第35話 続命
天幕から出て、五人は荒野で向かい合った。
本来の戦場であれば試合のような形で向き合うことはまずあり得ないのだが、お互いに日々の研鑽の癖からかそのような形式をとってしまった。
『戦いにヨーイドンは無いんだが……』
『よーいどんって何さ?』
けらけら笑うダンダリア支部長を見て、能力者の二人は剣を抜く。
『光房』
ジェイルの左手に握られた剣が、鉄のような金属の棒へと変化した。
「最初にアイツが握ってたのはアレかあ」
思い返せばローが閉じ込められた巨大な牢はあの棒を起点としていた。
ならばあの棒を弾き飛ばせば――。
『呆けてるなよ』
その思考を掻き消すように、ジェイルは一直線にリレへと突っ込んできた。
「ッ!」
咄嗟に大剣を挟み込んだが、踏ん張ることはできずに殴り飛ばされた。
「右手で!?」
『俺はアイツをやる。二人任せていいか?』
『構わないよ』
その返事を受けたジェイルはリレの方へと駆け出す。
「行かせるか!」
後を追おうとしたローは、後ろから迫ってきた殺気に気付いて後方へと飛び退く。
『君たちの相手は私だと言ったが?』
そう告げたランノーバは一歩たりとも動いていなかった。
剣を斬り上げた際の衝撃波でローを狙ったのだ。
「面倒な……」
『とはいえ、片方はどうとでもなるか』
ランノーバはダンダリア支部長へと向き直り、剣を構える。
『おれのことか?』
『お前は命ある者だろう。ならばその命、奪わせてもらう』
そのまま剣で斬りかかるが、ダンダリア支部長はあえて距離を取った。
それに合わせて背後からローの拳がランノーバへと襲いかかる。
『ふん』
ランノーバは背中に当たった拳をそのまま受け流し、ダメージを最小限にした上でローへと返し刀で斬りかかった。
ローも簡単に斬られるわけもなく、掌で剣を受け止めて剣を折らんと試みる。
『……舐れ、続命』
しかしランノーバの手から剣が消え、緑の煙のようなものがランノーバの右手に纏わりついた。
「何だ?」
そのままランノーバの右手がローへと襲いかかるが、危険だと判断したローはそれを躱す。
「多分それ会った時のやつだ!触られると死ぬぞ!」
「私は死なん」
「そうじゃなくて!ああもう!」
ローはランノーバの右手に触れないよう意識しながら、ランノーバと格闘戦を繰り広げる。
実力は拮抗しているかのように見えるが、ローの急所以外への打撃には反応できないようでランノーバには徐々にダメージが蓄積していった。
拳同士の間合い、未だに蹴りは解禁できずにランノーバの体勢が崩れた。
ローはそれを見て手を止める。
「何してんだ!」
ダンダリア支部長は剣を生み出し、ランノーバへと斬りかかる。
「やめろ!」
ローの制止は間に合わず、ダンダリア支部長の剣はランノーバへと当たる。
しかしランノーバの右手はその剣を受け止めており、肉を斬るには至らなかった。
「なっ……」
『お前たちは光房無限牢を見たな?なら、これも理解できるはずだ』
ランノーバは左手を握り、右の肘に当てた。すると、右腕の肘から先が鎌の形となり、左手に大きな一振りの鎌が握られた。
『永続命脈』
その鎌はダンダリア支部長を捉えた。
剣で受け止めようとするが、剣をすり抜けてダンダリア支部長の体をすり抜ける。
「あれ?斬られてない……?」
『刈り取ったぞ。貴様の記憶』
剣を再び構えたダンダリア支部長は、不思議そうな顔をする。
「あれ?」
「何をしている教会騎士!」
「どうやって戦うんだっけ?」
ランノーバは呆けるダンダリア支部長の腹を鎌の柄で突き、ダンダリア支部長を吹き飛ばす。
『続命は触れた者の命を刈り取る。面白いよな、命を刈り取るこの力が命を続けるという名前なのは。永続命脈は命ではなく記憶を刈り取る。ひとつの事象に関する記憶を樹形図をなぞるように全て刈り取るのだ。そして奪われるのは尊厳。戦う力も帰る理由も失い、荒野を彷徨うがいい』
ランノーバの言葉は二人の耳に届かない。否、届いているが理解できない。
ただダンダリア支部長の姿を見たローはその危険性を察知した。
『さて、一人リタイアしたことだし、これで対等だな?』
「決めた。お前は殺す」
再びローの拳がランノーバを襲うが、ランノーバは躱したり鎌で弾いたりしながら拳の直撃を避け続けた。
だが両手で捌ききれなかったローの拳を避け続けられるわけもなく、時間が経つにつれ絡れ始めた左の拳がランノーバの腹に突き刺さる。
『ぐはっ』
そのまま下がってきた顔にローの右の拳が振りかぶられた。
『お前もだ』
と同時に、ランノーバの鎌がローの腹を捉える。
ローは闘気を腹部に集中させ刃への対策をしたが、ダンダリア支部長の時と同様に鎌は腹をすり抜けた。
だがローの拳は止まることなく、ランノーバの顔に直撃し後方へと突き飛ばした。
「…………」
『どうした?ここがどこかもわからんのだろう?』
口の端から血を流しつつも、ランノーバはローへ笑いかける。
戦いに関する記憶を刈り取れば、相手は再起不能となる。ランノーバの永続命脈は命こそ奪わずとも、相手の知識や戦う理由などを奪い廃人にさせる死の鎌で大勢の非能力者を屠ってきた。
だがランノーバの笑いは次第に失われ、顔には困惑が現れ始めた。
『何をしている……?』
ローは立ったまま右手と左手を握っては開き、握っては開き何かを確認しているようだった。
これまでの相手は皆、今の居場所を確かめるように周囲をきょろきょろ見回したり、倒れて意識を失ったりと似通った反応ばかりを示してきた。
ところがローはこれまでの相手とは異なる反応をしている。
「……うん」
そのままローはランノーバへ接近し、拳を振りかぶる。
『なっ!?』
ランノーバは鎌でその拳を受け止めようとしたが、鎌がそのまま砕け散った。
『そんな――』
そしてランノーバは再び顔を殴り飛ばされ、綺麗な弧を描いてから地面へと叩きつけられ意識を失った。
「よくわからんが、お前は悪い奴だろう。なんとなくわかる」
そしてローはダンダリア支部長の元へと歩み寄る。
「行くぞ」
「あれ?誰だっけ?私なんでこんなところにいるの?」
「ふむ」
ローはダンダリア支部長の頬を叩いた。
ダンダリア支部長がこれまでに受けた中で最も強い衝撃だった。
「寝ぼけているのか?行くぞ」
「だからどこにだってばー」
その答えに再びダンダリア支部長の頬が叩かれたのは言うまでもない。
『あっちは派手にやってるな。なあ?』
リレは雷獣の姿となっても、ジェイルに苦戦していた。
見たこともない非能力者の集団へ雷を落とした時とは違い、会話をして見知った顔の相手を丸焦げにすることなどできなかったのだ。
思えばユーベンへ雷を放った際も手加減していたかもしれない。
『あの人たちは死なない』
『まあ死にはしないかもな。無事かは知らないが』
この会話の数刻後、ランノーバが大敗することは誰も想像していなかった。
『お前たちは俺を無傷で捕らえないといけないんだろ!』
リレは跳び上がりながら巨大な腕を叩きつけてジェイルに攻撃していく。
『あっちは遠慮してないかもしれないけど、お前はそうじゃないんだろ!』
振るわれる拳と共に放たれる雷がジェイルを襲うが、ジェイルは悠々と避けている。
『別に無傷である必要はない。生きてさえいれば頭を弄っていくらでも使えるからな』
『何をッ!』
『はぁ……』
その問答に飽きたのか、ジェイルは左手の棒を掲げた。
『光房無限牢』
そこには先刻見たものと同じ翼を生やしたジェイルがいた。
『手を抜いてもらえると思うなよ』
背中の箱から一対の剣を抜き、ジェイルは再びリレへと斬りかかった。
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