第29話 闘気
ラルフ元帥が南東大陸支部へ戻ると、執務室でレジェルが書類の山と格闘していた。
「オードはどこに?」
「地下の医務室ですよ。地上よりよっぽど安全です」
「そうか。ところで……」
ラルフ元帥は机に手をつき、レジェルの顔を覗き込んだ。
「潜在型か?何だ、あの断魔晶は」
「ご存知ありませんでしたか。『ニール』は私の本来の断魔晶ですよ。機械人形と戦う際には不要なので使いませんが、研究のためにサイジ元帥など一部の方には見せています。そういえばラルフ元帥には見せていませんでしたね」
断魔晶を無力化する断魔晶『ニール』の存在。それを知ったラルフ元帥はサイジ元帥の造った剣についても合点がいった。
なるほどあの剣の断魔晶を無力化する能力はこれが由来なのだと。
「そうか。すまなかったな」
ラルフ元帥は頭を下げ、地下へと向かった。
医務室へ向かっている最中、何やら闘気を感じたラルフ元帥は剣を手にしたままそちらへ向かう。
そこには鍛錬場でもないのに全身に力を込めて闘気を放出しているミアと、その様子を眺めているユーベン、リュウがいた。
「何をしているのだ?」
「闘気を扱えるように頑張ってるんだが……やっぱ難しいみたいですわ」
ラルフ元帥がはっきりと感じ取れるほどの闘気がミアからは発されていた。
ラルフ元帥はファーストの言葉を思い出す。『闘気が潜在型に使えないと誰が決めた?私が流布した嘘だというのに』。それが事実であれば、潜在型断魔晶の所有者でも闘気が使えるということになる。
そもそもユーベンに対して闘気の剣を放ったではないか。その事実は疑えない。
「ミアは過去に闘気を?」
「一人、『ドゥクス』を討ったでしょう。アレ、ミアの手柄ですよ」
「ほう……」
報告自体は受けていたが、実際に闘気を纏わんとしている姿を見るとその信憑性が高くなる。
よく見るとミアの手首には普段ユーベンが着けているリストが巻かれていた。
「渡しているのか?断魔晶を」
「アレがないとまともに扱えないんでね。何の補助も無く闘気を自在に操れる、ファーストの方がおかしいんだ」
ユーベンと話していると、前触れ無くミアが倒れた。
どうやら無理に闘気を発し続けて力尽きたらしい。
「もう……ダメ……」
「あの日以来ずっとこれだ。数日でやれるようになるわけないのにな」
「ふむ……」
ユーベンは倒れたミアを抱えて近くのベッドへ寝かせた。
なるほどそのためにこの部屋でやっているのかと合点がいったラルフ元帥はミアの枕元へ近寄った。
「こう見えても儂は元帥じゃ」
「ええ……知ってますよ……」
「技を奪われ無力な爺となってしまったが……基本を教えることはできる」
言葉を絞り出すように、だがはっきりと真意を伝える。
「お主さえ良ければ明日から闘気の修行をするかね?」
「はい……!」
この日、ラルフ元帥とミアの間に師弟関係が結ばれることとなった。
一方で不意の攻撃で怪我を負い逃げ出したウィンは頭を抱えていた。
「クソッタレめ……。何なんだあの剣は……」
オードの使った四本目の剣には断魔晶を無力化する力が付与されていたが、その剣自体は断魔晶ではなかった。
「知らない方が悪い。違うか?」
ウィンを諌めるグラシェは、ウィンと異なり断魔晶の無力化が相手だとわかった時点で深く踏み入らない戦い方を心掛けていた。
ウィンもオードと近距離で戦うことにこだわらずに遠方から風を飛ばすだけでよかったのだ。
「教会騎士の一人も倒せず、ズィーゲルを失い、何と詫びるつもりだ?」
「……ッ」
苦々しい表情をしながら俯くウィンの前に、大きな影が立ちはだかった。
「わかっているよ、ウィン。その上で弁明があれば聞こう」
影の主はファーストだった。転移先に設定されている部屋へわざわざ出向き、ウィンとグラシェを迎えたのだ。
「Dと……立ち合いをさせていただきたい……」
「まあそうなるよね」
ファーストが後ろを振り返ると、青い髪の青年がツカツカと歩いてきた。
「昔の部下だか知らないけど手ェ抜くなって言ったよな?」
「それは」
「何を言おうが無駄だ。その性根ごと叩き直してやる」
Dは上着のポケットから拳ほどの長さの筒を取り出した。
その筒をくるくる回していくと次第に筒が伸び始め、やがてDの背丈ほどの長さになった。
「元より金棍とやりたかったんだろ?グラシェも纏めてかかってこいよ」
「せめて部屋だけ変えさせてほしい」
グラシェの提案によって部屋を移すことになり、部屋にはファーストだけが残された。
「……しばらく『教会』は放置かな。そのうちダンダリア・グルーデンも戻るだろうし」
この日から、『ドゥクス』による支部への直接襲撃は無くなり、散発的に現れる機械人形への対処を行う『教会』の日常が戻ってきた。
「やはりそうか……」
「知ってたのか?小僧」
「断言できなかっただけだ」
潜在型断魔晶の所有者でも闘気を扱えるという事実は『教会』全体に知れ渡ることとなった。
これにΣ大元帥は大きな反応を見せた。
「断言できなかったってのはどういうことだ?」
「そもそもこの世界の人間ではない私ですらも闘気を扱える。潜在型断魔晶の所有者が扱えない道理など無いのではないか?」
「ははあ」
納得いった様子のアラーテル支部長は椅子に深く腰をかけた。
「それならあの嬢ちゃんも立派な戦力になるってことだ」
その言葉を聞いてΣ大元帥の表情が曇る。
現在タウは異世界人ということで正式に教会騎士になっているわけではない。そのため機械人形や『ドゥクス』と戦う義務は存在しない。
しかし幼馴染のタウが戦場に駆り出されるかもしれない。その事実はΣ大元帥の胸を苦しめた。
「まあまだ保護してるガキンチョって扱いだ。今すぐ戦場に放り込もうなんて考えやしねえよ」
いずれは戦場へ出す。そう遠回しに言ったアラーテル支部長に冷たい視線を送りながら、Σ大元帥は部屋を出た。




