第16話 叢雲
打倒元帥に向け、リレは二人の教官による指導を受けることとなった。
片方はグラシェと名乗る男で、氷を生み出す断魔晶の持ち主である。大剣の扱い方だけでなく、あらゆる武器への対抗策をリレへ伝授すべく教官に任命された。
もう片方はウィン――リレの父親である。戦闘スタイルこそミハトに近いもののリレとはかけ離れている。任命したファーストには何か意図があるのだろうが、それを推し量ることはリレにはできなかった。
「それでもウィンの息子か?」
氷の大剣を振るいながらグラシェは煽ってくる。
リレにとって父親とはかつての教会長であったクラックス・シーノラであり、同時に自分を育ててくれたラルフ元帥である。『ドゥクス』のウィンは父親ではない。
「お前は何のために『ドゥクス』になったんだ?」
グラシェの大剣を捌きながらリレは聞いてみた。クラックスもそうだが、なぜ『ドゥクス』になったのか。『カミ』の座に辿り着くことは聞いたが、それが『ドゥクス』全体の意思かどうかは聞いていない。あくまでファースト個人の意思のはずである。
「私は神となるファーストの創る新たな世界を見てみたい。それだけだよ」
グラシェの動機はアインと似たようなものだった。
しかしグラシェはアインと異なり気まぐれで『ドゥクス』に加入した者である。具体的にはイドによる勧誘に応じた稀有な存在である。勧誘に応じた際にはイド自身が驚きすぎて強く頭を打つほど倒れた。
ただしグラシェが当時聞いた勧誘内容はリレと同じである。要するに「『ドゥクス』になりませんか?」以外何も聞いていない。
それでも世界を脅かす存在に興味を抱き、勧誘に乗ったというわけだ。
「ファーストは……『カミ』の座を奪ってどうするつもりなんだ?」
「さあ?この世界を変えるのかもわからん。だがそれも含めて私の好奇心だよ」
大剣を振るうグラシェの顔色は涼やかだが、その剣勢はより苛烈になっていく。
「自らの得意とする武器ならば同じ武器の使い手にくらい勝てるようになりなさいな!」
押されていたリレはグラシェの大きな一振りに吹き飛ばされ、後方の壁にぶつかった。
「……今日はここまでだ。ゆっくり休め」
土煙が晴れ、項垂れるリレを確かめるとグラシェは訓練場を後にした。
「……くそっ」
訓練場にかかっている謎の力によりリレには傷一つついていなかった。否、それだけではない。傷物にしないよう、グラシェによって手加減をされていたのだ。
ふらふらしながら立ち上がると、リレも訓練場を出ていった。
「シェイン、頼めるかい?」
「貴方の頼みくらい何度聞いてきたと思ってるんですか、アイバー支部長」
「悪いね。北東支部の皆を頼んだよ」
そう言ってアイバー北東大陸支部長は目の前の大男と対峙する。リレが発見した会議にも参加していた、全身の筋肉が肥大化した巨漢である。
北東大陸支部は突如現れた大男により蹂躙され、地上の職員の四割が殉職した。炎に包まれる北東大陸支部からの撤退の指揮を任されたのは教会騎士第八位であり北東大陸副支部長のシェイン・カレスだった。
「こんな時にどこ行ったんだよ元帥サマは」
悪態を吐きながらもシェインは生き残った地上の職員や研究班を引き連れ、地下からの脱出を試みた。
「あ?なんだこれ」
各支部には地下からの脱出ルートが存在する。しかしその地上へ抜ける道が見えない何かによって塞がれていた。
「おい、どうなってる!」
それは南西大陸支部の時と同じだった。見えないどこかでズィーゲルが北東大陸支部そのものを封印しているのだ。
だが南西大陸支部の時と違うことがある。そう、アイバー支部長が『ドゥクス』による侵攻を抑えているのだ。
「もっと殺させろよ、なあ支部長サンよ!」
巨漢――モスクルスは大木と見紛うほどの腕を振りかぶった。アイバー支部長はそれを紫がかった刀で受け止める。
「……紫刀――『叢雲』!」
モスクルスの拳を受け止めていた刀がエネルギーを纏い始めた。炎、氷、風とあらゆる属性の花火がチラチラと舞うと、アイバー支部長はモスクルスの腕を斬り上げた。
「ぬおっ!」
モスクルスの左手は血塗れだが、指が切断されるほどではなかった。
「……頑丈な身体だな」
「ファーストに貰ったんでな。お前の小刀で傷が入ったことが奇跡だ」
アイバー支部長の断魔晶――叢雲はアイバー支部長の上半身ほどの長さがある。それを小刀と称するほどモスクルスは常識外れの巨漢だった。アイバー支部長のおよそ倍の身長ともなれば当然の感覚かもしれない。
アイバー支部長の目的は北東大陸支部の面々が撤退するまでの時間を稼ぐことである。モスクルスが延々と追ってくるならば潰すしかないが、どこかで逃げ切れると踏んでいた。
しかし実際は地下で足止めを食らっており、とてもではないが逃げられる状況ではない。それを知る由も無いアイバー支部長はモスクルスに持久戦を挑もうとしていた。
一方でモスクルスも力任せに拳を振るっているように見えるが、ズィーゲルが地下の連中を皆殺しにしてから合流する手筈のためあえて時間をかけて戦っていた。
――お互いの目論見は二人の男によって崩れ去ることとなる。
一人の男はアイバー・スンだった。モスクルスは挑発こそするものの、アイバー支部長への殺気を感じられなかったのだ。よくよく考えると、北東大陸支部を襲撃した際に発していた炎も使っていない。
何か意図がある。
それを察したアイバー支部長は持久戦から短期戦へと切り替えた。何か目的を遂げさせるより先に潰すしかない。
深入りせずに戦っていたところから瞬時にモスクルスの懐へ潜り込み、斬り上げでモスクルスの脇腹から血を噴出させた。
「うおおっ!?」
モスクルスが気付かないほど殺意を抑え、的確な一撃を見舞った。
脇腹を抑えたモスクルスは後ずさる。
「てめえ……」
アイバー支部長を見据えて構えるモスクルスをアイバー支部長は追わない。『ドゥクス』が不死身であるという噂を否定しきれないためである。
かつて教会騎士だったアル・リーという男をアルグール・カーティルが斬り殺した際、彼は「奴は『ドゥクス』だった」と言い放ち悪びれる様子もなかったという。
今は亡き快楽殺人鬼の発言に信憑性など無い。
深追いしないアイバー支部長と身構えるモスクルス。その膠着を破ったのはもう一人の男だった。
「戻るぞモスクルス!」
全身血塗れでアイバー支部長の後ろから一人の青年が走ってきた。
「あでっ」
血塗れの青年――ズィーゲルはふらふらとした足取りからか、何も無いところで躓いてしまった。
「おい逃げるなよ。弾が当たらないだろう」
「どこへ逃げたって当たるじゃねえか!」
ズィーゲルの後ろから現れたのはもう一人の男――G.T.元帥だった。
「ズィーゲル……お前何してんだ……」
「それはこっちの台詞だ!なんでこのクソ支部長はまだ生きてんだ!」
アイバー支部長を挟んで『ドゥクス』の二人は口喧嘩を始めた。
それでもアイバー支部長はモスクルスから目線を外さなかった。ズィーゲルが現れた時も、目の前の口論の際にもである。
後ろを振り向かずにアイバー支部長はG.T.元帥に声をかける。
「こいつら、死ぬと思うか?」
「死ぬまで殺せば死ぬだろう。やらないのか?」
「……それもそうだな」
アイバー支部長はそう呟くと、素早く振り返り這いつくばるズィーゲルを斬りつけた。それと同時にG.T.元帥はモスクルスの眉間目掛けて渾身の一発を放った。




