Al-ghul 2.血河
アルグールが目を開くと、バルコニーの上にレリー元帥、目の前にヴィン支部長、それ以外の者は全て別の部屋へと避難していた。
本部と同様に南西大陸支部にも地下が存在し、本部ほどではないが避難用の施設として成り立っている。
そこへ逃げた者を追うよりも先に目の前の二人を倒さなければならないアルグールは、ヴィン支部長ではなくバルコニーの上にいるレリー元帥へと狙いを定めた。
「てめぇから殺してやるよ、ええ?元帥さんよお!」
潜在型断魔晶の所有者特有の身体能力でバルコニーに向けてジャンプしたアルグールを、ヴィン支部長は追いかけた。
「させると思うか?狂人が」
ヴィン支部長はその身に纏っていたマントを外し、アルグールへと叩きつけた。
「うおっ!?」
マントで叩かれたアルグールは姿勢を崩し、そのまま地面へと激突した。
このマントこそがヴィン支部長の断魔晶であり、このマントによって発生する事象が断魔晶による攻撃として看做される。そのためこのマントを薙ぎ払うことで発生する風の届く範囲全ての機械人形を殲滅するといった荒技も可能である。
アルグールは飛び起き、ヴィン支部長と距離をとった。
ここで初めてアルグールはヴィン支部長をしっかり敵だと認識した。レリー元帥を殺すためにはヴィン支部長を殺さなければならない。その事実を受け止めた上でアルグールは不敵な笑みを見せた。
死者蘇生という偉業を成すレリー元帥の断魔晶『フローレンス』には最大の欠点がある。それは蘇生のためには五体満足であり、尚且つ全神経を蘇生に注ぎおよそ一時間を要するという点である。つまり現状で傷を癒やされることはあっても蘇生されることはないということである。
それを知っていたアルグールはヴィン支部長の殺害に集中することにした。
玄関扉を背にしたヴィン支部長を見据え、思索を巡らせる。
ヴィン支部長の断魔晶はマントという形状により煽ぐことで様々な攻撃を繰り出すことができる。また防具としても優秀であり、まさに攻防一体の断魔晶となっている。
斬る、突くといった攻撃は透かされてしまうと判断したアルグールは刃を構えたまま迷い無くヴィン支部長へと突撃した。対するヴィン支部長もマントを構えて受けの姿勢をとった。
――それがヴィン支部長にとっての判断ミスだった。
アルグールは構えた刃を宙へと放り投げた。否、それは放り投げたというよりは投擲に使ったと表現した方が正しいだろう。バルコニーでヴィン支部長のバックアップをしようと戦況を見ていたレリー元帥の頭部を正確に刺し貫き、レリー元帥は声を出す間もなくその目から光を失った。
またヴィン支部長もその刃の行き先に一瞬目を奪われた。その瞬間アルグールは構えられていたマントを掴み、ヴィン支部長の顔へ頭突きを繰り出した。
「目が良いのも考えものだな」
アルグールは左手をマントから離すことなく、右手で何度もヴィン支部長の顔面へ拳を叩き込む。
無論これで諦めるようなヴィン支部長ではない。左腰に装着しているホルダーから符術を取り出そうと、空いていた右手を伸ばした。
その隙を逃すアルグールではない。
「アアターカ!」
レリー元帥の頭部に刺さっていた刃がその声に呼応して、アルグールの右手へと戻ってきた。そしてそのままヴィン支部長の右手を刃で貫いた。
「ぐっ」
声は抑えているものの、顔と右手に走る激痛から逃れる術はなかった。ヴィン支部長はほとんど開かなくなった目でアルグールを睨みつける。
「……最期に何かあるか?」
それは教会騎士となる前のアルグールが人を殺す際に必ず問いかけていたものだった。
この質問には特に意味が無い。ただアルグール自身が殺した相手を覚えておくためにその者の顔と声が必要なだけであり、今際の際の声を聞き出すために最適だった質問がこれだっただけである。
「…………」
ヴィン支部長は何も口にしなかった。アルグールへの呪詛も、レリー元帥やこれから死にゆくであろう南西大陸支部の面々への謝罪も、命乞いすらも。
ただその目にはアルグールへの激しい怒りだけが籠っていた。
「そうか」
アルグールはヴィン支部長の右手から刃を引き抜き、そのままヴィン支部長の首へ刃を突き立てた。
「なんで他の支部と連絡が取れねえんだよ!」
南西大陸支部の地下ではパニックが起きていた。
外部との連絡が取れず、地下の脱出口から逃げようにも外へ出ることすら叶わないのである。
「地面を踏まなきゃ侵入者に気付くことすらできないなんて、欠陥システムじゃん」
南西大陸支部の建物の屋根で、一人の青年がつまらなさそうに呟いた。『ドゥクス』の一員であるズィーゲルという青年だ。彼は自身の能力によって南西大陸支部を外界と遮断していた。彼の仕事はそれだけである。
「にしてもファーストは性格悪いや」
絶対に手を出すなと厳命されていたズィーゲルは南西大陸支部の未来を悟りほくそ笑んだ。
勝手知ったる南西大陸支部内をアルグールは悠然と歩いている。全ての部屋をしらみ潰しに確認し、生き残りを見つけ次第殺害する。ひたすらその作業の繰り返しをしていた。
「……つまんねえな」
アルグールが快楽殺人者であることは曲げようの無い事実だが、百人単位で殺し続けていると徐々に飽きが来てしまった。殺せば殺すほど強くなる性質上、最初にヴィン支部長とレリー元帥に手をかけたことで手応えのある相手がいなくなっていたということもある。
そこでアルグールは気付いた。
「そうか。俺は『戦い』が好きになってたんだ」
元はただの殺人鬼でしかなかったが、機械人形を討伐する教会騎士となり、強者との戦いを経験し、倒した者の力を得る。
自分の在り方が変質したとも言えるが、しかしその実アルグールは現状に満足感は得ていた。
「…………」
もはや南西大陸支部の生き残りは自分しかいない。
生き残りがいても殺すだろう。
アルグールは力が漲っていることを実感しつつも、その心は虚無感に襲われていた。
「何か不満でも?」
ファーストは足音も無くアルグールの背後から声をかけた。
「……いや」
「なら次は『教会』本部へと行こう」
「なぜ他の支部じゃない?本命は最後だろう」
ファーストの提案に対してアルグールは意見を出す。
至極真っ当な意見ではあるが、ファーストはどうしてもと意見を通そうとする。
「北西のアラーテルには痛い目に遭わされているだろう?南東のダンダリアは力の底が見えない」
「北東は?アイバー・スンなら勝てるが」
「何も無ければそうしたかったんだがね。生憎と、『銃狼』G.T.元帥が滞在しているんだ。これはまだ相手にしたくないだろう?」
まだ、とつけたのは後回しにすれば増幅した力によって勝てる見込みができるからだ。
「とはいえここから本部まではまっすぐ言っても一ヶ月は」
「一瞬だよ」
ファーストは符術の入ったホルダーを取り出す。ところどころに血がついているものの、遺体から回収したにしては比較的綺麗な状態だった。
「元帥にはどこへでも一瞬で行ける符術がある。教会長も持ってたかな?これなら君の力が衰えることなく本部へ行けるだろう?」
ホルダーはレリー元帥のものだった。
「ひと休みしてから行くといい。期待しているよ」
ファーストはアルグールの肩に手を置き、転移の符術をアルグールに持たせると血河の中を歩いてどこかへ去っていった。
一方でアルグールは内から湧き上がる興奮を抑えられなかった。
ロデリック教会長を殺し、他の支部長や元帥を殺せば、残るは『ドゥクス』のみである。そうすれば自らの命を握る憎きファーストも倒せるかもしれない。何より強者との戦いを再び楽しめる。
アルグールの口角は徐々に吊り上がっていき、そこには殺しに飽きた様子など見えない貌が残っていた。




