第33話 天敵
『ジェイル、ただいま戻った』
天幕から顔を覗かせたジェイルは声をかける。
『遅かったじゃないか。後ろの連中は何だ?』
背の高い頬の痩せこけた男が気さくに声をかけた。しかし口調とは裏腹に、天幕の外にいる三人にも感じ取れる言い知れぬ殺意のようなものを発していた。
『そのことで話がある』
ジェイルは三人を手招きし、天幕の中へ連れてきた。
『初めまして。おれたちは異世界から来た。貴方が帰る手がかりを持ってるって聞いたんだけど本当かな?』
先に声を出したのはダンダリア支部長であった。
頬の痩せこけた男は生えてない髭をさするように顎に手を当てる。
『名乗らないのかね、君は』
『これは失敬。「教会」南東大陸支部長、ダンダリア・グルーデンだ。よろしく頼む』
ダンダリア支部長は答えて右手を差し出す。
男は「ふむ」などと言いダンダリア支部長の顔をしばらく見つめてから右手を握り返した。
『特殊部隊「JOKER」所属、二十六使徒の一人、天賦〈Reaper〉のランノーバ・リーパーだ。よくぞ参った、異邦の者よ』
ランノーバは物腰は柔らかく、友好的な態度を見せている。しかし天幕の外にいた時から感じていた殺気は未だ絶えることなく、握手を交わしたとはいえ三人への警戒を緩めていなかった。
『リレ・シーノラです』
リレもダンダリア支部長に倣い右手を差し出し握手を交わす。
「名乗ればいいのか?ローだ。よろしく頼む」
言葉の通じないローも二人の様子を見てから右手を差し出した。
ランノーバも言葉がわからなかったが、リレと同じように握手した。
『ところでジェイル。非能力者どもの部隊はどうした?』
『見える範囲の連中を片付けたところでこいつらが現れたんだよ』
苦々しい顔で返事をする。
その表情を見てランノーバも事情を察した。
『ここは知り合い三人で迷い込むような場所ではないのだが……。まあ確かにソフィアに頼めば帰してくれるだろうな』
その言葉にダンダリア支部長は喜びの表情を見せる。
『じゃあ!』
『だがダメだ』
『なんで!』
希望に満ちたダンダリア支部長の目が一瞬で絶望に染まった。
『ふはははは!突然現れてすぐに帰せだと?ふざけるな。ここに来たからには我らが麾下に加わり非能力者の殲滅に力を尽くしてもらわねばならん』
どんな戦いだったかは聞いていないが、ジェイルを倒した三人の力は立派な戦力になるとランノーバは考えていた。
特殊部隊『JOKER』はソフィア直属の主力五名で固められた部隊である。そこに所属する者を二名も派遣する苛烈な戦場において、その片方を倒せるだけの戦力をランノーバは敵に回したくなかった。
そして非能力者はさらに戦力を投入してくることが予測される。
これらの事実を総合した結果、一時的にでも自らの麾下に加えて手綱を握るべきと判断した。
『人殺しの手伝い?嫌だよ』
無論、ダンダリア支部長は反発する。
教会騎士は機械人形と『ドゥクス』を討つための存在であり、殺人を是としない。教会騎士にとって非能力者とは庇護すべきか弱い民である。
そもそも『ドゥクス』の出現以降、人々は機械人形への対抗策を立てることに必死で「戦争」の概念は消えつつあった。そのためリレにもダンダリア支部長にも結束した人間同士で殺し合うことが理解できなかったのだ。
なお『ドゥクス』のことは人間として認識していない。機械人形を従え、人々に害をなす非人間というのが教会騎士全体の共通認識である。
「何がどうなっている?」
「協力してくれないそうです」
その言葉を聞いたローは前にいるダンダリア支部長を退け、ランノーバの胸元へ掴み掛かった。
「何が不満だ?言ってみろ」
『わかる言葉で話してもらいたいものだ』
「ローさんだめですって!」
リレはローを羽交い締めにしてランノーバから引き剥がそうとした。
――だが遅かった。
ランノーバはローの首筋に人差し指と中指を当てている。
『封じるだけのジェイルと同じだと思わないことだ』
その瞬間、リレの腕の中のローは脱力した。まるで意識を失ったかのように崩れる。
「ローさん!」
だが直後、ランノーバの表情が変わる。
命を刈り取ったはずのローがこちらを見据えているではないか。
「はああっ!」
脱力しランノーバを見上げる形になっていたローは、全身をバネのように弾ませ渾身の掌底を叩き込んだ。
『ぐっ』
衝撃の瞬間、全身を弛緩させダメージを分散させる。
だがそれでも堪えきれなかったランノーバは数歩後ずさった。
『なるほど……。道理でこれはジェイルが勝てないわけだ』
『おいランノーバ!』
ランノーバは独り言を呟きながらぜえぜえと息を吐いている。
「何をしようと無駄だ。あの日から私に命はない。死なぬ者の命を奪おうなど愚の骨頂だ」
「え……?」
拳の触れた相手の命を珠に封じ込めるジェイルの光房無限牢、さらに命を瞬時に刈り取るランノーバの能力。いずれも対象の命に作用するものだった。
一方でローには魂はあれど命は無かった。
ファーストに屈服したあの日以来、ローの魂を繋ぎ止めていたのはファーストの断魔晶である。
命を吹き込む断魔晶とはいえ、あくまでもそれは仮初のものである。
それ故にローは瞬間的に意識を失うことはあっても命を奪われなかったのだ。
『何が起きた?』
『奪える命が無かったんだ。そりゃ能力の隙を突かれて一撃食らっちまうわな』
ジェイルは話を聞いて合点がいった。
少なくともローを閉じ込めておくことに限って言えば光房のままで戦うべきだったのだ。
『おい』
『何かな?』
腹を押さえるランノーバにダンダリア支部長が近付く。
『ソフィアに会えるよう頑張ってみるが、その前に敵を片付けたい。力を尽くせとはもう言わん。終わるまで待っていろ』
ダンダリア支部長はその言葉に目を丸くした。
『こりゃ驚いた』
『こちらにはその女を抑えておけるだけの力が無いのでな。ジェイルの光房なら閉じ込めておけるが、それだけで手いっぱいになっちまう』
困った顔のランノーバを見てローは誇らしそうな顔をする。
会話の内容は理解できていないが、目の前の男たちが負けを認めたことは伝わったようだ。
『俺は力を貸しますよ』
「何を言っているんだい!?」
話を聞いていたリレは突然そのようなことを言い出す。
「とりあえずこの人たちの今の戦いを終わらせれば帰れるんでしょう?ならのんびり待つよりも手を貸した方が早いじゃないですか」
「でもそれは人殺しだ。教会騎士としてそれは見過ごせない」
「今の俺は『ドゥクス』です。教会騎士じゃない」
狼狽えるダンダリア支部長に毅然とした態度で返答する。
『まあ、「教会」に戻るまでは「ドゥクス」に従順なフリをするだけですけどね』
その直後、ふっと笑って異世界語で言葉を続けた。
目の前のローを刺激しないよう、自分の真意をダンダリア支部長に伝えた。
リレは『教会』を裏切ってなどいなかったのである。
『ならおれも力を貸そう。ただし殺しはしないよ』
『敵を無力化してくれるならそれでいい。二度手間だが再び向かってくるような相手は我々が仕留めればいい』
結果として三人は自らの世界――ラムロンへ帰還するために異世界の戦争に身を投じることとなった。




