第21話 腕輪
投稿が遅くなり申し訳ありません。
リレは拉致されてからほぼ毎日グラシェに鍛えられ、時にはモスクルス、時にはファーストから直々に稽古をつけられていた。
後にモスクルスはG.T.元帥の弾によって斃れることとなるが、彼らはいずれも支部長あるいは元帥と同等以上の力量を持っていた。そのためリレにとっては『教会』よりも刺激的な訓練の場となっていた。彼らと比較すれば、ミハトやミアとの訓練の日々は児戯に等しかった。
「だいぶ粘るようになったじゃないか」
「こんな環境で鍛えられれば……」
「減らず口を」
圧倒的な力の差でありながら殺さないよう手加減をしつつ、『ドゥクス』の面々はリレに稽古をつけた。
短期間で鍛えられたミアとは正反対に、ゆっくりと長い時間をかけて基礎から身につけさせたのだ。
結果として、『教会』に所属したままでは得られないであろう力を手に入れることとなった。
他の『ドゥクス』の面々と比べると、リレよりも純粋な戦闘力の低いメンバーはイドとズィーゲルくらいである。
そしてリレが口にした、始末すべき元帥――自分の師匠でもある『槍王』ラルフ・ランベル元帥のところへ向かう日を迎えることとなった。
「何をす」
「止ま」
立ち塞がる南東大陸支部の面々を薙ぎ払い、ファーストは悠々と奥へ進んでいった。その後ろをリレがついていく。
「元帥を出せ。いるんだろう」
ファーストが声高に館内へ呼びかけるが、答えを返す者はいない。
溜め息を吐きながら歩いていると、正面から一人の男が歩いてきた。
「今は支部長、元帥共に不在だ。待つなら茶でも淹れようか?」
「君は?」
「教会騎士第七位、ユーベン・ハインリッヒだ」
ユーベンはレジェルに伝令を依頼した後、ファーストとリレの目の前に姿を現した。
これ以上の犠牲を出さないため、そして可能な限り時間を稼ぐためにである。
「ご存知『ドゥクス』のファーストだ。こっちは新顔だが、名前が無いので本名で失礼するよ。リレ・シーノラ君だ」
紹介されたリレは無言で俯きながら目線だけをユーベンへ送っていた。
正面から敵対するという覚悟ができていなかったために直視できなかったのだ。無論、ファーストはそれに気付いていた。
「では茶を淹れてもらえるかね?そうしたらこのリレと戦ってもらおう」
そう告げると、ファーストは踵を返して歩き始めた。どうやら食堂に向かうらしい。
「すぐに用意しよう。待っていてもらえると助かる」
それなりに良い茶はダンダリア支部長の私室にしかないので、ユーベンも踵を返して走ってダンダリア支部長の私室へ向かった。
それを見てリレはファーストの後ろをついていくことにした。
「彼は茶を淹れてくれるのかな」
「時間稼ぎでしょうね。でもなんで自分が彼と?」
「まだ『教会』との敵対に躊躇があるようだったからね。彼には踏み台になってもらおうかと思ってね」
リレは少なくともユーベンに勝てるとは思っていなかった。機械人形の殲滅力の順位とはなるが、ユーベンは『教会』でも七番手となる実力者である。
およそ一年前に『教会』に入会して戦ったミハトやオードには手も足も出なかった。それよりも序列が上の相手に勝てる道理などない。
だが一方でファーストはリレが負けるとは微塵も思っていなかった。むしろラルフ元帥を倒すつもりであれば、ここで負けていいわけがないのである。ただしこの時のファーストには別の目論見があったため、一切の口出しをしなかった。
しばらくすると、ティーセットを持ってユーベンが食堂へ入ってきた。ティーカップが三つあることから、ユーベンも茶の席に座るつもりだろうか。
「おや、本当に頂けるとは」
「嘘で逃げることもできたが、それでは副長の名が廃る。今はここを預かっている身なんでね」
茶を淹れながらユーベンは語る。
本音で言えばさっさと逃げたかったのだが、立場がそれを許さなかった。
だがある種の希望も見出していた。それは戦う相手がリレであるということである。
ミアと同時期に入会し、ミハトに指南を受けていたことは聞いていた。そのミアが序列六十三位である。つまり序列だけで見ればユーベンは勝機があると信じていたのだ。
「さあどうぞ」
「いい香りだ。では始めてもらおうか」
まだファーストの分しか淹れていなかったのだが、戦えと言い放った。その言葉に呼応してリレは大剣を抜きユーベンの前に立ちはだかった。
「いきますよ」
「遠慮は要らない。こちらも遠慮は……」
ユーベンは言い終わる前にリレに向かって突進してきた。
ユーベンの両腕に巻かれたブレスレットが光ると、ゴツゴツしたグローブがユーベンの両手を覆った。そのまま右ストレートを振り抜き、対するリレは大剣でそれを受け止める。
「斬れ……ッ!?」
グローブは傷付く様子もなく、ユーベンの連打がリレを襲った。
想像以上の威力にリレは防戦一方となってしまったが、その速さはグラシェほどではなく、一撃の重さもモスクルスほどではなかった。
つまり不意の一撃以上のものではなかったということになる。
「極煌星」
リレの大剣の刀身が粒子となって霧散する。打ち合いには弱くなるが、距離をとって戦う分には問題無い。ましてや拳の届く範囲でしか攻撃できないと思われるユーベンを相手にするならば、有利となる場所で戦う方が無難である。
それがただの拳であれば、の話だが。
光の粒子が自分を取り囲んだことに気付いたユーベンは、闘気を高めることで粒子を吹き飛ばした。さらに高めた闘気を拳に集中させ、殴る要領でリレに向かって何発か打ち出した。
ユーベンの断魔晶は闘気の出力装置となっており、肉体に纏うだけで終わるはずの闘気を飛び道具のように扱えるようになる。
さらにそれは飛び道具に限らなかった。
拳を握った状態で空中に拳を構えると、大きな刃が形成された。ユーベンの闘気によって生まれた、橙の実体を持たない刃である。
「なんだそれ」
「うらあっ!」
拳を振り下ろし、闘気の刃をリレに目掛けて撃ち出す。
既に何度か飛ばされた闘気を回避していたが、左右に避ける程度で解決するような大きさではなかった。
その一撃はそのまま直進し、食堂の壁を粉砕した。
「さあ、次はあんただ。ファースト」
ユーベンは茶を啜るファーストに向き直ったが、ファーストは立ち上がる素振りを見せなかった。
「気を抜いていていいのかい?まだ君たちの戦いは終わっていないのに」
「何?」
ユーベンは壊れた壁に目を向けた。
そこには一体の雷獣が立っていた。
「何だ貴様」
「リレ・シーノラだ」
全身が光の粒子となったリレが左手をユーベンに向けて翳すと、雷が迸りユーベンへと襲いかかった。
ユーベンは防御の構えを取り、出力した闘気の盾で雷を受け流す。
「何なんだその姿は」
「俺は断魔晶から生まれたらしい。その剣が粒子になれるなら、身体が粒子になれたっておかしな話ではないだろう」
再び雷を放つリレに対し、今度はユーベンが防戦一方となった。闘気を纏っているとはいえ、雷が直撃しては流石の教会騎士でもひとたまりもない。
「くっ」
リレは雷を放ちながら、ゆっくり歩いて距離を詰め始めた。
闘気は気力の続く限り途切れることはない。だがリレの雷も止む気配が無い。触れると危険な雷を浴び続けながら、盾の中でユーベンは耐え続けるしかなかった。
そして二人の距離は拳の届くまでに縮まった。
左手を翳しながら、リレは右手を振り下ろした。
――だがその拳は盾に当たらず、地面に落ちた。粒子でできていたため再び右手に戻ったが、攻撃は盾には当たらなかったのだ。
リレは右手を襲った一閃の持ち主に目をやった。
その持ち主の背中は、幼い頃から何度も見てきたものと同じだった。
「そこまでにしろ。バカ弟子め」




