第34話 天雷
その男――アリー・ボーディンは非能力者部隊の大隊長を任される人間だった。
『右翼後方より通達、いつでも突撃可能とのことです』
『まだ前に出るな。一旦我々と合流しろと伝えろ』
『了解』
前方の戦闘音が聞こえなくなってから数刻。敵方の主力である〈Jail〉ジェイル・クラウンの檻が出現し消滅したことは確認している。それはつまり前に送り出した勇将アルハン・マッカヤーが善戦したものと推測できる。
であれば現在〈Jail〉ジェイル・クラウンは大きく消耗しているだろう。勇将アルハンの犠牲を無駄にしてはいけない。
『後方部隊、合流しました』
『よし、では総員――』
『前方より通達!連中は新たな戦力を確保した模様!詳細は不明ですが、そのような念が聞こえたと!』
『――何?』
憎き統率者〈World〉オーダー・ソフィアにより天賦を授けられた能力者は人智を超えた力を発揮できる。
その力は千差万別だが、非能力者とフィジカル面では大きく差がつけられている。
対する非能力者には能力者が垂れ流す念を受信する力がある。
筒抜けとなっている彼らの思考を利用することで戦果を挙げてきた。
勇将アルハンはそうした強みを活かして前線で活躍し、アリー大隊長も受ける情報と念から的確な指示を出し勝利を積み重ねてきた。
そんな場面で得られた新たな情報――新たな戦力の確保。
警戒するアリー大隊長は次なる指示を出す。
『全軍に通達!各地の天幕を奇襲せよ!繰り返す!各地――』
その言葉に続きは無かった。
一筋、と呼ぶにはあまりにも太い。極大の雷の柱が集まった部隊を飲み込んだ。
その一撃で趨勢はほぼ決した。
各地に散らばる非能力者たちは自陣へ落ちた雷に意識を割かれた。その隙を突かれてさらに多くの者が命を落とす。
遠くにいたダンダリア支部長とローは大口を開けながら空を見上げる。
『あれこそはレボルト殿の雷……。ラムロンにて命を落としたと思われていたが、生きていたとは』
『ねえ、おれたち新入りなんだけどさ。レボルトってどんな人なの?』
二人の近くで雷に手を合わせていた中年くらいの兵に声をかける。
『おお、知らないのか。レボルト殿はソフィア様より天賦を授けられるより前から力を使えた稀有な存在。生きていれば今頃は「JOKER」の一員だったであろう人だが、こうして帰ってきたからにはこの戦いもじき終わるだろう』
『すごい人なのね。ありがと』
礼を告げると、二人は後ろへ下がった。
「本当はリレを向かわせるの、反対だったんだけどな」
「リレが自分で決めたことだ。むしろ『ドゥクス』としての自覚があったことに驚きだ」
教会騎士として、『ドゥクス』として、各々私見を述べる。
「あんたも人殺すの?」
「私は殺さない。無益な殺害は避けろ。そうファーストに言われている」
殺せないではなく殺さない。
つまりその気になれば人命を奪えるということだ。
思えば教会騎士の中にもアルグールのような人間はいた。『教会』とて一枚岩ではない。
――従順なフリをする。
リレのその言葉が真実か否か。ダンダリア支部長にはわからない。彼女はただ戻ってくると信じるしかなかった。
雷獣の姿のまま、リレは自らの右手を見る。
できるかもしれない。だが試したこともない。
巨大な雷を落とすという行為は虚城でしてはいけない気がしたのだ。
雷獣の姿をファーストに教えてもらい、変身自体は自在にできるようになった。
ユーベンとの戦いで多少の欠損は回復できることがわかった。またそれと同時に雷を放出する力もあることは理解していた。
だがそれらはいずれもリレの身体を起点に発していたものである。
今回の雷の柱は空に手を翳して腕を振り下ろすと共に発されたものだ。
『大したものだ』
後ろからランノーバが歩み寄ってくる。
『初めてかな?人を殺したのは』
『……はい』
ローを納得させるためあのようなことを口にしたが、リレ自身はやはり人を殺すことに忌避感を持っていた。
ところが今はどうだ?
直接斬ったわけではなく手に感触は残っていない。
かつてないほどの一撃を放ち、敵と呼ばれる連中を一掃した。この高揚感は何だ?
表面上は沈んだ気持ちを示している。しかし心臓は高鳴ったままである。なんだ?これは。
『ともかく、約束は守ろう。君たちをソフィアと会わせる』
ランノーバはそうして踵を返し歩き始めた。
「えっ、あっ、ちょっと待って……!」
異世界語で話すことも忘れ、リレは変身を解いてランノーバの後ろへついていった。
今回、非能力者が送り込んだのは各地の戦闘で著しい戦果を挙げていた三つの部隊の混成部隊だった。
アリー大隊長はその混成部隊を取り纏めており、非能力者の中でも有数の猛者だと自他共に認めていた。
さらに勇将アルハンは多くの能力者を狩ってきたエースであり、『JOKER』所属の二名がいたとしても勝利は揺るがない――と非能力者たちは考えていた。
実際のところ、勇将アルハンはジェイルに太刀打ちできず部下諸共物言わぬ屍と化した。リレ達が遭遇した時のジェイルが積み上げていた死体の山の頂点に勇将アルハンは転がっていたのだ。
さらにアリー大隊長も与えられた情報から戦局を見ることは得意だったが、イレギュラーへの対応には慣れていなかった。
レボルト・ヴェンガンスは既に死んでいる。
その情報は非能力者の士気を高揚させるのに足るものであり、勝利を確信していた根拠のひとつでもあった。
そのレボルトと同等の雷が降ってくるなど想定できるわけがなかったのだ。
結果として非能力者の混成部隊は全滅することとなった。
その決め手となった一撃を放った青年はレボルトの生まれ変わりだ、さらに活躍してもらおう、などと能力者たちは考えていた。
『どうかな?』
『俺は認めないよ』
天幕内でリレに向き合って座る二人の男たちは対立する意見をぶつけ合う。
『我々の勝利のためには必要だろうこの力は』
『それがレボルトから奪った力でもか?』
『断言はできまい。異世界で生まれた似た力、似た姿の者かもしれんだろ。それに――』
ランノーバはリレの目を見て言う。
『ソフィアに会わせると約束した。二言は無い』
実際にはリレではなくローに倒されたことで立てた約束なのだが、勝利に最も貢献したのがリレであることに間違いは無い。
ジェイルもこれ以上反論する材料が無くなってしまい、最終的には折れた。
「これで帰る手立てが見つかるといいね」
「帰ったら俺たちは敵同士ですよ」
「その時はその時さ」
リレとダンダリア支部長は互いに笑い合って喜び、ローもうんうんと頷いて満足そうな顔をしている。
『喜ぶのは構わないが……。少年、君にはライセプスに残ってもらうぞ』
二人の談話はその言葉でぴたりと止んだ。
『なぜ?』
『君の力が非常に有用だと示されたからだ。当時のレボルトを彷彿とさせる力は手放せない』
その返事にリレは椅子を倒す勢いで立ち上がり机を強く叩いた。
『俺はラムロン?とか言われるあっちの世界の住人です。早く戦いを終わらせるために力を貸しましたが、約束を違えるのなら――』
リレはそのまま背中の大剣を引き抜き、二人に突きつける。
『自力でソフィアとかいう人の元に辿り着きます』
ダンダリア支部長だけでなく、言葉はわからずとも剣呑な雰囲気を感じ取ったローまでもがそれに続いて構えた。
『非能力者を殲滅したら帰してやるのに……。血の気の多い奴は嫌われるぞ』
二人は立ち上がり、三人の横を素通りして天幕から出た。
『来いよ。もう慢心しないから女どもは安心して死んでいいぞ』
振り返り声をかけたランノーバの顔は光の影で痩せこけた頬が見え辛くなっており、まるで骸骨のような印象を与えた。
仕事で投稿が遅れました。
申し訳ありません。




