第24話 脱走
支部長を欠き、切り札を失った元帥を擁する南東大陸支部は壊滅的な被害を受けていた。
幸いにも副長たるユーベンと、次点のレジェルは存命しており機械人形の襲撃程度であれば対応できる。しかしそれ以上に被害による士気の低下が深刻であった。
「以上が報告じゃ。ローライト、どう考える?」
「実はアイバー支部長からも襲撃された報告を受けていてね。支部長、元帥の両名は無事だが、教会騎士数名と非戦闘員を多数欠いた状態になっている」
「なんと……」
緊急時に我儘など言っていられないため、ラルフ元帥は転移の符術を使用して中央大陸本部へと帰還していた。
ダンダリア支部長が拉致されたことから早急に南東大陸支部へ戻らなければならないが、ロデリック教会長からは驚くべき事実を知らされた。
「戦力を集結させるべきか?」
「それでは民間人を助けられない。奴らの目的が『カミ』なるものにあるとしても、民間人を襲わないとは限らないわけだからね」
「俺はひとつの大陸に全土の人間を集めた方が管理しやすくていいと思うがな。他の四大陸を放棄して管理すべき土地を限定した方が、万年人材不足の『教会』にとって都合が良いだろう」
話に割って入ったのは『錬武』サイジ・ジーナス元帥だった。技術班出身の元帥であり、子供のような外見について指摘されることを毛嫌っている。
「管理って言い方は嫌だなあ」
「既に人材不足で、再編して早々に各地で死人や行方不明者が出ている。英雄かぶれの娘も生きて帰ってくる保証は無い。ラルフ元帥の弟子も敵地へ帰ったんだろう?」
「ぬう」
退散する『ドゥクス』の姿は直接観ていないものの、リレが自分の意思で帰ったらしいということはミアから報告を受けていた。
意地でもその場に残るべきだったのかもしれないが、それではユーベンの命が助からなかった可能性があった。
「なりふり構っていられないだろう。死にたい奴だけ今の土地に住み続ければいいし、そういう奴らを助けに行く義理もない」
「サイジ元帥、君には教会騎士としての矜持が」
「無いよ。腕があったから技術班に就いて、崩廻Ⅲに至ったことで元帥に任命されただけだ。命を張って無辜の民のために戦うことは業務の範囲外だ」
そう答えたサイジ元帥は立ち上がり、部屋から出て行こうとした。
「待て、どこに行く?」
「中央大陸全土を外部から守れる隔離壁のようなものが必要だろう。その開発に着手する」
「まだ採用って言ってないけど?」
「開発しておけば必要な時に使えるだろう」
そのまま振り返ることなくサイジ元帥は部屋を出た。
しばらくの沈黙が続いた後、ラルフ元帥が口を開く。
「ローライトよ……、儂はまだ元帥をやれるか……?弟子も救えず、離反され、仲間を奪われた。力もだ。儂の人生とは何だったのだろうか……」
ロデリック教会長は、絞り出すように呟くラルフ元帥への返事に窮してしまった。自身の存在意義を問う相手に半端な答えは返せない。
言葉を選びながら、ロデリック教会長はラルフ元帥を見て答えた。
「でも今生きています。話を聞く限り、奪われたのは崩廻Ⅲそのものではなく技です。まだ、戦えます」
「そうか……」
その答えはラルフ元帥を満足させなかったものの、ほんの少しだけ顔に笑みをもたらした。
「では戻るとしよう。本部とて安全ではない。気をつけろよ、ローライト」
「ラルフ元帥も無茶はしないでくださいね」
何も答えることなく、そのままラルフ元帥は南東大陸支部へと帰還していった。
「お前がリレって奴だろ。何で逃げないんだ?」
「今はその時じゃないんです」
「ふうん」
ダンダリア支部長は、食事を届けに来たリレと初めて会話した。
ラルフ元帥の弟子でありミアの同期となる少年に少しだけ興味を持っていたが、具体的なことを話さないリレに対して徐々に苛立ち始めた。
「ミアが待ってるけど」
「今の『教会』に俺の居場所は無い。まだダメなんだ」
ダンダリア支部長の囚われている『箱』の維持のためにズィーゲルが、そして交代での見張りとして現在は髪を短く切り揃えた女性――ローが立っている。
リレが秘めたものを話そうとしても、二人には必ず聞かれるだろう。そんなことは当然理解していたためにリレは具体的な話をしていないのだが、ダンダリア支部長は察していてもその話が聞きたかった。
「つまりここじゃなければ話すんだな?」
「出られませんけど」
「いや、出る」
ダンダリア支部長は食事を腹に詰めると、おもむろに立ち上がり剣を取り出した。
「『ドゥクス』の言いなりは癪だけど、試したら多分できたんだよね。行くぜ?」
「いやちょっと」
リレの声を聞かず、ダンダリア支部長が剣を振るうと空間の裂け目が現れた。
「何だ?転移なんか使っても『箱』から出られやしな」
「違う!止めるぞ!」
「え?」
違和感に気付いたローが、空間の裂け目に向かって飛びかかってきた。
「じゃあな!」
「ふざけるな!」
リレを担いだダンダリア支部長とローが飛び込むのは同時てあった。二人が空間の裂け目の中に吸い込まれると、そのまま裂け目は消滅した。
そこに残ったのは、中に何も入っていないズィーゲルの『箱』だけであった。
この報告を受けたファーストは、クツクツと笑いながら立ち上がり『ドゥクス』の面々に向けて笑みを見せた。
「ズィーゲルの『箱』を抜けたということは、この世界に奴らはいないということ。即ちダンダリア・グルーデンは神の座へ至る術を身につけたということになる。リレが側にいる以上、いずれこちらへ帰還するだろう。であれば、もう『教会』に用は無い。『教会』の解体に取り掛かるぞ」
ファーストがキューロ・ナハトを利用して『教会』を設立したのは、断魔晶によって『神』の居場所に辿り着ける可能性を模索するためだった。
それが達成できたことから、『ドゥクス』にとって『教会』は不要な組織へとなる。
「待ちたまえバハーム」
ファーストの号令に対して待ったをかけたのは、パラケルススと呼ばれる初老の男である。ファーストの暗躍初期から機械人形の製造を請け負っている、最古参のメンバーのひとりだ。
「ローとモスクルスを欠いた今、教会長の若造と北西の双璧を同時に潰せるだけの人的余裕は無い。何か策でも?」
ファーストは腕を組み、少し悩む素振りを見せてから口を開いた。
「確かにそうだな。やれるところからやろう。まずは……死に体の南東からか。誰が行く?」
「行くぜ。姪にも会いたいしな」
真っ先に名乗り出たのはズィーゲルであった。
戦闘力は高くないものの、周囲を『箱』で覆い逃亡を許さない能力は南西大陸支部の壊滅に大きく貢献していたことからファーストは参加を認めた。
「ラルフ・ランベルに礼を言わないといけないからな。俺も行こう」
次いで名乗り出たのはウィンだった。
一応ウィンがリレを拾い養子とした上で、ウィンが表舞台から姿を消してからはラルフ元帥にリレの保護を頼んでいた。その礼をするために行くと言うのだが、ウィンであればラルフ元帥に勝てるだろうと見込んで参加を認めた。
「あとは……グラシェ、頼めるか?」
「いいだろう」
ファーストは残りのメンバーとしてグラシェを任命した。
ファースト自身にとっては脅威でもなんでもないが、ユーベンの闘気による戦闘は教会騎士第七位とされるだけあって強力だった。それに対抗する形でグラシェを任命したのだ。
「では明日……いや明後日でいい。南東大陸支部の最期を拝ませてもらおう」
空席の三つある状態ながら、その場の九人は盃を交わし合った。




