第30話 神域
「うわっ」
「いてっ」
空間の裂け目を通った三人は、辺り一面の真っ白な世界を前に茫然としていた。
「どこなのだ、ここは」
「多分『カミ』って奴の所だよ」
ローの質問に対してダンダリア支部長は答える。
別の場所へ転移するだけだったダンダリア支部長の力は、ファーストの崩廻Ⅴによって奪われていた。しかし使えないのはあくまで同じ世界の別の場所へ転移する力である。ダンダリア支部長の解釈によって様々な力を得られる『ダンダーリャ』には新たな力が宿っていた。
「なんとなく想像したらいけたんだよね。不思議なもんだ」
あははと笑うダンダリア支部長だが、肝心の『カミ』の姿はどこにも見当たらない。
そもそもその姿がどのようなものかもわからないのだ。
「ずっとこんな場所にいても仕方ない。元の世界へ帰せ」
「そんなこと言われても……」
「私とて帰らねばならない理由があるのだ」
ローはダンダリア支部長の胸ぐらを掴み、険しい表情で詰め寄る。
「とりあえず……少し歩きません?」
リレの提案によってローは手を離し、二人を放置して適当に歩き始めた。
困った奴だな、とでも言いたげな顔でダンダリア支部長はリレを見るが、こんな場所に放り出された全ての原因がダンダリア支部長であることをリレは忘れていなかった。
「あ、ちょっと待ってよう」
何も言わずにリレはローの方へ歩き始め、ダンダリア支部長はその後をついていった。
しかし歩けど歩けど真っ白な景色が続き、三人は徐々に気が滅入ってきた。
「いつまで続くんですかこれ……」
「わからん。……ん?」
先頭を歩くローは何かを見つけ急に立ち止まる。
気の散っていた後ろの二人はあでっなどと言いながら前にぶつかるが、ローは気にもしなかった。
「どうしたんですか急に」
「あれは何だ?」
ローの指した方向には、やたら大きな壁のようなものが見えた。しかし壁にしては横幅が狭く、端には何やら装飾がされているようにも見える。
「何ですかねアレ」
「わかるわけないだろ。バカか?」
三人揃って初めて見るものである。
ローの問いかけに答えられる者は当然皆無だった。
「ふむ。とはいえ手がかりにはなるはずだ」
そう呟いたローは再びずかずかと歩き始めた。その足取りは先程までよりも遥かに速い。むしろその速度は歩きではなく走りと呼べるものになっていた。
「ま、待って……」
駆けるローは突如その足を止める。それと同時に空から一筋の光が降り注いだ。
「御前の玉座の後ろから現れるなど……何者だ?」
一筋の光は剣閃だった。
天高くから舞い降りたのは、銀の長髪の姥である。身に纏う衣服は上下ともにローの見たことのないものだが、スカートのような履き物では戦いづらそうだななどと思った。
「ここはどこだ?お前は何者だ?」
「質問に質問で返すとは常識の無い奴だ。貴様に名乗る名は無いが、ここは神の空間だとだけ言っておこう」
「カミの空間……」
ローと姥の会話が終わると、リレとダンダリア支部長が後から追いついてきた。
「偶然ここに来るだけなら三人同時はあり得んのだが……。貴様か、女」
姥は右手の剣をダンダリア支部長に向ける。
「え、まさかほんとに来られるとは思ってなかった。ラッキー」
「貴様だけは危険だ。ここで始末する」
構えてダンダリア支部長へ突進しようと姥は加速した。
しかしその身体はローの横を通り過ぎることはなかった。
「!?」
姥が刀身を見ると、ローの指二本で刀身を止められていた。
「あれま」
「ダンダリア・グルーデン。お前を助けるつもりは無いが、生きてファーストの元へ帰さねばならない。それまでは味方でいよう」
姥は剣を引き抜こうとするが、ローの指から離れる様子もなくびくともしない。
「貴様……」
「元の世界へ帰してくれればそれでいい。それまでこの指を離すつもりはない」
二人の女が睨み合う。
その様子を観察していたリレとダンダリア支部長は、姥の後ろから近付いてくる若い男に気がついた。
これといった特徴の無い髪、顔、服。それらを認知しようとした瞬間に記憶から消え失せ、髪色さえもわからないままである。
男は姥の後ろに到着した後も何も声をかけず、ローがふと視線をやった際に姥が振り返り、そこで姥は初めて男の存在に気付いた。
「ご、御前……!」
男は何も言わないまま、四人を順に睨め回した。
「この者達が」
「はい、そうでございます」
男がその答えを聞くと、ため息を吐いてから口を開いた。
「この私に歩かせたな」
「そっちが勝手に歩いてきたんだろ?」
軽口で返すのはダンダリア支部長である。
にまにまと笑いながら男へと歩み寄る。
「こっちも散々歩かされたんだしお互い様だよね。で、あんたがカミってやつ?」
ローと姥の横を通り過ぎ、男の真横に立った。
「神、か。確かにそうだな。複数人が同時に来ることはイレギュラーだが、私は寛大だ。お前達を元の世界に帰してやろう」
そう言うと男は踵を返した。
「……あれ、帰してくれるんじゃ?」
「三度瞬きをしろ。その時には元の世界に戻っている」
そう答えた男は再び壁のようなものの方へと歩き始めた。
いつの間にか三人は三回の瞬きをしていたようで、景色が真っ白のものではなくなっていた。
その直前に姥の「感謝しろ、人間ども」などという捨て台詞が聞こえたような気がするが、確かめる術は無い。
「ここはどこだ……?」
真っ白の景色ではなくなった。
だがそこがダンダリア支部長の逃げ出した虚城の一室でもないこともわかっていた。
辺り一面の荒地。ところどころでは火の手が上がっており、戦場のど真ん中といった様相である。
「なんだアレ」
リレは荒野の中に小さな山を見つけた。
それは山なのかどうか。遠目にはよくわからなかったが、何かが上へと投げられ堆く積み上げられていた。
「誰かがいるみたいだな」
三人は揃ってその山の方へと駆け出した。
『誰だ?』
――その山は人の山だった。多くの死体が積み上げられ、その頂上には人が立っていた。
「ダンダリア支部長、これって」
「ああ、間違いない。異世界語だ」
四十年ほど前に異世界人からの襲撃を受け、教会騎士に属していた者も多くの命が失われた。
その時に使われた言語からΣ大元帥が体系化し、再び襲撃された際には意思の疎通ができるようにと『教会』に属する者は異世界語を学ぶことになっていた。
リレとダンダリア支部長はその言語であることに気付いたのである。
「お前は何を言っている?」
対するローは異世界語が全くわからなかった。
『念は伝わってないみたいだが、お前達のような能力者は見た記憶もない。所属は?』
「能力者って何ですかね」
「教会騎士みたいなもんじゃない?」
「わかる言葉で話せ」
山の頂上に立つ者の問いかけに、三人は即座に答えられなかった。
『我々は「教会」に属する教会騎士だ。貴方は?』
「何の話をしている?」
「ちょっと黙っててください」
代表してダンダリア支部長が答える。ローは教会騎士ではないのだが、どうせ何を言ってもローには伝わらないので気にせずに返事をした。
『教会騎士……?お前らラムロンの連中か?』
『ラムロンって何だい?』
『いや、お前らがこっちへ来る術なんざ無いよな?いずれにせよ、一人生きていれば十分だな』
山の頂上から放たれる殺気。言葉のわからないローでもそれを気取ることはできた。
頂上から迫ってくるのは、左手に短い棒を持った男だった。
男の振り下ろす棒に対し、リレは大剣を構えて受け止める。
誰も意図しない戦いが始まった。




