第19話 甲冑
目を覚ましたミアは軽い食事をダンダリア支部長に貰うと、ゆっくりと咀嚼してから食べ終えた。
一息ついてから二人は向き合い、昨日と同じようにダンダリア支部長はナイフでミアを襲い始めた。
最初と同じスピードでの連撃だったのだが、ミアの目にはゆっくりに見えた。そこでミアは驚き目をやや大きく開いた。
「遅い?」
「……はい」
「その感覚、忘れないでね」
にっこりとしたダンダリア支部長が声をかけると、連撃のスピードが昨日と同じくらいに戻った。ミアはそう錯覚した。
ダンダリア支部長がしたこととは、格上の相手との戦いによって同格あるいは格下の相手との戦いに自信をつけさせることである。
ミアはリレを拉致される際、確かに敗北していた。
だがそれは形式上であり、物理的に滅多打ちにされたわけでもなければ精神を破壊されたわけでもない。圧倒的な力量の差を前にして諦めてしまっただけである。
これから挑まんとする相手の力を見せつけ、それに立ち向かわせることで同格以下との戦いに心の余裕を持たせるつもりでダンダリア支部長は稽古をつけていた。
ただしこの稽古はミアの心が折れればそこで終わり、死んでも終わりというものだった。
それでもミアの肉体と精神力がこれに耐えられれば必ず強くなれる。そうダンダリア支部長が信じたからこそ始まったものだった。
ここまでのことをミアは一切知らされていないが、徐々にダンダリア支部長の動きに慣れてきていることに気付きつつあった。
動きは目で追いかけ、追いつかない速さには『ブリッツ』で補助して追いつき、それでも捌けない攻撃には痛くない場所で受けるように身体を逸らしていた。
そこまでしてもなお全ては捌けず、攻撃が数度直撃する度に気を失っていた。
そしてミアの体感では夕方頃だろうか、何度か気を失っていたものの未だ戦意を喪失しないミアを見てからダンダリア支部長は地面へ腰を下ろした。
「え、終わりですか?」
「終わり終わり。やばいの来ちゃった」
ダンダリア支部長はミアの後ろを指差し、ミアは恐る恐る後ろを振り返った。
「う、うわああああ!」
そこに立っていたのはミアよりも背の高い甲冑だった。
目測ではΣ大元帥やG.T.元帥よりもやや高いくらいか、ミアは甲冑の顔と思しき場所を見上げて腰が抜けてしまった。
顔と思しき場所には影のようなものがかかっており、顔は見えない。もしかしたら無いのかもしれない。
「あんたが秘竜峰の主?」
『そうとも呼べるかもしれないな。私は長きに渡ってこの地に根差した宝核である。我が主は既にいないが、自我を持つ宝核はその力が失われるまで世界を見続けることとなる』
ダンダリア支部長の問いかけに対して甲冑は流暢に答えた。
『この二日間のことは見ていた。女、お前の所業は目に余る。すぐに出ていくかここで殺されるがいい』
「なら殺してみなよ。気になってたんだ、リュウってやつ」
甲冑は腰から刀を引き抜くと、ミアの横を風のように通り過ぎダンダリア支部長の眼前に突きつけた。目の前にいた甲冑が後ろへ向かったことにミアが気付いたのはおよそ一秒後だった。
甲冑を前にしてもダンダリア支部長は動じない。鋒ではなく甲冑の顔と思しき場所を見つめていた。
「どうしたの?隙だらけだけど」
甲冑は刀を下ろさないまま声を発した。
『女、何者だ』
「おれはダンダリア・グルーデン。英雄ダンダーリャの意志を継ぐ者だ」
その返事を受け、甲冑は刀を下ろした。
『ならばこの力……』
「あーそういうのいいから。力を授ける系のやつならその子にあげて」
膝をつき首を垂れた甲冑に対し、ダンダリア支部長は手を振ってミアを指差した。
「え、私?」
いきなりのことにミアは困惑していた。
そもそも甲冑などミアの戦術には一切合わないので力になれるとも思えなかった。
「要するにあんたはあの子をボコボコにするおれを追い出すために来たんだろ?ならその子に力を貸すのが道理だろ。違うか?」
『…………』
ダンダリア支部長の言葉に甲冑は沈黙した。
しばらくの静寂が場を包んだ後、甲冑はミアの方へ向き直りミアへと近付いた。
「えっ、なになに」
『これを』
甲冑は緑に輝く小さな珠をミアへ差し出した。
その輝きは『教会』の面々であれば知っている、断魔晶の輝きに相違なかった。
『ダンダリア・グルーデン。貴様はダンダーリャに近づこうとしているのか?』
ダンダリア支部長の方を向くことなく、だが振り向かない程度に首を回して甲冑は問いかけた。
「違うよ。おれが英雄になるんだ。ダンダーリャのような、ね」
『……そうか』
その問答の後、甲冑は再びミアの方へ顔を向けた。
「私は今なお生きる宝核そのもの。娘、名は?」
「ミア・シェリン、です」
『ミア・シェリン。お前が英雄を名乗る愚者に叛逆し続ける限り、お前に力を貸そう』
そう告げるやいなや、甲冑はその姿が消えミアの手の中の断魔晶だけが残った。
「今なお生きる宝核そのもの、ねえ……。案外おとなしいじゃん」
内心では甲冑と派手に戦えるとうきうきしていたダンダリア支部長は、つまらなさそうな声で吐き捨てた。
二人の思っていたものとは別の力を手に入れたミアだったが、その後の三日間は甲冑の存在を無視して『ブリッツ』を扱う訓練を続けていた。
甲冑の力がどれほどのものかはわかっていないが、当初の目的がミアと『ブリッツ』の連動とミア自身への精神面の強化だったため、甲冑を使う必要が無かったのである。
五日目ともなれば打撃を受けて気絶することもほとんど無くなり、ミアの著しい成長が一目瞭然であった。
その修行の最中に甲冑の断魔晶が自分を使えと言わんばかりに光を放ち始めて鬱陶しかったので、仕方なく呼び出すことにした。
「眩しいんだけど、何?」
『ダンダリア・グルーデン。貴様のことを見誤っていたことをここに謝罪しよう』
「建前はいいよ。用件は?」
甲冑の謝罪を軽く流し、ダンダリア支部長は面倒臭そうに質問した。
『貴様の知るダンダーリャ。何者だ?』
「どういうこと?」
『私はかつてダンダーリャの宝核だった。あの男が私を捨てたのだ』
その答えにダンダリア支部長は眉間に皺を寄せた。
「でも英雄ダンダーリャって甲冑なんて着てない……ですよね?最初はナイフ、その後は剣を手に生身で世界を巡ったって」
広く出版されている『ダンダーリャ英雄譚』における英雄ダンダーリャの活躍はミアの話した通りだった。
英雄ダンダーリャに憧れるダンダリア支部長も『ダンダーリャ英雄譚』は何度も読み返しており、そこに甲冑など存在しないことは理解している。
「おれの断魔晶『ダンダーリャ』は英雄ダンダーリャの模倣だ。『ダンダーリャ英雄譚』における英雄ダンダーリャこそがおれの『ダンダーリャ』の力だ。お前の言うことは眉唾だ」
『純然たる事実である。貴様の使っていた力の数々は間違い無くダンダーリャのものだった。それは認めよう。だが後世に語り継がれていないことも多いようだな』
甲冑はそう告げるとダンダリア支部長へ距離を詰めた。
『我が身はミア・シェリンの物となっている。だがこれは私個人としての依頼である。ダンダリア・グルーデン。私と決闘しろ』
「待っ……」
ミアの言葉を遮りダンダリア支部長は手を突き出した。
「それは甲冑のあんたと?リュウのあんたと?それともミアに力を貸すっての?」
『私は再現しよう、当時のダンダーリャを。まだどこかにいる奴を殺すために』
初めて甲冑と出逢った際には戦うことを望んでいたが、今のダンダリア支部長は違った。
自分の中の英雄ダンダーリャ像を否定されたのである。
戦える喜びではなく、自分の根本を否定する甲冑に対して明確な殺意を抱いていた。




