは、ソフィアの力でラムロンへ帰還する日の前日だった。




