第15話 虚城
リレは拉致された後、城外に出られないこと以外は特別不自由の無い生活を送っていた。『ドゥクス』としてはリレを歓迎しているようだ。
「また散歩?」
「え、あ、はい」
声をかけてきたのは長い黒髪で背の高い女だった。背丈はΣ大元帥に近いのだろうが、出るところは出ているグラマラスな体型である。
「アインさんはなんで毎日話しかけてくるんですか?」
「バハームのお気に入りっていうし、どんな子なのか興味あってね」
アインと呼ばれた女は散歩しているリレを見かけては毎日話しかけてきていた。いつもは他愛も無い話をしてからどこかへ行ってしまうのだが、どうせなら情報を手に入れてやろうとアインに質問してみることにした。
「いつもバハームって言いますけど、誰のことなんです?」
「そりゃファーストのことよ。私は慣れないから本名で呼んでるけど」
この日はアインの機嫌が良かったからか、はたまた暇だっただけなのか、ファーストもといバハーム・ナハトとの昔話を聞かせてくれた。
今からおよそ三百年前、幼馴染のバハームとアイン――ミランダ・メルベールはいつものようにバハームの家で休日を過ごしていた。
「この力の使い道は何も無いのかね」
「勝手に使ったら捕まっちゃうんだし、そういうの考えるのやめなよ」
定職に就いていたものの惰性で過ごしていた二人は、人生に刺激を求めていた。
彼が現れたのはそんな日々を過ごしていた帰り道だった。
彼が何かの言葉を発しているのはわかるが、意味が理解できない。身振り手振りで伝えようとしてくることもわかるが、内容が釈然としない。
しばらく彼と交流し、飽きたら領主へ突き出そうと結論を出し、二人は彼を家へ連れ帰った。
ところが彼はこちらの言葉を素早く理解し、七日も経つ頃には拙いながらも会話ができるようになった。
「じぶん、ちがう、きた、せかい」
かつて各大陸では異なる言語が使われていたというが、先人達はなんとか協力し合って言語を統一させたという。その頃の各大陸のことを「世界」と呼んでいたらしいことは歴史書にも記されているが、現在では「世界」という概念は存在しなくなっている。
そんな死語が彼の口から漏れ出したのだ。
さらに詳しい話を聞くと、飽きたら捨てるという二人の考えを吹き飛ばし、興味の対象になっていた。
彼曰く、ここではない世界から来たのだという。彼は自身の名前も教えてくれたが、よくわからなかったので「キューロ・ナハト」という名を与えた。
キューロの話で最も興味深かったのは「神」という存在である。
何の前触れも無く神の住まう空間へ放り出され、帰してやるなどと言われた挙句この世界に飛ばされたという。
「会ってみたいな、神とやらに」
バハームはそんなことを口にした。それは退屈と二人三脚してきたバハームにとって魅力的な話だったのだ。
キューロの住んでいた世界では神の存在こそ一般的だったものの、神と会うなどということはあり得なかったという。またそのような手段も存在しなかった。
一方でバハームにはそれを成し得る可能性のあるものに心当たりがあった。後に断魔晶と呼ばれることになる力である。
「キューロ、お前、元の世界に帰りたいか?」
「かえりたい」
「じゃあ行こうぜ、神ってやつのところによ!」
ミランダはこの時のバハームの目の輝きを忘れたことがなかった。何でも上手くこなし人生に飽き飽きしていたバハームの目に初めて光が灯った瞬間だったのだから。
「でもどうやってそんな力を見つけるのよ?力を使うことは禁じられているのに」
「それもそうだな。キューロ、何かないか?」
「あ、これ……」
キューロが差し出したのは一冊の本だった。
元々キューロが持っていた本であり、当然その内容はキューロの世界の言葉で書かれている。そのため二人に読むことはできない。
「……もうちょっと上手く喋れるようになったら、中身を教えてくれよ」
「わかった」
それからキューロは次第に語彙力を高め、一ヶ月ほどで違和感のほとんどない会話ができるようになった。
「大雑把にまとめると、特別な力を持ったキャラクター達が力を合わせて巨悪に立ち向かう話だよ」
「そんな話読んだことないな」
キューロの世界ではよくある物語のひとつだが、二人にとっては新鮮な内容だった。
「これが何の参考になるの?」
「何かいないのか?巨悪というか、人類が一丸になって戦わないといけないような奴は?」
「いるわけねえだろ。本の中じゃないんだぞ」
バハームはそう吐き捨てて横になったが、突然跳ね起きて天井を見つめた。
「な、なに?」
「それだよそれ……でかしたキューロ!」
バハームは座っていたキューロの肩を掴んで頭を揺らし始めた。
「な、なんだよ……?」
「俺が倒されるべき巨悪になればいい!」
突拍子もない発言に、ミランダもキューロも目を丸くした。
「この力があればできるぞ多分。ミランダやるぞ。キューロも来い」
そう言うとバハームは家を飛び出していった。
「キューロって、『教会』を創ったっていう?」
「そうよ」
アインはふふっと笑うと、リレの後ろの人物の視線に気付いた。
「あら、どこから聞いてたの?バハーム」
「キューロが現れる前あたりからだ」
「最初からじゃない」
眉間に皺を寄せたファーストが、リレを見下ろしていた。
「え、えっと、これは」
「いずれ知ることだ。いつ聞いても変わらんだろう」
ファーストは踵を返してどこかへ行ってしまった。
廊下で堂々と昔話を聞き入ってしまうほどにリレの神経は麻痺していた。扱いが捕虜でも来客でもなく同胞というのだから、ある意味当然のことなのかもしれない。
「続きはまた今度話してあげるね」
アインも立ち上がるとファーストの向かった方向へ歩いていった。
同胞だというのならどこへ行こうと自由だな、と考えたリレは二人の向かった先を目指して歩き始めた。
「この部屋か……?」
リレが辿り着いたのは大きな扉の前だった。中から少々声が聞こえる。ここで間違いない。
「失礼します」
最低限の礼儀だけはしっかりしておこうと、ノックしてからリレは扉を開けた。
そこに集っていたのは、総勢十一名の男女だった。
「おや、見つかってしまったね」
飄々とした声で長机の端に座るファーストは声を漏らした。
部屋の中の者達から浴びる視線はリレに注がれ、その視線にリレは少しばかり萎縮してしまった。
「ちょうどいい。リレの意見も聞こうじゃないか」
ファーストはそう言うと、リレへ正面の空席に座るように指示した。
部屋の最奥にあたるファーストの正面席ともなると、全員の視線を浴びながら歩くことになり沈んだ心持ちになった。
「今は次に始末する元帥について話し合っていてね。君は誰がいいと思う?」
「えっ」
次に襲う元帥を決める会議という言葉にリレの脳は理解を拒否していた。
「いや、そういうのは……」
「生きていても役に立たないのは『鉄拳』と『銃狼』だろ」
「『錬武』ってどうなんだ?」
「あいつは放置していい。『槍王』の方が潰しやすい」
「ジジイは趣味じゃねえ」
周りにいた者が声を上げるが、ファーストがそれを制した。
「今はリレに聞いている。どうかね?」
「それなら……」
リレがその結論を出した最大の理由は――。
「外が見えるかい?」
「何なんですかここは」
「世界の中心とも呼ぶべき場所だ。我らが虚城はアインの力で成り立っている」
窓から見えた光景は不思議なものだった。環の中心と呼べる場所に城が浮いており、五大陸を見渡すことができる。
物質の物理法則を任意で無視できる、アインの崩廻が成せる奇跡だ。
そして虚空に浮かぶ虚城は『ドゥクス』の本拠地である。三百年もの間、一切見つからなかった理由でもある。
この会議の結果、元帥のもとへ『ドゥクス』が向かうのは年に一度の『教会』の再編の後ということになった。




