第17話 銃狼
これは地上でアイバー支部長とモスクルスが戦っている間の話。
退路を絶たれたシェインは残った教会騎士それぞれに非戦闘員を割り当てて、別動隊として散り散りにさせた。一点集中による全滅を防ぐためである。
敵がどこにいるかもわからず、数も不明であることからこれが最善だと考えた。
この作戦自体は功を奏し、後方から押し寄せる機械人形を各個撃破でき被害を抑えることに繋がった。ズィーゲル自身は戦闘力が高くなく機械人形を仕向けることしかできなかった点も大きい。
「やっぱ機械人形だけじゃ間に合わないのか……」
ズィーゲルは自身の戦闘力の低さを呪った。
彼自身の持つ顕在型断魔晶『箱』は内部あるいは外部からの物質の出入りを完全に遮断する透明な箱を創り出せるものである。
南西大陸支部を襲撃した際も、今この時も、内部から出ようとするものをシャットアウトしていた。
さらに内部から出るものを遮断する場合は外部からの侵入は可能なため、これを利用して機械人形を逐次投入していた。
闘気を纏い肉弾戦を仕掛けるくらいしかやることのないズィーゲルの出る幕はない。
それでも内部の教会騎士達は疲弊し、いずれ壊滅に至るだろうとズィーゲルは考えていた。
そう、彼が現れるまでは。
シェイン達が逃げようとしていた地下の避難通路は、彼の散歩ルートのひとつだったのだ。
外部からの侵入を許すその箱の中に悠々と足を踏み入れた彼は、その場にいた全ての機械人形に向けて弾丸を放った。
「何が起きている?シェイン副長」
「G.T.元帥……!」
事前の調査ではG.T.元帥が不在だとわかっていたこの日に襲撃を仕掛けていた。元帥が帰還するなど想定外である。
「そこか」
G.T.元帥は天井に一発の弾丸を撃ち込んだ。その弾丸は天井を貫通し、階上を通過し、安全だったはずの場所にいたズィーゲルの肩に風穴を開けた。
「いっ……!」
「シェイン副長、怪我人の介抱を任せた」
ズィーゲルの僅かに漏れた声を聞き、G.T.元帥は階段に向かって走り始めた。
「どんな鍛え方したらいいんだよ……」
残されたシェインは呆気にとられながらも医療班の力を借りトリアージに取り掛かった。
「何で元帥がいるんだよ!」
肩を押さえながらズィーゲルはモスクルスの元に向かって走っていた。
モスクルスは機械人形が他の教会騎士を殲滅することを前提にアイバー支部長の時間稼ぎをしていた。そこで本気を出せばアイバー支部長くらい始末できる、とズィーゲルもモスクルス自身も考えていた。
しかしそれはあくまでG.T.元帥が不在であることが必須条件である。
元帥とは崩廻Ⅲに到達した顕在型断魔晶の所持者に与えられる称号であり、強さとは本来関係の無いものである。しかしながら崩廻Ⅲに到達するほどの実力者となれば上から数えた方が早いほどの強さを誇ることは想像に難くない。
そしてそれは当然G.T.元帥にも当てはまることであった。
駆け足で階段を登りながら、適当な方向へ弾丸を放つ。しかしそれらは全てズィーゲルへと命中し、G.T.元帥が追いつく頃にはズィーゲルの身体は穴だらけとなっていた。
「ふざけんじゃねえ……なんで……」
ふらふらとした足取りで歩くズィーゲルは開けた空間があることに気付き、少しだけ元気づいた。
「戻るぞモスクルス!」
そのままやや駆け足になると、何発も弾を受けた影響で転んでしまう。
「あでっ」
「おい逃げるなよ。弾が当たらないだろう」
「どこへ逃げたって当たるじゃねえか!」
ズィーゲルからしてみれば、階下の視認できない場所から的確に弾を撃ち込まれているのだ。そのような言葉が出てもおかしなことではない。
するとズィーゲルは脇腹から血を流すモスクルスの姿を確かめた。同時にモスクルスも全身血塗れの青年がズィーゲルであることに気付いた。
「ズィーゲル……お前何してんだ……」
「それはこっちの台詞だ!なんでこのクソ支部長はまだ生きてんだ!」
アイバー支部長を可能な限り釘付けにすることがモスクルスの任務なのだ。勝手に引き返して文句を言っているズィーゲルに非がある。
頭に血が昇った二人を他所にアイバー支部長とG.T.元帥は何やら言葉を交わした。すると、こちらを振り向いたアイバー支部長の刀がズィーゲルへと襲いかかった。
モスクルスと口論をしながらもアイバー支部長からは目を離さなかったズィーゲルは、アイバー支部長の一太刀を『箱』で受け止めた。その名前から直方体を連想しやすいが、実態としては複数の直方体を組み合わせた形を顕現させることも可能である。
それを利用してズィーゲルは瞬時に自身とモスクルスを覆える形の『箱』を創り出したのだ。無論、外部からの侵入を防ぐものである。
アイバー支部長の攻撃を受け止めたズィーゲルはにやりと笑うが、その直後、信じられないものを目の当たりにして顔から血の気が失せた。
「モスクルス!」
アイバー支部長の攻撃と同時に放たれたG.T.元帥の弾丸がモスクルスの眉間を貫いていたのだ。
「そんな……バカな……」
ズィーゲルの『箱』はあらゆるものの侵入を防ぐものである。だからこそ、それに守られたモスクルスが撃たれるなど信じられない光景だった。
よく見てみると、『箱』そのものにも穴が空いていることがわかった。『箱』の展開自体はG.T.元帥が撃つよりも早かったということになる。だがその穴はモスクルスの頭蓋を貫通し、対面まで風穴を開けていた。
仮に貫通力の高い弾だとしても威力は減衰するはずだろう。そもそも物質の出入りを許さないのだから弾は表面で止まるはずである。
「何をした……!」
ズィーゲルはG.T.元帥の方へ振り返り睨みつけた。
「何も?弾すら撃っていないが?」
思考の追いつかないズィーゲルを気にせず、G.T.元帥は言葉を続ける。
「俺の崩廻Ⅱは弾を撃たない。ただその射線上の全てのものに風穴を開ける。知らなかったか?」
ズィーゲルの『箱』はあくまで物質の出入りを完全に遮断するものであり、非物質はその限りではない。
一方でG.T.元帥の崩廻Ⅱは弾を射出せずにただ穴を開けるだけのものである。その力の前には物質の強度や厚さは関係無い。
その事実を知ったズィーゲルは、迷いなく転移の符術を使ってその場から逃げた。モスクルスの遺体を拾う余裕など無い。どんな構えを取ろうと、頭に向けて撃たれた瞬間に死が確定しているのだ。
「逃げたな」
「なぜすぐ撃たなかったんだ」
「あの巨漢よりは話ができそうだったんでな。それに、あの奇妙な箱は光すら通さないせいで中の人間がどんな格好をしているのかわからん。闇雲に撃つ必要も無かろう」
G.T.元帥はそう言うと、銃の断魔晶を腰のホルスターへ戻した。
「……まずは被害状況の確認だ。それと技術班を呼んでくれ。モスクルスをバラす」
「わかった。すぐにやろう」
こうして北東大陸支部の危機は一旦去ることとなった。
「クソが!」
虚城に転移したズィーゲルはファーストから直々に治療を受けていた。
「元帥が来ることは想定外だった、ということかね?」
「ああそうだよ。ふざけやがって……」
ズィーゲルは稚拙な作戦には不備がなかったとして不満を漏らしていた。しかしながら現実に元帥は現れ、モスクルスを喪い、おめおめと敗走したことも認めている。
「『ドゥクス』を失うのはアル以来か。何か穴埋めの案はあるかい?」
「一人いるじゃないですか。ほら、あの新入りの。あいつが言ったんですよ、次はあの元帥をやろうって」
「そうだな。……なら次は行かせてみようか」
いくらか冷静さを取り戻したズィーゲルはファーストと話し始めた。それは同時に、リレが『教会』と敵対しなければならない日が近づいてきたことも意味していた。




