第27話 尊属
「ぐはっ」
ミアの拳はズィーゲルの鳩尾を的確に捉えていた。
鍛錬しても闘気を纏えず、潜在型断魔晶の所有者とはいえ一般人より少々体が強い程度のズィーゲルでは、ミアの鍛えられた一撃を受け止めることなどできなかった。
殴り飛ばされたズィーゲルは地面へ転がされ、腹を押さえながら呻き声をあげていた。
「いでえ……なんてことしやがる……」
その情けない姿にミアもユーベンも呆気にとられていた。
「その力でユーシアも殺したのか……。痛かったろう、苦しかったろう。お前の無念晴らしてやるぞ……」
立ち上がったズィーゲルは両手を翳し、『箱』をミア達全員の周りを囲うように出現させた。
「こんなもの……!」
ミアは『箱』に向かって殴りつけるが、あらゆるものを遮断する『箱』はびくともしない。
「おまけにもう一つだ」
内側からのものを遮断する『箱』の外周に、外側からのものを遮断する『箱』を出現させる。これによって、光も空気も全てが出入り不可能な空間が生まれる。
「あんま使いたくないけどな。仕方ない……」
そのままズィーゲルは『箱』を徐々に縮小させていった。一瞬で潰すことはできないが、ゆっくりと小さくすることはできる。
「酸欠と圧死の恐怖を光なき世界で味わうといい……いてて」
一仕事終えたつもりのズィーゲルは腹を押さえながら、小さな声で勝利宣言をした。
「何、これは……」
突如暗闇に飲み込まれた『箱』の内部では皆がパニックになっていた。
ミアは冷静に対処を考えるものの、『ブリッツ』だけではどうしようもない事実は覆らない。
「ミア・シェリン。なぜ奴へ攻撃した?」
床に伏しているユーベンは、さっきまでミアのいた空間に向かって声をかけた。
「だってあいつは……何人も……」
「落ち着け。お前の処断は後だ。この状況をなんとかしなければ意味が無い。この状況を打開して奴を倒せればお前の功績、それができずに全滅すればお前の責任だ」
ユーベンは目を閉じて『箱』に閉じ込められる前の状況を思い返したが、やはり状況を打開できそうな人物はいなかった。
もとより重傷者と医療班しかいないところにミアが駆けつけた形なのだ。ミアがいるだけ良かったと思うべきである。
『ミア・シェリン。私ならばこの場を切り抜けられる』
声をかけてきたのは、ミアのものとなった甲冑である。
「ほんと?」
『あの男の宝核はあらゆるものの出入りを遮断するもののようだが……それが抑えられないほどの力を叩きつければ破壊できる』
「どうやって?」
『私を纏い闘気を流し込め。増幅させた闘気は宝核を凌駕する力となる』
その手段を聞いたミアは肩を落とした。
潜在型断魔晶の所有者であるミアには闘気を扱えないためである。
「私じゃ闘気を使えないわ。それじゃダメよ」
『否、闘気を纏えぬ者など存在しない。ダンダリア・グルーデンも纏っていただろう』
ダンダリア支部長も自覚こそしていなかったが、甲冑との戦いで無意識のうちに闘気を纏っていた。
「闘気?君は潜在型断魔晶の所有者だろう。闘気など纏えるはずがない」
甲冑はミアの脳内に話しかけており、ミアの独り言だけが周りに伝わっていた。そしてその話を断片的に聞いたユーベンが口を挟む。
「さっきから誰と話しているんだ?気でも触れてしまったか?」
「違う。この甲冑と……」
そう言って緑の珠を取り出すと、甲冑が自ら具現化した。ただしその姿は暗闇で周りに見えていない。
『初めてお目にかかる』
「うわ、誰だ」
『私は今なお生きる宝核そのもの。青年、名は?』
「……ユーベン・ハインリッヒだ。ところで闘気が何だって?」
その存在に驚いていても話が進まない。そう判断したユーベンは今投げかけるべき疑問を甲冑へぶつけることにした。
『私を纏ったミア・シェリンが闘気を増幅させれば、ここから脱出できる。ところがこの娘は闘気を纏えないと言っている』
「それはそうだ。潜在型断魔晶の所有者は闘気を使えない。常識だろう」
『否。ミア・シェリンもダンダリア・グルーデンも、先ほどの男も闘気を纏っていた。放出したままでまともに練れてはいないがな』
ここにいる誰もが、潜在型断魔晶の所有者は闘気を纏えないということがファーストによる嘘であることを知らなかった。彼が流布した嘘は長い時を経て全人類の共通認識となり、それぞれの意識の中に刷り込まれている。
「仮に使えたとして、鍛錬するだけの時間が無いわ」
ズィーゲルの『箱』は徐々に縮小しており、圧死までの時間が残されていない。暗闇の中ではそのことに誰も気付けていないが、空気が薄くなっていることは把握できていた。
「……一つ手がある。俺の断魔晶を使え」
そう言うとユーベンは手首の断魔晶を外した。
「『ナード』は元々、闘気を自在に扱えるようにしてくれる断魔晶だ。鍛錬の末に闘気を放出できるようになっただけで、本来闘気は自分の中だけで完結するものだ。クソッ、『ドゥクス』はなんで何もせずに闘気を飛ばせるんだよ」
相対したファーストの絶技に舌打ちしながらも、ユーベンは自身の断魔晶をミアの足を叩いてから足元へ置いた。
ミアはそれを拾い上げて手首へ着け始めたが、慣れないものにやや苦戦していた。
「仮に闘気があるというのであれば、着けるだけで闘気の流れがなんとなく理解できるようになるはずだ。宝核……?何と呼べばいい?」
『私に名は無い。ミア・シェリン、名前をつけてくれ。この場だけの仮称でも良い』
そういえば甲冑に名前が無かったなとミアは思った。
時間が無い中で、ダンダリア支部長が口にしていたものの名前を思い出す。
「なら、リュウ。あなたは今からリュウよ」
『リュウ。承知した。私はリュウというそうだ』
「わかった、リュウ。ミア・シェリンが『ナード』を着けたらどうすればいい?」
『その後のことは実際にやればわかる。ミア・シェリン、急げ』
「うん」
会話の最中で『ナード』を着け終わると、リュウは再び緑の珠となってミアの手の中へ戻った。
「……力を貸して、リュウ」
緑の珠を握りしめて目を瞑ると、ミアの全身に甲冑が装着された。
そしてミアの頭の中に、刀へ闘気を注ぐイメージが流れ込む。
「そういうこと……。わかった」
左の腰に差さっていた刀を引き抜き、『ナード』の力を借りて刀へ闘気を注ぐ。慣れていないからか時間がかかったが、刀が求めるだけの闘気を注ぐことができた。
細身のミアには不似合いの甲冑を動かせるだけの筋力が無いため『ブリッツ』で無理やり体を動かしながら、闘気を纏った一撃を迫り来る壁に向かって振り下ろした。
「ウィンもグラシェも上手くやって……っ!」
ズィーゲルが二つの『箱』を器用に動かしながら仲間のことを考えていると、その『箱』が突如弾け飛んだ。
「なっ……!」
眼前に現れたのは甲冑の騎士だった。だがその歩き方は慣れた者のそれではなく、ぎこちなさを感じる。
その右手に握られている刀からは煙が上がっている。『箱』を壊したのはあいつか、と考えたが、同時に疑問も浮かんだ。
「どうやって『箱』を壊した……?」
ズィーゲルは自身の『箱』の強度に絶対の自信を持っていた。だからこそG.T.元帥によって穴を開けられた時も驚愕したのだ。
「一旦引……く……」
踵を返し、後退しようとしたズィーゲルの胸元から刀が生えていた。その刀はそのままズィーゲルの体を斜めに両断し、ズィーゲルの体を抜けた。
「さようなら、アイデルン叔父さん」
「ミ……ア……」
ズィーゲルが最期に見たものは、甲冑の中から見下ろすミアの目だった。




