第36話 廻牢
いくらリレが『ドゥクス』の面々に鍛えられたとは言っても、『極煌星』を発動させた程度では上位層に食い込むことすらできていない。ユーベンとの戦いでも雷獣の姿を解禁しなければ劣勢だったことは紛れもない事実である。
それはこの場においても同じことであり、不死身に近い雷獣の姿でさえも苦戦していることがその根拠である。
『諦めてくれよ』
リレはどうにかジェイルの剣を捌いているが、何度か剣が身体を素通りしていた。生身であれば確実に致命傷である斬撃だろう。
『うおおおっ!』
全身に気を溜めて放てば雷も放出される。何度か使ったことでその原理に気付いていたが、それで得られるものは一時的にジェイルを退かせることくらいである。そしてそれは長続きせず、再びジェイルの剣を受けることになる。
『何度繰り返すんだ?お前一人じゃ俺には勝てない』
リレは強者の下で鍛錬を繰り返し、教会騎士として配属されていれば比較的序列の若い立場になっていたであろう力を身につけていた。
しかし力の差は歴然である。
なんとかジェイルに肉薄するが、ジェイルの剣がリレの喉元を斬ったところで尻餅をついてしまった。
『今ので決着だな』
『……殺さないんですか』
『お前は殺せないんだよ。殺そうと思えば殺せるが――』
そこまで話したジェイルは右後方を見遣り、剣を構えた。
その視線に釣られてリレも目を向けると、尋常ではない速度でローが突っ込んできた。
『バカなッ……!』
ジェイルの構える剣を拳が易々と貫通し、ジェイルは顔で拳を受け止めることになった。
「大丈夫か?」
「え、あ、はい……」
リレは断魔晶を解き、手を差し伸べられたローの手を掴んで立ち上がる。
「何なんだ、あいつは。君は誰だ?」
「え……?」
ローの口からはおよそリレの予想だにしない言葉が飛び出した。
「家はどこだ?送ってやろう」
「えっと、ローさん……?」
「ロー……?ああ、私の名か。すまないな。私は何も覚えていなくて」
「何も……?」
申し訳なさそうな顔でローがリレを見つめていると、二人の視界の端に光の翼が入り込んだ。
『ランノーバが負けた……?』
「む、まだやるのか」
立ち上がったジェイルは翼から細長い筒のようなものを射出した。
握手を交わす前に構えていたものだったが、その真価を発揮する前に停戦したためどのような攻撃が繰り出されるかわからなかった。
『行け』
その一言で浮遊する筒は一斉にローの方を向いて光の粒子を放ち始めた。
否、それは粒子と呼ぶには生易しいものだった。
圧力を上げた水を放つが如く、細長い光線がローを襲う。
ローはそれを弾き返そうと一瞬構えたが、筒から絶え間無く光線が出ていることに気付いて回避する。
『言葉のわからない女!何の力も持たない女!なぜお前が障壁となる!なぜお前が!』
ジェイルの嘆きはローに伝わらない。
何かを叫びながら光線を飛ばす術者へ詰め寄り、拳の届く間合いでローは地を蹴った。
『これをお前なぞ相手に使いたくはなかった!』
ジェイルは両手の指を鳴らし、そのまま手を合わせた。
『光房無限廻牢』
ローは未知の攻撃を警戒し、速度を落とした。
――その判断が致命的だったのかもしれない。
ローの左右には光の壁が現れていた。前後は進めるようだが、先ほどまで戦っていた相手の姿はどこにも見えない。
「何だここは」
試しに右の壁を殴ってみるが、びくともしない。
堅固な虚城でさえも、ローがその外壁を殴れば破壊される。闘気を纏わずしてそれだけの破壊力を持つのだから、闘気を纏った一撃であればあらゆるものを粉砕できた。
しかしそれでも目の前の壁はひびすら入らない。
「……ふ、上等だ」
ローは突如迷い込んだ空間から抜け出すべく、探索を始めた。
一方でリレの目の前からはローの姿が消滅していた。
対するジェイルの両手には、先端がやや丸みがかった剣のようなものが一対握られている。
「何が起こった……?」
先ほどまでジェイルを追い詰めていたローが忽然と姿を消したことに、リレは動揺を隠せなかった。
それに気付いたジェイルがリレへと歩み寄る。
『光房無限廻牢。TYPE-0として覚醒した、俺だけの能力だ』
ジェイルの所属する特殊部隊「JOKER」は能力者の中でも屈指の実力者の集団である。優れた能力者が所属するとほとんどの者は思っているが、実態は異なる。
オーダー・ソフィアより力を与えられ、ソフィアの意図しないさらなる力を得ることに成功した者たち――通称、「TYPE-0」。彼らが所属する部隊なのである。
『光房無限牢では生命体の命だけを封じていた。魂と呼ぶ奴もいるが、あの女を封じられなかったあたり魂ではないと思う。まあその辺はどうでもいい。光房無限廻牢で肝心なのは相手を丸ごと封じられるって点だ。たとえ相手がどれだけ強大な存在であろうと必ず封じられる。お前もその仲間に入れてやろうか?』
そう言ったジェイルはリレに剣を向ける。
『どうすれば破れるのか知らないですけど、ローさんは必ず戻ってきます』
リレは少し怯えながらも、ジェイルの目を見てそう言い放った。
ジェイルは慮外の返事に目をぱちくりさせた。
『くっ、はははは!命乞いでもするかと思ったらそんなことは無かったか!確かに脱出方法自体はあるが、自力で出られた奴は一人もいないぞ』
天を仰ぎながらジェイルは高笑いした。
『お前に一つ教えてやろう。相手を封じるためにはこの剣の先端で相手を突く必要がある。嫌ならそれだけは避けるといい』
そう言ったジェイルは剣を振りかぶり、リレに襲いかかる。
『外に出す時は中の奴を纏めて出さないといけないからな。できればお前は封じたくねえ』
そう言いながらも、ジェイルは剣を振るうだけでなく時折突きも交えて攻撃してくる。
突きを受ければローと同じ場所に飛ばされる。ローの脱出の一助になるかもしれないが、それと同時にダンダリア支部長を置き去りにしたまま敗北することも意味している。
そこまで考えたところで思い出した。
「ダンダリア支部長は……?」
応戦していたリレの口からふと言葉が漏れた。
『ダンダリア支部長はどうなった!』
斬り払ったリレはそのまま剣を手放し、雷獣の姿に変身しながらジェイルへ襲いかかる。
『知らねえよ。あの女が来たってことは十中八九ランノーバが負けた。だがランノーバだけじゃなくてもう一人の女も来ないなら、死んだかあるいは――』
「ならこんなことをしている場合じゃない……!」
リレは右腕に雷を溜め、殴る要領で拳を突き出し雷を放出した。
リレは意図しなかったが、それは非能力者の部隊へ落とした雷の次に強力な一撃となった。
『ちっ』
ジェイルはその一撃に対して真横に左の剣を振り、さらに右の剣を縦に振り下ろした。
交差する二つの斬撃が交わり、リレの放電と対消滅した。
リレにとって絶好の攻撃の機会だったが、リレは放電した直後に踵を返しローの来た方向へと走り出していた。当然、ジェイルは攻撃を受けることなく荒野に取り残された。
『ふ、ふざけるなクソガキが!』
雷と斬撃の対消滅の瞬間、その先に一瞬だけ光が見えていた。そこに雷獣は向かったのだろう。そう考えたジェイルはリレの後を追い駆け出した。




