第20話 宝核
甲冑は自らの命が尽きるまで、秘竜峰で何もせずにじっとしているつもりだった。
ところが自分の視界に入る領域で少女へ何度も攻撃を加えるものが現れた。少女が意識を取り戻す度に攻撃し続け、そのスピードは緩むことなく加速していた。
それだけならば可哀想な奴もいるもんだと一蹴し静観するつもりだったが、少女を攻撃し続ける女の動きには見覚えがあった。当時の自分の動きを再現すると似たような動きになるだろう。それはかつての自分だったのだ。
自分の主だったダンダーリャは後に英雄と呼ばれるようになる。その男はこの何もない山で甲冑を捨てた。村を出てからの付き合いだったのに、何も告げずに一人でいなくなった。
そのダンダーリャはどこで何をしているかはわからないが、生きていることだけは感覚として理解していた。
復讐してやりたいと何度も思った。お前だけの力ではないと思い知ってほしかった。
しかし秘竜峰に留まり続けた。所詮は道具の身で叛逆するなど烏滸がましいと。
だがダンダーリャそっくりの動きをする女が現れたのだ。
そこで甲冑は問うた。何者か、と。
女は答えた。ダンダーリャの意志を継ぐ者だ、と。
ダンダーリャはこの女に憑いているのかもしれない。現代に蘇ったダンダーリャであり、自分の感覚は偽りかもしれない。
それを見極めるために少女の視点から女を観察し続けた。
そして女はダンダーリャではないと結論付けた。ダンダーリャの劣化版に過ぎない。
存在が不愉快で仕方ない。本当の力でこの女を消そう。
これは決闘とは名ばかりの処刑である。
一方でダンダリア支部長にとっては己の中にある「英雄ダンダーリャ」の像を否定された形となる。
甲冑の言葉の通り、後世に伝えられていない事柄は多く存在する。あくまで万民が読みやすいように編纂されたものが現在の『ダンダーリャ英雄譚』である。
だがダンダリア支部長はこれを幼い頃から読み続けていた。人生の教科書と呼んでも差し支えない存在である。
それを否定されては、大抵のことを笑って見過ごせるダンダリア支部長でも平静を保てなかった。
「下がりな、ミア」
どこからともなく剣を取り出したダンダリア支部長はぼそっと警告した。
剣はナイフと同様に無から生み出したものだろう。それらしい荷物が無かったことをミアは把握していた。
剣を構えたまま、凄まじい気迫と共に甲冑へ距離を詰めた。その気迫は大地を捲り上げ、甲冑だけでなく離れた位置にいたミアにすら軽々と届いた。後に初めて認定される、潜在型断魔晶の所有者による闘気の発現である。
甲冑は切り上げられる剣に対して自らの剣を振り下ろした。振り下ろす力の方が強いとはいえ、生まれて初めて競り負けることにダンダリア支部長は腹を立てていた。
しかしこのままでは勝てない。そう悟ったダンダリア支部長は甲冑から距離を取り天空へと跳び上がった。最高点まで到達すると地面へ向き直り、大気を蹴って加速した。一度だけでなく、二度三度、さらに大気を蹴ることで加速していき、瞬間的には音さえも凌駕していただろう。この五日間で鍛えられたミアの目には最初の数度の蹴りしか見えていなかった。
高度と速度を重ねたダンダリア支部長の一閃は甲冑の首を捉え――なかった。人間の急所を避けるように剣を構えていた甲冑に渾身の一撃を捌かれていた。
「ちっ」
空中に放り出されたダンダリア支部長に向けて甲冑は剣を振るうが、ダンダリア支部長は大気を蹴ることでさらに跳び上がり回避する。『ダンダーリャ英雄譚』において英雄ダンダーリャが得意とする戦法であり、ダンダリア支部長がこれを再現できない道理はない。
無論それは甲冑にも同じことが言えた。甲冑も大気を蹴り、戦いの舞台は事前と空へ移る。
互いに大気を蹴れるとは言っても、空中で踏ん張り鍔迫り合うことはできない。互いの剣をぶつけ合い、弾かれても再び大気を蹴り肉迫する。そんな戦いをしていると、時間の経過と共に徐々に戦況が傾いてきた。
押され始めたのはダンダリア支部長だった。
才能だけは周りの支部長や元帥達に引けを取らなかった。しかし身体の細さや腕力の非力さも『教会』における序列一桁の中でもトップクラスであり、溢れんばかりの才能と断魔晶の力に頼り切ってきたこともまた事実である。
そんなダンダリア支部長と同じ戦法を取りながら膂力で上回る甲冑と戦えば、徐々に差が開くことは必然であった。
押されても押し返し、何度も甲冑へ肉迫するものの、甲冑の一振りによってついにダンダリア支部長は地面へ叩きつけられた。
「かはっ」
無意識に纏っていた闘気に加えて潜在型断魔晶の所有者特有の身体能力の高さにより肉体へのダメージは抑えられたものの、ダンダリア支部長の肺からは空気が全て吐き出された。
『……終わりだ』
「あっ!」
その動きはダンダリア支部長の最初の一撃と同じだった。何度も大気を蹴り加速し、音速を超えた甲冑の一閃は大地に底の見えない切り傷をつけた。
だがそこにはダンダリア支部長の遺体は無い。
面を上げた甲冑の目には、ミアに抱えられたダンダリア支部長の姿が映る。
『手を出すな。ミア・シェリン』
「決着はついたでしょ。私の力になるって言うなら言うこと聞いて」
ミアも無為に五日間を過ごしてきたわけではない。
甲冑の動きを見切り、『ブリッツ』と連動する形でダンダリア支部長を抱き上げつつダイブしたのだ。目では追えても身体が追いつかないミアを『ブリッツ』で無理やり動かしたことでなんとか間に合わせたため、少しでもミアの反応が遅れていたらダンダリア支部長の首は飛んでいただろう。
一方で甲冑は苦虫を噛み潰すような思いをしていた。
曲がりなりにもミアの所有物となることを認めてしまったことから、ここでミアまで攻撃することは自身の道義に反するためだ。ダンダーリャに捨てられた自分が他者を捨てることはできなかった。
『……わかった』
断腸の思いでその言葉を吐き出した甲冑は、剣を納めてミアの元へ歩み寄った。
『ダンダリア・グルーデン。貴様はダンダーリャではない。二度と奴の名を騙るな』
そう吐き捨てると、緑の珠となってミアの手元へと戻っていった。
ミアの修行は一旦ここで終わることとなった。ダンダリア支部長の心が折れてしまったためである。
秘竜峰へ向かう際は風よりも速く駆けていったが、傷心しているダンダリア支部長はとぼとぼと歩くことしかできず南東大陸支部まで何時間かかるかわからなかった。
声をあげて泣いているダンダリア支部長の背中をさすりながらミアが並んで歩いていると、馬に乗った教会騎士が前から駆けてきた。
「ダンダリア支部長、今すぐお戻りください」
「レジェル……?」
来たのは教会騎士第十一位のレジェル・オー・ジェンであった。ミアは面識がほとんど無いが、ユーベンと並んでダンダリア支部長が遊び回っている間の事務処理を任されている人物であることは知っていた。
「一緒にいるのは第六十三位のミア・シェリンさんですね。貴女は……戻らない方がいいかもしれません」
「なぜ?」
「『ドゥクス』が襲撃してきたためです。今はラルフ元帥が押し留めています」
それは衝撃的な報告だった。
その辺の教会騎士では『ドゥクス』に太刀打ちできる者などほとんどいない。レジェルがミアに戻らない方がいいと警告するのも無理のないことだった。
ミアもその方が命が守れると思っていた。
「なお敵はファーストと思しき男と、拉致されたリレ・シーノラであることが判明しています」
この報告を聞いた瞬間、ミアも南東大陸支部へ戻ることを決意した。
リレをなんとしても連れ戻す。そのためにこの五日間を捧げたのだから。




