第26話 兄弟
右目の光を失ったオードだったが、宙に浮かぶ刃が自らの意思で防御してくれるため多少の余裕を持っていた。
元々オードに戦いの基本を教えたのはクラックス元教会長である。その頃から断魔晶の姿は変わっておらず、戦法も記憶にあるものと同じだった。
出し惜しみするな、とオードは最初にリレに伝えた。
そして自身の師であるクラックスが敵として自分を殺そうとしている。
ならば自分も出し惜しみしてはいけない、と今更になって思い立ち上がる。
しっかり立つ前にウィンの拳がオードの目の前に迫るが、宙を舞う刃がそれを防ぎ、その隙にオードは後退し双剣を構え直す。
拳の直撃した刃は再び宙を舞い、ウィンは再びオードに向かって突進する。
「……崩廻」
オードの双剣がみるみる巨大化し、その長さはオードの体躯の倍を優に超えた。その巨大さを目にしたウィンは足を止め後ろへ下がろうとする。……が、間に合わない。
「ぶっ飛べ!」
オードの薙ぎ払いによってウィンは姿が見えなくなるほどに吹き飛ばされた。
「……まだ死んでないだろうが、深追いしている暇は無いな」
三本の剣を鞘に収めたオードは、急いで南東大陸支部の中へと戻ろうとした。
その時である。オードは背中に酷い痛みを覚えた。
「何……?」
気付かないうちに負傷でもしていたか、と後ろを振り返ったオードは目を見開く。
「てめえ……!」
そこにいたのはウィンだった。しかしその右手は竜巻のようになっており、実体が無いようだった。
「俺の断魔晶の本質は風だ。獣の姿など、肉体を保ったまま風を纏い地を駆けるための器に過ぎん」
その腹には薙ぎ払った際の切り傷が既に無かった。
「遠くへ飛ばされても風であれば瞬時に舞い戻ることなど容易い。……見せる気は無かったがな」
オードはようやく気が付いた。背中の傷は風によって不規則につけられたものであると。繊維は引き裂かれ、綺麗に回復する見込みも薄い。
「兄弟揃って同じだ。隙を見せては武装を解き、それによって命を落とす。滑稽だな」
剣を抜こうにも、背中の傷のせいで腕に力が入らない。柄に手をかけた状態でオードはウィンを睨みつける。
ウィンはその手でオードを貫こうと振り翳したが、オードの姿に違和感を覚えて一歩下がった。――その隙をオードは見逃さない。
「うおおっ!」
オードは剣を振り抜き、ウィンの胸元に真一文字の切り傷をつける。
「今の俺に物理攻撃など効かないはずだが……」
攻撃を受ける部位を風へと変化させ攻撃を透かすつもりだったウィンの計算が狂った。その原因はオードの手に握られた剣にある。
「なんだその剣は……。さっきまでの断魔晶ではないな?」
「ああ、知り合い謹製のただのよく斬れる剣だ。断魔晶ではないが……断魔晶でも斬れるぜ?」
それはリレの稽古にも使われたオードの四本目の剣だった。
その刀身には断魔晶を無力化する力が付与されており、その身を風へと変え攻撃を透かすウィンの実体を的確に捉えるものだった。
「人間死ぬ気になれば、案外動けるもんなんだな」
オードは立ち上がり剣を構える。それと同時に右の腰から剣を抜き、抜かれた剣の刀身を再び宙へ浮かせる。
「……何度やろうと無駄なことだ」
ウィンは両手を竜巻へ変え、オードに向かって突進してくる。
左手の突きを剣で薙ぎ払うと、ウィンの左手は裂け血が噴出した。しかしそれで止まるウィンではなく、右手でオードを捉える。
オードはそれを右に避けようとしたが、斬られて動かないと思っていたウィンの左手がオードの右脇腹を抉った。
「ぐっ」
大きく体勢を崩したオードにとどめを刺すためにウィンは追撃を仕掛ける。
「ヤンガ!」
「何を無駄……なっ……」
ウィンは突然自分の真上に影が生まれたことに気付き、その場から立ち退いた。するとさっきまでいた場所に鉄塊が落下してきた。
「なんだこの鉄塊は……壁……?」
「壁ではない。剣だ!」
オードは左手で鉄塊に触れた。すると、その鉄塊にオードの身体がそのまま飲まれていき、ウィンのいる方へオードは現れた。
傷を負う右目や背中、脇腹にはプレートのようなものがついており、手足の要所にも似たようなものが纏わりついていた。
「何を身に纏っている?何なのだそれは」
「ヤンガの遺志、ヤンガの崩廻。今の俺は俺一人の力で戦ってはいない」
それはオードの持つ双剣ではなく、弟であるヤンガから受け継いだ断魔晶の崩廻であった。
Σ大元帥のいた世界では「パワードスーツ」と呼ばれるものに近い存在であり、装備者の身体能力を補佐する力を秘めている。
通常の肉体には負荷が大きいが、満身創痍である今のオードにとってはこの上なく頼りとなる存在だった。
「この身に纏うはヤンガの剣。『錬武』サイジの剣と共に、クラックス、お前を討つ」
剣を纏ったオードは地面を蹴ると、生身よりも素早くウィンへと迫った。自分よりも遅く目で追える速さではあるが、突然の加速にウィンは一瞬焦りを見せた。
そのまま振られる剣は手では受け止められず、無事だった右手が斬り飛ばされる。
「くっ」
両手が使えなくなったウィンは敗走を余儀無くされた。
「冗談ではない……」
そのままウィンは全身を風と変え、その場から立ち去った。
命までは奪えずとも、この場ではオードの勝利と言えるだろう。
「見てたか、ヤンガ……。俺は……」
しかしながら満身創痍だったオードも崩廻を解除すると共に地面へと崩れた。
「なんで貴方がここにいるの?アイデルン叔父さん」
その頃、ミアはとある人物と対面していた。
「なぜか?無論、俺が『ドゥクス』だからだが?」
小さな『箱』の上で胡座をかくズィーゲルは笑いながらそう答えた。
「しかしよくもまあ俺の顔を覚えていたなあ。ユーシアが嫁に逃げられるちょっと前くらいだから十年ぶりくらいか?」
「顔つきが一切変わっていなければわかるわよ」
名前を思い出すのには少々時間がかかったものの、顔は記憶にあるアイデルン・シェリンのものと瓜二つだった。
ミアの父親であるユーシア・シェリンの弟のため、ミアにとっては叔父にあたる存在であるが、十年近く会うことはなかった。
「ウィンやグラシェは皆殺しだって息巻いてたけどさ。俺はお前くらい助けてやってもいいんだぞ。後ろの奴ら共々抵抗するなよ?」
「でも他の皆は殺すつもりなんでしょう?」
「そうだ。いや俺はまともに戦えないから、ここから逃さないようにするだけだが」
「まともに……戦えない……?」
南西大陸支部や北東大陸支部、さらに今回の侵攻に加えて虚城でダンダリア支部長を逃さないようにしていたのは全てズィーゲルの『箱』によるものだった。
しかし個人の戦闘力は高くなく、機械人形に頼らなければいけないほどであった。
「なら私がやったって!」
「よせ、ミア・シェリン……」
全身で『ブリッツ』を起動させたミアを声で制止したのは、前回の戦いから傷の癒えないユーベンだった。
「奴の言う『戦えない』がどの程度のものかわからん。他の『ドゥクス』と比べて弱いだけで、支部長並の強さを持っている可能性もある。迂闊に出るな」
ユーベンは自身が戦えないこともあり、ミアが抵抗した際の被害まで考えた上でミアを諌めた。
しかしミアはその言葉を聞いてもなおズィーゲルから目を離さなかった。
「貴方、どれだけの人を手にかけたの?」
「俺は何もやってねえよ。死ぬための手伝いならしてやったけどな」
その答えを聞いた瞬間、ミアの全身に雷が駆け抜けた。ミアだけではない。『ブリッツ』も怒っているのだ。
「アイデルン……!」
「よせ!」
床に伏すユーベンの制止など聞かず、ミアはズィーゲルに向かって突撃した。




