第14話 再編
「残るよ」
ミアを殺して自分が帰るか、自分が『ドゥクス』になることでミアを帰すか。
最初から考えるまでもない一択の質問に答えると、リレは顔を上げてウィンに吼えた。
「だからミアは!絶対に帰してくれ!」
「最初からそのつもりだ」
ウィンは少し困ったような顔で答えた。
「改めて言うが、このことはしっかりと全員へ伝えてほしい。これは我々からの宣戦布告だよ。特に南東の支部長にはよろしく伝えてくれたまえ」
そうしてミアの肩に手を置くと、そのままミアを後ろへ倒した。
ミアは体を押され背中から地面に激突すると思い身構えたが、そのまま天井を見ながら穴へ落ちていった。
「えっ、ちょっ」
「多分怪我はしないさ」
Dが事前に発動させていた転移の符術によって背中からどこかへ転移させられたミアは、全てを言い終わる前に全身を吸い込まれてしまった。
「全く、女は喧しくて嫌だね」
「ローに聞かれたら死ぬぞ、お前」
「そりゃ嫌だねえ。あいつには勝てねえんだわ」
そこには二人の笑い声と、俯きながら奥歯を噛み締めた少年の姿だけが残された。
「と待っいたっ」
ミアが背中から落ちたのは、草原の地面スレスレの場所だった。
おかげで怪我をすることなく転移でき、足も縛られていなかったことから容易に立ち上がることができた。
「ここは……」
そこはミアには見覚えがあった。
何度かキャンプの訓練としてミハトとリレと訓練した『教会』本部の敷地内だった。
背中側で親指同士を紐で結ばれていたもののそれ以外の自由はあったミアは、全力で地面を蹴り『教会』本部を目指した。
「……以上が私が伝えろと言われた話の全てです」
教官役でもあるミハトを伴わず単独で帰還したミアは、ロデリック教会長と見慣れぬ機械を腰につけた長髪長身の男へと報告を終えた。
「どう捉えますか、G.T.元帥」
「話の是非はともかく、この娘が嘘をつく必要性が無いということは事実だろう」
長髪長身の男――G.T.元帥は当たり障りのない返事をした。
毎年行われる各支部の再編の見物と称して『教会』本部へと帰還することが彼の趣味であり、リレ達の出発した2日ほど後に帰還していたのである。
「『ドゥクス』による大攻勢……。何人いるかもわからないが、恐らくはほぼ全ての『ドゥクス』が出張ってくるだろう。一度支部長と元帥を集める必要があるな」
「ならば各元帥には話を通しておこう。ランベルの爺さん以外なら明後日には来てくれるはずだ」
「ありがとう」
G.T.元帥はそう言うと、そそくさとロデリック教会長の部屋から立ち去っていった。
「あの……私はどうしたら……」
「ミア君は指示があるまで部屋で待機していてくれ。
「はい……」
ミアが部屋から出ると、ロデリック教会長は被っていた帽子を脱ぎ捨て、頭を掻きながら天井に向けて吠え、人生で最も大きいであろう深いため息を吐いた。
「人類の進化のために無辜の民を殺戮していいわけがない……」
それから二十日ほどが経ち、新たな各支部の編成が公表された。
しかしそこにはこれまでに無かった一文が加えられていた。
『南西大陸支部は廃止し、南西大陸への人材の派遣も基本的に行わないこととする。南西大陸の住民のうち希望者は他の各大陸にて『教会』が保護する』
それはこれまでの常識では考えられない事態であり、実際に南西大陸では大規模なデモンストレーションが行われた。
これは『教会』にとっても苦肉の決断であった。戦闘班に絞れば各支部で全滅に近い状態で年を越すことも時折あったが、アルグール・カーティルによる凶行で医療班と技術班も壊滅的な被害を受けており、南西支部の運営そのものが困難となっていたことが原因である。
その上で残された各支部長と元帥をペアで活動させることで、いつ『ドゥクス』が現れても対応できるようにしようというのが今回の編成の肝だった。
「そういうわけでよろしく頼むよ、サイジ元帥」
「研究の時間はきっちり貰うからな」
ロデリック教会長から声をかけられるもスルーした『錬武』サイジ元帥は、真っ直ぐに『教会』本部の地下にある研究区画へと向かって歩き始めた。
現存する元帥の中でもサイジ元帥は唯一の技術班出身者である。そのため対『ドゥクス』や機械人形における有用な装備の開発に期待し、サイジ元帥を中央大陸本部へと駐留させることとなった。
しかし実際には研究と称して長期間その姿を晦ませるサイジ元帥を目の届く範囲に置いておきたいというのがロデリック教会長の本音である。
「お前と組むのは久し振りだな?小僧」
「ああ、五十年ぶりか?まだ元気なようで何よりだ」
北西大陸支部へタウを伴って辿り着いたのは『鉄拳』Σ大元帥であった。
そんな彼を「小僧」と呼ぶのは『教会』においてもただ一人しかいない。再編により順位が繰り上がり、現在の教会騎士第一位となっている北西支部長のアラーテル・フォン・リーデンスである。
アラーテル支部長はΣ大元帥が『教会』へ入会した時からの付き合いで、彼に闘気の使い方を伝授した師匠でもある。
「その娘は?」
「私の同郷の子だ、と言えば理解してもらえるか?」
「どうも、よろしく」
「ははっ!あの頃の小僧を見てるみたいだな!いいぞ、歓迎する。ようこそ北西大陸支部へ!」
タウの背中の鞄をばしばしと叩くと、アラーテルは再編時に必ず行っているパーティ会場へと二人を案内した。
「で、なんでおれがランベルのお爺ちゃんと一緒なの?」
「すぐいなくなる貴様から目を離すなということだろうよ」
「ちぇっ」
そう文句を言っているのは教会騎士第三位と繰り上がったダンダリア・グルーデン南東大陸支部長である。
世界的名著『ダンダーリャ英雄譚』の主人公である英雄ダンダーリャを模するという奇怪な潜在型断魔晶の持ち主で、「おれは英雄だ!」などと言いながら職務を放棄して南東大陸中を飛び回っている奇人である。
その皺寄せが副支部長である教会騎士第八位のシェイン・カレスに来ているため、彼の負担を減らす目的とダンダリア支部長のお目付役として『槍王』ラルフ・ランベル元帥が選抜されたのだ。
「各地を飛び回るのは休みの日だけにしてほしいものだな」
「十何年も一人の弟子にかかりきりだった人が何言ってんの?」
「仕事しない奴に言われたくはないわ。早く手を動かさんか」
課題から逃げようとする娘を叱る祖父のように、ラルフ元帥はダンダリア支部長を執務机から逃がさない日々が始まることに頭を抱え始めた。
「久し振りだな、アイバー」
「何でよりによってお前なんだ、G.T.」
差し出された手を叩いたのは教会騎士第四位であるアイバー・スン北東大陸支部長である。
かつて二人が教会騎士となる前、一人の女性を巡って三角関係になっていたことがあったものの、結局その女性が二人とは異なる男性と結ばれたことでその関係に終わりが訪れた。
それ以降二人の仲は劣悪なのだが、『教会』としてはそのことを認知していなかったため、前衛で戦えるアイバー支部長と後衛でサポートできる『銃狼』G.T.元帥というペアを想定した編成がされたのである。
ただし実際にはアイバー支部長が一方的にG.T.元帥を嫌っているだけで、G.T.元帥としてはアイバー支部長に対してそれほど嫌悪感は抱いていない。
「まあそう言わずに仲良くしようじゃないか。互いを憎み合うのは戦争が終わってからでも遅くはない」
「……そうだな。お前に背中から撃たれないことを祈るよ」
「信用してくれ。俺の弾は絶対に外さない」
そう言うと、G.T.元帥は部屋から出ていった。
「もういない女のことでいがみ合うのはやめねえとな……」
一人残されたアイバー支部長は、大きな伸びをしてから残っている書類との格闘を再開した。




