第32話 握手
寝坊しました。
申し訳ありません。
『早く時間が進むって……?』
『あー……そういうことか。俺らは十年前にラムロンへ兵力増強のために侵攻を仕掛けたが、ラムロンにとっては四十年前の話だってことだな』
ジェイルは自分の発した言葉を自分で整理して勝手に納得していた。
『だが仮に四十年前にレボルトが死んだとして、なぜお前が同じ力を持っている?見た感じ二十年も生きちゃいないだろ』
『歳はそうですけど……』
ジェイルの見立ては正しかった。
しかしリレは答えられない。意地が悪いという話ではなく、レボルトという人物も含めて身に覚えが無いためである。
この問いに大まかに答えられるのはローだけなのだが、異世界語がわからないということで蚊帳の外に追いやられている。
『とりあえずさ、ここでもたもたしてたら、元の世界が未来に進んじゃうってことでしょ?それは嫌だからさー。なんとか帰る方法探してくれない?』
両手を合わせてダンダリア支部長がジェイルにお願いした。
自分たちの世界に侵攻するだけの力があるのなら、任意で世界を飛び越える力もあるはずだという推測からのお願いだった。
『俺からもお願いします。帰らなきゃいけないので』
リレは頭を下げる。
言葉のわからないローはどこ吹く風だが、何やら和解したような雰囲気を感じたので友好の握手をしようと左手を差し出した。
「よろしく頼む」
『てめえ!喧嘩売ってんのか!』
だが、ジェイルはその左手を払った。
『てめえの攻撃で左腕が折れたのによ。その相手に喧嘩売る左手の握手を申し込むなんて頭おかしいんじゃねえのか!』
三人はジェイルの態度が不可解だった。
それも当然の話である。
この世界とΣ大元帥やタウがいた世界では、右手の握手が友好の証であり、左手の握手は良い意味を持たない。
一方で三人の世界の常識ではその逆である。かつてΣ大元帥も初めて左手を差し出されて困惑したことがある。
常識の異なる世界から来たとはいえ、殴り飛ばした相手に左手を差し出したローの行動はジェイルを怒らせるに足るものだった。
「なぜそんなに怒るのだ」
『何言ってるかわからねえし喧嘩は売ってくるしふざけんじゃねえぞ!』
ジェイルは背中の翼を広げ、地表より少し上に浮き上がる。
さらに翼からは光の羽根が飛び出し、ジェイルの周りを取り囲んだ。それは羽根というよりは細長い筒のようなものであり、自立して動く点ではオードがヤンガに託された断魔晶を彷彿とさせる。
何かが発射されるのか、あるいは羽根そのものが突撃するのか。三人にどちらかの見当はつかなかったが、迂闊に動けば攻撃されることは予想がついていた。
『なんで握手だけでそんなに怒るんだい?』
『左手の握手は決闘の合図だろ。そんなことも知らねえのか』
説得を試みようとしたダンダリア支部長の質問にジェイルは冷静に答えた。
その答えでリレは合点がいった。
「多分こっちじゃ右手の握手が普通なんですよ。いつもと逆です」
「そういうことか。それはすまなかった」
納得したローはジェイルに向かって歩き始めた。
『今度は何だ?』
差し出された右手を取らず、ジェイルはローを睨みつける。
「仲直りの印だ」
言葉は伝わらなかったが、ローからの殺意は感じ取れない。
ジェイルはひとしきり悩んだ後、ローの右手を握った。
『それはそれとして、おれたちの帰る方法を探すのには協力してくれるのかな?』
剣呑な雰囲気が消えたジェイルに改めて質問を投げかける。
『心当たりはある。というか十中八九それで帰れる。問題はそれを私的に利用できないことだ』
『何かの施設、あるいは人ですか?』
『人だ』
ジェイルは改めて三人を見て、その名を告げる。
『二十六使徒の一人、天賦〈World〉のオーダー・ソフィア。我々二十六使徒のトップに君臨する人だ』
そもそもこの世界――ライセプスには、無意識に他者へ思念を飛ばすものの思念の受信ができない「能力者」と、他者へ思念を飛ばせないが思念を無差別に受信してしまう「非能力者」の二種類の人間がいた。
能力者はここ数十年で自然発生しており、発生当初は共存しようと互いに歩み寄る姿勢を示してきた。
しかし能力者の人口が増えるにつれて非能力者にとって能力者の思念を受け取ることは不快極まりなくす、無差別に受信してしまうことから日常生活にも支障を来していた。
このことから非能力者による能力者狩りが開始された。
これに対抗すべく能力者は能力者のみの組織『天命』を結成、そのリーダーを務めつつ、二十六使徒と呼ばれる幹部を纏め上げる存在となったのがオーダー・ソフィアである。
『随分と長生きなんですね、そのソフィアって人』
『多分アイツは殺さないと死なないね』
話を聞きながら四人は戦場を歩いていた。
ジェイルが殺していたのは非能力者の武装組織であり、能力者を狩らんとしていたらしい。
『ところで特殊部隊ってのは何なんだい?』
ふと疑問に思ったダンダリア支部長が聞いてみる。
『天命は能力者の集団だが、その中でも「JOKER」はソフィア直属の私兵だ。二十六使徒だが他の使徒よりもソフィアに会いやすいぞ』
ジェイルは振り返ることなく答え歩き続ける。
しばらく歩いていると、リレはひとつ疑問を抱いた。
『ジェイルさん、能力者って非能力者に考えていることが筒抜けになる存在なんですよね?』
『……まあそうだが』
『さっき戦うために使っていた力はどこから来たものなんです?思念がどうのこうのって話と関係ないものですよね?』
なるほどな、などとダンダリア支部長は相槌を打つ。
『お前らは思考が筒抜けの相手にどうやって立ち向かう?』
そう問われてリレとダンダリア支部長は考え込む。
『おれは頭の中読まれてても関係ないかなあ。飛んだり跳ねたり、変な動きしていればなんとかなるから』
『俺は……どうなんですかね。カウンターとか読まれるとどうにも難しいところはありますが』
『普通そうだわな』
答えを聞いて満足したジェイルは、左手の指を二本立て話を続ける。
『そこで俺ら天命は考えた。ひとつは人智を超越した力で非能力者を圧倒しよう。もうひとつは思考を読まれない存在を仲間にしよう』
ジェイルは振り返りその指をリレ達に向ける。
『そう、お前らだ』
『つまりなんだ、四十年前の侵攻は非能力者と戦うための仲間勧誘だったのか』
『そう説明したはずなんだが、不幸にも言葉が通じなかった』
その結果あまり頭の良くない一部の二十六使徒は民間人にまで手を出してしまったらしい。
『その中にいたんだよ。お前と同じ姿をした二十六使徒が』
そう言ったジェイルはリレを見る。
『人智を超えた力っていうのは、断魔晶のことですか?』
見つめられたリレは質問を続ける。
『……ソフィアの力だ。あいつは能力者に文字を刻み、その文字に合わせた天賦を付与することができる。だから天命のトップにいるんだ』
『面白いね。後天的に力を与えられながら「天賦」なんて言葉を使うのは面白い』
ジェイルはその言葉に不機嫌な顔をしながら再び歩き始めた。
そのまま戦場の端に張られた天幕に到着するまで、ジェイルは何一つ話すことはなかった。




