第31話 光房
男の一撃はリレの予想よりも遥かに重かった。
リレの見立てでは五十センチほどの長さしかない棒であるにもかかわらず、大剣を打てども折れる気配は見えない。
男がリレへ棒を振る間にダンダリア支部長とローは男の両脇へと移り攻撃の隙を窺う。
先に動いたのはダンダリア支部長だった。
どこからともなく出した剣で男に襲いかかるが、男の左目はダンダリア支部長を捉えており棒で剣を受け止める。
自分から注意の逸れたリレは剣を振りかぶるが、男はバックステップでそれを避けた。
その着地点を逃さないローの拳さえも男は弾き、再び三人が男の前に立ち塞がる構図となる。
『どうした?こんなもんかよ』
男の挑発にリレは剣を構え直す。
「乗るな。帰るための最善を尽くそう」
ダンダリア支部長の声にリレは頷く。
その会話が聞こえたのか、ローも飛びかかりそうな姿勢だったがなんとか堪えていた。
『ふぅ……。来ないなら……こっちから行くぞ』
男はローに向かって駆け出した。
ローはそれに反応しカウンターの構えを取るが、ローの三歩手前で男は停止する。
『閉ざせ、光房』
男は左手の棒の先を地面に向けた。するとその棒は上下に伸び、さらにその周りにも同じものが生えてくる。
「これは……!」
無数の棒はやがてローの周りを覆い、その先には蓋がされた。
誰が見ても牢と呼べる代物である。
『あんたが一番厄介そうだ』
そう言って手を叩いた男は後ろを振り返る。その眼前には囚われなかった二人の鋒が迫っていた。
『危ねえ!』
男が背を屈めて躱すと、二振りの剣は牢に当たり音を立てた。
男はそのまま足払いをリレにかけ、ダンダリア支部長の腹部を殴り二人を突破する。
「なぜ壊れない!」
ローは牢を殴り蹴るが、びくともしない。
城壁や盾などの硬いものは容易く凹ませ破壊してきたローにとって初めてのことである。
『おっかねえなあもう』
男はヘラヘラした顔で三人を見る。
「俺が気を引きます。その隙になんとかしてください」
「どうする気なのさ?」
「人の姿が変わればちょっとはびっくりするでしょう」
リレはダンダリア支部長に作戦を伝え、男の前へ駆け出す。
「極煌星」
極煌星を発動させたリレは刀身の無くなった柄を握ったまま走る。その柄を振り、光の粒子を男へと差し向ける。
『何の術だ?』
光の粒子に目もくれず、男はリレを見据える。
その瞬間、――リレは天を舞った。
刀身の無い剣を上空から振り下ろし、男に斬りかかる。
元の刀身の長さを把握していた男は、刀身が戻されることも考慮して刀身の長さ分の距離をとった。
男の目測に狂いは無かった。否、正確すぎたのである。
『痛っ』
リレの剣の刀身は、本来の刀身よりも長かった。
大剣として横幅が広かった刀身をあえて縦に固めることで、本来よりも長い剣として男に斬りかかったのである。
その一太刀に一瞬だけ怯んだ男目掛けて、全身を粒子に変えた雷獣の姿で顔に正拳突きを放つ。
『ぶっ』
男はそのまま後方へ吹き飛ぶ。
ダンダリア支部長のサポートなど不要であった。リレの完全勝利である。
『てめえ……その力、どこで手に入れた……?』
――完全勝利のはずだった。
男の耐久力はリレの想像を超えていた。リレは渾身の力で殴ったはずだが、衝撃の瞬間に全身を弛緩させダメージを軽減させていたのだ。
『俺は教会騎士、リレ・シーノラだ』
『そんなことを聞いているんじゃねえ!』
男はリレを睨みつける。
『その姿はレボルトのものだ!なぜ同じ姿をしている!貴様は何者だ!』
レボルトとは誰だ?その問いに答えられる者はいなかった。
しかし激昂する男は言葉を続ける。
『十年ほど行方不明だったが、貴様らが殺したのか!奴を!』
『レボルトとは誰なのかわからない!何のことだ!』
『しらばっくれるな!』
その一言で、男の上から光が降り注いだ。
その光と共に牢は消えていき、ローは束の間の拘束から解かれた。
『光房無限牢』
光が消えると、男の背中には翼が生えていた。
厳密には背中の中心には四角い箱のようなものがあり、そこから翼が生えていた。
さらに両手には籠手のようなものが着いており、手の甲には紅く透き通った珠が嵌められている。
リレを睨みつける男は地を蹴った。
男が背中の箱に手を伸ばすと光り輝く剣が抜かれた。それは奇しくもリレの極煌星の粒子を束ねたような剣だった。
「なっ」
リレは両腕を開いて雷の壁を創り出す。
ユーベンとの戦いでは使う機会の無かった、攻防一体の障壁である。
『効くかよ!』
右手の剣で障壁を振り払うと、男は左手を背中に伸ばし剣をもう一本取り出した。
その勢いのままリレに剣を振り下ろす。
リレの目にはその剣閃が飛び込むが、それがリレに届くことはなかった。
ローが男の手首を押さえていたのである。
『あんたならそうすると思ったぜ』
男は左手を開くと、手首を捻りローの腕を掴んだ。
「何のつもりだ?」
『貰うぞ、お前の命』
男の左手の甲の珠が赤く輝き始める。
「貴様ッ!」
『遅えよ!』
男は左手で掴んだままのローをダンダリア支部長に向けて放り投げる。
「ぱへっ」
「お前!」
『てめえもだ!』
男が右手を開きリレに触れんとした。
――その時、男の左腕が折れた。
『あ?』
何が起きたのか、把握する暇もなく男は吹き飛んでいく。
「まさか、この私が投げ飛ばされるとはな」
男を殴り飛ばしたのはローだった。
投げられたローはダンダリア支部長の顔を踏み台にして、男を殴りに舞い戻ってきたのである。
「ローさん、大丈夫なんですか?」
「……虚を突かれた。それだけだ」
リレの横に立つローを見て驚いたのは、殴り飛ばされた男だった。
『なぜ生きている……?』
「む?」
「なぜ生きているか、ですって」
異世界語のわからないローはリレに通訳してもらう。
「不可解なのはお前の方だ。腕を掴まれるだけで意識が飛ばされるなどあり得ない。何をした?」
『バカ丁寧に手の内を晒すかよ』
男とローは睨み合ったまま動かない。
しかし男は左腕を押さえており、誰の目にも勝敗は明らかだった。
『せめて名前くらいは教えてほしいな』
『……特殊部隊「JOKER」所属、二十六使徒の一人、天賦〈Jail〉のジェイル・クラウンだ』
男――ジェイルは所属も含めて名乗った。
負けた身であれば沈黙を続けてはいけない、などと考えたのだろうか。
『二十六使徒……?』
その単語にダンダリア支部長は聞き覚えがあった。
Σ大元帥がかつて遭遇したという異世界人の名乗った組織である。
実際には他にも何人か同組織の人間が現れていたが、その組織名を聞き取れたのがΣ大元帥だけだったというだけの話なのだが、既に当時の教会騎士の多くはいなくなっているためどうでもいいことである。
『お前ら、四十年くらい前におれ達の世界に来ただろ?つまりおれ達を元の世界に戻すこともできるわけだ』
四十年ほど前と同じ組織が今も存在している。
ならば世界を移動する術もあるのではないか。
そう考えたダンダリア支部長はジェイルに問いかけた。
ところがジェイルは不思議そうな顔で聞き返す。
『四十年前?何言ってんだ。ラムロンへ侵攻したのは十年前だろ』
『え?』
想像していた答えと違う返事に、ダンダリア支部長は素っ頓狂な声を出す。
『そういや時間の流れが違うんだったな。お前らは知らないだろうが、こっちの一日はラムロンの四日に相当する。お前らの世界の方が時間の流れが早いんだ。帰るなら早い方がいいぜ』




