第3話 本部
辿り着いたのは四階建てほどの白い洋館だった。小さな城と呼んでも差し支えないほどの建物だが、世界中に支部の存在する組織の本部としては些か小さいような印象も受ける。
「元帥ラルフ・ランベルが戻ったぞ。門を開けたまえ」
ラルフ元帥は門に向かって声を上げる。
「毎度こうやって開けてもらうのは不便ですね」
「いや、これはお前達がいるから行っていることだ。一度教会騎士として認証されれば勝手に門を開けて入っても構わん」
さらに言えばもっと手前から『教会』の敷地内であり、そこに足を踏み入れた時点で誰が侵入してきたのかを検知するシステムが機能している。これは不審者への対処を迅速に行えるようにするための処置なのだが、これに関してはラルフ元帥もよく知らなかったのでリレには伝えなかった。知らなくてもいい知識であることには違いないが。
『ラルフ元帥以下三名、どうぞお入りください』
「よし入るぞ」
どこからともなく聞こえた声に入館を許可され、二人は門をくぐり抜ける。
ラルフ元帥が扉を開くと、そこには筋骨隆々とした白髪の男が仁王立ちしていた。
黒を基調としていながらも白のアクセントと銀による意匠が凝らされた服は、ラルフ元帥のものと同じだった。リレがこれを教会騎士の制服だと知るのはしばらく後のことになる。
ラルフ元帥は枯木の如き老人であるが、対する男は筋肉の塊と言わんばかりの風貌で、その三十センチ以上も離れた身長差からは彼らが同じ立場の人間であると言われても俄かには信じ難い事実と捉えられるだろう。
「お前さんが出迎えか?珍しいの、Σ」
「近くまで来たから立ち寄っただけだ。ラルフ元帥こそ何の用で?」
「クラックスの息子ももう十五になるんでな。儂の手から離れることになったんじゃよ」
そう言うとラルフ元帥はリレを紹介するように目線をリレへ移した。
「リレ・シーノラです。よろしくお願いします」
リレは自己紹介すると共に頭を下げた。本当は握手のために手を差し出したかったが、少女を抱えているために頭を下げるだけにしたのだ。
しかしΣと呼ばれた男からは何の返事も来ない。
リレが頭を上げると、Σは目を丸くしてこちらを見ていた。
「ほれ、挨拶くらいしてやんな。お前さん普段はそんな奴じゃないだろう」
ラルフ元帥に促され、Σははっと我に返る。
「いや申し訳ない。その子が気になってね」
どうやらΣが見ていたのはリレではなく、リレの抱えている少女の方だったようだ。
「改めて自己紹介しよう。私は大元帥『鉄拳』Σだ。よろしく頼むよリレ・シーノラ君」
「『鉄拳』?」
「元帥に与えられる二つ名だよ。君の師匠であるラルフ元帥にも『槍王』の異名があるんだが、知らなかったかね?」
ラルフ元帥はそんなどうでもいいことを教えてはくれないので、リレは当然知る由もない。
ラルフ元帥直伝の弟子ということもありリレに興味を持ったΣ大元帥は、そこが玄関先であることも忘れてリレとの会話に興じ始めた。
そうして喋っていると、会話の声が大きかったのだろうか、リレに抱かれていた少女の目がうっすらと開いた。
「……Bbfs"b?」
少女が声を出した瞬間、その場に居合わせた三人は一斉に彼女に目を向けた。
次の瞬間、ラルフ元帥は背負っていた槍の断魔晶を引き抜き、リレの腕の中の少女へと振り下ろす。
その動きが見えていたΣ大元帥はリレを突き飛ばし、ラルフ元帥の槍を右腕で受け止めた。
「……何をしている?」
「貴様は今の言葉が聞こえなかったのか?聞き慣れぬ言語だ。未知の異世界人だぞ!危険分子はここで排除すべきだ!」
リレも腕の中の少女が何かを口にしたのは聞こえた。しかしその言葉の意味は全くわからなかった。
かつて『教会』が設立されるよりも遥か昔にはまだ異なる言語が世界中に混在していた。しかしそれでは生活の上で不便だとして、言語の擦り合わせが行われるようになった。
結果として現在では一つの言語のみで統一されている。
ところが四十年ほど前に未知の言語を操る者たちがこの世界に現れ、無辜の民を蹂躙した上で数名の教会騎士が戦死・行方不明となる事件が発生した。
これは突如現れた異世界人が自分の世界の戦力を増強するために強力な個人をスカウトするために行われたものであると判明したが、多くの犠牲者が生まれた最大の原因は彼らの言葉が何一つ理解できなかったことだった。
当時元帥になりたてで異世界人と実際に交戦したΣが独自に研究し、侵攻してきた異世界の言語を解明。その言語についての教本を編纂するまでに至り、全教会騎士にその言語の修得することを義務付けたのである。
ラルフ元帥も無論修得していたため、異世界の言葉は理解できる。
だが少女はそれでもない別の言語を発したのである。
つまるところそれは未知の存在であり、さらなる異世界からの尖兵である可能性も否定しきれないということでもある。
一方でΣ大元帥はその言語に聞き覚えがあった。そしてその言葉の意味も理解できた。だからこそ、ここで少女を死なせるわけにはいかないと判断したのである。
もっと言えば、少女を見てから目を奪われていた理由もΣ大元帥が少女のことを知っていたからに他ならない。
まさかこのような場所で再会するとは予想だにしていなかったのだが、自身が異端者だと思われるのも困るのでもっともらしい言葉を並べることにした。
「私はこの言語について耳にしたことがある」
「そんな報告は上がってないぞ」
「私が『教会』に属するよりも前のことだ。その後には久しぶりにここで聞いたくらいで一度も耳にしていない。報告の義務があるとでも?」
「だから何だと言うのだ。その娘は異世界人だった。ならば斬らねばなるまい」
ラルフ元帥も当時いた三人の弟子を全員異世界人によって殺害されていた。だからこそ異世界人に対する殺意が高いのだが、その真意を知らないΣ大元帥はラルフ元帥を宥めるように言う。
「ならばこの少女の処遇については私が判断する。無論、教会長とも協議してな。少なくとも頭に血の上ったラルフ元帥にその権限はあるまい」
「…………」
「はいはいそこまでそこまで。もう身内での殺し合いなんてしてほしくないからやめてね」
階上から声が聞こえたと思った途端、その声の主は玄関の見えるバルコニーから飛び降りてきた。
「ご苦労だったね、ラルフ元帥。Σ大元帥も詳しい話は後で聞くよ。しかしまずは君を歓迎することから始めようじゃないか、リレ・シーノラ君」
声をかけてきたのは、教会騎士の制服の白と黒が逆転した服を着て、屋内だというのに帽子を被った男だった。
彼の声によってラルフ元帥は槍を下ろして背中に戻し、それを見たΣ大元帥も腕を下ろした。
「僕は教会騎士第三位、教会長のロデリック・ローライトだ。よろしくねリレ君」
「あ、はい。よろしくお願いします」
ロデリック教会長から左手を差し出されたが、少女を抱えたままでは握手ができない。
それに気付いたΣ大元帥はリレの腕から少女を受け取り、手の空いたリレはロデリック教会長の握手に応じた。
「ではこの子は私が一旦預かる。ローライト、後で部屋に来てくれ」
「ああ、向かおう。ラルフ元帥、リレ君、着いたばかりで申し訳ないんだが、僕の部屋に来てくれないか?話さなければならないことがあるんだ」
まだ正式に教会騎士となっていないリレに話すことは特別多くはないのだが、ラルフ元帥へ報告するついでに聞いておいてほしい、というのがロデリック教会長の本音である。
そしてその報告とはリレが抱いた疑問を氷解させるに足るものだった。




