第1話 急襲
その日、リレ・シーノラは一人で留守番をしていた。
リレの十五歳の誕生日を祝うべく、師匠であり育ての親でもあるラルフ・ランベル元帥が山の麓へ買い出しに行っていたのである。
時折現れる機械人形ならば単身でも蹴散らせる程度の力量は既に持ち合わせている。断魔晶の発動もできており、『ドゥクス』が攻めてこない限りは問題なかった。
しかし、その『ドゥクス』が攻めてきたならば話は別である。
「そろそろ頃合いだと思ったのだが。まだ早かったかな?」
リレとラルフ元帥の住む小屋に現れたのは、艶のある黒髪をオールバックにした男だった。小屋の扉を破壊し、リビングの円卓を粉砕してリレの眼前に立つ。
修行として寝る時以外は常に背中に断魔晶である大剣を背負っていたため、咄嗟に断魔晶を盾にすることで辛うじて致命傷は免れた。だがその力の差は歴然であり、放置していればいずれ死ぬであろうことは誰の目にも明らかなほどリレの服は緋に染まっていた。
「また出直すとしようか」
男は踵を返して扉の壊れた玄関から律儀に出ようとした刹那、男の頬を突風が撫でた。男の頬は若干傷ついたものの、出血は認められない。
「ラルフ・ランベルか。今の一撃を崩廻で放てば、あるいは私に傷を負わせられたかもしれないというのに。絶好の機会を逃したな」
男の視線の先にいたのは、腰ほどまで伸びた白髪を束ねた老人だった。彼こそがリレの師匠であるラルフ・ランベル元帥である。
彼の持つ断魔晶は風の力を秘めた長槍である。小屋の異変を察知したラルフ元帥は咄嗟に断魔晶を発動、その力を槍を突く要領で撃ち出すことで男への不意打ちをしたのだ。
「貴様、『ドゥクス』の一人じゃな?名乗れ」
「ご明察だ。私はファースト。会うのは初めてだな、ラルフ元帥」
「儂の前に現れたことを後悔しろ!」
自らをファーストと名乗った男へ、ラルフ元帥の長槍が襲いかかる。しかしファーストは舞の如き足運びでそれらを躱した。
「『槍王』と呼ばれる元帥の槍捌きを味わいたいところだが、用事は既に済んでいるのでね。またの機会に受けて立とう」
槍を避けながら告げるファーストは、腰のホルダーから絵札ほどの大きさのカードを取り出してそれを宙に放り投げた。そのカードは徐々に拡大し、扉一枚ほどの大きさへと変化する。
「では諸君、さらばだ」
「待て貴様!」
広がったカードの先へ逃げたファーストに向けてラルフ元帥は槍を薙ぎ払う。しかし槍の当たる直前にカードは消滅し、槍は虚空を斬っただけとなった。
「逃がしたか……。リレ、大丈夫か?」
ファーストを逃がした苛立ちを覚えながらも、重傷を負っているリレの元へ駆け付ける。
「出血が酷いな……。今治してやる」
ラルフ元帥は腰のホルダーからカードを取り出してリレへと翳した。そのカードは奇しくもファーストの使ったものと酷似している。
カードから放たれる光によって、リレの傷はみるみる治っていく。やがてリレの体から傷は消え、打撲の感覚と服についた血の不愉快さだけが残った。
「ありがとう師匠。ごめん、俺、何もできなくて」
「無理もない。お前は無事に生き残った。それだけで十分じゃ」
ラルフ元帥が受けた任務はあくまでリレが大きくなるまでの保護であり、リレが『ドゥクス』と戦って勝てるほどまで育てることではない。少なくとも機械人形相手に負けるような育て方はしてこなかったが、『ドゥクス』に負けるのは致し方ないと考えていた。
しかしリレは違う。たとえ『ドゥクス』が遠く及ばない存在であっても、たった一撃で戦闘不能にさせられたことに不甲斐なさを感じていた。それと同時に自分を育ててくれた師匠に申し訳ないとも思っていた。あるいは失望されているかもしれないと。
「……とんだ邪魔が入ったが、今日はお前の誕生日じゃ。気を取り直して祝おうじゃないか」
この気持ちの切り替えの早さはラルフ元帥の強みのひとつであったが、齢百を超える老人の心とは裏腹に、十五歳になったばかりの少年の心は傷ついたままだった。
何よりもリレには引っかかることがあった。
『そろそろだと思ったのだが』
ファーストの言ったことはラルフ元帥の帰宅に対してなのだろうか、あるいは――。
かつて行われた中で最も暗い雰囲気の誕生日パーティが執り行われた。
幸いにも雨は降らなかったが、既に小屋に天井は無く寒い中で行われたパーティはどうあっても明るくなることはなかった。
「そうじゃ。お前に誕生日プレゼントをやろう」
ラルフ元帥は札の入ったホルダーをリレに渡した。
「これは?」
「こいつは符術といってな。断魔晶の力の断片を用いて作られたものじゃ。物によって使い方は変わるが、概ね使いたい場所に翳すことでその力を発揮するぞ」
リレは中に入っている札を見ながら、先程の戦いを思い返していた。
「師匠が使っていたのもこれですよね?」
「そうじゃ」
「あいつ……ファーストが使ってたのもこいつですよね?」
「む?」
元帥とは顕在型断魔晶の所有者で崩廻Ⅲまで到達した人間が着く地位である。概念に関する力が中心であり個人差の大きい潜在型断魔晶の所有者では後進の育成に難があるため、ある意味で普通の人間の到達点である前述の条件を満たした者が着任することになっている。
現在その元帥になっている人間は五人だが、その中でラルフ元帥は最も高齢で最も観察眼の鈍い者であった。しかしそれを補って余りある戦力を誇っている。「己が強ければ敵を見る必要など無い」という持論を掲げており、戦闘中に相手を観察するよりも先に斬り捨てるというスタンスをとっている。
そのような悪癖もあり、リレの疑問についても返答するまで時間を要した。
「あー、そうか……そうか?いやそんなことは有り得ないじゃろう……うむ……」
およそまともな返答ではなかったが、ラルフ元帥が返答に窮したのにも理由がある。
符術とはラルフ元帥達の所属する教会騎士が保有する道具なのだ。外部の人間が手に入れる手段は無く、ましてや転移の力を扱える符術など元帥を筆頭に限られた人間にしか与えられていないのである。
「内通者か?あるいは奴らが自分で作り始めたのでも……?いや符術のノウハウは門外不出。独力で符術を製造できるわけが……」
かつて『ドゥクス』の連中が符術を使用してきたという情報は無い。だからこそ、この情報を本部へ持ち帰る必要が出てきた。
そしてリレへ伝えるべき本題へと切り出す。
「よし、リレよ。儂と共に『教会』本部へと向かうぞ」
「え、さっきの質問は?」
「今は答えられん。その答えを出すためにも本部へ向かい、お前を教会騎士にする」
今日のことがあろうとなかろうと、ラルフ元帥はリレの十五歳の誕生日を機にリレを『教会』本部へ連れて行くつもりだった。
「屋根が無くて申し訳ないが、起きたら早速出るぞ」
既に帰れる家である小屋は壊れている。ここから先は進むしかないのだ。
「わかりました、師匠」
ラルフ元帥に育てられて十三年、リレは教会騎士となることはなんとなくわかっていたがここでついに自覚を持つようになった。
自らの運命に翻弄されながらも己を貫くリレ・シーノラの物語が今始まる。




