第37話 打開
駆けているリレはいつの間にか雷獣の姿を解いていた。
形を取り戻した大剣が背中に戻ってもそれに気付くことなく、ふらふら歩くダンダリア支部長のところにたどり着いた。
「ダンダリア支部長!」
「ん……?」
肩を掴んで揺さぶると、ダンダリア支部長は不思議そうな顔でリレを見つめた。
「あれえ、君だれ?」
「何言ってるんですか!戦況は?」
そう言ってぐるりと周囲を見回すと、伸びて倒れているランノーバを見つけた。
「勝ったんですね!え、じゃあなんで倒れて……?」
「よくわかんないけどここどこ?家まで帰してくれないかな」
リレはその反応に言葉を失ってしまった。
常に自信満々で先頭に立ち続けた、リレの知るダンダリア支部長の姿ではない。
まだ二人の付き合いは長くないが、リレの理想とする教会騎士に近い人間だと思っていた。ところが今のダンダリア支部長はまるで戦いを知らない少女のような雰囲気を受ける。
『想定外だったが、我々の勝ちのようだ』
『なんだと?』
伸びていたランノーバが目を覚まし、リレへと語りかける。
『私の続命が命を奪う力であることは知っているな?だが永続命脈は命ではなく記憶を奪う。言葉のわからん女はそれでも殴りかかってきたが、そいつはもう戦えまい』
記憶を失ったと言われるダンダリア支部長は周りをきょろきょろしながらふらふらと歩き始めた。
リレはランノーバへ近付き、胸ぐらを掴んだ。
『二人の記憶を返せ!その力を解けば戻るんじゃないのか!返せ!』
揺さぶられるランノーバは乾いた笑い声と共に口を開いた。
『この力を解けば記憶が戻る?都合の良いことを言うな。奪った命が戻るわけが無かろう。奪った記憶も戻らんよ』
リレの表情が愕然としたものへと変わる。
ランノーバはその表情を見て愉悦の笑みを浮かべた。さらにリレの後ろから迫る光の翼を見てその口角を吊り上げた。
光の翼の持ち主は高速で突っ込み、剣の間合いにリレを捉えると、飛び上がって剣を振り下ろした。
――否、剣は振り下ろされることなく、空中で突如砕け散った。
『何ッ!?』
「やっと出られた」
砕けた剣から現れたローは眼前のジェイルを殴りつけた。
それと同時にその一撃はこの戦いを終わらせる終止符となった。
時は少し遡る。
光房無限廻牢に閉じ込められたローは壁を叩きながら開けた方向へ進んでいた。
「出口はどこだ?」
進んでは突き当たりに直撃し、引き返して別の方向へ進んでは再び突き当たりに直撃する。その繰り返しだった。
手当たり次第に進んでいくと、足に何かが当たった。
「む?」
それはまだ白骨化しておらず腐乱している最中の死体の頭部だった。
衣服の上からはよくわからないが、目立った外傷があるようには見えなかった。
「お前は出られなかったのか」
名前も知らない死体へそれだけ声をかけ、すぐに顔を上げた。
「あの剣は奴の切り札みたいなものだろう。それを出させるほどの奴が何もできずにここで死んだ」
そう呟いて何かを考え始めると、ローは拳を壁に当てた。
「よくわからない材質だが途轍もなく硬い。なら……」
当てた拳を引き、構えをとってから口を開く。
「私がさらに強くなればいい」
結果から言えばその一撃で壁が破壊されることはなかった。
そもそもその壁を破壊することが脱出に直結するかすらもわからなかったが、出口が無いなら作ればいいと考えたローにとってはそれ以外の選択肢が無かった。
一心不乱に壁を殴り続け両方の拳が朱に染まった頃、感覚の変化に気付いた。
「柔らかい……?」
正常な思考の持ち主であれば、皮の剥けた拳の感覚が無くなったと考えるか、あるいは錯覚だと思うだろう。それ以前にこれほど壁を殴ること自体しないはずだが。
しかしローは何かに突き動かされるように、ひたすらに拳を振り続けた。
時折蹴りも交えたが、力が入りづらいなどと言っては拳に戻して殴り続けた。
やがて疲れてきたなと思うと一旦殴ることをやめ、丹田に力を入れる呼吸を行っては再び殴り始める。
ひたすらこれを繰り返していくうちに、ローはひとつの違和感に気付いた。
「む?」
拳の血が止まっていたのだ。
それ自体は些細なことなのだが、殴り続けた壁は淡い光を放つだけで血の痕が全く見当たらない。
拳を壁にぶつけ続けて止血されたにも関わらずなぜか血が見えない。
つまり壁は動いている。
そのことに気付いたローは闘気を高めて再び構えた。
「いける」
構えたローの拳が放たれた。その瞬間、壁は砕け闇に包まれた空間に裂け目ができた。そしてそのまま――。
『何ッ!?』
「やっと出られた」
空中でローはジェイルを殴り飛ばした。
ジェイルが地上へ着弾するよりも速くローは着地し、ランノーバのもとまで一瞬で間合いを詰め顔に向かって拳を突き出した。
拳圧はランノーバの顔のわずかな皮膚をたなびかせ、後方の荒野も抉り取った。
「よくわからんが我々の勝ちだ」
ローの勝利宣言と共に、この戦いに決着がついた。
リレの持ち合わせた符術の中から紐を見繕いジェイルとランノーバを縛り上げる間、ローは何度もダンダリア支部長へ声をかけたが記憶が戻ることは無かった。
会話は行え、身体能力に問題は無かった。しかし教会騎士に関する記憶がすっぽりと抜け落ちていた。
「ローさんも記憶を奪われたみたいなんですけど、普通に戦えるんですね?」
「教会騎士?とかいうことに関する記憶は無い。ただ元々昔の記憶は曖昧だし、突っかかっていたものが綺麗に消え去ってむしろ有難いくらいだ」
「そうなんですね……」
体が覚えていた戦闘技術のみでローは戦っていた。
己を鍛えていたのは教会騎士となる前からであり、偶然にもランノーバの永続命脈の範囲から外れていたのである。
「ところであいつらはソフィアとかいう人のところに連れて行ってくれるんですかね」
「さあ?そもそも何でこいつらと戦ってたんだ?」
「三人揃って帰してくれるって話だったのに、俺だけは残しておくとか言い始めたんでこっちから願い下げたんですよ」
「なら言葉の通りにすればいい。自力で方法を探せばいいだろう」
「でもこっちの時間の流れが早くて、下手すると帰っても知らない時代の可能性もあるんですよ。急いで帰らないと」
「ふむ」
ローは心のどこかで引っ掛かっていた。急いで帰らなければならない理由があったような気がするが思い出せない。単純に覚えていないだけか、あるいは教会騎士とやらに関する事柄であるために記憶から奪われたか。
そもそも『ドゥクス』になったこと自体にも何か理由があったはずなのだが、考えても答えは出ない。
「なるほど、手っ取り早く帰るにはこいつらのボスに会うことなんだな」
「はい」
簡潔な答えにリレは頷く。
「おい」
ローは縛られ気絶しているジェイルの頬を叩いて起こした。
『負けたのか……』
「ボスに会わせろ」
『何言ってんだこいつ』
『ソフィアさんって人に会わせてください。逆らう意味も無いはずです』
『ちっ……』
舌打ちしたジェイルは立ち上がってランノーバを蹴って起こすと歩き始めた。
『先に言っておくが、俺たちの判断はソフィアの意思ではない。あいつが何を言うかはわからん』
『もう力で従わせようとはしないんですね』
『あいつがそうしろと言えばするさ。そうでなければ手は出さん』
ジェイルの言葉をローとダンダリア支部長に通訳しながら、ソフィアという人から下される判断に一抹の不安を覚えていた。




