第28話 鉄壁
「ぐっ……」
慣れない闘気を使い、一瞬で疲労が溜まったミアはその場で崩れ落ちた。
甲冑も解除され、右手に緑の珠が戻る。
「勝ったのか……?」
地面を這いながら、ユーベンが近付いてくる。
「はい……。でも私は……」
「いやちょっ……」
ミアはそのまま気絶し、ユーベンの上へ倒れ込んだ。
「おい!頼む!誰かこいつを退けてくれ!」
まともに動けないミアとユーベンは、一部始終を見ていた医療班に助けられ介抱されることとなった。
ウィンとズィーゲルが敗北していたのと同時刻、グラシェは地下へと潜っていき目についた教会員をひたすら氷漬けにしていた。
「ふむ……」
教会騎士ですらない者には抵抗する術すら無く、符術を構えた者もそれを投げる前に氷漬けにされていた。
「まともな奴がいないのか?ユーベンとやらを探すか……」
でもユーベンはファーストに重傷を負わされていたなと思い出したグラシェは、既にユーベンを氷漬けにしたのではないかと思い来た道を戻り始めた。
あれは医療班らしい、あれは技術班らしい、こいつは何だ?見習いか?などと思いながら歩いていると、目の前に教会騎士が立っていることに気付いた。
「……何者だ?」
「教会騎士第十一位、南東大陸支部長代理のレジェル・オー・ジェンです。貴方がこれを?」
「そうだ。『ドゥクス』が一人、グラシェ。支部長代理とは大層な肩書きだが何をしに来た?護るべき者たちは氷漬けとなっているが」
一見すると無防備な棒立ちで応答するレジェルにグラシェは疑問を投げかける。
「隠していたんですけどね。そろそろダメみたいです」
そう呟いたレジェルはグラシェが作った氷塊に手を触れた。
すると、その氷塊が徐々に溶け始めた。
「炎の力か……?それにしては妙……な……」
溶けた氷塊を見たグラシェはその姿に違和感を抱き、後方へ飛び退いた。
グラシェが抱いた違和感は単純である。
氷が溶けたならば同等量の水ができるはずだが、それが存在しない。つまり熱によって溶かされたわけではないのだ。
「何をした……?」
「これから私は皆の氷を溶かしに行きます。邪魔しますか?」
「……」
未知の能力に対する警戒がグラシェの足を止める。しかし思考は止まることなく、いくつもの可能性を模索した結果、ひとつの答えを導き出した。
「まさか、断魔晶を無力化したのか?」
それは『ドゥクス』の仲間の能力と同じものだった。
断魔晶の無力化ができるのであれば、断魔晶によって生み出された氷をも溶かすことができる。
単純な理屈だが、その答えを口にするとレジェルは目を見開いた。
「それで?どうするんですか?」
「その手合いとの戦いには慣れている」
無力化の範囲は?条件は?他の戦術は?
わからないことは多かったものの、グラシェは氷で槍を創り出してレジェルに飛びかかった。
突き出された槍をレジェルは左腕の小さな盾で弾き、追撃も盾で受け止め続けた。
「断魔晶の無力化とは脅威だ。だが使う者に断魔晶に頼らない強さが無ければ意味のないものと知れ」
盾ではなく右手ではたき落とされる迎撃を受けては新たな氷の武器を生成し、レジェルへ畳み掛ける。
レジェルが応戦する中、グラシェはあることに気付いた。
「盾が……?」
腕よりわずかに幅広い程度だった盾が、腕三本は覆えるほどに大きくなっていた。
その隙を突いて、レジェルは前へ出て右手を突き出した。
突きと呼ぶには緩慢な一撃だが、断魔晶の無力化の範囲がわからない以上受けるわけにはいかない。そう判断したグラシェは飛び退くしかなかった。
「かかりましたね」
「何……ッ!?」
レジェルはグラシェの着地点に目掛けて、巨大化した盾を転がしていた。
暴走する車輪の如く地を駆ける盾は力で押さえられるものではなさそうに見える。
グラシェはこのまま着地すると盾に切り刻まれる、と判断し空中に氷の床を創り出した。
盾はそのままグラシェの後方まで回転していき、レジェルが左腕を手前に引くとレジェルの元へ戻ってきた。
「まさか避けられるとは」
「……断魔晶が二つだと?」
「ええ。潜在型断魔晶『ニール』と、顕在型断魔晶『ヌーラ』。貴方はまだその本質を味わっていない。如何しますか?帰ってもらえると助かりますが」
グラシェの語った通り、使い手本人に相応の戦闘力が無ければ、断魔晶の無力化という武器は宝の持ち腐れとなる。加えて機械人形を相手にした場合は断魔晶の無力化は大きな武器になり得ない。そのことを理解していたレジェルはとある方法で顕在型断魔晶を手にしたのである。
やろうと思えば押し切れる。グラシェはそう考えたものの、レジェルの後ろに現れた人影を見てその考えを払拭した。
「来たか、『槍王』」
「はァッ!」
ラルフ元帥は槍に風を纏わせ、捻れた風をグラシェ目掛けて投げつけた。
グラシェは氷の壁を生成してその一撃を受け止めるが、回転しながら壁を掘削する風を見て壁から離れた。
「『槍王』に加えて断魔晶の無力化。少々状況が悪いか」
そう呟いたグラシェは足元から氷のように溶け、地面に沈んでいった。
「また会おう」
「待て!」
ラルフ元帥は再び風を叩きつけるが、地面に沈んだグラシェに届くことはなく穴があくだけで終わった。
「……ッ!」
「ラルフ元帥。先に凍らされた者たちを救います」
「…………ああ」
またもや『ドゥクス』を取り逃した。その事実と自身の不甲斐無さにラルフ元帥はやり場のない怒りを募らせていった。
「どういうことだ?」
「ズィーゲルは死んだ。撤退する」
風となり南東大陸支部の各所を巡ったウィンは、地下でズィーゲルの遺体を発見していた。
「この失態、どう穴埋めする?」
「帰ってからにしてくれ」
ウィンとグラシェは転移の符術を使い、虚城へと帰還していった。
レジェルの努力も虚しく、長く凍らされていた者の多くは救うことができなかった。
南東大陸支部は非戦闘員の多くを失い、下位の教会騎士数名もグラシェの手にかかった。
屋外で倒れていたオードはなんとか一命を取り留めたが、未だに目を覚まさない。
それだけの被害を出しながらも、『ドゥクス』における戦術の要であるズィーゲルを討ち取れたことは大きな戦果と言えるだろう。ズィーゲルの『箱』によって逃げることすら許されず命を奪われた教会員は数え切れない。
「以上が報告じゃ。何かあるか?」
ロデリック教会長は首を縦に振った。
「中央も気を付けろ。いつ『ドゥクス』の連中が来るかもわからん。アルグールの件もあったしの」
「うん、わかってるよ。……大丈夫さ」
部屋から出ようとラルフ元帥が扉を開くと、そこでサイジ元帥と鉢合わせた。
「おお、お主か」
「……終わったぞ」
そう言ったサイジ元帥の手に握られていたのは、一振りの剣と謎の機械だった。
「オードにこれを渡してくれ」
オードが倒れた際に折れた剣を、サイジ元帥は打ち直したのである。肝心の持ち主はその後の戦局そのものを知らないまま深い眠りに落ちているが。
「それとローライト。これが例のやつだ」
サイジ元帥は謎の機械をコトリと机の上に置く。
「これは?」
「中央大陸を隔離するための設備のスイッチだ。まだ大陸全土には用意できていないからこの部屋だけだがな」
「どうやって作ったんだい?」
「最後の鍵は隔離するための壁だった。南東で仕留めた『ドゥクス』の断魔晶が役に立った」
ズィーゲルの遺体は研究のため中央大陸本部に持ち運ばれていた。そこに遺されていた『箱』を利用し、隔離障壁を生み出したという。
「前向きに考えてくれ。俺だって死にたくはない」
サイジ元帥のその言葉を最後に、その場の全員は解散した。




