第23話 拉致
拳を受け止めたファーストはダンダリア支部長を振り回し、壁へと投げつけた。しかしダンダリア支部長は壁に直撃するより先に体勢を戻して地面へと着地する。
「崩廻Ⅲが……なんだって?」
「奪える……本当だ……」
手足に力が入らず地面に倒れるユーベンが答える。
実際には崩廻Ⅲよりも上の段階のものは奪えないのだが、『教会』では崩廻Ⅲよりも上の段階を観測していないことから関係の無いことであった。
「ダンダリア・グルーデン。君が戻ってくるとは思わなかった」
「嬉しそうじゃないか、『ドゥクス』め。おれのことが好きなのか?」
「君の力にこそ我が野望のヒントが隠されていると考えている。君だけは生きたまま共に来てもらわねばならない」
「へえ」
真面目な返しをするファーストに対して生返事で答えたダンダリア支部長は、無から剣を取り出してファーストに斬りかかった。対するファーストは手刀でそれを受け止める。
ダンダリア支部長が一旦退き再び突撃しようとしたところで、戦場が屋内であること、なんとか歩けるラルフ元帥がユーベンに肩を貸して退却しようとしていることに気付いた。
「ちっ」
このままでは思うように戦えないと判断し、持っている剣で空間を裂き二人の背中を蹴り飛ばしてその中へと放り込んだ。そして窓を割り、南東支部前の広い庭にファーストを誘った。
「こっちに来いよ。戦いに集中しようぜ」
特にこれといった策は無かったが、刀身の長い剣を屋内で振り回すよりは利口だと考えたのだ。
「いいだろう。リレ、見ておけ」
「はい……」
そう言うとファーストも窓から飛び降りた。一方のリレは食堂の中から二人の戦いを見ることにした。
「ミアから聞いたよ。おれによろしくってな。どういう用件なんだ」
ダンダリア支部長は剣を向けながら問いかける。
「お前は『ダンダーリャ英雄譚』を知っているな?」
「擦り切れるほど読み返したさ」
「であれば英雄ダンダーリャの末路も知っているはずだ。それをどう捉える?」
「空間を割いて穴を通った後だろ?さっきのが答えだ。おれは転移能力だと思っている」
「どこへ?」
「この世界のどこかだよ。最期はどこかでひっそりと余生を過ごしたんじゃないかな」
その答えと同時に、再び空間を裂いてファーストの背後へと回り込んだ。
「隙ありっ……!?」
その一撃を、ファーストは背中で受け止めていた。
皮膚はおろか服すらも斬られることなく、闘気のみでダンダリア支部長の剣は背中で止まっていた。
「解釈違いだな」
「何を……」
「最後のは神の座へと至るためのものだった。そうは思わないかね?」
「聞いたけど、その『カミ』っての、よくわからないんだよね。何それ?」
「私の人生の原動力だよ」
ダンダリア支部長は高く飛び上がり、南東大陸支部の屋根の上に降り立った。
「じゃあおれが目当てってのは、ダンダーリャの最後の力が欲しいってことなのか?」
「そうだ」
ファーストはダンダリア支部長に向かって手刀を構えたまま飛び上がった。
「空中じゃ隙だらけだぞ」
天高く剣を振り上げ、ダンダリア支部長は力を溜め始めた。英雄ダンダーリャが一刀で巨大な熊を捻じ伏せたと言われる一撃の再現である。
その斬撃にファーストが入る、その瞬間を狙ってダンダリア支部長は剣を振り下ろした。
「おらぁッ!」
その一撃に大地は裂け、ダンダリア支部長も確かな手応えを感じていた。
しかし直近で戦った甲冑ならば防いでいるだろう。そう考えたダンダリア支部長は気を緩めることなく再び剣を構える。
すると土煙の中からファーストが飛び出してきた。
「やっぱ無事か……」
「これは要らない。返そう」
その右手は透明な石のようなものを握る形をしていた。ラルフ元帥の崩廻Ⅲをも奪った、崩廻Ⅴである。
ユーベンは崩廻Ⅲを奪うものだと思っていたが、実際には崩廻Ⅲ以下の段階で発現するあらゆる事象を奪える力である。そのため今のダンダリア支部長は同じ威力の斬撃を放つことができない。
ファーストは右手を下から上へと斬り上げるように動かすと、先ほどダンダリア支部長の放った一撃が放たれた。奪った技を即座にそのまま吐き出す様は、他の者にはまず真似できない。
「嘘だろ……?」
咄嗟にこの一撃と相殺できる技はダンダリア支部長にはなかった。ここでダンダリア支部長が取れる行動はただ一つ――逃げることである。
剣で空間を裂きそこへ逃げ込もうとした。
「それを待っていた」
死角から現れたのはファーストだった。
ダンダリア支部長を殴り飛ばし、裂かれた空間を崩廻Ⅴの力で奪う。結果的に先ほど奪ったダンダリア支部長の一撃はファーストが自ら受けることとなった。
「……なかなか痛いじゃないか。なあ?」
額からは血が流れ、服も破けている。斬撃よりも速く前に出て、裂けた空間を奪うために闘気も使い果たしたことから、その技をその身に受けざるを得なかったのである。
一方のダンダリア支部長は殴り飛ばされただけであり、自らの斬撃を受けることはなかった。
怪我の度合いでいえばファーストの方が重傷である。
しかしダンダリア支部長は驚愕していた。自らの渾身の一撃を受けてもなお平然と立っている男の姿に。
「奪うことはできたが……やはり本人も連れていくべきだな」
大きく息を吐きながら、ファーストはゆっくりとダンダリア支部長に近付く。
「やめろ……来るな……」
腰を抜かしていたダンダリア支部長はじりじりと後退せざるを得なかったが、気付いた時には屋根の縁まで追い詰められていた。
「怖がることはない。丁重に歓迎するよ」
「うっ」
ダンダリア支部長の腹部を一発殴ると、ダンダリア支部長は呻き声をあげて気絶してしまった。
ファーストはそのままダンダリア支部長を担ぎ上げ、食堂にいるリレのところまで歩いて向かった。
「どうだった?」
「なんというか……俺の知ってる戦いじゃないというか……」
「あんなのは大したことじゃない。私の戦いはいつも地味でね」
どこが地味なんだ、と心の中でリレは悪態を吐いた。
「じゃあ帰ろうか」
「待って!リレ!」
転移の符術を使用したファーストとリレを止めようとしたのは、若い女の声だった。リレにとっては聞き覚えのある声である。ミアの声だ。
「戻ってきてよ!そいつに脅されて……ダンダリア支部長!?」
ミアは外から声をかけていたが、リレだけでなくファーストに担ぎ上げられているダンダリア支部長の姿までしっかりと見えていた。
「待ってて……今すぐに」
「やめろミア!」
足に力を溜め始めたミアを、リレは声で制止する。
「俺は大丈夫だから。ダンダリア支部長も殺されないから。大丈夫」
「でも!」
「でもじゃない。いずれ話すから」
そう言ったリレは転移の符術によって開かれた空間の先へと自ら進んで入った。
ファーストもミアに視線をやったが、すぐに興味を失ったようで転移していった。
「また……私は……」
後から追いついたレジェルが見たのは、地面に手を叩きつけて泣いていたミアの姿だった。
「で?おれに何をさせようってんだ」
「お前の断魔晶はお前の解釈次第で自在に変化する異質なものだ。よって、我々の理念を理解してもらった上で我々を『神』のところへと案内してほしい」
ズィーゲルの『箱』に囚われたダンダリア支部長に、ファーストは説明する。無論、ダンダリア支部長からしてみれば突拍子もないことを話されているため理解に苦しんでいる。
「時間はいくらでもある。なんなら、お前も『ドゥクス』に加わるか?ダンダリア・グルーデン」
「お断り」
「……またしばらくしたら来るよ。『箱』の中では自由にしたまえ」
そう告げたファーストはダンダリア支部長を一人残して部屋から出ていった。




