第2話 少女
お通夜のような誕生日パーティから一夜明け、リレは旅支度を整えていた。
「そういえば師匠、『教会』の本部までどのくらいかかるんですか?」
「ざっと1ヶ月くらいかの」
実は元帥のみに与えられる符術の中にはファーストの使ったような『教会』本部へ直接転移できるものや、足を使わずとも長距離を移動できる道具などが存在する。
しかしラルフ元帥はリレの修行の一環という名目でこれらの存在を秘匿し、リレを歩かせることにした。実際にはラルフ元帥がこれらを好ましく思わないため使いたくないだけであるが。
「荷物は少なくていいぞ。機械人形どもと戦って落とすかもわからんでな」
後方で待機できる者がいる場合はともかく、そういった者のいない今回の道中では荷物を抱えたまま、あるいは荷物を捨ててでも機械人形と戦う必要がある。
今回ラルフ元帥はリレに機械人形討伐を一任するつもりであり、その時の荷物管理も自分でやらせる予定である。つまり大荷物はリレ自身への負担にしかならないのである。
これはラルフ元帥の意地悪などではなく、今後の任務でリレが単身となった場合でも自分のことを管理できるようになるための予行演習としてのことである。ただしここがラルフ元帥の悪いところでもあり、自分の意図を一切リレに伝えないのである。聞かれたこと以外に答えるつもりはないということだ。
最小限の荷物を抱えるに際してリレが真っ先に手を伸ばしたのは、一枚の写真であった。それは現在行方不明となっている父のクラックス・シーノラが幼少期のリレを抱えた写真である。
当時教会長を務めていたクラックスは十三年前の『教会』本部襲撃事件で行方不明になった、とラルフ元帥から聞いていた。無数の機械人形と数人の『ドゥクス』による襲撃にクラックスは単身で立ち向かった。当時二歳だったリレを偶然本部に訪れていたラルフ元帥へ託したということらしい。
二歳の頃の記憶などリレには無いため聞いた話を鵜呑みにするしかないわけだが、遺体が無いことから行方不明扱いとなっている父を忘れないように写真を大事に鞄へ入れた。
なおリレに母はいない。クラックスが見つけた捨て子を連れ帰り子としただけなので、クラックスすらも実の父親ではない。
「準備できました」
教会騎士となるため、これまで遊んできた玩具は全て置いていくことにした。昨日貰った符術の束を腰に提げ、断魔晶の大剣を背負い、いくらかの着替えと軽い食料、そして父との写真の入った鞄を荷物としラルフ元帥へ声をかける。
「では行くとしようか」
ラルフ元帥の荷物は見当たらない。背中に断魔晶である槍を背負っている以外に何も持っていないのだ。
「師匠、荷物は?」
「そんなものは符術だけで事足りる。火も水もすぐに出て、服も洗ってきつく絞ればすぐに着直せる」
「いやでも食料は……」
「適当に動物でも狩ればいいじゃろう」
任務における道中ではこのような対処になることが日常茶飯事ではあるのだが、そんなことを知らないリレは随分適当なんだなあと思いながら聞いていた。
「では行くぞ」
二人が小屋を出発してから三十五日が経過した。
道中で機械人形を見かけては討伐するなどしていたが、リレ一人で対処できるくらいには小規模の相手だったため予定よりも早くに『教会』本部へ着きそうなペースだった。
小屋のあった北東大陸から『教会』本部のある中央大陸へ船で移動し、下船してからラルフ元帥は「こっちの方が早いぞ」などと言いながら獣道すらない山林の中へ飛び込んだ。無論、こんなところは教会騎士の任務中でも基本的に通らないので、これはラルフ元帥の独断である。しかしリレとしてはこの道中の全てが修行の一環だと思っているので、疑問すら抱かぬまま同様に山林へ飛び込んだ。
恐らくラルフ元帥がかき分けたであろう木々の合間を縫って走っていると、視界も開けないにも関わらず足を止めているラルフ元帥の背中が見えてきた。
「どうしたんですか師匠」
疑問を抱くリレの声など耳に入らぬまま、ラルフ元帥は足元にいた者に目を落としていた。
それは年端も行かぬ少女であった。年齢はリレと同じくらいだろうか。背は齢百を超え縮んでいったラルフ元帥よりも低く、通常よりも細い手足からはおよそまともな生育環境下になかったことが窺える。
何よりも異質だったのは着ている服であった。触れるとややざらざらとしており、弾力性と伸縮性に富む見たこともない服を纏っている。
その体をあまりにも不憫に感じたラルフ元帥は適当な布を取り出して少女へ掛けた。
「おい、大丈夫か!」
後ろで異変を察知したリレが覗くと、少女を抱き上げて体を揺さぶった。しかし少女は呻くだけで目を覚ます気配は無い。
「本部は近いんですよね?」
「ああ、あと一日ほど歩けば辿り着く」
「なら連れて行きましょうよ。こんなところに放置するのは可哀想だ」
獣道すらない山中で手足の痩せ細った少女が目を覚ましたところで、無事に下山できるかと問われたら首肯する者はいないだろう。十三歳のリレは山中に放り込まれて一ヶ月のサバイバル生活を送らされたことがあるが、定期的なラルフ元帥の監視と断魔晶があるおかげでこなせたことでありこの少女とは条件が全く違う。
いずれにせよ放置はできないということで、二人で交互に抱えて進むことにした。
一日ほど歩けば辿り着くとはいえ、それはあくまで体調が万全の二人のみで突き進んだ場合の話である。少女の体や長い黒髪に傷がつかないように気をつけながら進めば当然その速度は落ちる。
そのため木が生えておらずやや開けた空間に着いたことで少し早い時間ながらも野営を始めることにした。
「夜は儂が火を見ておこう。リレはその娘の隣にいろ」
「いえ、最後でしょうし俺が見ますよ」
「もしその娘が目を覚ました時に目の前に儂のような爺がいては驚くじゃろう。歳の近いであろうリレの方が適任じゃろうて」
見慣れない服を着ているとはいえ、衰弱している少女に対する配慮をしているつもりではある。見慣れない服、という点で引っかかるところはあったがそれを今リレに話すつもりはなかった。
「そうじゃ、ついでだからその娘の体も拭いてやれ。汚れておるじゃろう」
「ななななっ、体!?」
「脱がせとは言っとらん。袖の捲れる範囲だけでいい。本部に着けば水浴びくらいできるしの」
異性の体を拭けというとんでもない指示を受けたリレだったが、至極まともな範囲の指示だったことに安堵した。
いくら異性との接触が少なかった人生とはいえ、意識の無い初対面の女性を襲えるほど豪胆な性格はしていない。符術から出した水で布を濡らし、少女の体を拭いていく。
抱いて走っている時にはやけに軽いなと感じてはいたものの、妙な服の袖を捲るとあまりにも細い腕が現れ、内心驚いてしまった。ラルフ元帥が布を掛けてからリレはその手足を見ていなかったためである。
しかしラルフ元帥の配慮も虚しく、結局少女は目を覚さないまま朝を迎えることになった。
「いい朝じゃの」
「そうですね。どのくらいで着くんです?」
「街よりだいぶ手前にあるからの。昼過ぎには着くじゃろう」
中央大陸で三番目の人口を誇る都市ウニエスから徒歩で二時間ほど離れた場所に『教会』本部は設置されている。
かつては支部も含めて各大陸の都市内に設置されていたが、十三年前の『教会』本部襲撃事件においてその被害が中央大陸最大の都市イングリッサの一般人にまで及んだことから、有事の際のことを考慮して都市から離れた場所に移転することとなったのである。
現在の『教会』本部は一般人の足で徒歩二時間の距離にある。つまり身体能力の高い教会騎士の足であれば三十分もかからない速さで着くということである。
少女を助けさえしなければ昨夜には着いていた距離であるため、陽の出ているうちに『教会』本部へ到着しそうという判断を下したのだ。
未だ目を覚まさない少女を抱え、二人は『教会』本部へと再び出発した。




