第25話 仇敵
ダンダリア支部長を失った南東大陸支部は士気が無くなっていた。
失われたのはダンダリア支部長だけでなく、ラルフ元帥の崩廻Ⅲも同様だった。副長のユーベンも重傷であり復帰には時間がかかる状態である。
ファーストの言っていた通り死人こそいなかったが、死んでいないだけの重傷者や恐怖に慄いて脱会を希望する者が現れた。
「一応私が代理支部長になっていますが、いいのですかラルフ元帥」
「ああ、問題無い」
ユーベンは命に別状がないもののしばらく戦えず、ラルフ元帥も元帥という立場のため支部の運営に積極的に関わることができない。
このことから教会騎士第十一位であるレジェルが代理支部長となったのだが、肝心のレジェルは全く自信が無かった。
「あの小娘が遊び呆けているおかげで事務処理はできるようになっておるじゃろ」
「そういうわけではなくですね」
いつ『ドゥクス』が攻めてくるかわからない、その際に矢面に立つのは代理支部長となる自分である、そしてその時に支部を守れるのかどうか。
レジェルは自分が思っているほど弱い人間ではない。
防御に特化したレジェルの断魔晶はΣ大元帥の崩廻ほどではないが、物理攻撃に対しては強力な盾となりユーベンの闘気の盾をも凌ぐ硬度を誇る。
その盾に蓄積された衝撃を放出することで多くの機械人形を屠れることから第十一位の序列に名を連ねているが、相手に依存するその性質からレジェルは自信を持てずにいたのである。
「一旦、南東大陸各地に散らばる教会騎士を呼び戻します。支部に戦力を集中させなければ支部の壊滅は必至です」
「それでは無辜の民を見捨てると言うのか!」
「……はい。ラルフ元帥やダンダリア支部長が負けるような相手に勝てるとは思えませんが、我々教会騎士がいなければ勝てるものも勝てません。まずは戦力を固めるべきです」
「ぬう……」
レジェルの意向により、各地の教会騎士を呼び戻すこととなった。結果としてこの判断は正解だったのだが、その結論が出るまでに時間がかかりすぎた。
どん、という音と共に、支部が大きく揺れる。
「なんだこの鳴動は!」
突如南東大陸支部を襲った衝撃は『ドゥクス』の襲撃を想起させるに難くなかった。
「地下の連中に退避を命じてきます。ラルフ元帥、戦えますか?」
「誰にものを言っておる?」
二人は部屋を飛び出し、各々の向かうべき先へと歩を急いだ。
数刻前、虚城から降り立った『ドゥクス』の三人は簡単な打ち合わせをしていた。
「地上と地下を分断する。地下からは誰も逃がさん。ズィーゲル、いけるな?」
「ああ」
「地上の連中は俺がやる。地下は頼めるか、グラシェ」
「無論だとも」
「では始めよう」
その言葉と同時にズィーゲルは地下空間に向けて『箱』を出現させた。地上から地下へ逃げ込むことはできるが、地下から外へ出ることは叶わない。
さらにウィンは支部の索敵範囲外から闘気を込めた拳を放つことで、支部の外壁に衝撃を与えた。建物は倒壊しないものの、敵襲を気付かせる狙いを達成するには十分な威力だった。
そのまま三人は悠々と歩を進め、あえて正面から南東大陸支部へと突入した。
「この扉の先の階段から地下へと潜れる。行け」
「手間だな。ここに穴を開ければいいだろう」
そう答えたグラシェは巨大な氷塊を出現させ、玄関の真ん中に大きな穴を開けた。
「加減は要らんな?」
「皆殺しで構わん」
確認を取ったグラシェはそのまま穴へと飛び込んだ。
「さて、俺は俺の仕事をしよう」
上を見上げたウィンの視線の先にいたのは、ラルフ元帥だった。
「クラックス、貴様……」
「ファーストは甘い。断魔晶の基本性質は崩廻しようと変わることはないのだ。見込みのない者など生かす価値も無い」
ファーストが南東大陸支部へ襲撃しつつも誰も殺さず、一方のウィンが皆殺しを命じたのか。それはこのようなスタンスの違いがあるためである。
機械人形は一般人でも頑張れば倒せなくもない強さである。現象や概念に関する断魔晶は潜在型のパターンが多いことから、土壇場まで人を追い込み覚醒を促すという方向性でファーストは活動してきた。
対するウィンは『教会』から死亡を装って退場しようとしたため、自分の姿を見た者を生かすつもりが毛頭無かった。加えて一度発現した断魔晶はその性質を大きく変えることが無い。であれば皆殺しでも問題無いだろうと考えていた。
ファーストもウィンの指針に対して強く言うことが無かった。ウィンの意見も一理あると考えたためである。
「だからこそ、彼には少々焦った。危うく逃げられるところだった」
「彼?」
「何と言ったか。……そうそう、ヤンガ・ブロスだ。彼はしぶとかった」
「そいつは本当か?クラックス」
ウィンの背後から一人の男が現れた。両腰に二本ずつ剣を携えた男である。
「おや、随分と老けたな、オード」
「お前がヤンガを殺したのか」
「そうだ」
その返事を聞いた瞬間、オードは剣を抜きウィンへと斬りかかった。ウィンは左手のみを獣の姿へと変化させ、それを受け止める。
「ラルフ元帥、こいつは俺にやらせろ」
「何を言っておる!此奴は二人で」
「やらせろ!」
そのオードの声は、これまで聞いたことのないほど感情が篭っていた。
弟を討った『ドゥクス』を滅ぼすため、何体もの機械人形を斬り捨ててきた。しかし真の仇は目の前にいる。その手で討たない理由があるだろうか。
「支部長と元帥以外の情報はほとんど無いのだが。今の序列はいくつだ?」
「第十五位だ」
「俺は元第二位だぞ。俺に勝てると思っているのか?」
「機械人形の殲滅力の序列が対人における強さの指標になるものか。俺はお前を討つ」
一旦距離を取ったオードが右の腰から剣を抜くと、刀身がバラバラに分解し宙を舞い始めた。
「元帥は他を頼む。こいつは俺がやる」
「……わかった。死ぬなよ」
「ありがとう」
オードはラルフ元帥に一切目線を向けず、礼だけを言った。ラルフ元帥もグラシェの開けた穴へと飛び込み、オードへ後を託した。
刀身の無くなった剣を鞘へ戻し、右の腰に携えたもう片方の剣を抜いた。
リレとの戦いでは見せずに終わった、二刀一対の剣こそがオードの断魔晶である。
「しッ!」
オードは再び距離を詰め、右の剣でウィンに斬りかかる。
ウィンは左手でそれを弾き、全身を獣の姿へと変えてオードへインファイトを仕掛ける。
「ヤンガ!」
剣の間合いよりも内側へ潜り込むことでオードの剣を潰そうという算段だったが、宙を舞うバラバラの刀身がそれを許さない。
ウィンは距離を取らざるを得なくなったが、今度は左の剣でオードが斬りかかる。
「埒が明かんな」
何度かこのやり取りを繰り返し、戦況が拮抗している最中でウィンがそう呟いた。
「時間を浪費する理由は無い」
その瞬間、オードの視界からウィンの姿が消えた。
「なっ、ぐっ」
驚く間も無く、オードの身体は南東大陸支部の建物の外へ吹き飛ばされていた。
「うあっ」
そこでオードは気付いた。右側が見えない。
どうやら右目あるいはその近くを殴られて吹き飛ばされたらしい。人間の視界に必ず発生する死角を突いたのだろう。
そう結論付けて立ち上がるまでほんの数秒だった。しかしその数秒で再び右側から強い衝撃を受け、吹き飛ばされた。
「右側が見えてねぇじゃねえか」
ウィンの強みは獣の姿による耐久性の高さでもなく、潜在型断魔晶と闘気を織り交ぜた近接格闘でもなく、機動性の高さにある。
多数の機械人形に対する殲滅力の高さによって決まる序列で第二位の座に就いていたのは、強力な範囲攻撃を擁するわけではなく一対一を高速で繰り返すことによる単純な戦法によるものだったのである。
今回は誰一人として生かして終わらせるつもりがないウィンは、吹き飛ばされたオードに向かって再び加速した。




