第4話 一位
「本当はリレ君に本部を紹介してあげたり実力を見たかったりしたかったんだけど、それより先にラルフ元帥へ報告しなければならないことがあってね」
部屋に二人を招き入れたロデリック教会長は、机に三杯のコーヒーを用意した。
部屋に入れてもらったのはいいものの、ロデリック教会長の椅子と来客用のソファ、そしてそれらで挟まれている机の周辺以外は何かの書類で埋め尽くされている。もう終わった件ばかりだからいいんだよ、と笑っているがそういう問題ではない。
「それで報告とは何じゃ?」
先刻の件もあり未だに苛立ちが残るラルフ元帥だったが、平静を装いコーヒーに口をつける。
コーヒーなど飲んだことのないリレはロデリック教会長とラルフ元帥が飲んでいるのを見て飲めるものと判断し口にしたが、あまりの熱さと苦さに「あちっ」と言ったきり口にしなかった。
「うん、とりあえず結論だけ伝えるんだけど、今からおよそ一ヶ月前に『教会』南西大陸支部が壊滅、また『癒将』レリー・クルィン元帥の死亡が確認された」
「なっ……」
ロデリック教会長から伝えられた報告は、ラルフ元帥の想像を絶する内容だった。
事の発端は教会騎士第一位のアルグール・カーティルが任務地で教会騎士第十一位のヤン・ジンおよび第二十六位のツァン・ジェイドを殺害したことである。
本来であれば本部および各支部の長は教会騎士の序列で最も高い者が務めることになっているが、生来の殺人鬼であったものの機械人形に対する殲滅力の高さを買われたことで過去の罪を全て水に流す形で特例として教会騎士に着任したカーティルは南西支部長に任命されなかった。その代わりとして教会騎士第六位のヴィン・ユーゼンJr.が南西支部長を務めていた。
教会長および支部長以外の教会騎士は任務のために各大陸へ三人一組で派遣されることとなるが、今回の凶行はその派遣先で発生したものである。
その後、アルグールは一人で南西支部へ帰還。ヴィン・ユーゼンJr.南西支部長を含むその場に居合わせた全教会騎士十一名と騎士見習い三十三名、医療班および技術班、そして偶然訪れていた『癒将』レリー・クルィン元帥の全員を殺害。
そしてレリー元帥の所有していたとみられる転移の符術により『教会』本部へと転移、そのまま本部を襲撃するもロデリック教会長によって鎮圧された。
「……なるほどの」
「なんでそんなこと……」
リレはアルグールについて何一つ知らないが、彼は『教会』内部でも腫れ物扱いの人材であった。
崩廻に到達していないとはいえ潜在型断魔晶の所有者としては『教会』随一の殲滅力を誇り、それに加えて殺した生物の力の一部を七日七晩もの間自らのものにするという能力により南西支部の戦力の大部分を担っていた事実は否定できない。
しかしかつてはその力を悪用して無差別殺人を繰り返す狂人であったこともまた事実であり、彼の扱いについては細心の注意を払われていたはずである。
「して、アルグールはどこに?」
「僕が斬り伏せました。現在、教会騎士第一位は空席となっています」
教会騎士は年に一度、序列の改訂が発生する。
それまでに殉職した者の序列は次の改訂までの間、空席となる仕組みとなっている。
「もしや本部に活気が無いのも?」
「ええ、何人かはアルグールの毒牙にかかってしまったので……」
ロデリック教会長は沈痛な面持ちで話していた。
本来であれば外部からの侵入者が敷地内に入った時点で対処すべきだったのだが、曲がりなりにも教会騎士であるアルグール・カーティルだったが故に対処が遅れたこと、また裏切らせてしまった『教会』の不甲斐無さに自ら憤っているのだ。
「あ、そうだ。教会長さん、こちらからも報告したいことがありまして」
沈黙した部屋でリレは自分が『ドゥクス』と名乗る男に襲撃されたこと、その男が符術らしき物を使用してその場から立ち去ったことを報告する。
「時期はアルグールの裏切りと近い時期じゃろう?もしやアルグールは『ドゥクス』と繋がっていたのではないか?」
レリー元帥あるいはヴィン南西支部長が所持していた符術を奪われた可能性を示す。そしてそれは同時に世界中のあらゆる場所が急襲され得るということも示していた。
「そうですね。だからこそラルフ元帥には新たな任務へ就いてもらいたい。そしてリレ君には即戦力として教会騎士になってもらいましょう」
二人は静かに頷き、全員で部屋を後にした。
そのままラルフ元帥は「自室で休む」と長らく帰っていなかった部屋へ一人歩いていった。
リレはロデリック教会長に連れられて階段を降っていく。
「おかしいとは思わなかったかい?外観としてはちょっとした城くらいの建物だが、世界を股にかける組織の本部としては些か小さいことに」
「いや、全然……」
山奥の小屋、そしてたまに里へ降りて買い物をする程度だったリレにとっては最も巨大な建物であった。それ故に特に気にも留めなかったのだが、どうやら外観通りの建物だと規模が小さいらしい。
「本部の本質は地下にあるのさ。研究施設や修練場なんかはそこに詰まってる」
「なんで地上じゃないんですか?敷地が広いなら新しい建物や屋外修練場なんかを作ればいいのに」
常に山の中で鍛錬してきたリレにとっては地下での研鑽が異質なものに思えた。
しかしこれには超常の力を扱うが故の理由がある。
符術の作成や研究、機械人形の解明などについては外部へ漏洩してはいけない情報が多い。また不慮の事故が発生した場合でも、一般人への被害を抑える目的もある。
地下修練場についても地上への影響を考慮したものであり、その広さは中央大陸の四分の一ほど、高さは千メートル弱というふざけた空間である。ここに町を作って住むことすらできる。天井には青空に白い雲のペイントがなされ、常に明るいことからもはや地上と同じである。
ここは地上と似た空間での鍛錬を目的としている他、緊急時の一般人の避難所としても機能している。
「ここにはリレ君と違ってまともに鍛錬していない状態から始める騎士見習いが一番いるからね。そういった子達の断魔晶がうっかり暴走してしまっても大丈夫なようにしているんだ」
「本当に大丈夫なんですか?これだけ広いんだ、逃げられたら追いきれないんじゃないですか?」
「大丈夫。いざとなれば修練場の端から端まで全て焼き尽くせる」
そう豪語するロデリック教会長の目は笑っていなかった。
だだっ広い修練場すら焼き尽くせるロデリック教会長ですら序列三位なのだ。リレの未だ知らぬ序列二位の者、そしてそれを超えていたアルグール・カーティルとはどれだけの力を秘めているのだろうか。
彼らと肩を並べて戦えることに希望を抱きながらも、底の見えないその力に図らずも身を震わせた。
「さあ、着いたよ」
ひたすら地下へ降り、辿り着いたのは地下修練場内に造られた円形の試合場だった。
リレが中に入って気付いたことだが、内部の戦闘の様子を客が観られるような設計になっているようだ。
「見せ物にでもするんですか?」
「そういうこともできるけど、それなりに安全な場所から戦いを見たいってだけさ。わざわざ人を呼ぶようなことはない」
ロデリック教会長の言う通り、観客席には誰もいないようだ。
「ここで待っていてくれ」
試合場の中央で一人放置されたリレは周囲をぐるっと見渡す。
ここで師匠とやった球を打ち合う遊びなんかをやって人を集めたら面白いんじゃないかな、などと考えていると向かいの出口からロデリック教会長と、もう一人の男が現れた。
「お前があの時のガキか」
「え?」
やや荒い口調で話しかけてきた男は、左右の腰に二本ずつ、計四本の細身の剣を提げていた。少し首を上に傾けないと顔が見えないくらいの大人は、さっき出会ったΣ大元帥くらいしかいない。
「彼は教会騎士第十八位のオード・ブロス。序列としては今この本部にいる私以外で最も高い人さ」
「お前のことは知っている。十三年前の本部襲撃時も俺は本部にいたからな」
そう言ってオードは左の腰から一本の剣を引き抜きながら歩み寄ってきた。
「あの時は力も無いガキだったが、今は違うと言うなら全力で戦え。……死ぬぞ」
次の瞬間、リレの目の前にオードの剣が振り下ろされた。




